ベストセラーは「効率的な本」である

 みなさんはいつも、何を意識して本を読んでいますか。実は、同じ「読書」でも、いわゆる「ベストセラー」を読むことと、自らの知識やスキルとなる「自力をつける本」を読むことは、得られるものが違うんですよね。

 10万部以上売れているベストセラー本から分かるのは、「今の時代に何が求められているか」というトレンド。そうしたトレンドを手っ取り早くつかめるという意味で、ベストセラーを読んでおくのはおすすめです。例えば今なら、昨年から始まったロシアとウクライナの戦争があり、インフレ対策や資産防衛、地政学などへの関心が高まっていますよね。そんな時代だからこそ、どんな本がよく売れて、多くの人の心を動かしているのか。ベストセラーとなる本には、こうした時代背景やトレンドが反映されていて、時代を読むヒントを得ることができるのです。

 また、「ベストセラーをとりあえず読んでおく」ことをおすすめするもう一つの理由は、満遍なく学びを得られるからです。自分の好きなように読みたい本を選ぶと、どうしてもジャンルやテーマや著者が偏ってしまう。でも、「ベストセラーになった本」という視点で本を選ぶと、経済、哲学、コミュニケーション、健康、歴史…と分野が多岐にわたるはずです。ベストセラーを手に取るだけで、普段、自分がカバーできていない分野のことを知ることができます。

年間1000冊以上のビジネス書を読む土井英司さんに、読んでおくべきベストセラーを厳選してもらった
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 さらに、多くの人に読まれている本というのはたいてい、初心者にも分かりやすい「基本」が詰まっているものです。つまり、ベストセラーは「トレンド」と「基本」をバランスよく押さえることができる、とても効率的な本というわけです。

 そこで、この数年でベストセラーとなった本の中から、特に、「今さらと言われても読んでおきたい」本を13冊ピックアップしました。いずれも一時的なヒット本ではなく、ビジネスパーソンとして身に付けておきたい基本の知識や普遍の真理などが学べるものばかりです。もし、まだ読んだことがない本があれば、今年の読書リストに早速入れてみてください。

自己啓発の決定版

1. 『嫌われる勇気』 岸見一郎、古賀史健著、ダイヤモンド社

2013年発行、284万部(2022年12月現在/以下同)

 「トラウマ」の存在を否定し、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善するための具体的な方策を提示するアドラー心理学。哲人と青年の対話編形式によってその思想を解き明かした1冊。

 「アドラー心理学とは何か」が分かりやすく、対話形式で語られていますが、僕は究極のところ、これは「自由」について書かれた本だと思うんです。結局、人生の悩みの9割は対人関係によるもので、「自由」とは他者から嫌われる勇気を持つこと。どうすればその「自由」を得られるのか、「相手の課題に踏み込まない」など対人関係でトラブルを避けるポイントについても書かれています。発売から10年経っても読まれ続けているロングセラー。まだ読んでいない人は、読んでおいたほうがいい本です。

2. 『1%の努力』 ひろゆき著、ダイヤモンド社

2020年発行、46万部

 英語圏最大の匿名掲示板「4chan」の管理人をしつつ、パリで余生のような暮らしを送る、ひろゆき氏の人生論。「努力しないための努力」(=1%の努力)に関するエピソードが数多く紹介されています。

 この本で印象的なのは、ある大学の授業で教授が大きな壺を取り出し、岩をいっぱいになるまで詰め込み、学生に「この壺はいっぱいか」と聞くシーン。学生が「いっぱいです」と答えると、教授はさらに岩の隙間に砂を入れていく…。このエピソードが何を示しているかというと、「人生における大きな岩とは何かを考えろ」ということ。砂や砂利(重要でないもの)で人生を満たさず、大きな岩(一番大きくて大事なもの)にフォーカスせよと。そして、ひろゆき流の1%の努力で人生をうまく過ごすためのポイントも紹介されています。「我慢したくない」「好きなことをして生きていきたい」という若い世代には、とても刺さる1冊だと思いますよ。

コミュニケーション/マネジメント

3. 『人は話し方が9割』 永松茂久著、すばる舎

2019年発行、120万部

 「初対面で何を話したらいいのか分からない」「何をどう相手に伝えたらいいのか分からない」といった「話すことへの悩み」に答えた1冊。2021年の年間総合ランキング1位、2022年上半期総合ランキング1位という大ベストセラー。

