推理の折り返し(2)

2016年12月31日 21時10分57秒 | 折り返し

 

★本人論

 そもそも、“全ての名は、本人以外には名乗れない!!”という赤字がある以上、別人が他人の名前を名乗ることはできないはずだが、明らかにそれに反しているように見える存在が嘉音の他にすでに登場している。それは、「九羽ベアト」だ。

 九羽ベアトは、1967年の六軒島の隠し屋敷に、人間としてのベアトリーチェさまとして確かに存在したことが明言されている。しかしこの九羽ベアトは、自分をベアトリーチェと名乗るものの、自分が金蔵の言うベアトリーチェでないことを自覚している。九羽ベアトは独立した一個人としてのベアトリーチェとしてその名を名乗っているのではなく、過去に存在したベアトリーチェとしてその名を名乗らされている。このことはロノウェが“実際にこの場所で、お二人はこのような会話をなされました。”と赤で保証している。これは、“全ての名は、本人以外には名乗れない!!”に反するのではないか?

 それでも反しないというのであれば、“本人”という言葉が、この赤字に反しない様に定義づけられていると考えるしかない。1986年の六軒島世界にはベアトリーチェが実在する(Ep2●“妾(わらわ)”参照)。だが、九羽ベアトは1986年には間違いなく死んでいる。六軒島世界に魔女が存在しないとすると、1986年のベアトリーチェと九羽ベアトは、明らかに別人だ。にもかかわらず、ベアト世界のベアトは、この二人どちらも“妾”だという。つまり、どちらも確かにベアトリーチェ本人なのだ。異なる人物をどちらも“本人”と主張できる定義とはどのようなものか。

 とある人物Xが、「私はAである」と名乗った場合、誰もそれを認めなければ、Xが妄言を吐いているだけであり、当然XはA本人であるとは言えない。しかし、他者Yが、Xを見て、その人をAだと認めれば、XはA本人であると言えるのではないか。ただし、他者Yが、XをAだと信じていないのに、口だけ承認しても、それは駄目である。

 九羽ベアトの場合、彼女には金蔵がいた。金蔵は九羽ベアトを、本気で自分の知るベアトリーチェの生まれ変わりだと信じていた。だから、九羽ベアトもベアトリーチェ本人足り得た。

 1986年のベアトリーチェの場合、金蔵と同様の役目を担ったのは、やはり、マリアージュ・ソルシエールの仲間である、真里亞であろう。Ep4では六軒島世界のベアトリーチェが、真里亞の概念を重要視していたという伏線が示され、真里亞には、憑依と言う概念がある。真里亞は、楼座の振る舞いを見て、楼座を母親の“楼座”と認めることもあれば、楼座に取りついた“悪い魔女”と認識することもある。同様に、“ベアトリーチェ”のキャラクターを確立させて、誰かがそのキャラクターを真里亞の前で見事に演じれば、真里亞はその誰かを、“ベアトリーチェ”と認めるだろう。その時その誰かは、ベアトリーチェ本人足り得る。

 “本人”の定義について結論付けると、“本人”とは、この人は確かにその人であると、他者に心から認められた人物の事である。そして特に、金蔵を除けば、憑依と言う概念がある真里亞が、主にその“他者”としての役割を担っている。真里亞は言わば本人認定師であるあるキャラクターを想定し、真里亞の前でそのキャラクターを見事に演じ、真里亞にそのキャラクターであると認めてもらえれば、今後はそのキャラクター本人として、赤字でもその名を名乗ることが許されるようになる

 ただし、例えば真里亞の前で留弗夫が蔵臼のふりをしても、留弗夫は蔵臼本人にはなれない。なぜなら、真里亞は蔵臼の事を知っており、真里亞の中で蔵臼のキャラクターは確立している。留弗夫は蔵臼とは異なる人生を歩んでいた以上、蔵臼のキャラクターを100%は再現出来ず、真里亞に見破られてしまうからだ。一方、真里亞にとってベアトリーチェとは、金蔵の知るベアトリーチェでも、九羽ベアトでもなく、新たに六軒島の魔女として生み出されたキャラクターなので、比較対象がない。だからその設定さえしっかりしていれば、真里亞に通用する。要するに、真里亞がすでに知っている人物として本人認定してもらうことはできないということである。

