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Butterfly Kiss配布小冊子

追加TIPS

2009年2月8日に開催された、サンシャインクリエイション42内『うみねこのなく頃に』プチオンリーイベント「Butterfly Kiss」で配布された小冊子の抜粋です。
改行・誤字・頁など原文なるべくそのままにしました。

[編集]七姉妹のバレンタイン

 悪魔の厨房には、大釜がなければならないと伝統的に決まっている。
 その大きさは一般家庭の湯船よりも大きい、
・・・・・・ニンゲンを煮込めるように作ってあるのだからそれも当然だ。
 何か物騒な料理が・・・? それとも悪趣味な拷問が・・・?
 大釜に満たされたお湯にはボゥルが浮かび、その中には刻まれた数種類のおいしそうなチョコレートが・・・。

 そこにスポットライトが当たり、シェフ帽を被ったロノウェが登場する。

「さて、テレビの前の奥様方お嬢様方、よろしいですかな? 充分にチョコレートを溶かして熱しましたら、それを先ほど用意した冷水のボゥルに入れて冷やします。その間は、混ぜて混ぜて混ぜて。ぼんやりしていると縁から固まってしまいますよ。一度溶かした男心は冷めさせないように、混ぜて混ぜてとろけさせましょう。」

・・・・・・という、この季節恒例の手作りバレンタインチョコ講座を、実に楽しそうに演じている。


「以上でテンパリングは完了です。続きまして、このチョコを円状に一口サイズに搾り出してまいりましょう。ほら、素敵ですね。チョコのクッキーみたいですねぇ。」
 ロノウェは実に慣れた仕草で。実に優雅にオーバーアクションに、ちょんちょんとチョコのメダルを次々に作っていく。

「そして、その上に、様々な飾り付けをして貴女だけのオリジナリティを出して見ましょう。私からは、基本中の基本ということでナッツ類をお奨めしておきましょう。アーモンドにピスタチオにカシューナッツ。くるみに葉茶も素敵です。悪魔のスペシャルレシピとしましては、ダチェラの種にエンジェルトランペットの添え花付きで飾り立てるのもお奨め。食べるとあら不思議、意中の彼の本当の想い人の名前が聞き出せてしまうかも?バ
レンタインは乙女の夢の祭典・・・! あなたの素敵で大切な一日が、生涯の記念となるよう、このロノウェ、心よりお祈り申し上げておりますよ。ぷっくっくっく!」

※ダチェラの種もエンジェルトランペットも人体に有毒です。食べないように!(訳著者)

「もちろんもちろん。今回はニンゲンが食べますので、毒草はよしておきましょう。これを冷蔵庫で冷やしましたら完成です。さぁ。奥様方、拍手拍手。ぷっくっく!」 
 台所の妖精たちが、ぱちぱちわーわーとロノウェを讃える。それに深々と優雅なお辞儀を返し、ロノウェのバレンタインクッキングは終了となった。

 ロノウェはそれを、綺麗な飾り箱に収める。それは主、ベアトリーチェに献上するためのものだ。

「お嬢様もバレンタインチョコくらい手作りなさればいいのに、拙いチョコの方が、殿方のハートを鷲掴みできちゃう時もあるのですがねぇ。」

 ベアトの分を除いても、チョコはまだ充分に余っていた。
 ロノウェは手を叩き、パンパンとよく通った拍手の音を厨房中に響き渡らせる。


「出てきて結構ですよ。調理の間、気配を消してくださりありがとうございます。その気遣いのご褒美に、皆さんにもお裾分けしてあげましょう。」

「きゃっははは! やぁんロノウェさまぁン、太っ腹~!」
 一番最初に姿を現したのはベルゼブブだった。湯せんをしていた大釜の中からドボンと姿を現す。

 一人が姿を現してしまっては、もう他の姉妹も隠れていてもしょうがない。
 冷蔵庫の中やら鍋の中やら、あちこちから、手や足がにゅうっと伸び出してきて、七姉妹が次々に姿を現す。

「も、申し訳ありません、ロノウェさまっ・・・。つい覗き見のような真似事を・・・。」
「いえいえ、いいんですよ。七姉妹の皆さんとて皆、乙女。バレンタインにハートがときめかないわけもない!皆さんが興味津々なのは当然のことですよ。」

「ロノウェさま~、食べてもいいですかぁ? 早く食べたいっ、早く食べたい!」
「もー、ベルゼは少しは大人しく出来ないの!?慌てる乞食はもらいが少ないって言うのよッ!」
 興奮するベルゼブブに叱り付けるサタン。賑やかな煉獄の七姉妹は今日も平常運行だ。

