2022/12/10 - 2022/12/10
175位(同エリア266件中)
naoさん
環濠集落は、戦国時代の農民たちが外敵から身を守るため、周囲に濠を巡らせてその侵入に備えていた集落のことです。
こうして掘られた環濠は、単に防御機能を果たしていただけではなく、その豊富な貯水能力は日常の農業水利や治水対策上も重要だったことから、全国各地の集落で造られたと考えられています。
押し寄せる都市化の波にのまれて多くの環濠が埋め立てられ、全国的にその姿が消えつつある中、今も奈良県には往時の姿をとどめる環濠集落が数多く残されています。
奈良県大和郡山市番条町にある番条環濠集落は、佐保川に沿って南北に連なる三つの独立した曲輪(城郭)をつなぎ合わせたものだと伝えられていて、東西200m、南北710mという大規模な集落となっています。
古い大和棟の民家や、煙出しの越屋根や漆喰塗籠めの虫籠窓をしつらえた重厚な民家が美しい町並みを形成する集落には、今もいたる所に環濠の遺構が残されています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大和郡山市の番条環濠集落にやって来ました。
手前に見えている川は、集落の北側を流れる菩提仙川です。 -
民家のすぐ北側に小さな環濠が掘られています。
これを見れば判るように、集落の北側は外濠にあたる菩提仙川とこの小さな環濠の二重構造になっているようです。 -
西側(写真右側)を流れる佐保川に沿って、南北に細長い番条環濠集落は、元々独立していた三つの曲輪(城郭)をつなぎ合わせたものだそうです。
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では、番条環濠集落の北側から町並みを歩きます。
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煙出しの越屋根や白漆喰塗籠めの虫籠窓がある民家です。
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番条環濠集落の町並みです。
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こちらの民家は、立派な塀をめぐらせておられます。
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門と一体となった土蔵。
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石積みの上に塀をしつらえた民家です。
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石積みの上の塀越しに春日灯籠が覗いています。
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こんもりと盛り上がった所が竹藪になっています。
ここはかつて土塁だったように思われます。 -
こちらは集落のほぼ北端にある熊野神社です。
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熊野神社の拝殿です。
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本殿の前に鎮座する、阿形の狛犬と・・・
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吽形の狛犬。
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境内に居並ぶ春日灯籠。
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こちらは同じ境内にある稲荷社です。
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では、熊野神社を出て町歩き再開です。
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番条環濠集落の町並みです。
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拭き掃除が行き届いているようで、見事なまでに木肌や木目が浮き出ています。
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こちらは、明治時代の廃仏毀釈で廃寺となった光明院の大師堂です。
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石標に記されているように、光明院大師堂は江戸時代の明和年間(1764年~1772年)に制定された、大和北部八十八ケ所霊場の第六十四番札所になっています。
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大和棟の主屋があるこちらのお屋敷は、元庄屋さんのお屋敷だそうです。
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たわわに実った柿の木が季節感をただよわせています。
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カーブミラーに映る集落の風景。
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立派な門を構えたお屋敷です。
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大和棟の面影が残る民家です。
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番条環濠集落の町並みです。
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この民家が番条環濠集落の東端にあたります。
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その民家の東側に、大和郡山市が運行するコミュニティバスの「番条町北」バス停が設けられています。
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こちらは集落東側の「庄屋口堀(北堀)」と呼ばれる環濠です。
写真中央部に大和棟の主屋がある元庄屋さんのお屋敷が見えていますが、濠の名前の由来はここからきているようです。 -
こちらは「庄屋口堀」と道路を挟んだ南側に延びる「辻堂堀(南堀)」です。
このように、集落の東側には、掘られた当時の様子を知ることができる環濠の姿がよく残されています。 -
ここからは道路を隔てた南側の町並みを歩きます。
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柿の木の紅葉やナンテンの赤い実が彩を添えています。
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町並みを外れて路地を歩いて行くと、「辻堂堀」に面して大和棟の民家が建っていました。
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町並みに戻ってくると、今度はこんな大和棟の民家と出会いました。
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こちらの長屋門は、シャッターのある車庫に改修されておられます。
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土蔵のある民家です。
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路地の中にも良さげな光景が見えています。
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土蔵の窓に架けられた銅板葺きの庇。
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路地の奥には、荒壁仕上げの土蔵も隠れていました。
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一本南側にある「コの字型」の路地からも良い雰囲気が漂ってきます。
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「コの字型」の路地を抜けた先の民家です。
右手前にシャチホコの載った門が見えますが、こちらは真言宗の阿弥陀院です。 -
阿弥陀院さんは大和北部八十八ケ所霊場の五十七番札所となっています。
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阿弥陀院さんの門前にある地蔵堂。
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見事なクスノキが植えられた民家です。
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こちらの民家は、砂利敷きの通路の奥に門を構えていらっしゃいます。
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こちらが通路の奥にある門です。
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番条環濠集落の町並みです。
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土蔵手前の路地を左に入った先にも・・・
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大和棟の民家がありました。
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急勾配の屋根が大和棟の特徴です。
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集落の西側に広がる田圃。
見えているのは佐保川の堤防です。 -
土塀の続く町並みの突き当りに、大和棟の民家が見え隠れしています。
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こちらがその大和棟の民家です。
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奈良県から大阪府の河内地方にかけて、古くから数多くの大和棟の民家が建てられましたが、番条環濠集落にこれだけたくさん残っているとは知りませんでした。
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番条環濠集落の町並みです。
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土塀の上に枝を広げる見越しの松の向こうに、大和棟の主家が見えています。
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見越しの松が植えられたお屋敷のある通りを抜けてきました。
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コンクリートで保全された環濠は、集落のほぼ南端に位置しています。
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では、東側の環濠で折り返して、集落の西側へ向かいます。
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集落を西側へ抜けてきました。
集落の西側を流れる佐保川の堤防との間にも環濠が掘られていたようで、その名残が残されています。 -
こちらは、佐保川の堤防に祀られている藪大師です。
番条環濠集落では、毎月21日の弘法大師の命日に大師講が営まれていますが、この藪大師は大師講の信仰の対象として祀られているとのことです。 -
祀られている石像には、文化3年(1806年)の建立と刻まれているそうです。
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集落西側の家並みです。
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佐保川の堤防との間の田圃では、集落の方が藁焼きをされていました。
ここからは佐保川の堤防下の道を歩いて北側の町並みへ戻ります。 -
ここで堤防下の道を上がって、北側の集落に入ります。
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こんなに狭い道に面して民家が門を構えておられます。
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その狭い道から見た町並みの光景です。
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狭い道を抜けた先の町並みには、立派な土塀をめぐらせたお屋敷が連なっています。
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高塀に沿って名栗加工の駒留をめぐらせているお屋敷は、嘉永6年(1853年)創業の造り酒屋さんです。
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こちらの造り酒屋さんは、江戸時代には郡山藩の御用商人として苗字帯刀が許されていたそうです。
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こちらは、かつて入母屋造りの茅葺屋根だったものをトタン板で覆った民家です。
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酒蔵の屋根越しに見える煙突が、造り酒屋であることを教えてくれます。
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こちらの長屋門には、吟味したであろうと思われる見事な木材が使われています。
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入念な仕事ぶりをうかがわせる塀をめぐらせたお屋敷です。
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さて、番条環濠集落も一通り歩いたので、これで終わります。
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