 この本が画期的だったのは、「話す」にはメンタルが大事で、「絶対に否定されない環境」であれば、「誰もが思っていることを話せる」と説いた点です。口先のテクニックが大事というわけではないんですよね。それには、「相手の言うことを否定しない」「うなずく」「プラストークをする」ことが効果的だとも教えてくれます。また、本書で紹介されている「拡張話法」も必読。まずは相手の話に「感嘆」し「反復」する、そして「賞賛」して、最後に「質問」すると会話の相手は心を開いて話してくれる。この「拡張話法」を身に付けたら、一生もののスキルになると思います。

4. 『リーダーの仮面』 安藤広大著、ダイヤモンド社

2020年発行、40万部

 組織内の誤解や錯覚がどのように発生し、どのように解決できるのか、その方法を明らかにした「識学」に基づいて書かれたリーダーシップ本。若手リーダーや、初めて部下やスタッフを持つ中間管理職に役立つ1冊です。

 帯に「マネジメントでいい人になるのはやめなさい」とあるように、リーダーはあくまで「リーダーという役割」だと説いています。だから、カリスマ性や人間的魅力は不要。リーダーという仮面をかぶり、いかなるときも個人的な感情は脇に置き、「ルール」「位置」「利益」「結果」「成長」の5つにフォーカスして淡々と仕事を進めればいいというのです。とにかくロジカルに、リーダーがすべきことを分かりやすくまとめてあるので、初めてリーダーになる人や組織マネジメントで悩んでいる人におすすめです。

5. 『「静かな人」の戦略書』 ジル・チャン著、神崎朗子訳、ダイヤモンド社

2022年発行、14万部

 外向的な人向けのビジネスノウハウの本はたくさんありますが、内向型の人に向けた本ってあまり見ませんよね。この本は、内向型で「静かな人」のための戦略書。どうすれば「聞く力」「気配り」「謙虚」「観察眼」といった潜在能力を開花させ、活躍できるかについて解き明かしています。

 本の冒頭にあるテストで自分のタイプを調べることができ、内向型だった場合はどう生きていけばいいのかについて具体的な方法が書かれています。そのアドバイスが秀逸。「スピーチはちゃんと情報を集めて練習しよう」「外向型になろうとするのは得策ではない」「もめごとをさばく4つの方法」といったように、人とのコミュニケーションが苦手な内向型の人に寄り添う内容となっています。これまでにコミュニケーション本がしっくりこないと感じたことがある人は、一度読んでみるのをおすすめします。

6. 『バナナの魅力を100文字で伝えてください』 柿内尚文著、かんき出版

2021年発行、19万部(電子書籍含む)

 面白いタイトルですよね。「伝えたいことがなかなか伝わらない」「伝える勇気が出ない」「『どうせ伝わらない』と諦めている」など、伝えることに悩む人に「36の伝わる法則」をアドバイス。会議やプレゼン、SNSなどで使える実践的なスキルもたくさん紹介されています。

 著者は、累計発行部数が1000万部以上という編集者・柿内尚文さん(ちなみに弟の柿内芳文さんは『嫌われる勇気』の編集者。すごいご兄弟ですね)。やはり、言葉の作り方や伝え方について考え抜かれているんですよね。読むとすごく勉強になります。

 実は「伝える」と「伝わる」はまったく違う技術で、そのためにはどうすればいいかが解説されています。例えば、「分かり合いたい相手とは脳内チューニングが必要」で、「お互いの頭の中を見える化して話を進める」など。伝えるのが苦手な人、チーム内のコミュニケーションを円滑にしたい人にもおすすめですよ。

お金の基本

7. 『ジェイソン流お金の増やし方』 厚切りジェイソン著、ぴあ

2021年発行、58万部(電子書籍含む)

 お笑い芸人であり、IT企業の役員でもある厚切りジェイソンさんがお金について語った1冊。簡単にできる節約、投資、資産の増やし方など、「これだけやれば貯まる方法」を詳しく紹介してくれます。

 自ら「保守的な投資家」だと言うだけあり、投資がメインではなく、「支出を減らし」「投資に回し」「待つ」という3つのシンプルな手順を紹介。また、支出を減らすために「固定費を削ること」の重要性も力説しています。結局、投資に回せるお金は収入から支出を引いた金額でしかないんですよね。だから支出を削り、収入を増やすことが、実は一番効果的にお金を増やせる方法なんです。奇をてらったお金のノウハウではない。シンプルすぎてつい忘れがちな、だけど、とても大切なお金の基本を、厚切りジェイソンさんの語りでわかりやすく説いている「お金を学ぶ入り口の本」ともいえる1冊です。

8. 『本当の自由を手に入れる お金の大学』 両@リベ大学長著、朝日新聞出版

2020年発行/120万部(電子書籍含む)