「お待ちなさい、皆さん。確かに私はチョコをお裾分けするとは申し上げましたが、食べて良いとは一言も申していませんよ。」
「え、ええええぇええぇぇえぇぇ・・・!! そ、そんなぁ・・・。食べちゃいけないチョコなんて、そんなのあんまりです、拷問ですッ!」

「・・・ベルゼにお仕置きする時には、これからそうすることといたしましょう。・・・良いですか、皆さん。これはバレンタインのチョコですよ? 女性が男性にチョコを贈る素敵な一日のためのチョコレートです。」
「な、なるほどっ。・・・つまり、私たちにそのチョコを、男性に配れと?」

「違いますよルシファー。配るのではありません。皆さんの気になる男性の方に、プレゼントしてくるのです。せっかくのバレンタインデーではありませんか。本編世界では殺したの殺されたの物騒なことばかり!せっかくの舞台裏の余興ではありませんか。たまには皆さんも乙女らしい、甘酸っぱい気持ちを楽しんできてください。それが私から皆さんへのお裾分けでございますよ。」

「「「「「「「ざわざわ、がやがや!」」」」」」」

 七姉妹たちは思わぬ展開にびっくり。
 異性に杭を捻じ込むならまだしも、チョコを贈ることになろうとは・・・。

「きゃ~~ン、ステキぃいいぃ! ありがとうございますゥロノウェさま~! だッれにチョコをあげちゃおっかなぁ!」
 色恋沙汰に一番興味津々のアスモデウスは、頬を紅潮させて、きゃっきゃと喜ぶ。


「そうそう。アスモが一番素直ですね。いい子いい子してあげましょう。さ、皆さん。一つずつ。異性に気になる人がいなければ、同性でも結構ですよ。とにかく、絶対にひとりひとつを誰かに渡すように。渡さなかったら・・・・・・・・・。」
「渡さなかったら・・・・・・・・・?」

 ルシファーが恐る恐る聞く・・・。しかしロノウェはにっこり微笑んだまま答えない。こういう時のロノウェが地味に怖い。
 四の五のごちゃごちゃ言ってると、大目玉をもらいかねない。彼が微笑んでいる内に承諾した方がいいだろう。

 こうして、七姉妹のバレンタインデーは、義務として行われることとなったのだった・・・。

「・・・と、言うわけだ。各自、七姉妹の一員として見事本任務を全うしてもらいたいっ。以上、散れッ!」
「「「「「「はぁい、お姉様ッ!!」」」」」」

 ルシファーは散開を命じると、七姉妹たちは一斉に爆ぜて、飛び回りながら厨房を飛び出していく、フライパンや鍋などの金物をやかましく打ち鳴らしながら。

 さて、煉獄の七姉妹たちは、それぞれ誰にチョコレートを渡すのだろうか・・・?
 何しろ、普段から杭を捻じ込んだり、ぐりぐりしたり捻り出したりと、物騒なことが専売特許だ。チョコレートを与えて、施すなんて経験はまるでない。
 いざ、誰かに渡せと言われても、簡単には思いつかない。

 しかし、色恋沙汰で普段から頭がいっぱいのアスモは、渡す相手がとっくに決まってるようだった。

「え、何々、あんた、渡す相手決まってるの?! 誰、誰!」
「うっふふふふ~♪そんなの決まってるじゃない~! EP4から登場の素敵な白馬の王子様! 天草十三さまに決まってるじゃな~い!」

「・・・あ、天草か。はー・・・、なるほど、それは考えなかった・・・。」
「いやぁだ、お姉様方ァ! 新しい男性キャラは全部チェックしてなきゃ~。素敵じゃない、十三さま♪ 容姿もイケてるし、ストイックで野生味あるのに野暮ったくないしっ。あぁん、私、一番乗り~!!」

言うが早いか、アスモは杭に姿を変えてすっ飛んでいく。
どういう風にチョコを渡すのか気になって、他の姉妹たちもついていく。

「天草さまッ! はい、バレンタインのチョコレートです! 受け取って下さいッ!」
・・・割と正攻法、・・・いやむしろ真正面からの強襲だった。

「あ、あいつ勇気あるわね・・・。こういうのって、しどろもどろと回りくどく渡すのが情緒じゃないの?!」


「男は割りと早い者勝ちと聞く…。今時、木陰から見守る狙撃型恋愛は流行らんのか…。」
「それにしもあの子、もうちょっと恥じらいとかないの?! あーも真正面から明け透けに! 最近の若い子はっ。」
 影からボソボソとケチをつける姉たち。

