【寄稿】 陰謀論――なぜこれほど大勢が信じるのか

ジェイムズ・ティリー、英オックスフォード大学政治学教授

(文中敬称略)

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ヒラリー・クリントンはワシントンのピザ店を拠点に、世界的な児童人身売買シンジケートを指揮していたのか? いいえ。

ジョージ・W・ブッシュは2001年に、ニューヨークのツインタワー(世界貿易センター)を破壊して数千人を殺害する計画の中心にいたのか? これも、いいえだ。

ならば、なぜ大勢がそうだったと信じているのか。私たちがどうやって世界を見ているかについて、陰謀論から何が分かるだろう。

陰謀論は決して新しい現象ではない。「American Conspiracy Theories(アメリカの陰謀論)」などの著作がある米マイアミ大学のジョー・ウシンスキー教授は、少なくとも100年前から常に社会の後ろの方で、通奏低音のようにして響いていたと言う。

陰謀論はもしかすると、あなたが思っているより多様で幅広い。

「誰でも少なくともひとつは、陰謀論を信じている。もしかするといくつかは信じているかもしれない」と、ウシンスキー氏は言う。「理由は簡単だ。世間には限りなく膨大な数の陰謀論が出回っている。その全てについて、信じているかどうかアンケートをすれば、誰でも『はい』と答えるものがいくつかあるはずだ」。

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画像説明, ワシントンのピザ店はネットで広まった陰謀論で、小児性愛者の拠点だということにされてしまった

これはアメリカに限ったことではない。2015年には英ケンブリッジ大学の調査で、わずか5つの陰謀論についてアンケートをとったところ、ほとんどのイギリス人がどれかについて「信じている」と答えた。例として使われた陰謀論は、「世界を支配する秘密結社が実は存在している」とか、「人類は実はすでに異星人と接触している」などの内容だった。

つまり、ありがちなイメージとは異なり、典型的な陰謀論者というのは決して、アルミ箔の帽子をかぶり母親の家の地下室で暮らす独身中年男ではないのだ。

「実際に人口統計データを見ると、陰謀論を信じる人というのは、社会的な階級や性別や年齢を問わず存在することが分かる」と、ロンドン大学ゴールドスミス・コレッジのクリス・フレンチ教授(心理学)は言う。

同じように、左派だろうが右派だろうが、世の中には自分を陥れようとする陰謀が存在すると信じる確率は変わらない。

「陰謀論的な考え方をしやすいという意味では、右も左も変わらない」と、ウシンスキー教授はアメリカの状況について話す。

「ブッシュがツインタワーを破壊したと信じる人はほとんどが民主党支持者で、オバマが出生証明書を偽装したと信じた人はほとんどが共和党支持者だった。その割合は、どちらの党もほぼ同じだった」

有名な陰謀論と反証

  • アメリカの月面着陸が捏造(ねつぞう)だという説については、詳細な検証と反論がされている
  • ナチス・ドイツの戦争犯罪者ルドルフ・ヘスが刑務所で別人と入れ替わったという説は、遠縁の男性が提供したDNAによって反証された
  • 人気者が実はすでに死亡しクローンに入れ替わっているという説はたくさんあり、ポール・マッカートニーやビヨンセ、アヴリル・ラヴィーンについても言われたことがある
  • なぞめいた秘密結社イルミナティが世界を支配しているという話は諸説あり、色々な著名人や政治家が結社のメンバーだと言われがちだ

影の組織が世界政治を舞台裏から支配しているというアイディアは、とても人気が高い。なぜ秘密結社に自分たちがこうもひきつけられるのか理解するには、陰謀論の裏にどういう心理が働いているのかを考える必要がある。

「自分たち人間は、物事にパターンや規則性を見出すのが得意だ。しかし時にそれをやりすぎて、特に意味も意義もないところに、意味や意義を見つけた気になってしまう」とフレンチ教授は言う。

