かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

「見知らぬ女」から「忘れえぬ女」へ

2009-06-01 02:33:49 | 気まぐれな日々
 年をとると妄想と現実が接近し出すようだ。
 以前から気になっていたイワン・クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」がやってきたというので、BUNKAMURAに会いに行った。
 噂に違わぬ魅惑的な女性だ。サンクトペテルブルグのネフスキー大通りの、幌馬車の上からじっとこちらを見ている。宝石と羽毛を飾ったトークを被り、ミンク(おそらく)の毛皮をあしらった外套に毛皮のマフが、ゴージャスな雰囲気を漂わせている。
 それに、大きな瞳に、揃えていない荒々しい眉が挑発的だ。
 彼女は、誰なのだろうという噂は絶えない。当時から誰だか分かっていないのだ。だから、題名は、「見知らぬ女(ひと)」つまり、「Unknown lady」なのだ。
 どこかの貴婦人、伯爵夫人あたりであろうか。やっかみもあってか娼婦という噂さえ立ったことがある。はたまた、トルストイの「アンナ・カレーニナ」という人さえいる。
 この「見知らぬ女」が、日本では「忘れえぬ女」となった。
 僕は、この見知らぬ女が、ずっと忘れえぬ女だった。気になっていたのだ。そして、やっと会えたのだった。

 ところが、秋の空だけではなく、人の心は移ろいやすいものである。
 「忘れえぬ女」のところに行くと、この女とまったく性格も気性も違う女がいた。
 その女は、見知らぬ「女鉱夫」であった。ウラルのドネック炭田(グルーシェフスキヤ鉱山)で働いている明るく健康的な女だった。僕は仕事を終わって鉱舎から出てきたこの女と目が合うと、一目で気が合うと直感した。
 見知らぬ貴婦人とは違って、服も髪も飾らない自然な姿が、彼女の大らかさを示していた。働く女は美しい。それに、彼女がいるロシアのウラルが、とても魅力的な街に思えてきた。
 見知らぬ女鉱夫は、忘れえぬ女鉱夫となった。

 ロシアは、広くて深い。女も多様だ。
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