【レビュー】「ガウディとサグラダ・ファミリア展」 ~140年の時を超えて受け継がれるガウディの意匠~ 名古屋市美術館で3月10日まで
名古屋市美術館では、「開館35周年記念 ガウディとサグラダ・ファミリア展」を開催しています。バルセロナを中心に活動した建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)の独創的な発想の源泉を紹介すると同時に、着工から140年以上の時を経てようやく完成への道が見えてきたサグラダ・ファミリア聖堂にスポットを当て、ガウディの建築思想や造形原理をひもとく展覧会です。
会場内には100点を超える図面や模型、写真が展示されているほか、ドローンを活用した映像でサグラダ・ファミリアの最新の姿を知ることができます。上の写真はガウディ建築のシンボルとなるパラボラ(放物線)形の塔の模型で、背景の壁にはそれと呼応するように「放物線面は幾何学すべての父である」とガウディの言葉が記されています。会場内にはこのようにガウディ語録からの引用が散りばめられており、印象的なフレーズを探しながら展示を味わうのも楽しみのひとつでしょう。
ガウディの創造の源泉 ①歴史
アントニ・ガウディ(1852-1926)は、スペインのカタルーニャ地方の小都市レウスに生まれ、青年期にバルセロナへ移り、そこで建築家として生涯のほとんどを過ごしました。彼が生み出した独特の形状と豊かな色彩は、いったいどこから生まれたのでしょうか。「歴史」「自然」「幾何学」。これらのキーワードをもとに前半の展示が展開されていきます。
「何ごとも過去になされたことに基づくべきだ」とガウディは過去の建築の再発見をし、自らの作品に応用しました。19世紀は「歴史」が盛んになった時代であり、過去の様式を再評価しつつ新たな様式を生み出すことが行われたのです。ガウディもネオ・ギリシャ(グエル公園、「神殿と屋外劇場」)やネオ・ローマ(卒業制作「大学講堂」)、ネオ・ビザンティン(コローニア・グエル教会堂計画案)などのリバイバル建築に取り組みました。
歴史を掘り起こすということは、過去の異文化交流の跡をたどることでもあります。現在スペインがあるイベリア半島は中世にイスラム帝国の領地となったことがあり、イスラム文化の影響を強く受けました。建築でもアルハンブラ宮殿など、イスラム建築の名作が残っており、ガウディもそれらの建築から学び、作品に反映させました。
破砕タイル手法は、イスラム建築を参考にしながらガウディが生み出した独自のテクニックです。割れたタイルを曲面に貼ることで、防水・防塵効果があるだけでなく、色鮮やかな装飾が可能となりました。この手法はのちにサグラダ・ファミリアの鐘塔頂華(しょうとうちょうか)として結実します。
②自然
ガウディは「すべては大自然の偉大な本から出る」と、自然からもよく学びました。植物のモチーフを建物の装飾に使い、洞窟からはパラボラ(放物線)アーチという大きなヒントを得ました。1905年にベラ・ミラより依頼されて取り組んだカサ・ミラは、それぞれの窓が洞窟開口部に、白い屋根は雪を抱く尾根、屋上の水槽塔は山の峰々に見えると言われています。
③幾何学
幾何学もまた重要な支えになりました。ガウディの建築は曲面が多用されており複雑に見えますが、幾何学を使って導き出された曲面を組み合わせたものです。ガウディは「自然洞窟はパラボラ断面」と言い、釣り合いのとれたアーチとしてパラボラアーチを建物に取り入れました。また、放物線を立体化して作られたパラボラ形と呼ばれる塔のスタイルは彼の建築の特徴であり、サグラダ・ファミリアでも取り入れられています。
上の写真は、有名な逆さ吊り実験の模型です。コローニア・グエル教会堂を設計するため、鎖や紐と重りで釣り合いの取れた形を探り、それを反転させた姿が教会の模型になるという試みでしたが、形状が複雑すぎて模型を完成させるのに10年を要したと言われています。
サグラダ・ファミリア聖堂 ①成り立ち
「サグラダ・ファミリア」とは、イエス・キリストと、その両親であるマリアとヨセフをあわせた聖家族のことを指します。サグラダ・ファミリア聖堂は「貧しい人々の大聖堂」と言われますが、その理由は「聖ヨセフ信心会」という民間団体が母体となり会員からの献金をもとにして聖堂が建てられているからです。ガウディは2代目の建築家としてサグラダ・ファミリアに関わり始め、その後亡くなるまで約40年にわたり、この聖堂の建築を推し進めました。
②ガウディの時代
