80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.274
にわか雨 石川ひとみ
作詞 岡田冨美子
作曲 西島三重子
編曲 松任谷正隆
発売 1983年6月
ルックス、歌唱力、楽曲、メディア露出とすべて揃っていたわりに不遇だった石川ひとみを象徴する、「まちぶせ」の”予定外”のヒットで埋もれてしまった名曲
石川ひとみの代表曲が『まちぶせ』(1981年4月)であるということには、全く異論のないところでしょう。1978年にアイドル歌手としてデビューした石川ひとみですが、なかなか歌のヒットに恵まれず、11枚目のシングルでようやくヒットに結びついたのですから、彼女にとっては宝物のような曲となったことだと思います。『まちぶせ』のおかげで、紅白歌合戦やザ・ベストテン、トップテンにも出演し、今も名曲として歌い継がれているわけですから、逆に『まちぶせ』がなかったら、その後の石川ひとみは間違いなくなかったはずです。
ただ、石川ひとみの素材からすると、本来ならアイドル歌手としてもっとヒットを飛ばしていても、まったくおかしくなくて、むしろ1曲のヒットだけで終わってしまったというのは、不思議なくらいだとも思っています。当時は芸能界デビューにはまずは歌からというのが定跡であり、玉石混交の新人アイドルちゃんたちがデビューする時代ではありましたが、その中でも石川ひとみの素材は強力でした。
まずは可愛らしさと大人っぽさの両方を感じさせるルックスはアイドルとして十分でしたし、加えて歌唱力も文句なし。6thシングル『ハート通信』を作曲した吉田拓郎も、のちにラジオで、“当時アイドルに曲を提供しても出来上がりを聴いてがっかりすることが多かったのだが、石川ひとみについては、しっかりと歌いこなしていて感心した”というような話をしていたようで、多くの人たちにも認められていました(ただ当時は歌の上手なアイドルは、今と違ってたくさんいたのですが…)。さらに所属事務所も超強力な渡辺プロダクションであり、石川ひとみも「プリンプリン物語」「ドレミファドン」などの人気番組にレギュラー出演するなど、テレビを中心としたメディアへの出演にも恵まれ、知名度もそれなりにあったのです。では楽曲に恵まれなかったかというとそうでもなく、今改めて聴いても、なんでこの曲が埋もれてしまったのかと思わせる佳曲揃いなのです。それならいったいなぜ売れなかったのか、本当に不思議なくらいなのですが、敢えて言うとシングル曲を選ぶ戦略といいますか、タイミングに恵まれなかったというところでしょうか。そしてタイミングに恵まれなかったその最たる作品が今回取り上げた『にわか雨』だということになるでしょう。
実はこの曲、『まちぶせ』の直後に12thシングルとして続けてリリースされる予定だった曲です。ところが予定外に『まちぶせ』が売れてしまい、『まちぶせ』をさらに強力にプッシュしていくために、12thシングルのリリースを遅らせることになったわけです。ただ『にわか雨』は梅雨時を意識して作られた歌詞になっていて、『まちぶせ』の勢いが一段落し、いよいよ次のシングルを出そうといった時には、もう秋になってしまっていたわけです。ということで、一度リリースを見送られてしまったのが『にわか雨』だったのです。
この『にわか雨』はメロディーがとても美しく、恋の初期の初々しさを歌詞にしたとても爽やかな曲で、楽曲の出来栄えとしても素晴らしいものがありました。普通雨の歌というと、どこか悲しさとか寂しさとかが感じられる歌が多いのですが、この『にわか雨』はそんな暗さはほとんどなく、むしろ微笑ましい感じの作品で、『まちぶせ』からの流れで次にくる歌としては、非常に適した歌だったと思います。たらればになってしまうのですが、もしそのタイミングで『にわか雨』が発表されていたならば、もしかすると、『まちぶせ』に続くヒット曲になっていたかもしれません。それぐらい惜しい曲です。替わって選ばれた12thシングル『三枚の写真』もいい曲ではあるのですが、抑えめでちょっと地味なのですよね。
そして結局『にわか雨』がリリースされたのは2年後の1983年6月、17thシングルとしてでした。確かに梅雨時ではあったのですが、この年代の女性の2年というのは結構大きくて、石川ひとみは23歳になっていました。この歌詞の内容は、23歳の女性にしては、ちょっと幼くなってしまうのですよね。
《小さな傘の中 肩が触れるたびに ごめんねとあなたも あせってた》
《映画に誘われて ワインで食事した 気取ってるあなたが ほほえましくて》
《にわか雨 雨 はじめての二人きり 逃げ出したかった あのとき》
お酒を覚えたての20歳、21歳ぐらいの女の子がはまる歌詞で、まさに時期を逸してしまったのです。さらに『まちぶせ』のヒットの勢いも薄れてしまい、注目度も下がっていましたから、チャンスも少なかったかもしれません。そして次の18thシングル『恋』(1983年9月)は玉置浩二作曲で小柳ルミ子とも競作(タイトルと歌詞は違いますが)した大人の恋の名曲。このあたりの戦略のちぐはぐさが、ヒットを産み出せなかった要因なのかもしれません。これら以外にも『君は輝いて天使に見えた』(1982年5月)も名曲ですし、本当にもったいないばかりです。
最後に、石川ひとみのシングル曲で好きなベスト10を選んでみました。
1 にわか雨 ★
2 恋 ★
3 君は輝いて天使に見えた ★
4 まちぶせ ★
5 ハート通信
6 くるみ割り人形
7 ミス・ファイン
8 三枚の写真 ★
9 あざやかな微笑み
10 ひとりじめ ★