 天草は照れもせず、笑顔でチョコを受け取る。
 …結構、もらいなれてる感じの仕草が、男心的にムカつくが、女心的にはキョドったりされるよりずっとカッコイイ。

「サンクス、キュートなお嬢さん。君の手作りかい?」
「ハイ、そうですっ、天草さまのために手作りしました~!」

「あ、あいつ、ヌケヌケと嘘をついてるわ…!」
「天草には本当にアスモの手作りかどうかは検証不能よ! 悪魔の証明ね!」
「それにしもアスモめ、手馴れているな…。普段からイメージトレーニングを欠かさないに違いないっ。」

「何やってんのよ、私たち! 一番下の妹に先陣切られちゃったわよ?! 恥ずかしくないの?!」

 さすがは色欲のアスモ。ギャルゲー全般で王道展開を完全に習得済みだ。
 仲良く並んで座ってさっそく梱包を解き、ロノウェ特製チョコを振舞うのだった。

「ハイ、天草さま! あ~~~ん♪」
「あーーーん」
 仲睦まじい恋人同士のような世界を、瞬時に構築してしまている。恐るべしっ、色欲のアスモ!

「あ、あいつ、すごいわね…。初めてアスモに戦慄したわ…。」
「いーなー、美味しそうだなぁ。どーしてもあげなきゃいけないの? 自分で食べちゃいたーい!」
 相変わらず、チョコはあげるより自分で食べたいとぼやく、暴食のベルゼブブ。
 しかし、次の天草の言葉に、耳が猫のようにピンと立つ。

「ステキなお味だったぜ、お嬢さん。こりゃ、俺もホワイトデーには負けないお返しをしねぇとな。」
「わっわっわっ、本当ですかッ、天草さま!! きゃーん、楽しみに待ってますねー、きゃ~ん!!」
 アスモは、その約束に躍り上がって喜ぶ。そして物陰でも別の意味でベルゼが踊り上がって喜ぶ。

「そ、…そうか、チョコをプレゼントすれば、ホワイトデーに倍返し、三倍返しなんだ! わらしべ長者作戦ね! 今ここでチョコを我慢すれば、ホワイトデーにはそれ以上のお返しが! ベルゼ、馬鹿じゃないもんっ、たくさんのお返しのために一ヶ月くらい我慢できるもん!」


 ベルゼは、バレンタインデーとホワイトデーを天秤に掛け、チョコを我慢する方が後に得が出来ると勘定する。

 その算段がつけば行動は早い。要は、誰にホワイトデーのお返しをもらいたいかだ。送る相手は極めて想像に容易。
 つまり、ホワイトデーに一番美味しいお返しを“作って”くれそうな相手だった。

「は、…はぁ。わ、私に、ですか…。」
「えぇ、ハイ、郷田さまァ。貴方のことを思って、最高のチョコを作りましたァ。ぜひどうか召し上がってください~!」

 案の定渡す相手は郷田だった…。現金なヤツ、と姉妹たちは愚痴る。
 天草と違い、郷田はバレンタインにチョコをもらったという経験は多くないらしい。
割と健全にどぎまぎしているようだった。

「いやぁ、ははは…。まさかこの歳にもなって、こんな若い女の子から、こんなにも美味しそうなチョコをもらえるとは…。て、照れますなァ、なははははは……。」
「さぁさ、召し上がれ召し上がれ! そしてホワイトデーには三倍のお返しを下さいなッ! なっなっな♪」
 郷田は顔を真っ赤にしながら、チョコをぱくりと食べる。
 …しかし、その紅潮した頬をみるみる醒めていく。……あれ、美味しくなかった…?

「…あ、あの。お口に召しませんか…?」
「お嬢さん…。このチョコはあなたの手作りと申しましたか…?」
「え、…えぇっ、そうですっ。私が作りましたー!」
 ベルゼがしゃあしゃあと嘘をつくと、郷田はすくっと立ち上がる。…その表情に浮ついたものはなかった。

「…ありがとう、お嬢さん。どうやらこの郷田、しばらくぬるま湯で寝ぼ切っていたようです。……これほどの腕前とは、…これはもはや私への挑戦ッ、そうですね、お嬢さん! ふぬおおおおぉおおおおぉおお!! こんな若い少女がこんなにも素晴らしいチョコを! ホワイトデーまで一ヶ月! 今からベルギーに行って修行をッ!! この郷田、味でだけは負けられんンンンんぅおおおぉぉいいいいぉおおおッ!!」
 ベルゼは何事かと目を白黒させていたが、とりあえず、次のホワイトデーがとても楽しみなのは間違いなかった…。

「なるほどね。まぁ、だいぶ要領はわかりました。あまり構えても仕方がないんで、私もさっくり渡してきます。」
「えっ、何、マモン…! 誰に渡すかもう決まっているの…?!」
マモンは答えず、杭になってすっ飛んでいく。カキコキカキコキカーン!