「それに加えて私たちは、何かが起きると、それは誰かや何かの意図があって起きたことだと、思い込みがちだ」

要するに、何か大きな出来事があると私たちはそこにまつわる偶然に気づき、偶然ではなくこういうことなのだと物語を作ってしまう。その物語には「善玉」と「悪玉」が登場するので、物語は陰謀論となり、自分が気に入らないことは何もかもが悪者のせいだということになる。

政治家のせいにする

色々な意味で、これはふだんの政治そのものだ。

私たちはしばしば、何か良くないことがあればそれを政治家のせいにしたがると、米ヴァンダービルト大学のラリー・バーテルス教授(政治学)は言う。政治家が何もできないことについても、政治家のせいにしたがる。

「何かが起きると、それが良いことでも悪いことでも、そうなったことに政府の政策がどう影響したかはっきり理解しないまま、闇雲に政府をほめたり責めたりする人は多い」

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画像説明, オバマ前米大統領は「アメリカ国外で生まれた」といううわさが消えなかったため、2011年に出生証明書を公表した

同じように、政府と何の関係もなさそうなことでも、問題が起きると政府のせいにされがちだ。

「たとえば1916年にニュージャージー沖で、人が相次ぎサメに襲われたことがある。これを詳しく調べてみた」とバーテルス教授は話す。

「この連続襲撃は後年、映画『ジョーズ』の原案になったのだが、サメ襲撃の影響を最も受けた地域では、当時のウッドロー・ウィルソン大統領の支持率がかなり下落していたのが分かった」

陰謀論にありがちな「こちら」と「あちら」、「身内」と「外」の対立関係は、主流を占める政治的な集まりでも見受けられる。

たとえばイギリスでは、欧州連合(EU)離脱の是非を決めた国民投票によって、「残留派」と「離脱派」という、それぞれ同じくらいの規模の集団が生まれた。

「自分の集団に帰属意識を持つと、対立集団の人には一定の敵対心を抱くことになる」と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のサラ・ホボルト教授は言う。

残留派と離脱派では、同じ出来事の受け止め方が異なることもある。たとえば、まったく同じ経済データを前に、離脱派は経済は不調だと解釈し、残留派は好景気だと解釈するなどだ。

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陰謀論はこうした現象の一部に過ぎない。

「国民投票前は自分たちが負けると思っていた離脱派は、国民投票は出来レースだと思いがちだった。しかし、国民投票の結果が発表されて負けるのは残留派だと分かると、情勢は一気に逆転した」とホボルト教授は言う。

解決法なし

政治的思考の中に陰謀論がこれほど根深く組み込まれているというのは、あまり楽しい話ではないかもしれない。しかし、意外ではないはずだ。

「私たちは得てして、そうあってほしいと自分が望むことの裏づけになるように、何を信じるかを決めがちだからだ」とバーテルス教授は言う。

情報が増えても大して役には立たない。

「こうした偏見に最も影響を受けやすいのは、最も情報に注意している人たちだ」

ほとんどの人にとって、政治に関する事実関係を正確に把握する必要などないのだ。自分の1票は政府の政策を変えたりしないので。

「政治についてたとえ自分の考えが間違っていても、自分は困らないからだ」とバーテルス教授は言う。

「ウィルソン大統領はサメ襲撃を防止できるはずだったのにと思うことで、自分は楽になる。とすると、そんなことはなく自分が間違っていたとしても、自分の思い違いで自分が受けるダメージよりも、ウィルソンのせいだと思うことで得られる心理的満足感の方が、かなり大きいというわけだ」

結局のところ、私たちは事実に照らして正確でいたいのではなく、私たちは楽になりたい、安心したいのだ。

だからこそ、個別の陰謀論は生まれては消えていくものの、陰謀論そのものは私たちが政治を語る上で決してなくならない。

この記事について

この分析記事は、BBCが社外専門家に委託したもの。

ジェイムズ・ティリー氏は英オックスフォード大学ジーザス・コレッジの政治学教授でフェロー。

2月11日にBBCラジオ4で放送された陰謀論と政治に関するティリー教授の番組は、こちらで聴くことができる(英語)