ここ数年、アカデミー賞や世界各国の国際映画祭で評価されている作品に対して、ある共通点が指摘されているのを御存知だろうか? それは「ある映画会社の作品に集中している」と言うのだ。映画が上映される時、必ず冒頭に映し出される映画会社のロゴ。アンテナ感度の高い映画ファンにとって「この会社のロゴがある作品にはハズレがない」とまで言わしめるほど。それが、アメリカのインディペンデント系映画会社<A24>の作品群なのだ。
A24の手掛けた作品は、例えば『ルーム』(15)でブリー・ラーソンにアカデミー主演女優賞をもたらし、『ムーンライト』(16)では大本命といわれた『ラ・ラ・ランド』(16)を押さえてアカデミー作品賞に輝いた。また、今をときめく気鋭の監督たち、例えば、ドゥニ・ヴィルヌーヴの『複製された男』(14)や、ソフィア・コッポラの『ブリングリング』(13)の配給を手掛けたのもA24。 アメリカ映画の中ではどちらかと言えば低予算、それでいて個性的で、芸術性とエンターテインメント性の絶妙なバランスを持っているのがA24作品の特徴。その躍進ぶりは、『レディ・バード』(17)や『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)が今年のアカデミー賞候補となり、今年のカンヌ国際映画祭では『アンダー・ザ・シルバーレイク』(18)がコンペティション部門に選出されるなど、留まることを知らない。
一体、A24とはどのような映画会社なのか? 今回の「映画ゼミ」では、いま注目の<A24>について学んでみよう。
A24とインディペンデント映画の現在
ダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスの3人によって設立されたA24。インディペンデント系の映画やテレビ番組を製作しながら、映画への出資・製作・配給を行ってきた会社の歴史は、2012年8月20日からとまだ浅く、設立当時の彼らはまだ30代だった。アメリカの映画界、その中でもハリウッドの大手映画会社は大作主義の傾向が年々強まっている。製作費は高騰し、『タイタニック』(97)の時代には“無謀”とまで言われた200億円を超える製作費の作品は、『アベンジャーズ』シリーズを代表とするように、当たり前となっている感がある。その結果、過去の実績がないオリジナル脚本による作品は、大手映画会社で敬遠される傾向にある。そのため、ベストセラーやアメコミを原作とする作品、シリーズ物やその続編、過去のヒット作品のリメイクやリブート、スピンオフなど、過去の興行データや出版の売り上げ実績などのような裏付けを持つ作品ばかりがラインナップとなっている印象が否めない。
そのような状況で気炎を吐いているのが、インディペンデント系の映画会社。彼らはハリウッドの大手映画会社のように潤沢な資金調達ができない。ならば「映画のために書かれたオリジナル脚本を低予算で映画化しよう」と別の道を選択しているわけなのだ。実は、ハリウッドのメジャー映画会社である6社は、製作費の高い作品を製作しているだけでなく、アメリカ国内の興行収入の8割を稼ぎ出している。そして、その平均製作費は現在50億円を超えるとも言われているのだ。そのためA24のようなインディペンデントの映画会社は、製作費15億円前後の低予算作品を製作・配給。アメリカ国内はもちろん、海外マーケット、とりわけ国際映画祭での評価を基盤にした大手映画会社とは異なるマーケットを開拓してきたという経緯がある。
そして、A24 は、ニューヨークが拠点である点も特徴のひとつ。思い返せば、“インディーズ映画の父”と呼ばれた俳優で監督のジョン・カサヴェテスの拠点もニューヨークだったではないか。当初A24は<A24 Films>という社名だったが、2016年に現在の名称に短縮されている。A24という社名の由来は、あまり知られていないが、ダニエル・カッツは2017年のインタビューでこう答えている。
「私には映画会社を設立するという夢がありました。ところが正直言って“上手くいかないのではないか?”と不安だった。そして、友人たちとのイタリア旅行の最中、高速道路で車を運転していたある瞬間に“今こそ、その時だ”と閃いたのです」
イタリアの都市・ローマとテーラモを結ぶ高速道路、その名称は<アウストラーダA24>。A24とは、兆しの記号だったのである。
(写真)ブリー・ラーソンがアカデミー賞を受賞した『ルーム』もA24の作品。
A24の魅惑的な作品たち