「うりゅー! ちょこれーとだー!!」
「あんただけの分じゃないわよ、縁寿さまと分けっこよ、あれ、縁寿さまはっ?」
「うりゅ、戦人や天草にチョコをあげるって言って、銀座までお買い物。」
「あー、縁寿さまって手作りよりマネーパワーで片付ける方でしたっけ、じゃあ、その内、
帰ってくるかな。」

「縁寿も、自分の分のチョコが待ってるとは思わず、きっとびっくり! 縁寿を驚かしち
ゃおう!」
「それ、いいアイデア。あと、マリア卿も呼んでいらっしゃい。バレンタインに、女の子が
チョコを食べちゃいけないってルールはないはずだわ。」
「うりゅー!早く食べたい、マモンのチョコ、早く食べたいっ、うりゅ~!」
「くす。一個だけ摘み食いする?」
「摘み食いするー!」

「うふふ、私も摘み食いしたくなっちゃう・・・。 あぁん、さくたろ、もう我慢できなーい
ッ、モフモフさせてぇ~♪」
「うきゅ?! ぎゅー! やめてマモン~~、うぎゅ~、うりゅ~!」
「モフモフ! モフモフ~!!はァん、ねぇねぇ、耳も噛んでいい・・・?」
「だめだよだめだよ、うりゅ~~~~~ッ!」

「マモンのヤツ、あいつもなかなか要領がいいわ・・・!」
「ほのぼのといい話に持って行きつつ、さりげにさくたろを独占してるわ、さくたろは私
たちみんなの共有物なのにィ!」

「次は誰?何だか末っ子から順番みたいな感じだわ。」
「・・・となれば、次は私が行こう。」
「ベルフェ、心当たりはあるの?」
「いわゆる想い人というやつはいないが、縁のあったニンゲンはいる。」
「あー、わーかった。」

次はベルフェゴールが飛んでいく。彼女と縁があったニンゲンというと、きっと留弗夫
に違いない。
 EP3で一対一で対決した。そういう古風な戦いが好みの彼女にとっては、なかなか忘れ
がたい思い出のはずだ。

「妻帯者に贈るのはフェアかどうかわからんが。好敵手の証として、これを贈る。」
「ひゅぅ、まさかお嬢ちゃんからもらえるとは思わなかったぜ。ありがとな。どうだい、
その後は、元気でやってるか。」
「う、うむ、まぁ、いつもの通りにやっている。」

「お前さんは、悪魔のくせに律儀すぎる。・・・・・・俺ぁ、そういう女が、しなくていい気苦労
を背負い込んでるところを、嫌になるほど見てきた。影で苦労してねぇか、それだけが心
配でな。」
「・・・・し、心配されるようなことなんてないぞ。私は模範的な家具だから、そこはうまく
やっている。」


 普段、案じられることのないベルフェは、留弗夫に包容力のある心配をされて、つい戸惑ってしまう。親切にされるのに弱いのだ。

「少しズルくなれよ。その方が可愛いぜ、お前はよ。」
「ズ、ズルくとはどういうことか…。お、お前、肩が近い…、というか、煙草臭いっ…!」

「いいか、ズルさってのはな…? 耳を貸せ。こっそり教えてやるよ…。」
「み、耳をか…? わ、わかった…。」
 耳を貸せと言われたので、ベルフェは律儀に耳を差し出す。
 ……留弗夫はベルフェの耳元に口を寄せ、…………。

「うっわ、…うっわうっわうっわ…、オ、オトナだ…、はひぃ~ッッ!」
「ルシ姉、これ以上は見ちゃ駄目です駄目です! あいつひどいわ、奥さんいるのに女の子口説くなんてひどいわッ! ……あれ? レヴィア姉がいない?!」

 その頃、レヴィアタンは、同じくかつての好敵手、霧江のところにいた。
 なるほど、ベルフェが留弗夫にチョコを渡すのなら、彼女が霧江に渡してもおかしいことはない。
 まさか自分がチョコをもらえるとは思わず、霧江は苦笑いを浮かべる。

「やだ、女の子にチョコもらっちゃった。…でも、ありがと。嬉しいわ。」
「嫉妬を司る私が嫉妬で負けたからね。あんたには一応、一目置いてんの。」
「そんなので尊敬されたくないわ。あら、素敵。これ手作りなの? 美味しそう。」
「きっと美味しいわよ。先にベルフェにもらった留弗夫も、美味しいって言ってたもん。」
「…………え、何? 何の話?」

