さようなら、エイトマン・桑田次郎先生
桑田二郎(次郎)先生ご逝去
漫画家・桑田二郎さん死去「8マン」「月光仮面」85歳、老衰で
昭和の子供にとってマンガ連載のアニメ化は一大事でした。「エイトマン」は、「鉄腕アトム」「鉄人28号」と並んだ初期アニメの御三家です。その基本がまずあって、たくさんの枝葉が伸びたように感じました。
ぼくの体験ではマンガの連載より、どうあってもアニメの方で、その延長で丸美屋のふりかけをおまけのシール目当てに親にねだった事が大きいな印象で、乾物屋の前を通るのが好きでした。
アトムも鉄人も同様、3歳の体験なんてそんなものです。だから、グリコ劇場枠の「鉄人」の後番組「遊星少年パピイ」も、結局はグリコのおまけ目当てなんです。
「エイトマン」の後番組は「スーパージェッター」で、やはり丸美屋はシールだったので、自分の中ではグリコの圧勝でした。
1964年は「少年マガジン」が50円。だいたいラーメンが同じ。映画では「モスラ対ゴジラ」や「赤ひげ」の頃。東京オリンピックで世の中が様変わりしていく時。盆踊り大会の五輪音頭に合わせて、母たちが商店街を練り歩いた記憶があります。
よく熱を出した子供だった上に親たちが階下で共働き、1人遊びのためのアイテムはたくさん揃っていました。
エイトマンは、サイボーグです。自分の死によって新しい不死身の機械の体を得る。中味としては以前の自分であるのに、体は違う。謂わばこの世の表に存在しない影の男です。
その彼へ、歌詞はこう言います。3番です。
もえる空 もえる風 もえる心
すすめ 無敵の力もて
ゆけ、エイトマン だれよりも強く
ひびけ轟け 鋼鉄の男
エイトマン エイトマン
これは男の応援歌ですよ。正義あればこそ、誰よりも強くないといけない。自分にないものなので、未だにこの歌は感動を与えてくれます。
桑田次郎の名前を覚えるのは「エイトマン」でしたけど、「ぼくら」連載の「ウルトラセブン」の方が大きな意味をもっていました。そういう世代でしたから。
同じ映像のノベライズでも「月光仮面」や「まぼろし探偵」は後から読んだものでした。
リアルタイムで強烈だったのは平井和正原作の「デスハンター」です。「ぼくらマガジン」は映像化の登竜門だと気がついていたので、いつか映画かテレビでやるんだろうなと思っていました。小学校へ入っていましたが、あんな残虐な描写は大人が見ても顔を背けると思うんです。
桑田先生の絵は、本当に巧くて、いま厳しい目で見ても、デッサンも、ペンタッチも、デフォルメも、コンテも、どれこれも見事です。
絵の上手な子供はあの絵を真似るんですが、ぼくは無理でした。
あるとき、主題歌を歌った人の事件を知りました。
先生もなにかやりましたが、ぜんぜん関係ないです。
事件はどうでも良い事で、「エイトマン」の物語とその歌はいまでも最高峰に位置します。
つらいときに聞く「エイトマン」の主題歌にどれだけ助けられたか。
幼少の頃の孤独さをおぎなう1人遊びにフォノシートがありました。話は難しいのに「エイトマン」主題歌は子供でも歌えます。
勇壮で馴染みやすくて、後日、野球の応援に使われました。
またあるとき、桑田先生が精神世界の方面へ行ってしまったのを知ると、もう時代が変わってしまったのだと思いましたが、それより懐かし物ブームでアニメ主題歌全集(最初にコロムビアからボックスが出た)に「エイトマン」が含まれてないことが残念でなりませんでした。
「エイトマン」は事件のせいでレコード業界ではないものとされました。
事件と映像や音楽はまったく別次元のものなのに。いまでも俳優がなにか起こすとお蔵入りする映像がありますよね。
80年頃、安井さんが各社への夜回りで、徳間書店へ連れて行ってくれた折り、編集部の端っこの机で、エイトマンの画稿、コピーの裏写りを白で補正をしている人がいました。綿引さんと言う安井さんクラスのフリーの編集者で、挨拶すると、エイトマンの未完の話になりました。大都社の復刻本の原稿を作っていたんです。どうして徳間でやっているのか分かりませんでしたけど、そういうものなんだと思いました。
「エイトマン」は、ぼくより上の世代が熱中しています。
バカ映画の河崎さんは、高校の先輩にあたり、在学中は会った事がありませんでしたけど、自主映画の上映会に行ってから、知り合いました。その頃はかなり真面目にヒーロー映画を撮るつもりだったようで、桑田先生にアイキャッチの絵を描いてもらっています。「エスパレイザー」と言う映画の善と悪のヒーローです。羨ましくてたまりませんでした。
「エイトマン」がリメイクするとあまり期待もしないで見てみます。期待をしてない以上にはならないのは「エイトマン」を干した祟りだと思うんです。
いつか、腰が抜けるような「エイトマン」を見たいです。
8kのCMに出たCGのエイトマン、河崎さんのロバマンの方が愛を感じました。
『エイトマンの歌』克美しげる フルバージョン 1963~1964
https://www.youtube.com/watch?v=vcTELCKq7bo
エイトマン 最終回のED
https://www.youtube.com/watch?v=RK3yl-NeCOA
SMAP NTT東日本 FLET'S光 2005
https://www.youtube.com/watch?v=v9EAEPo9_q0
SMAPが歌う「エイトマン」、克美しげるの勝ち!
エイトマン 3連発
https://www.youtube.com/watch?v=7UI7CHp28NY
ビクター版(男性コーラス)、たいらいさお版、克美しげる版
エイトマン オカリナ演奏
https://www.youtube.com/watch?v=CsieqF4zSg4
エイトマンカラオケ
https://www.youtube.com/watch?v=hR3Q1CRDngE
<画像>
・「少年マガジン」の表紙や扉。「ロマンアルバム」から。
・講談社「少年マガジン」と少年コミックス「8エイトマン」。
・少年マガジンの裏表紙、丸美屋の広告。
・左は丸美屋のふりかけのおまけのシール。右は少年マガジンで注文するシール。
・朝日ソノラマのソノシート「8エイトマン」とビクターのミュージックブック「8エイトマン」。右下はレコードです。東芝から。
・「8エイトマン」のかるた。3歳だったからもしかしたら手にしたかもしれません。
・プラモデルは今井のマスコットシリーズ。これに親しんだ世代は60代半ば以上の方ですね。右はボードゲームです。
・徳間書店ロマンアルバム・シリーズ17「エイトマン」から桑田先生のコメント。平井和正さんが原作者なので先なんですね。
79年の本。これを越える資料はないですね。取材も再録も手が込んでいます。
・次のページ。豊田有恒さんと半村良。若いSF作家たちが手を替え品を買えて挑んだ「エイトマン」でした。
・特撮ファンにもお馴染みのお三方。三輪さんは「ウルトラセブン」の制作。エイケンの鷺巣さんはピー・プロの鷺巣さんの実弟です。
「エイトマン」の監督として絵コンテ52本を描いた河島さんは、身についた桑田調の絵でフォノシートのジャケット(ガラモンの逆襲など)をやっています。TBSのタイトルを作っていたので、推測ですが、「ウルトラマン」のタイトルや影絵もこの人だと踏んでいます。その影絵のイラストは「たのしい幼稚園」で金城哲夫と組んで絵物語を連載しました。
この時点でお元気なんですね。もし自分に探求心と行動力と知識があったなら、ぜったいに会っておけば良かった1人です。79年と言えば、もう同人誌を始めていた時ですからね。