ガウディは大小さまざまなサイズの石膏模型を作っては修正を重ねながら最終案を作ってゆきました。模型を作るにあたっては、ガウディの右腕とも言われる彫刻家ジュアン・マタマラの存在が欠かせませんでした。また、資金集めに奔走したり、計画案の全貌を明らかにする『サグラダ・ファミリア聖堂アルバム』を出版するなど、プロジェクトリーダーとしての仕事も精力的にこなしていました。
身廊部内部は写真による紹介ですが、ステンドグラスを通した光や天井の採光窓からの光が降り注ぎ、非常に幻想的です。また、天井を支える二重らせんの柱が上方で枝分かれして森の木々のように見えるので、まるで静かで明るい森の中にいるようです。
③ガウディの遺志
当初は10年で完成すると公表されたサグラダ・ファミリアですが、建築計画の変更や資金難などで工期は延びてゆきました。自分が生きている間に聖堂が完成しないと悟ったガウディは、自分の建築スタイルをいかにして次世代へつないでゆくかに砕心します。1891年に巨額の献金を受けたことにより、ガウディは当初の計画案のスケールを拡大し、「降誕の正面」の建設を始めました。「降誕の正面」は後年、サグラダ・ファミリアに関わることになった建築家たちにとって、ガウディの思考を知る貴重な手がかりとなりました。
ガウディはスタッフや若い建築家たちにサグラダ・ファミリア聖堂の将来について説明するほか、模型や写真など多くの資料を残しましたが、残念ながらスペイン内戦時にアトリエが焼き払われ、模型も壊されてしまいました。後を継いだ人々は建設をすすめるにあたり、大変な労力をかけて資料の復元にあたりました。たとえば「受難の正面」はもともと石膏模型がなくオリジナル図しか残っていなかったため、実施案を作るには2010年以降のコンピューター解析を待たなくてはならず、彫刻はガウディのオリジナルではなくスビラクスによるキュビズム的なデザインの彫刻を採用することになるなどです。上記写真の十字架の型はガウディのオリジナルで、非常に貴重な資料です。
外尾悦郎氏は外国人でありながらも彫刻の修復作業を任され、ガウディの石膏像写真から受難の正面の「歌う天使像群」を復元しました。復元された石膏像は1990年から2000年にかけて「降誕の正面」に設置されていましたが、現在は石像に置き換えられています。実際に設置されていた石膏像を本展で見ることができます。ガウディは彫刻を制作するとき、あらゆる角度から見て自然に見えるよう工夫を凝らしました。たとえば、人体を普通のプロポーションで作ると下から見上げた時に頭が小さく見えてしまうため、逆算して頭部を大きく作ったのです。そして人体だけでなく動物や植物さえも型取りして石膏のモデルを作成し、最後に石の彫像として表現しました。
未完の聖堂
工事着手から140年あまりの時を経てようやく完成の道が見えてきたサグラダ・ファミリア。すでにマリアの塔が完成し、ガウディの没後100年となる2026年にはイエスの塔が完成となる予定です。イエスの塔が完成した後も、まだ建設は続き、ガウディの構想が完全に実現されるのがいつになるのか、正確な時期は定まっていません。完成が待たれる一方で、人々が力を合わせて建設をすすめていく過程そのものが、むしろ聖堂の存在意義なのかもしれません。そして建築デザインの要として、今もアントニ・ガウディは存在しているのです。(ライター・岩田なおみ)
特別展 開館35周年記念 ガウディとサグラダ・ファミリア展 |
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会場:名古屋市美術館 〒460-0008 名古屋市中区栄2-17-25(芸術と科学の杜・白川公園内) TEL 052-212-0001 |
会期:2023年12月19日(火)~2024年3月10日(日) ※会期中、一部展示替えがあります。 |
休館日:月曜日 |
開館時間:9:30-17:00、2月23日を除く金曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで) |
観覧料:一般1800円、大学:高校生1000円、中学生以下無料 |
アクセス:地下鉄東山線・鶴舞線「伏見」下車、5番出口から南へ徒歩8分 |
主催:名古屋市教育委員会・名古屋市美術館、NHK名古屋放送局、NHK エンタープライズ中部、中日新聞社 |
共同企画:サグラダ・ファミリア贖罪聖堂建設委員会財団 |
後援:スペイン大使館、JR東海、名古屋市立小中学校PTA協議会 |
協賛:SOMPO ホールディングス、DNP 大日本印刷、YKK AP、アイシン |
協力:名古屋市交通局 |
詳しくは、展覧会公式サイト |
閉幕 2023年6月13日〜9月10日 東京国立近代美術館/2023年9月30日~12月3日 佐川美術館(滋賀県) |