 霧江は笑顔の表情のまま、気温だけを零下に下げて聞きなおす。
 レヴィアは、嬉々としながら留弗夫とベルフェのことを話す。
 二人で肩を並べて座って、チョコを手渡ししてから、二人の肩が近付いて云々…。

「ねぇ、いいのかしら、それって浮気じゃないの?」
「えー? くすくすくす、そんなことないわよ。留弗夫さんは私一筋だもの、浮気なんかしないわよ。24×365×2349875663495733…、」
「きゃー、さすがは嫉妬のお師匠様ぁ! もっともっともっともっと! 惚れ惚れしちゃう嫉妬を見せてェ、きゃ~ん♪」

 霧江は笑顔のまま、液体窒素のような冷気を漂わせながら、のっしのっしと歩き去っていく。その後を、きゃっきゃと鼓舞?しながらレヴィアがついていく。
 嫉妬を司るレヴィアタンらしい、チョコの渡し方ではあった…。

 あと、残ったのはルシファーとサタンの2人。煉獄の七姉妹では意地っ張りなことで有名な2人だ。
 順番的には、次はサタン。
 誰に渡すかはさっきまで決まってなかったが、ベルフェたちのお陰で思い当たった。
 彼女もまた、かつて戦ったことがあり相手のところへチョコを持って行く。


「…………いらない」
 嘉音は胡散臭そうにチョコを一瞥すると、冷たく言った。
 他の姉妹たちは、ひょいひょいっとうまく手渡せていたので、自分だけは断られて、サタンはかなり狼狽する。

「なッ、何で素直に受け取らないのよ! 別に怪しいものなんか入ってないわよ、普通のチョコよッ、受け取りなさいよ!!」
「貴様からそんなものをもらう謂れはない。」

「それはその、……バレンタインデーとかいうヤツよっ。そんなのどうでもいいでしょ?! いいから早くもらいなさいッ! 女に恥を掻かせるつもり気?! この青瓢箪ッ!!」
「な、何だと…! 僕を愚弄するためだけに、ここまで来たというのか!」
 情けない頼りない等の悪口は嘉音には特に禁句だ。嘉音の怒りは容易く沸点を迎えてしまう。

「消え失せろ! 貴様からは何の施しも受けない!」
「きゃッ、…な、何よ、そんなに怒ることないでしょ?! チョコを渡したら消えるわよ…! 早く受け取んなさいッ!! 私だって嫌々やってるんだからッ!」

 他の妹たちにはみんな出来たことなのに、自分だけうまく行かず、サタンは困惑を隠せない。とにかく早く押し付けてこの場を逃げたいと、顔を真っ赤にして歯軋りしている。
 …当の嘉音も、なぜそんなにされてまでチョコを押し付けられなければならないのかさっぱりだ。
 するとそこへ陽気な朱志香の声が…。

「嘉音く~ん、いる~? あ、あのッ、今、ひっ、暇かな! ……っておわッ! お、お前、煉獄の七姉妹のッ!」
 嘉音のために持ってきたであろう可愛らしく包装された箱をどさりと落とし、朱志香は両手をポケットに突っ込む。それを引き抜けば臨戦態勢。両手にはメリケンサックの鈍い光りが!

「な、何で私だけうまく行かないのよ…! 他の妹たちはみんなうまく行ってるのに…!!」
「嘉音くんにちょっかい出すなよ! どっかへ行け、魔女の家具め! お前ひとりなら、私と嘉音くんの敵じゃないんだぞ!」
「こ、こいつ…! EP4で急に戦闘力が上げたからっていい気になって…!」

「………消え失せろ。お前一人なら、僕一人だって遅れは取らないぞ。」
「な、何よ、これぇ…! わ、私はチョコを渡しに来ただけでしょ?! バレンタインじゃないの?! 何でこんな目に遭わされなくちゃならないのよッ?! 何で私だけうまく行かないの?! みんなはうまく行ったのにどうして私だけッ! どうしてよどうしてよッ、わけわかんないッ!! ううぅうぅぅぅぅ…ッ!!」

「ワケわかんねぇのはお前の方だぜッ! どうせお前のチョコなんて、怪しい毒か何か入ってるんだろ。そんなの嘉音くんに食わせられるかッ!」


「ぐッ、……うぐぐぐぐぐッ! お願いだからもらいなさいよッ、何で私がこんなにまで必死になってチョコ渡さなきゃならないのよ、どこまで私に恥を掻かせれば気が済むのよ!! 馬鹿ッ恥知らずッ、覚えておきなさいよッ、今度きっと殺してやるッ!!」

