“海を走るホテル”にもゲストWi-Fiを、客船「らべんだあ」の挑戦

文●大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

2017年04月07日 08時00分

 2017年3月、新潟~小樽間を結ぶ新日本海フェリーの旅客定期航路に、最新の大型カーフェリー「らべんだあ」が就航した。全長197.5メートル、総トン数1万4125トン、8階建てのらべんだあは、乗客600名が乗船して船旅を楽しめる設備を備えた、まさに“海を走るホテル”だ。

今年3月、新潟~小樽航路に就航した新日本海フェリーの「らべんだあ」(写真提供:新日本海フェリー、以下同様)

テラス付きのスイートルームなど、快適な船旅を提供するための設備が整っている

 このらべんだあでは、新日本海フェリーでは初めて、旅客向けのWi-Fiサービス(ゲストWi-Fi)を提供している。そこに採用されたのが、ネットギアのコントローラー型無線LANシステムだ。

 今回は三菱重工 下関造船所で建造中のらべんだあを訪ね、同社 システム室の上村哲也氏に、ゲストWi-Fiを提供するに至った背景やフェリー特有の課題、さらにネットギア製品を選択した理由などについて、話をうかがった。(取材日:2017年2月16日)

新日本海フェリー システム室 主任の上村哲也氏(建造中のらべんだあ船上にて)

ペット連れ宿泊もOK! 時代とともに変わる乗客ニーズに応える船内設備

 まずは、らべんだあの特徴をあらためて紹介しよう。

 新日本海フェリーでは4つの定期航路/8隻のカーフェリーを運航しており、年間の乗客数は37万人に達する。そのうちの新潟~小樽航路で新たに就航したのが、今回のらべんだあと姉妹船のあざれあだ(あざれあは2017年6月に就航予定)。この新造船は、新潟~小樽間を最短16時間ほどで結ぶ。

新日本海フェリーでは4つの定期航路でカーフェリーを運航している(太線が新潟~小樽航路)

 上村氏によれば、らべんだあは、同社フェリーの中では「比較的小型のほう」だという。それでも実際に船内を歩いてみると、かなり広い。8階建て船内のうち、2~3階部分の車輌甲板には、最大で長距離トラック150台と乗用車22台を載せることができる。

 そして、4~6階部分が居住空間だ。近年では「プライベートな船旅をゆったりと楽しみたい」という乗客ニーズが高まっており、らべんだあではそうした声に応えるべく、船内設備を充実させたという。

 たとえば客室は、プライベートテラスからバスルームまでがそろったリッチなスイートルームから、落ち着いた雰囲気の和室、ファミリーやグループに最適なステートルーム和洋室など、多彩な種類がそろっている。個人客向けのリーズナブルな客室として、かつてのような大部屋ではなく、プライバシーが確保されるカプセルホテル型ベッドも用意されている。

乗客ニーズに合わせた多彩な客室タイプを用意

 そのほか、海を眺めながら食事が楽しめるレストランやカフェ、ランニングマシンを備えたスポーツルーム、キッズルームやカラオケルーム、さらには露天風呂やサウナまである。

 「近年はペット連れで旅行されるお客様も多いので、らべんだあでは当社で初めて、ペット同伴の個室(ウィズペットルーム)も用意しました。甲板上にはペットを自由に遊ばせていただける、柵付きのドッグフィールドもあります」(上村氏)

船の旅を楽しむためのさまざまな設備を備える。(左上から)グリルレストラン、露天風呂、スポーツルーム

これまでの「不公平」をなくすためにゲストWi-Fiを提供へ

 そしてもうひとつ、同社で初めての試みとなるのが「ゲストWi-Fiの提供」だ。らべんだあでは、客室内やレストラン、デッキ上などほぼすべてのエリアでゲストWi-Fiが利用でき、乗客は無料でインターネットにアクセスできる。

 ゲストWi-Fiを提供することになった理由について、上村氏は「スマートフォンやタブレットが一般のお客様にも普及したこと」、そして「訪日旅行客が増えたこと」の2点を挙げる。乗客アンケートでも、2010年ごろから徐々にWi-Fiサービスを求める声が高まっていた。このあたりの事情は、一般のホテルと変わらないところだ。