 そして重要なのは、真里亞に本人認定してもらう際に、変装する必要はないということである。真里亞は外見に関わらず、そのキャラクターのみで本人かどうかを判断する。

 これで“全ての名は、本人以外には名乗れない!!”に反せずに済む。

 嘉音の場合も、“ベアトリーチェ”と同じ方法で、“嘉音”本人と認めてもらえていれば、紗音が嘉音に変装して嘉音を名乗ったとしても、“嘉音の名を名乗ることが出来るのは本人のみ! 異なる人間が名乗ることは出来ない!”には反しない。つまり、紗音が嘉音に変装していると主張するなら、紗音は嘉音本人であると一度真里亞に認められていないといけない。

 

★イノセント郷田

 南條、源次、紗音、熊沢、郷田は異なる人物を嘉音と誤認することは絶対にない。例えその“異なる人物”が嘉音“本人”であっても駄目である。紗音が嘉音に変装している場合、紗音は嘉音本人であるとしても、紗音は同時にやはり紗音本人でもある。嘉音に変装した紗音が、自分は嘉音本人だと主張することは許されるが、その主張をされた相手が、嘉音に変装した紗音を、紗音と認識するか、嘉音と誤認するかどうかは、また別の問題なのだ。

 紗音が嘉音に変装しているなら、紗音自身が誤認するわけがないのは当然だ。では他の4人は? 紗音とグルなら話は早い。紗音の変装に付き合って話を合わせているだけで誤認しているわけではない。南條は多くのゲーム盤で確定偽証者であり、源次と熊沢も魔女ベアトリーチェは“い”ると主張する偽証者だ。彼ら3人が紗音とグルと考えるのは容易である。この3人についてはおいおい追及するとして、問題は郷田だ。

 郷田は、料理に関することを除けば非常に凡人として描かれており、確かに黄金をちらつかせれば犯罪にも加担するかもしれない。だが、郷田はそんなに紗音と仲が良いわけではないし、蔵臼と夏妃の金蔵の死を隠す企みにも参加していないし、魔女ベアトリーチェが“い”るとも本気で主張していない。そんな郷田が紗音とグルで紗音の変装に付き合っていたとは考えにくい。しかし、確かにEp1では戦人視点で郷田も嘉音を知っている描写があり、そこでは嘉音を嘉音として扱っていた。これをどう考えるか。

 郷田には、他の登場人物にはないある特徴がある。それは、嘉音よりも新参者であるという特徴だ。他の登場人物にとっては、長年紗音と付き合いがあったところに、嘉音が後から登場した形になるが、郷田にとっては、六軒島に初めて来た時点ですでに、紗音も嘉音も先に存在していた形になる。だから、郷田だけには、紗音が嘉音に変装している姿を、紗音そのままの時の姿よりも、先に目にした可能性がある。その場合、嘉音に変装し紗音は確かに嘉音本人であるので、その紗音を“嘉音”と認識したとしても、まだ郷田は“紗音”の事を知らないのだから、“紗音を嘉音と誤認した”ことにはならない。そしてその後、変装を解いた紗音の姿をみて、それを“嘉音”が変装を解いた姿だと見破れず、紗音と“誤認”したのである。郷田は紗音を嘉音と誤認することは絶対にない。だが登場人物の中で、唯一、郷田だけが“嘉音”を紗音と“誤認”している

 

見たことない女・解答編

 Ep4の時点では、以下のように可能性を挙げた。

 

[1]Ep4では事件前のことは全く探偵視点で描かれていないので、Ep4に限っては、実はまだ戦人が確認していなかった人物がおり、その人物がここで初めてベアトリーチェとして登場した。

[2]本当は見たことある人物なのだが、戦人が見たことない女だと誤認した。

[3]死体は人数に数えないという解釈のもと、誰かが死んで島の人数が減った後で、戦人が見たことない人物がベアトリーチェとして六軒島に入島した。

 

