歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「俊寛」 しゅんかん(平家女護島)

2013年06月05日 | 歌舞伎
急ぐとき用の3分あらすじは=こちら=になります。

近松門左衛門作の「平家女護島」(へいけ にょごがしま)の二段目になります。
全部で五段ありますが、この二段目しか出ません。

「罪なくして罪をかうぶりて 配所の月を見ばや」と人生ナメた事言ったのは、源顕基(みなもとの あきもと)というかたです。
徒然草にも出てます。
ホントに罪人になるのはイヤだけど、どこかさびしい場所に流されて一人ゆっくりぽつねんと月を見るのは、風情があって楽しそう、
なんてリゾート気分なこと言ってられたのも、彼の時代は平安朝もまだまだ全盛、政権が安定していたからでしょう。

それからほぼ100年、平安も末期の末期、平清盛が最も暴虐の限りをつくしてた時代が舞台のお芝居です。

主人公の「俊寛(しゅんかん)」僧都は、法勝寺(ほっしょうじ)という大きいお寺の執行(しゅぎょうと)という役職です。
「執行(しゅぎょう)」はお寺の中ではけっこう高い役職です。
俊寛は平家に対する反乱の陰謀がバレて捕らえられ、仲間2人とともに鬼界ヶ島に流されます。

反乱分子を流すにもいろいろ場所があって、御殿付きでそれなりの暮らしができるところもあるのですが、
鬼界ヶ島といったら、もう、流しっぱなしです。物質的フォローはなんにもなしです。
平家物語によると彼らは山に入って硫黄を取って、それを土地の漁師相手にわずかな食料に変えて生き延びます。

当時の政治犯には「御赦免(ごしゃめん)」という制度があるので、
ガマンして生きていればたぶんおそらくきっと都に帰れるはずです。
それを思って3人は必死で生きています。

お芝居の前半は、上記のような島流しの状況説明のセリフのあと、
流罪になった仲間の、まだ若い「丹波少将経成(たんばのしょうしょう つねなり)」が、
土地の漁師の娘の千鳥(ちどり)ちゃんと結婚すると俊寛に報告します。
めでたいです。
若い丹波少将にとって俊寛は親代わりのようなかんじですので、
千鳥ちゃんを紹介された俊寛が、アワビの貝殻で婚礼の杯ごとをする場面があります。

ご赦免船が来て都に帰り、少将がもとの身分に戻れれば、千鳥ちゃんも貴族の奥方さまです。
早くそうなればいいなあ、
みたいな会話で都への思いを表現しています。

前半はこんな感じでお話が進まないのでダレますが、
まあ千鳥をヨメにする「丹波少将経成(たんばのしょうしょう つねなり)」は二枚目でいいオトコだなあとか、
そのへん楽しんでください。
有名な千鳥のエセ土地言葉、「りんぎょぎゃってくれめせ(だっけ)」(かわいがってください)のセリフとかが、
島気分をもりあげます。

本当は、こんなボロボロのかっこでもやはり俊寛クラスになると品や威厳は残っているなあ、とそのへん感心すべきシーンですが、
これはもう役者さん次第、運次第です。たまに妙に新劇がかって本気でビンボウ臭い俊寛にあたったりもします。

さてご赦免船(ごしゃめんせん)がやってきます。
白い顔の「丹 左衛門丞 基康(たんの さえもんのじょう もとやす)」と、
赤い顔の「瀬尾 太郎(せのお たろう)」です。

白いほうがいいヒトで赤いのが乱暴でイヤなやつです。
「白塗り」「赤っ面(あかっつら)」と呼ばれる歌舞伎のお約束の対比構造の典型です。

赤いほう、「瀬尾」が「俊寛のぶんの赦免状はないもんねー」と心底嬉しそうに言いますが、
白いほう、「左衛門丞」がこっそり俊寛のぶんもゲットしくれていたのでした。グッジョブ。

喜んでみんなで舟に乗ろうとする一行ですが、
妹尾が今度は「千鳥は乗っちゃダメ」と言います。
赤っ面はイジワルなのでこういうことばかり言います。
まあ、今は平家が武力で国の治安をムリクリ維持している不穏な国情なので、
通行手形がないと上陸できませんし、千鳥のぶんがないのは本当なのですが。

とここまでセリフ中心で展開がわかりにくいと思うのですがだいたいこういう流れです。

ここで瀬尾が俊寛に、「オマエの奥さんは死んだぞ」と嬉しそうに教えます。
都に帰る目的を失ってしまう俊寛。
ひとりで都に戻って花や月を眺めても全然嬉しくありません。
奥さんが死んだ細かい事情も語られますが本筋に関係ないので割愛です。聞き取れなくても大丈夫です。
ようするに「平家許さん」という内容です察してください。

さて、以降、動きのある展開になります。

千鳥ちゃんが、夫と別れる悲しさに死のうとします。
千鳥を見かねた俊寛が瀬尾に斬りかかります。
立ち回り。
千鳥ちゃんが必死で俊寛に加勢します。瀬尾を切り伏せる俊寛。千鳥ちゃん強ええええ。