 さらに、ゲストWi-FI提供の背景には、これまでのフェリーでは乗客間で「不公平」が生じていたこともあるという。

 らべんだあが就航した新潟~小樽航路では、陸地の近くを通りLTE電波が届く海域も多い。そのため、実はこれまでのフェリーでもある程度長時間にわたって、乗客はLTE接続でインターネットアクセスができていた。ただし、このとき「陸に近い側の客室ならば通信できるが、反対側の客室は通信できない」という事態も起きていた。つまり、乗客が割り当てられた客室によって不公平が生じていたわけだ。

 どの客室に泊まる乗客も、ストレスなく船旅を楽しんでほしい。そういう思いから、らべんだあではゲストWi-Fiを通じて、すべての乗客にインターネットアクセスを提供することにしたのだ。

 具体的には、らべんだあの屋上に据え付けられたアンテナで陸上基地局からのLTE電波を受け、ルーターを介して船内LAN(ゲストWi-Fi)からのインターネットアクセスを可能にする。この部分の施工はNTTドコモとNTTBPが担当しており、ゲストWi-Fiへの接続時にはキャプティブポータルが表示され、乗客は利用時の注意事項などを読んだうえでインターネットアクセスを開始する。

らべんだあ屋上のアンテナ(手前の黒い棒)。NTTドコモの陸上基地局から電波を受ける

キャプティブポータル画面(開発中のイメージ)。多言語対応もしている

 なお、らべんだあの無線LANは、ゲストWi-Fiとともに船内業務にも利用されている。ゲストWi-Fiとは別のSSIDを用意し、事務用PCのほか、乗客の下船チェックに使うハンディターミナル、レストランのインカム(トランシーバー)や呼び鈴、接客を担当するソフトバンクロボティクスの人型ロボット「Pepper」といったデバイスをWi-Fi接続しているという。

“フェリー特有の要件”に対応できる無線LANベンダーは?

 新日本海フェリーがらべんだあでのゲストWi-Fi提供を決めたのは、2016年4月のことだった。この時点ですでに船体設計が始まっていたため、上村氏は急いで無線LANアクセスポイント(AP)の配置位置決めやネットワークの再設計を行い、翌月には造船所担当者との打ち合わせを行った。

 「船内の全域を無線LANでカバーするためには、多数のAPを設置する必要があります。もともと船内事務用に有線LANを敷く計画でしたが、APを設置することになったため、ケーブルの数は当初の予定よりもかなり増えました」(上村氏)

 設計においてはフェリー特有の事情もあった。たとえば、一般のオフィスビルやホテルとは異なり、就航後のフェリーでネットワークの改修を行うチャンスは、年1回の定期検査時くらいしかない。また、船体に追加で新しい穴を開けるのも、船の安全面で問題が生じる可能性もあるため簡単なことではない。したがって、この設計段階でかなり綿密に、しっかりとネットワーク設計をしておく必要があった。

 しかし、船内の壁や床は鉄でできている部分が多く、一般のビルやホテルよりも電波を通しにくい(電波遮蔽度が高い)。上述のとおり、やりなおしの効かない環境ということもあり、上村氏は船室の構造などもふまえつつ、通常よりもかなり高密度にAPを配置していった。APの台数は47台になった。

 この設計作業と並行して、上村氏は無線LANシステムのベンダー選定にも取りかかっていた。

 ここでまず要件となったのが、「屋外用のAPをラインアップしていること」だった。らべんだあでは車輌甲板での業務にも無線LANを活用するが、ここはむしろ屋外の環境に近い場所だ。

 「風雨を直接受ける場所ではありませんが、消防訓練の際にスプリンクラーの水がかかる可能性がありました。また、小樽まで行くフェリーなので、冬にはマイナス10℃くらいの外気にさらされます。おそらく、通常のAPでは耐えられないだろうと考えました」(上村氏)

 このころ、ちょうどネットギアが屋外用AP「WND930」を国内発売したため、ネットギア製品も検討の俎上に載ることになった。WND930はIP65の防塵/防水性能を持ち、ヒーター内蔵でマイナス20℃の寒冷地でも動作するモデルだ。

らべんだあの車輌甲板出入口付近に取り付けられた、デュアルバンド対応の屋外用AP「WND930」

 もうひとつ、「乗組員に余計な運用負荷がかからない」ことも、今回の無線LANシステムでは重要な要件だった。乗組員たちは船の航行のプロではあるが、ITのプロではない。しかしその一方で、業務にも使う無線LAN環境は、航行中、常に安定稼働していなくてはならない。

 そこで上村氏は、コントローラー型無線LANを導入することにした。コントローラー型ならば、船内すべてのAPの稼働状態が一括監視できる。これをVPN経由で本社システム室からリモート監視し、APのリブートなどの障害対応を行う。万が一、リモートでは対応できないような障害が発生したとしても、状況が把握できれば乗組員に具体的な作業内容を指示できるはずだ。