 嵐が来たら六軒島には出入りできないので、[3]だけは不正解である。

 [2]は正解である。問題は、戦人がどのように誤認したとすれば、新たな変装の仮定を立てずに済むかである。

 そのためには、[1]も正解としたい。Ep1では戦人は嘉音を確認しているが、Ep4に限っては、実はまだ戦人は“嘉音”を確認しておらず、その“嘉音”がバルコニーで初めてベアトリーチェとして登場したと考える。

 戦人は、紗音が嘉音に変装してもそれを見破れない。だから、紗音が嘉音に変装して戦人の前に姿を現した時、その変装した人物が“嘉音”であると教えてもらえなければ、その変装した人物を“嘉音”だと認識できず、紗音だとも見破れず、戦人にとって見知らぬ人物となる。その見知らぬ人物がさらに女装してベアトリーチェと名乗ったら、戦人はその人物をベアトリーチェという見たことない女と認識するしかない。

 戦人は“紗音が嘉音に変装している”以外の変装は見破る。だが戦人にとって見知らぬ人物が誰かに扮して現れても、それはその姿での初顔合わせになるので、戦人にとっては変装ということにはならない、ということである。

 

★朱志香の立ち位置

 残りの矛盾を解消するに当たり、ここで先に論じておきたいのが、朱志香の立ち位置についてだ。

 朱志香は、紗音の親友として紗音の恋を応援している。そして同時に、朱志香は嘉音に恋をしており、紗音はその恋を応援している。これで朱志香が、嘉音は、紗音の変装であると知らないのであれば、朱志香はとんだピエロである。というか紗音ヒドイ。

 だがそうではない。朱志香は紗音と10年来の付き合いがあり、親友なのだから、嘉音は、紗音の変装であるならそれに気づかないということはありえない。朱志香は紗音が嘉音に変装していることを知っている

 

★17人目のX

 Ep3第一の晩では、“金蔵、源次、紗音、嘉音、郷田、熊沢の6人は死亡している!”と、きっちり6人と数えている。しかし、嘉音は、紗音の変装であるのだから、第一の晩の本当の犠牲者は“金蔵、源次、紗音、郷田、熊沢”の5人だけのはずである。紗音は嘉音本人であるから、嘉音の名前が赤字で混じるのは問題ない。問題は人数である。

 それでもやはり6人だというのなら、この6人の中にXが混じっており、第一の晩の本当の犠牲者は“金蔵、源次、紗音、郷田、熊沢、X”の6人だったとするしかない。そして、このXの名前が挙がっていない以上、このXは、金蔵本人であるか、源次本人であるか、紗音本人であるか、嘉音本人であるか、郷田本人であるか、熊沢本人である。だが、真里亞がすでに知っている人物として本人認定してもらうことはできないので、このXは嘉音本人であるとするしかない。真里亞に本人認定してもらう際に、変装する必要はないので、新たな変装を仮定する必要はない。

 嘉音は、紗音の変装であるなら、六軒島に居るとされるのは、蔵臼、絵羽、留弗夫、楼座、朱志香、譲治、戦人、真里亞、夏妃、秀吉、霧江、南條、源次、紗音、熊沢、郷田の16人なので、このXは17人目のXである。Xはほかでも使う記号なので、今後混同しないために、この17人目のXに、「十七(とおな)」と名付ける。十七は嘉音本人である

 マスターキーは“各使用人が1本ずつで5本だ。”ということなので、十七もマスターキーを所持する使用人であるとしないと、数が合わない。

 古戸ヱリカが登場するタイミング以降で、古戸ヱリカ以外に六軒島に存在できる人間は、最大16人までだから、十七は“古戸ヱリカが登場するタイミング”以前に必ず死んでいる。従って、十七は真犯人ではない

