宝蔵院胤栄 (ほうぞういん いんえい) | げむおた街道をゆく

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胤栄(いんえい、大永元年(1521年) - 慶長12年8月26日(1607年10月16日))は、安土桃山時代の興福寺の僧衆(僧兵)・武術家。覚禅坊。興福寺子院の宝蔵院(寶藏院)の院主。
それまでの素槍中心の槍術に対し、十文字槍を使用した宝蔵院流槍術を始めた。柳生宗厳の薦めでともに上泉信綱の弟子となり新陰流剣術を修行するなど、多くの師に付いたと伝えられるが、中でも天真正伝香取神道流大西木春見の影響が強く表れている。素槍に比べ槍としての攻防を多様にする十文字鎌槍の創始は当時の槍術には画期的なものであった。
晩年は僧侶が殺生を教える矛盾を悟り槍術から離れ、全ての武具は高弟の中村尚政に与え、僧としての活動を主にした。二代目を胤舜が継いだ。 他の門弟には下石三正、礒野信元がいる。


以上、Wikiより。



宝蔵院胤栄