 サタンはチョコの箱を嘉音に投げつけてぶつけると、悔しさで顔を真っ赤に歪めながら、その姿を黄金の蝶の群れに変えて消える。

「………な、…何なんだ、あいつは。」
「二度と来るなー! がるるるるるー!」

 何が何だかわからず困惑する嘉音に、サタンが消え去った虚空に唸りつける朱志香。
 嘉音の足元にはサタンの投げつけた箱があった。
 …拾って、後で返すべきだろうか迷っていると、すぐに朱志香がそれを拾う。

「駄目だぜ、悪魔のチョコなんて食べちゃ! 絶対に何か入ってるに決まってる。これは私の方で処分しておくからッ!」
「……それくらい僕の方で処分しますので…、」

「だァめ!! 私が処分するぜ! 嘉音君は箱にも触れちゃ駄目ッ、がるるるるる…!」
 これだけは譲らないという強い形相で、朱志香がその箱を奪う。
 何で悪魔のチョコを、そんなにもむきになって朱志香が拾うのか、嘉音にはよくわからなかった。

「……それにしても。何しに来たんだろう、あいつは。」
「悪魔なだけに、魔が差したんだろうぜ…! あ、そそ、それより嘉音くんっ、その、こ、これ…!」
 今のサタンのチョコ騒ぎは一体なんだったのか…??
 何が何だかわからないまま、嘉音は今度は、義理だ義理だと連呼する朱志香のチョコ騒ぎに巻き込まれるのだった…。



「うううぅううぅうぅ、ひっく、ひっく…!」
「えー、やだぁ、サタンお姉様ァ、みっともな~い!」
「チョコひとつ満足に渡せないなんて、情けな~い!」
 妹たちはサタンを嬲る嬲る。…失態があったらフルボッコなのが七姉妹の不文律だ。

 そんなのを見せつけられて、ルシファーは急に不安になってしまう。
 ルシファーは表向きは長女として幅を利かせているが、実際は、姉妹で一番、要領が悪
いことを自覚している。
 サタンがうまく行かなかったのだから、自分がうまく行くわけがないと、急に恐ろしく
なってしまう。

 ……どうしようどうしよう…! でも、ちゃんとチョコを誰かに渡さなかったらロノウ
ェさまに怒られてしまう! そうしたら、妹たちにはきっとサタン以上に酷い目に遭わさ
れる…!

「ど、どうしたものかしら…。……トラブらないであっさりと受け取ってくれそうな男は
いないかしら…。」
 譲治とかどうかしら。あいつ、お人好しそうだし、ポイと渡したらあっさり受け取って
くれそう。
 ……あぁ、でもきっと紗音がしゃしゃり出て来るに違いない。アイツ、ここぞという時
はやたらと頑固でおっかないから!

「……誰かに渡した、ということにして、こっそり処分しちゃった方がいいかも…。」
 うん、多分、それがいい……。
 姉妹たちがサタンをいじめている間に、こっそりこれを処分……。

「ルシ姉の考えてることなんてお見通しなんだから!!」
「ひッ!」
 もうサタンいじめタイムは終了していた。
 サタンは、どさくさに紛れてルシファーが自分だけ逃げようとすることくらい察しがつ
いていたのだ。

「私たちには威張り散らすくせに、いつもこっそり逃げ出すのがルシ姉なんだから! さ
ぁさ、お前たち! ルシ姉を逃がすんじゃないよ!」
「「「はぁい、お姉様ッ!!」」」
 サタンの号令に妹たちが、腰を抜かしてへたり込むルシファーを取り囲む。

「ねぇ、ルシファーお姉様ァ。お姉様は誰にチョコをあげるのかしらぁ? 長女に相応し
い、優雅で素敵で、そして濃密な愛のバレンタインを見せてくださるのよね…?」
 まずい、捕まった……。ど、どうしよう…、誰にも渡すあてがない…。……どうしよう
どうしよう…。

 ルシファーの顔が見る見る青ざめていく。その表情は、何よりも雄弁に、逃げようとし
た胸中を物語っていた。
 誰に渡すの、どうやって渡すのと囃し立てる妹たち。絶望的な表情で俯き震える長女…。


「おう、太もも姉ちゃんたちか。相変わらず、姉妹仲良くやってんな。」
「な、……右代宮戦人…!」

「えぇ、そうよ~、煉獄の七姉妹はみんな仲良しなの。ね~、みんなぁ!」
「「「「はァい、仲良しで~す!」」」」
 ルシファーは目に溜まった涙を大急ぎで拭き、同じ様に取り繕う。