 Ep3第一の晩の後、“古戸ヱリカが登場するタイミング”以降なのに、赤字と戦人視点で、生者と死者合わせて、金蔵を除いて17人を数えてしまっている。だが、金蔵を除く第一の晩の犠牲者、源次、紗音、嘉音、郷田、熊沢のうち、嘉音本人である十七は“古戸ヱリカが登場するタイミング”以前にすでに死んでいるので、矛盾は生じない。

 

★十七の死因

 十七は嘉音本人として、Ep3第一の晩の犠牲者“金蔵、源次、紗音、嘉音、郷田、熊沢の6人は死亡している!”の中の一人として数えられており、なおかつ金蔵以外は全て他殺であるから、十七は他殺であり、しかもそれは碑文殺人の中に含まれることになる。全てのゲーム盤で碑文殺人の全てを自らの手で実行した人物が必ずひとり存在して、その人物が真犯人であるとしているので、十七を殺したのは真犯人である十七は“古戸ヱリカが登場するタイミング”以前に必ず死んでおり、そのタイミングではまだ金蔵以外みな生存しており、金蔵は犠牲者とは言えないので、十七は1人目の犠牲者である。

 

★もうひとりの嘉音本人

 Ep4でも“霧江たち5人”という表現があり、霧江たち5人とは、蔵臼、霧江、南條、紗音、嘉音のことなのに、嘉音は、紗音の変装であるので、やはり数が合わなくなる。

 しかし、先程嘉音本人である十七の存在が明らかになったので、十七を霧江たち5人の中に含めれば解決するのでは? そうは問屋がおろさない。十七は1人目の犠牲者であることはすでに示されており、9人目の犠牲者に該当しない。

 紗音でも十七でもない、もうひとりの嘉音本人が必要になってくる。

 

★ノックス第2条とホワイダニット

 新たに誰かを嘉音本人ということにすれば、それで矛盾は確かに解消される。それどころか、真里亞にそのキャラクターであると認めてもらえれば、それだけで今後はそのキャラクター本人として、赤字でもその名を名乗ることが許されるようになるので、いっそ全員が嘉音本人ということにしても矛盾は生じない。しかしこれは、ベアト世界にて赤字で論じて初めて意味がある話だ。六軒島世界で、例えば留弗夫がどんなに上手に嘉音を演じたとしても、真里亞には通用するかもしれないが、ほかの人間にしてみれば、ただのモノマネでしかない。

 ノックス第2条。探偵方法に超自然能力の使用を禁ず。ノックス第2条はゲーム盤の登場人物の行動にのみ適応されている。だから、ベアト世界の住人や私たちは赤字を利用して謎を解くことができる。しかし、ゲーム盤上の登場人物は赤字を利用して謎を解くことはできない。すなわち、ゲーム盤上には、赤字を利用して謎を解くことができる人物は存在しない。従って、ゲーム盤上の登場人物は、赤字を利用して謎を解くことを想定したトリックを用いない

 仮に留弗夫が嘉音本人であるとすれば、“嘉音は死亡している。霧江たち5人の中で、一番最初に死亡した。つまりは、9人目の犠牲者というわけだ。”の赤字による矛盾を解消できる。だが、この赤字はゲーム盤上の戦人の耳には届かないので、ゲーム盤上の戦人にとって、留弗夫が嘉音本人であることは全く意味がない。つまり、留弗夫が嘉音本人であることは、赤字を利用して謎を解くことを想定したトリックでしかない。だから、留弗夫が嘉音本人であることの六軒島世界における意義が見いだせない限り、留弗夫が嘉音本人であると主張してはいけない。

 留弗夫を例に出したが、これは紗音でも十七でも他の誰でも同じである。赤字の矛盾を解消するために紗音や十七を嘉音本人であるとしたが、なぜ紗音や十七が嘉音本人である必要があるのか、六軒島世界視点での理由をちゃんと説明しないといけない。さらに言えば、なぜ紗音が嘉音に変装しているのかも説明が必要だ。もっと言えば、そもそも本考察では赤字から得られる情報をもとに、誰がどのようにすれば犯行が可能かを推理しているが、赤字で可不可を論じるだけでなく、なぜこの人物が、なぜそのような方法で、なぜ犯行を行ったか、六軒島世界視点での動機を説明しないといけない