 「ここでは特に、ネットギアの無線LANコントローラーがアプライアンス(ハードウェア)であることが有利に働きました。他社製コントローラーにはサーバーソフトウェアも多かったのですが、アプライアンスならば電源を投入すれば立ち上がります。乗組員に面倒な起動操作をお願いする必要がありません」(上村氏)

 結局、ベンダー選定においては、「屋外用AP」と「コントローラー型」という2つの要件を満たし、なおかつ価格も他社比で大幅に安かったネットギアが選ばれた。2016年7月のことだ。

47台の無線LAN APを設置し、船内のあらゆるエリアをくまなくカバー

 らべんだあには、デュアルバンド対応の屋内用AP「WAC720」が43台、そして前述の屋外用AP「WND930」が4台設置されており、これを無線LANコントローラーの「WC7600」で一元管理している。特に今回は高密度にAPを配置したため、AP間の電波干渉を自動調整してくれるコントローラーは非常にありがたいと、上村氏は話す。

らべんだあ船内には合計47個の無線LAN APが設置されている。業務用にも利用するため、操舵室や厨房などのバックヤードにも設置された

 また、有線LANもネットギア製品で構成されている。コアスイッチにはスマートスイッチの「S3300-28X」を、また船内複数箇所に設置されたフロアスイッチにはPoE+スマートスイッチ「GS728TP」を採用し、ゲスト用ネットワークと業務用ネットワークはVLANで切り分けている。

 ネットワーク構成をシンプルにして耐障害性を高めるべく、船内のフロアスイッチはすべてコアスイッチに直結されている。ただし船体が大きく、ケーブル長が100メートルを超えてしまう箇所もあるため、ここはSFP GBICモジュールを介して光ファイバケーブルで接続された。ちなみに、ケーブルもあらかじめ冗長化して敷設されており、総延長は30~40キロメートルに及ぶという。

 障害発生に備えて無線LANコントローラー、コアスイッチ、フロアスイッチはすべて冗長化している。航行中にマスター機が故障しても、ケーブルをスレーブ機の同じポートに差し替えるだけで復旧する設計だ。これも、乗組員になるべく負荷をかけずにすぐ復旧できるようにするためだと、上村氏は説明した。

上から無線LANコントローラー、フロアスイッチ、コアスイッチ。すべて冗長化している

船内バックヤードのフロアスイッチ。ここからPoEでアクセスポイントに給電している

 「フットワークが軽いのもネットギアの良さだと思います。(ベンダー選考中の)最初の問い合わせに30分も経たず連絡が来ましたし、製品購入後も何度もエンジニアの方にお問い合わせさせていただいたり、実際に現場で設定をお手伝いいただいたりもしています。エンジニアの顔が見えるベンダーですね(笑)」(上村氏)

らべんだあ船内のネットワーク概略図

無線LANを活用し、乗客サービスも業務利用もさらに拡充したい

 造船所での取材時、らべんだあのすぐ隣では、姉妹船のあざれあが建造中だった。6月に就航予定のあざれあも、同じ無線LANシステムを搭載してゲストWi-Fiサービスを提供する予定だ。

 らべんだあの運航が始まり、無線LANシステムが問題なく稼働することを確認できたら、次は提供するサービスの拡大も検討していきたいと上村氏は語った。たとえば飛行機の機内サービスのように、ゲストWi-Fiにつなげば映画などのコンテンツを観られるようにしたり、航行位置や船内の施設案内を掲載したポータル画面を提供したり、といったことが考えられる。

 また、無線LANの業務利用にも積極的に取り組んでいくという。「いわば海の上を走るホテルですから、ホテル業界でのWi-Fi活用イメージに近くなると思います」(上村氏)。たとえばタブレット端末で客室の使用状況や清掃状況をチェックできるようにしたり、売店の棚卸し作業にハンディスキャナを使ったりと、こちらはすでに現場からもアイデアが出始めているという。

 「船内ほぼすべての場所を無線LANでカバーしているフェリーは、国内ではらべんだあが初めてではないでしょうか」と上村氏は語る。カバーする場所が広がれば、活用の幅もアイデアも大きく広がるはずだ。ゆったりと過ごす船の旅をさらに楽しくしてくれるような、新たなサービスがここから生まれてほしい。

(提供:ネットギア)

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