「……何だ、その箱? あぁ、そーか、バレンタインだもんなぁ! へへ、お前たちも普
段、物騒なことを言ってる割には、可愛げのあるとこもあるんだな。」
 戦人はルシファーが持っているチョコの箱に気付き、へらっと笑う。
 ……う、これは千載一遇のチャンスかも。戦人ならノリが良さそうだし、案外さらっと
もらってくれるんじゃ…。

「う、……右代宮、……戦人ッ!」
「あん? 何だい、太もも姉ちゃん。」
「ふ、太ももじゃないわよ、ルシファーって名前があるわよ…!」
「そりゃすまねぇな。んで、そのルシファーちゃまが何か用か?」

「…こっ、……こっここっ、」
 ルシファーは、赤面してふるふると震えながら、チョコの箱を突き出す。
 いくら鈍感な戦人でも、そのお膳立てされた状況下では、それが何を示しているのかよ
くわかる。

「……え? お、……俺に、…それ……?」
「…う、……受け取って下さいッ、お願いします……!」

 ものすごい大真面目のルシファーに、チョコを突き出される。
 それは必死も必死。姉妹たちに失態を嬲られまいと必死なのだ。
 ニヤニヤと意地悪そうに見守る妹たち。しかし戦人にはそれは、姉の勇気を見守り無言
で応援するように見えたのかもしれない。
 戦人はにやりとウィンクしながら、まるで父譲りの笑顔で笑う。

「…………え、」
「ありがとな。今日ばっかりは、抉るだのブッ殺すだのは休戦だぜ。ありがたく頂戴する
ぜ。」
 おおおおおおおぉ、と妹たちが歓声を上げる。サタンだけはチッと舌打ちをする。
 ルシファーは、戦人が救世主に見えて、キラキラと後光さえ見えるのだった。

「こりゃすげぇな。お前の手作りか!」
「ま、まぁその、そんなところよ……。」
「うん、うめえうめぇ! ありがとな、ルシファー。お前、結構、料理のセンスあるぜ。
物騒なことは止めて、普通に嫁さん修行した方が向いてると思うぜ?」
「……む、む…。それは我ら家具への最大の侮辱、聞き捨てならないっ。」
「冗談冗談! じゃあなご馳走様! ホワイトデーには期待しろよ、シーユーアゲイ
ン!」

 それ以上のお世辞はかえって機嫌を逆撫でするに違いないと悟り、戦人はキザ台詞を残
して去って行った…。


「ふ、…ふふふふふふ…! 見たか! 長女ルシファーに掛かれば、バレンタインなどチ
ョロいもんよ! あのニンゲン風情がホワイトデーに何をお返ししてくれるのか、楽しみ
だわ。」
「…やるわね、ルシ姉の分際で…。」
「運が良かったのよぉ、あそこで都合よく戦人が現れるなんてー!」
「運も実力の内よ! あーよかったよかった、本当によかった。これで煉獄の七姉妹は一
応は任務達成! ロノウェさまにお褒めの言葉がいただけるというものだわ。」
「サタン姉の無様なのは除いてね?」
「あッ、あれもまた作戦よ! ああいう渡し方もあるのよ!!」
「う~ん、サタン姉の技は深いなぁ。王道ツンデレだねぇ。デレがないけど。」
「「「きゃっきゃ、きゃっきゃ!」」」
「見事だわ、我らこそは煉獄の七姉妹! さぁさ、ロノウェさまに任務完了の報告よ!」
「「「「「「はーい、お姉様!!」」」」」」

 とりあえず、ロノウェのチョコのお陰で、七姉妹たちは楽しく一日を過ごすことが出来
たのだった……。

 七姉妹は顛末を厨房のロノウェに報告する。
「それは良かった。楽しい一日になりましたね。皆さんは下がって結構ですよ、お疲れ様
でした。」
「かしこまりましたっ、失礼しますっ!」
「「「「「「失礼しまーす、ロノウェさまぁ!」」」」」」

 実はロノウェは報告を受けずとも、詳細は全て知っていた。
 彼にとっては、チョコの甘さよりも、彼女らがそのチョコを巡って色々とやってくれた
一日の出来事の方がよっぽと甘いのだ。

「ぷっくっく。まぁ、年に一度の甘酸っぱい日でございます。たまにはこんなストーリー
もお宜しいのではないでしょうか。私も実にチョコをお裾分けした甲斐があったというも
のです。…………え? オチ? あぁ、もちろんありますとも。その大役は、我らが主で
あるベアトリーチェお嬢様にお願い申し上げましょう。どうぞカメラをそちらの方に。ぷ
っくっくっく!」