 

★“嘉音”の存在意義

 ひとまずここでは紗音が嘉音に変装している理由、嘉音本人であることの意義を考えてみることにする。

 まず結論から言えば、“嘉音”は碑文殺人のために設定された存在ではない。碑文殺人のトリックの大半は、偽証者による偽証により、不可能犯罪のようにみせているものであり、紗音が嘉音に変装していることがほとんど生かされていない。

 Ep1では紗音が真犯人だとしても紗音も“嘉音”も結局南條による偽証で死んだことにされ、かえって二度手間だ。Ep3とEp4ではほぼ同じタイミングで紗音も“嘉音”も死んだことにされ、“嘉音”の設定が生かされていない。

 Ep2第二の晩では“嘉音”の存在が有効に生かされている。“嘉音”だけを行方不明にすることで、真犯人から容疑をそらすことができている。とはいえ、Ep2ではベアトリーチェの存在を強く主張しているので、必ずしも容疑者として“嘉音”を利用する必要はないし、密室殺人でせっかく嘉音を最有力容疑者にできていたところで、朱志香の遺体にマスターキーを残してしまうことで、少なくともマスターキーを持つ共犯者が必要な状況になってしまった。碑文殺人のためにかなり前から“嘉音”の存在を認めさせておいたにしては、ちぐはぐなやり口である。

 六軒島には、蔵臼と夏妃が金蔵の死を隠したり、蔵臼以外の兄弟が蔵臼から金をせしめる計画を立てていたり、いろんな思惑が存在するが、どれも“嘉音”の存在は特に必要ではない。

 そもそも、Ep6までのゲーム盤の謎を解くのに、紗音嘉音同一人物説は全く必要ではなかった。また、真里亞が嘉音本人であると認めればそれは嘘でなくなるからベアト世界では赤字で言えるが、六軒島世界では真里亞以外にはただのモノマネにしか見えず、何のトリックにも使えない。以上より、“嘉音”は何らかの目的のために設定された存在ではないと主張する。それはつまり、“嘉音”という存在が設定されたのは、“嘉音”という存在自体が必要とされたからであるということを意味する。

 個人としての“嘉音”の存在を必要としている人物として描写されているのは二人。嘉音の姉である紗音と、嘉音に恋している朱志香である。紗音と朱志香は個人としての“嘉音”の存在を必要としている

 

★朱志香の伏線回収

 Ep1●サソリのお守りのくだりで、夏妃にお守りを渡した朱志香に疑いがかかる伏線が張られている。

 Ep2●もう一人の自分で、朱志香には、“もう一人の自分”という発想があることが示されている。

 Ep3●意外と“い”る派で、朱志香はベアトリーチェの存在に信憑性を持たせることに一役買っていることが示されている。つまり、“本来存在しないものを存在させる”ということに関わっている。

 ★朱志香の立ち位置で述べたが、朱志香は紗音が嘉音に変装していることを知っている

 そして、朱志香は個人としての“嘉音”の存在を必要としている

 以上より、もうひとりの嘉音本人は朱志香であると主張する。朱志香は嘉音本人である

 

★“嘉音”の具現化

 何もない六軒島に長年住み、人間関係が閉塞している朱志香と紗音は、たわむれに“嘉音”という人物を設定した。紗音にとっては自分を慕う弟として、朱志香にとっては年の近い男友達として。あるときは紗音が“嘉音”として朱志香に接し、あるときは朱志香が“嘉音”として紗音に接した。“嘉音”は隠密性の高いキャラクターであるほうが都合がよいので、“金蔵に直接仕えることが許されている、特別な使用人”ということにした。

 この遊びは設定がしっかりしていないと白けるだけなので、その設定の出来の良さと、お互いが“嘉音”を演じ切れているかを確認するために、真里亞が本人認定してくれるかどうかでテストした。この段階では、朱志香と紗音と真里亞だけに通じるごっこ遊びに過ぎない。