A24が初めて配給した作品は、2013年のコメディ映画『チャールズ・スワン三世の頭ン中』。製作・監督・脚本のロマン・コッポラは、『ゴッドファーザー』(72)のフランシス・フォード・コッポラ監督の息子で、ソフィア・コッポラの兄にあたる。そして、この映画を製作したのも父・フランシスの映画会社アメリカン・ゾエトロープだった。これらの縁によって、新興映画会社であるにもかかわらず、A24はソフィア・コッポラ監督の『ブリングリング』を同年に配給することへと繋がってゆく。
A24は日本とも縁があり、『ブリングリング』には東北新社が製作に参加。青木ヶ原樹海を舞台にしたガス・ヴァン・サント監督、マシュー・マコノヒー主演の『追憶の森』(15)では、渡辺謙が重要な役で共演している。そして『ブリングリング』はカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門、『追憶の森』はコンペティション部門に出品。また、ハーモニー・コリン監督の異色青春映画『スプリング・ブレイカーズ』(13)や、全編ほぼ一人芝居で車内のトム・ハーディを描いた『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(13)はヴェネチア国際映画祭で上映されるなど、設立初期から個性的で芸術性の高い作品を主要国際映画祭へ積極的に出品していたことを窺わせる。
転機となったのは2016年の第88回アカデミー賞。A24が配給した『ルーム』が主演女優賞、『エクス・マキナ』(15)が視覚効果賞、エイミー・ワインハウスのドキュメンタリー『AMY エイミー』(15)が長編ドキュメンタリー映画賞に輝いたのだ。中でも『エクス・マキナ』は、アナログな手法を取り入れた特殊効果が評価され、同じく候補となっていた『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(15)や『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)、『オデッセイ』(15)といった強豪の大作映画に打ち勝ったのである。
さらに快挙だったのは、この3本が純粋なアメリカ映画ではなかった点。『ルーム』はカナダ・アイルランド・イギリス・アメリカの合作。『エクス・マキナ』と『AMY エイミー』はイギリス映画だったのだ。ハリウッド映画界によるハリウッド映画界のためのお祭りでもあるアカデミー賞授賞式。A24は誰も見向きもしなかったアメリカ国外の映画をアメリカ国内で配給・公開したうえで高い評価を獲得し、結果、受賞するに至ったのである。しかも設立間もない新興の映画会社であることは、作品に対する“目利き”を世に知らしめたのであった。
そして、翌年の第89回アカデミー賞では『ムーンライト』が作品賞・脚色賞・助演男優賞の3部門で受賞。以降、A24は年間20本前後の作品を配給・製作するようになる。つまり、およそ2週に1本の割合でA24の関わった新作が全米の映画館で現在公開されているのである。
(写真)『ムーンライト』は、第89回アカデミー賞作品賞を受賞。
A24の話題作を映画館でチェック!
Netflix作品『オクジャ』(17)の終盤、秘密の“農場”に侵入した主人公たちに対して警備員が「セクションA24に侵入者あり」と報告する場面がある。A24は今やこんなところでもネタになるほどなのである。実は日本でも、11月に4本のA24関連作品が続々と公開される。このタイミングに、ぜひ観客の感性に訴えかける刺激的なA24の作品をご鑑賞頂きたいと願う。
①『バグダッド・スキャンダル』(18)
国連職員だった自身の体験を基に書かれた小説を原作に「石油・食料交換プログラム」の知られざる真実を描いた社会派ドラマ。人道支援のために計上された200億ドルもの予算が流出した、国連史上最悪の汚職事件がモデル。戦争が一個人の私腹を肥やすためのツールになっているという衝撃。“正義”だけでは“不正”という巨悪に立ち向かえないという厳しい現実を見つめることで、世界に対する正しい認識を培ってゆける必見の作品。
新宿シネマカリテほか全国公開中
②『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』(17)
不慮の事故で亡くなった男が、ゴーストとなって残された妻を見守るという物語。まるで『ゴースト/ニューヨークの幻』(90)の設定ようだが、そこはA24作品、一筋縄でいくわけがない。しかもゴーストは、誰もが子供の頃に遊んだシーツを被ったような姿をしているのだ。「こんなビュジュアルと物語で面白くなるわけがない!」とお思いになるかも知れない。しかし本作は、やがて我々の常識や時間・時空を超越した展開を迎え、切なさ溢れるて我々の常識や時間・時空を超越した展開を迎え、切なさ溢れる物語へと昇華してゆくのです。個人的な推薦作!