これで俊寛、改めて「罪人」になってしまいました。
自分はこのまま島に残り、替わりにに千鳥を乗せてやろうと思って、わざと罪人になったのです。

泣きながらみんな出発。
俊寛の、気丈にみんなを見送る様子と、舟が出てしまってから急にオロオロし出す様子との対比が見どころです。
もとより出家の身、浮世に未練はないはずとはいえ、
やっぱり都は恋しい、ひとりはさびしい。

♪思い切っても凡夫心~~ (浄瑠璃)

思わず船をおいかけ、ぼうぜんと見送る俊寛。

というかんじで、
最後は、ぐるっと舞台が回って、
岩場での俊寛の悲嘆、

で、おわります。

近松門左衛門の作品です。名セリフが多いのでそのへんもご鑑賞ください。


あと、「平家物語」によると、死んだとき俊寛は37歳です。流されたときは34歳です(数えなので今の計算だと33歳)。
美人な奥さんを心の支えに、都に戻って再び政権転覆をもくろもうとしている、血気盛んな年頃ですよ。
最近の俊寛は、そのへんの設定はわりと無視で、50歳くらいに見えますが、
これはまあ、演出として定着してしまっているのでいいとは思いますが、
いちおう、本来の設定は30代です。
当時強大だった寺院の権力を利用して政権をゆるがそうとする若い野心家のエネルギーは、失ってほしくないお芝居です。


ていうかですね、
「平家物語」の俊寛が死ぬ場面の壮絶な描写にくらべたら、お芝居の悲惨さなんて、もののかずではないですよ。

小ネタですが、
脇役なわりに存在感があり、若手の役者さんの抜擢にうってつけなこの「千鳥」の役ですが、
この後の場面も出すと、
清盛が院を(高倉院だと思われるが明記されていない)海に突き落として暗殺しようとする場面があるのですが、
ちょうどご赦免船に乗って本土に来た千鳥ちゃんがここに来合わせ、
海に飛び込んで悪いやつらと戦いながら院溺れるを助ける場面があります。
千鳥ちゃんは海女なので海中戦に強いのです。
宙乗り(海中で泳いでいる設定)で立ち回りです。楽しいです。
ここまで出すと、主役級のかたがやります。
もとがお人形芝居ですから、気軽にいろいろやります。

ここで千鳥ちゃんは殺されてしまうのですが、最初の方で死んだ俊寛の妻の葉末さんと一緒になって清盛を呪い、
結果清盛は死ぬというのが大筋です。


ところで、源平ものお芝居の「赤っ面」の悪役はは必ずと言っていいほど「瀬尾太郎(せのお たろう」というひとなのですが、
彼は実在の平家の武将です。
平家有数の忠臣です。
倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦で負けて捕まったのですが脱出、息子数人とともに最後の最後まで平家のために闘って死んだ、
りっぱなヒトですよ。
お芝居だととことん嫌なやつに描かれますが、
平家には平家で都合があり、りっぱな武将もたくさんおり、戦ったひとびとはやはり一生懸命だったのです。
お芝居だと妹尾が出るたびかならず死ぬので、その後の史実の流れが毎回気になってしまいます
(子供なのでお芝居と現実の区別が付きません)。


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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-02-01 12:30:56
とても素晴らしいサイトを読ませてくださって
ありがとうございます。
今月歌舞伎座の中村屋の追善公演に行くので今からとても楽しみです。
俊寛の不思議 (徹底的凡夫)
2013-06-23 01:54:59
ワタクシ大好きな演目です。
初めて見た時の感動は忘れません。

が、ちょくちょく不思議に思うのが観客の笑い。
俊寛が赦免状に自分の名前がなくひどく嘆いたり、出帆した船の係留用の綱を追ったり、岩谷を必死に登る様が滑稽らしいのです。
そういうもんなんでしょうか(謎






コメントありがとうございます。 (ひろせがわ)
2013-06-24 20:52:25
俊寛の最後のところで笑うひとは、
やはり、「鬼界ヶ島」の、食べるものすらない状況や、
このあと死ぬまでここで「たったひとりで暮らす」ということの恐怖や絶望がわからないのだと思います。
電車に乗り遅れてあわてているおっさんと、区別がつかないのでしょう。困った問題です。
似た雰囲気になるのが、「大経師昔暦」だと思います。
密通がバレたおさんと茂兵衛がおおあわてで逃げるところで客が笑います。
「つかまったら確実に殺される」という設定が理解できないため、
恐怖感が伝わっていないのだろうと思います。
客の想像力や知識レベルのアレさも大問題なのですが、
やはり、もう少し説明したほうがいいのかもしれません。
どちらも近松なので台詞の改変は難しいですが、
原作を損なわないように状況の重大さが伝わるような工夫は必要なのかもしれないですね。


http://blog.goo.ne.jp/yokikotokiku/e/b445c1b1481b4971268506658b09326e
四谷怪談がないので (怖がり)
2013-07-17 00:16:36
ここに書くのも場違いなのですが。
四谷怪談で質草に蚊帳を持って行こうとする伊右衛門に「これだけは坊の為に」と主人公がすがる場面があります。
蚊帳ごとススーっと引きずられる主人公を見て観客が笑います。
この笑いが四谷怪談で一番怖いです。
明日も見に行きますが、明日も笑いが起きるんだろうなぁ。

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