 しかし、金蔵が死に、蔵臼と夏妃が金蔵の死を隠す企てを立てた時、“嘉音”を現実の人間として、自分たち以外にも認知させる必要が出てきてしまう。なぜなら、“嘉音”は“金蔵に直接仕えることが許されている、特別な使用人”ということにしていたのに、金蔵の死を隠す企みに参加しないのはおかしいからだ。すでに真里亞には“嘉音”を認知させてしまっているから、設定の変更は出来ない。

 こうして、紗音が嘉音に変装して公に姿を現すことになる。しかし、その存在が一度公になれば、夏妃は“紗音”と“嘉音”を別々の人間としてシフトを組んでしまうので、決してスーパー使用人ではない紗音には二人分の仕事をこなすことはできない。そこで、表向きは、紗音がひとりで“紗音”としても“嘉音”としても振舞うとしても、裏では“嘉音”に与えられた仕事を実際にこなす人物が必要になってくる。それが“十七”である十七は、おそらく源次辺りのつてを利用して雇ったプロフェッショナルであろう。そもそも“嘉音”を現実の人間として登場させるには、最低でも使用人頭の源次の協力は不可欠である。従って、源次は紗音が嘉音に変装していることを知っている

 十七の存在は基本的に表に出ることはないが、万が一の場合には十七にも完璧に“嘉音”として振舞えるようになっておいて欲しいと考えた紗音と朱志香は、十七にも“嘉音”を理解してもらい、真里亞が本人認定してくれるかどうかでそれをテストした。プロの十七はそれをこなした。これで、紗音、朱志香、十七の3人の嘉音本人が揃うことになる。

 

★矛盾の解消および変装の確定

 朱志香は嘉音本人であるなら、Ep4では、朱志香が嘉音として、蔵臼、霧江、南條、紗音より先に、全体の9番目に死亡することで、“嘉音は死亡している。霧江たち5人の中で、一番最初に死亡した。つまりは、9人目の犠牲者というわけだ。”を満たすことができる。

 Ep6では、朱志香はいとこ部屋にいたので、ヱリカが部屋の外に移動するその隙に、朱志香もヱリカと一緒に部屋の外に出て、朱志香が嘉音として戦人を救出すれば、“戦人を救出したのは、間違いなく嘉音本人である。”を満たすことができる。

 Ep2では、十七が朱志香の部屋で殺され、その遺体が隠されれば、それでも矛盾は生じないのだが、朱志香は嘉音本人であるのなら、朱志香が朱志香の部屋で殺されるだけで、“嘉音はこの部屋で殺された”を満たし、同時に嘉音の遺体が見つからない状況にすることができる。

 以上より、紗音が嘉音に変装していると仮定することで生じた矛盾を、ほかの変装を仮定することなく、すべて解消することができた。従って、紗音が嘉音に変装していると確定し、他に変装はないものとする。

 

★恋心

 譲治と紗音が恋仲であること、朱志香が嘉音に恋をしていること、これらの事実については、戦人視点でその情報を戦人が得るシーンもあるが、それらの事実自体は赤字では語られてはいないので、戦人に情報を与えた人物が嘘をついているとして、バッサリ否定することも可能だ。だが、ウィルに、探偵気取るなら、心を忘れるんじゃねェと言われているので、恋心をないがしろにはしない。だから、確かに譲治は紗音を愛しているし、紗音は譲治を愛している。そして朱志香は嘉音に恋をしていると考える。嘉音は朱志香にあこがれを抱いているが、恋とまでは断言できないように思う

 

★朱志香の想い人

 朱志香は嘉音に恋をしているので、言うまでもなく朱志香の想い人は嘉音なのだが、“嘉音”は紗音、朱志香、十七の3人がいる。朱志香自身は除くにしても、朱志香が好きなのは、紗音と十七のどちらなのだろうか。