シネクイントほか全国公開中
http://www.ags-movie.jp/
③『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)
森の奥深くにある一軒家を舞台に“それ”の恐怖に怯える家族の姿を描いたホラー映画。「夜になると“それ”はやって来る」という原題が示すように、我々観客は、登場人物たちと同様に“それ”が何であるかを知らないまま、心理的に追い詰められてゆくという演出が秀逸。誰にでもできそうで、これまで誰もやらなかった“禁じ手”のような衝撃的ラスト。新鋭トレイ・エドワード・シュルツ監督は、次回作でもA24と組むことがアナウンスされている。
新宿シネマカリテほか全国公開中
https://gaga.ne.jp/itcomesatni...
④『ヘレディタリー/継承』(18)
亡くなった祖母から忌まわしい“何か”を受け継いだ家族の運命を描いたホラー映画。映画の中の現実と虚構の境界線が曖昧になるようなトリッキーな映像によって、映画冒頭から観客を困惑させるのがポイント。不穏な<音>や<映像>を積み重ねることで、恐怖を煽ってゆく演出も出色。ただの“怖い映画”ではないのです。監督・脚本は、これがデビュー作となるアリ・アスター。
11月30日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
http://hereditary-movie.jp/
(写真)『A GOHST STORY ア・ゴースト・ストーリー』
おまけ:おすすめのA24作品
①『アンダー・ザ・シルバーレイク』(18)
向かいの部屋に住む美女が突然姿を消したことから、彼女の行方を探す青年の姿を描いた作品。映画冒頭で店のガラスを拭く女性がジム・モリソンのTシャツを着ていたり、主人公の部屋の壁にはニルヴァーナのポスターが飾られていたり、マリリン・モンローが撮影途中に降板した幻の遺作『女房は生きていた』のプール場面を模した姿で行方不明の美女が登場したり、ジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』(55)が撮影されたグリフィス天文台が物語の鍵を握っていたり、モチーフとなっているのは“早逝したカリスマ”たちばかり。全編に<死>の匂いを漂わせている引用の数々を“探偵”となって探すのも一興。
新宿バルト9ほか全国公開中
https://gaga.ne.jp/underthesil...
②『パーティで女の子に話しかけるには』(18)
内気な少年がパーティで出会った少女と恋に落ちるという恋愛映画。しかし、A24作品。本作もまた一筋縄ではいかない。お互いの会話がちぐはぐで上手くいかないことを「彼女はアメリカ人だからかな?」と少年は思い込む。そう、この映画の舞台は、1970年代後半のイギリスなのだ。そんな彼に対して少女は「わたし、実は宇宙人なの」と衝撃的な発言をする。彼女が地球滞在のために残された時間は48時間。物語は恋愛劇から一転してSFに、そしてさらに胸を締め付けられるような切ない恋愛劇へと再着地する痛快さが本作の真骨頂。やがて滅びゆく異星人の姿を、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督の姿に重ねてみるのも一興。
BD/DVD発売中
http://gaga.ne.jp/girlsatparti...
③『手紙は憶えている』(16)
70年前に家族を殺したナチスへの復讐を誓う、アウシュビッツ収容所の生存者である老人たちの姿を描いた作品。施設で生活する90歳の主人公は、妻の死を忘れてしまうほど物忘れが酷くなっている。そんな彼は、体が不自由な状態にある友人から、家族を殺したナチスの兵士が未だ存命であることを知らされる。4人の容疑者、手掛かりは一通の手紙だけ、しかも主人公は記憶が続かない。それでも彼は、施設を飛出して復讐を果たそうとする。原題「REMEMBER」の示す複数の意味、そして驚愕の結末は、復讐とは何か、赦すとは何かを問いかける衝撃作。
BD/DVD発売中
https://www.asmik-ace.co.jp/lineup/1219