 ロノウェがパチンと指を鳴らすと、物語と舞台は暗転。
 プレゼントボックスを手に、きょろきょろと戦人を探し回っているベアトの姿があった。

「お、いたいたァ! いよ~ォ、戦人ぁ、探したぞー! ハッピーバレンタイ~ン!」
「何だよベアト、お前までバレンタインに浮かれてるのかよ…。」
 すっかり出来上がってしまったかのように上機嫌のベアトが、ようやく戦人を見つける。
 その手にはとても豪華に飾りつけられたプレゼントボックスが。

「まさか、お前までチョコを持ってきたってんじゃないだろうな…。」
「くっくっくっく、光栄であろう誉れであろう、妾からそなたにバレンタインチョコレー
トの進呈であるぞ! 正座して受け取るがよいぞ!」
「お前までバレンタインかよ、おめでてー魔女だな…。どうせ、食うと何かおかしくなる
毒でも入ってんだろ。」


「失敬な。こう見えても妾は空気を読める魔女であるぞ。そりゃあ、食べたらアヒアヒ♪になる薬やイヤンイヤン♪になっちゃう薬をゴリゴリと混ぜてはみたぞ? しかし妾は薬などに頼るのは邪道だから、そんなものに頼ったりはしないのだ!」

「…ますます信用できねぇなぁ…。…まぁ気持ちだけは受け取ってやるぜ。食うかどうかは別だがな。」
「食うが良いぞ食うが良いぞ。妾の心の篭った手作りである!」
……ベアトもまた、ロノウェが作ったチョコなのに、手作りだとしゃあしゃあとウソを吐く。

「そっか。手作りってんなら、一応拝んでおかねぇとな。…どれ。黄金の魔女さまの料理の腕前を拝見させてもらおうじゃねぇか。」

 あのベアトが手作りとは…。
 怪しくもあるが、バレンタインのためにチョコを自ら作るその苦労を汲み取らなければ男ではない。戦人はこの場はベアトの顔を立ててやることにする。

「くっくっくっく! さぁ箱を開け、驚くが良いぞ!」
「どれ。………おや? これは……。」
「どうだ! うまそうなチョコであろう! 妾の手作りであるぞー!」
 戦人は目を丸くする。ついさっき、ルシファーにご馳走になったチョコとまったく同じものだからだ。
 そして確かそれは、ルシファーの手作りじゃなかったけ???

「おい、ちょっと待て、ベアト。このチョコ、本当にお前の手作りなのか?
「うむ、そうであるぞ! お前のために心を込めて作ったのであるぞ!」
「復唱要求。“このチョコレはベアトリーチェの手作りである”。」
「ふげ?! んな、…なな、なんでだッ?!」

「そぉら、思った通りだ。何が手作りだ、いい加減なこと言いやがって、俺は知ってんだよ。これ、ルシファーに作ってもらったんだろ?」
「ル、ルシファー?! 何でルシファー…???」

「確かにルシファーのチョコはうまかった。あいつ、物騒なことばかりしてるわりには、なかなかチョコ作るのうまいよな。もう少しお淑やかになって花嫁修業を積めば、いい嫁さんになれるぜきっと。ホワイトデーには奮ってお返しをしてやるつもりだ。だがお前は何だ?! 人にチョコを作ってもらって、それをいけしゃあしゃあと自分でが手作りしたとウソを吐くとは! お前みたいなウソ吐きのチョコはいらん!」

「そ、そんなぁあああぁああぁ戦人ぁあぁぁぁぁあぁ……。」

 戦人はすたすたと立ち去ってしまう。
 後には、トホホホと涙を浮かべ、どうしてウソがバレたのかさっぱりわからないベアトが取り残される。
 ひとつわかるのは、なぜかどうしてかは知らないが、バレたのとルシファーが関係あるらしいということだけだ。


「ル、ルル、ルシファあああぁああぁあぁぁ、妾の家具の分際で……、よくも戦人に告げ口したなぁああぁぁぁ!! というかあいつめ、ロノウェが作ったチョコなのに、自分が作ったとかウソを吐くとはけしからんヤツ! 折檻だお仕置きだ拷問だぁああああああーッ!!」

 嘘吐き魔女のバレンタインデーは、こうして暮れて行くのでした……。

 その頃、ルシファーは、ホワイトデーには何かお返しをやるからなと戦人に言われ、案外、バレンタインも捨てたものではないと、こっそりホクホクしているのでした……。

 おしまい、ぷっくっくっく。
                                      <おしまい>