 Ep2、文化祭で朱志香が友人たちに、嘉音を彼氏だと偽って紹介するシーン。このときの嘉音が、紗音が恋する嘉音であると思われる。なぜなら後に、嘉音が朱志香の気持ちを確認したうえできっちり朱志香を振るシーンがあるが、朱志香はこの嘉音に、文化祭に付き合ってくれたことで礼を言っているので、友人たちに紹介された嘉音と朱志香を振った嘉音は同一人物である。なので、文化祭で朱志香の友人たちに紹介された嘉音が、紗音が恋する嘉音であると言える。

 そして、その友人たちに紹介された嘉音は、紗音である。なぜなら、表向きに“嘉音”として振舞うのは紗音の役目だからである。六軒島の外でそこまでこだわる必要はないと思われるかもしれないが、この日は夏妃も朱志香の高校に出向いているので、朱志香と“嘉音”が一緒にいるところを見られる可能性もあったのだ。そのとき“嘉音”が十七だと、紗音が嘉音に変装して通してきたことが破綻する。

 また、十七を彼氏だと偽って紹介するのなら、その彼氏は別に“嘉音”である必要はないのだから、“嘉音”を名乗る必要はない。もし朱志香が十七のことが好きで、ゆくゆくは彼氏であるという嘘を本当にしたいと考えているのなら、例え本名がまずいならほかの名前を名乗るにしても、ここは“嘉音”を名乗らないほうが破綻をきたさない。これなら夏妃に見られても、朱志香がいつの間にか知らない男と付き合っているようにしか見えない。

 以上より、朱志香の好きな嘉音は、紗音である

 

★紗音

 紗音は譲治を愛している

 朱志香の好きな嘉音は、紗音である

 朱志香は紗音が嘉音に変装していることを知っている

 朱志香が欲しいと言っていたのは“彼氏”なので、朱志香は同性愛者ではない。

 つまり紗音は、男性を好きになる存在であり、かつ、女性に好きと思われる存在であるということである。

 すなわち紗音は、心は女性、体は男性であることが導かれる。

 

※性同一性障害について

 紗音は、心は女性、体は男性であるなら性同一性障害ということになるのかもしれませんが、性同一性障害についての専門的な議論は避けるべきと考えます。ノックス第4条。未知の薬物、及び、難解な科学装置の使用を禁ず。難解な専門知識は、科学的なギミックという意味で“難解な科学装置”に抵触すると思われるからです。重要なのは性同一性障害に当てはまるかどうかではなく、ただただ紗音は、心は女性、体は男性であるという事実だけです。

 以後の推理で、性同一性障害が犯行の動機に関わるかのような論調になるかもしれませんが、性同一性障害が殺人の動機足り得るものと主張するつもりはありません。先に結論から言えば、真の動機は六軒島に用意されていた黄金と爆弾の存在です。

 六軒島に集う人はみな大なり小なり悩みを抱えています。紗音の心と体の性の解離もその悩みのひとつです。これらの悩みを抱えていているからと言って人はそれですぐ殺人を犯したりはしませんが、悩みを抱えた人物が大量の黄金とすべてを吹き飛ばす爆弾の存在を知ってしまった時、悩みを解決する方法として殺人が選択肢として登場してしまうのです。この辺の思考回路はEp7のTea partyで親族たちが黄金と爆弾の存在を知った時の振舞いに現れていると思います。

 黄金と爆弾が存在する時点で、殺人に至るまでのハードルはかなり低いものになってしまっているのです。後は、それを実行することの整合性が、犯人の中で取れているかどうか、それが動機を推理するうえでのポイントだと思います。

 

★紗音の動機

 真犯人の候補として秀吉と紗音が残されているが、紗音は譲治にプロポーズされ、それを受けているので、額面通りに受け取れば、譲治と紗音には事件を起こす動機はない。むしろ起こすはずがないと考えられていた。しかし紗音は、心は女性、体は男性であるなら、譲治と紗音の逢瀬は額面通りに受け取ることはできない。紗音には事件を起こす動機はないとは言えなくなってしまう。

 譲治は自分たちの孫に囲まれたいという夢を語るが、体は男性の紗音にはその夢をかなえられない。

 朱志香の恋を受け入れれば、身体的には問題ないが、心は女性である紗音には心から朱志香を愛することはできない。

 紗音は、一人で複数の組の恋愛問題を抱えながらも、それらをひとつとして成就させることができない状態に置かれていることがわかる。ただ恋を成就させること、それだけが紗音の望みなのに、心と体の性の解離があるため、恋をするたびにこの問題は常に付きまとい、自分の恋を妨げる。

 この事実に絶望している紗音の目の前に、碑文と、黄金と爆弾があればどうなるか。それは、全ての恋を成就させる方法と手段が、紗音に提示されてしまうということである。つまり、黄金と爆弾を利用して碑文の儀式を文字通りに成し遂げることで黄金郷に行き、そこでなら自分が抱える全ての恋を成就させることができるという、はっきり言って妄想である。だが、その妄想を実行に移すだけの葛藤と舞台は確かに存在している。

 黄金郷に行くのが目的なら、愛する譲治も是非連れて行きたいところだ。つまり妄想とはいえ、譲治を含めて親族を皆殺しにすることが、紗音にとって意味のある行動になってしまった

 紗音の動機は、碑文に沿った殺人を完遂して儀式を成就し、黄金郷に行き、全ての恋を成就させることである

 

★真犯人

 紗音には譲治を含めて親族を皆殺しにする動機が示された。

 秀吉には愛する家族をふくめた親族を皆殺しにするような動機は、やはり見当たらない。

 全てのゲーム盤で碑文殺人の全てを自らの手で実行でき、かつ、“ノックス第8条。提示されない手掛かりでの解決を禁ず。”に従い、提示された手掛かりでもって六軒島世界視点での動機を説明できるのは紗音だけとなった。

 従って、真犯人は紗音である

 

★黒幕ベアトリーチェ

 六軒島に実在するベアトリーチェが黒幕であることはすでに示されてある。

 Ep4でベアトリーチェが戦人に思い出すことを要求しているように、右代宮戦人には、罪があり、その罪により、この島の人間が、大勢死ぬ。つまり、黒幕のベアトリーチェの動機は戦人の罪にある

 そして、戦人の罪として思い当たるのが、Ep3で示された、紗音にプロポーズじみたことを言っておきながら、さっぱりおぼえていないという紗音に刺されてもしかたない行為。

 このプロポーズを真に受けて紗音が戦人に恋をしてしまったとして、それなのにさっぱりおぼえていないとしたらこれは確かに紗音に刺されてもしかたない。それに加え、6年前でまだ心が幼いときに、戦人という表面だけやたら魅力的な男に恋をしてしまったがために、それで紗音の心が女に確定されてしまったとしたら、それは今後紗音が心と体の解離に苦しみ続けることが運命づけられてしまったということでもある。そしてその苦しみが紗音の動機につながり、その結果この島の人間が、大勢死ぬのだから、そう考えると、戦人の罪は本当に重い。

 要するに、戦人の罪から動機を芽生えさせたのは紗音であるということである。そして黒幕のベアトリーチェの動機は戦人の罪にある。すなわち、黒幕は紗音である。だから、紗音はベアトリーチェ本人である

 六軒島に実在するベアトリーチェが黄金の所有者であるから、紗音は黄金の所有者である

 

★推理の二周目へ

 真犯人は紗音である

 黒幕は紗音である

 紗音はベアトリーチェ本人である

 紗音が嘉音に変装している

 紗音は嘉音本人である朱志香は嘉音本人である十七は嘉音本人である

 紗音は、心は女性、体は男性である

 以上の情報を踏まえたうえで、もう一度、全ての、一番最初から。一番最初のゲームから推理を始める。

 今度は、誰がどのようにすれば犯行が可能かを赤字で論じるだけでなく、なぜこの人物が、なぜそのような方法で、なぜ犯行を行ったか、また、犯行に限らずなぜそのような行動をとったか、六軒島世界視点での行動原理の説明を試みたいと思う。

コメント    この記事についてブログを書く
« うみねこ推理2週目・Ep1 | トップ | 推理の折り返し(1) »

コメントを投稿

折り返し」カテゴリの最新記事