 高校在学中に起業、10代で年間1億円以上を稼いだが、数々の失敗も経験したという投資家の両@リベラルアーツ大学学長による、「お金の勉強本」。「一生お金に困らない5つの力」を分かりやすく解説しています。

 こちらの本も、投資や運用というよりは、堅実な方法でお金を増やすことに注目しています。「スマホを格安SIMに変える」「電力会社を乗り換える」といった、具体的なアクションがたくさん詰まっています。面白いのは「リセールバリューを考える」こと。つまり、それを売ったときにいくらになるのかという視点。例えば、車なら「フェラーリとアルファードの比較表」があったり、家なら「住みたい街ランキング上位・駅近・閑静・有名公立校の近く」といった条件が示されていたりと、細かく丁寧な解説が面白い。日常の中で賢い選択ができるようになる役立つお金の本です。

時間と行動の捉え方

9. 『限りある時間の使い方』 オリバー・バークマン著、高橋璃子訳、かんき出版

2022年発行、28万部(電子書籍含む)

 人生はたった4000週間。その時間をどう過ごすのか。「時間が足りないから」といって生産的になるためのライフハックを駆使しても、結局は焦りが増すだけで、人生の大事な部分にはたどり着けない――この本では、有意義な人生を築く方法が紹介されています。

 「限りある時間をどう使うか」というテーマ。実は…20代よりは30代後半以降の人に刺さる本かもしれません。

 世の中は未知の物事であふれているのに、目の前のつまらないタスクをこなしても意味がない。世の中は便利になったはずなのに、みんな豊かになっていない。「どうしたら人生は豊かになるのか」ということを過去から現在までの歴史を振り返って、解き明かしています。「忙しさから逃れられるという希望をあえて捨てる」といったアドバイスも面白く、読むと自分の生き方や時間の使い方について深く考えさせられます。

10. 『やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ』 大平信孝著、かんき出版

2021年発行、23万部(電子書籍含む)

 やりたいことはあるのに、実現するための行動を起こせない──という人はその人自身がダメなのではなく、脳が面倒くさがっているだけ。この本では、アドラー心理学や脳科学に基づいた「やる気に頼らず自分を動かすためのコツ」が紹介されています。

 何年間も「ダイエットしたい」と思いつつ、ジムに通おうか、それとも自宅で筋トレしようか…と思いあぐねている人はいませんか。この本では、そういうときは「まずは動きやすい服に着替えて、5回でも10回でも腕立て伏せや腹筋をしよう」と呼びかけます。行動のとっかかりをつくるだけで人は動けるようになるのです。

 考え過ぎて動けない人には「仮行動をしよう」「新たな習慣は、すでに習慣化していることとセットにすると定着する」といった具体的で実践的なメソッドも。今まで行動できなかった人も納得できて、動き出したくなるはずです。年初におすすめの1冊ですね。

11. 『運動脳』 アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳、サンマーク出版

2022年発行、22万部

 『スマホ脳』の著者が、成人後は衰える一方だとされていた脳の働きを活性化させる方法について書いた1冊。学力・集中力・記憶力・創造性…脳のあらゆる力を伸ばす有酸素運動の秘訣を紹介しています。

 人口1000万人のスウェーデンで67万部売れた、という驚異的なベストセラー本です。この本を読んで「なるほど」と思ったのは、やっぱり脳は、動物が運動するために発達したものなんだということ。植物に脳はないですもんね。

 脳のメカニズムについて丁寧に解説し、どう運動すればいいのかについても具体的に書かれています。「ストレスを効率よく解消するには?」「集中力を切らさない技術」といった方法も紹介され、脳を活性化させ、豊かな人生を送るヒントが満載です。超高齢化社会の中でも、元気に働き続けたい人に最適な1冊です。

ビジネスパーソンなら持っておきたい「知識」

12. 『13歳からの地政学』 田中孝幸著、東洋経済新報社

2022年発行、14万部

 高校生・中学生の兄妹と年齢不詳の男「カイゾク」との会話から、「地政学」が楽しく、分かりやすく学べる1冊。「地政学」を知ることで、歴史問題の本質やニュースの裏側、国同士の駆け引きへの理解も深まります。

 『13歳からの』とありますが、社会人にぜひ読んでほしい1冊なんです。例えば、「世界の貿易は9割以上が海を通っている」「アメリカが超大国といわれる理由は、その世界の船の行き来を仕切っているからだ」──というような世界情勢の基本を押さえることができるから。そうした基本が分かってこそ、国際ニュースが読み解けるし、ビジネスの制約条件や投資ポイントも見えてくるようになりますよね。こうした基本は、若いうちから頭にたたき込んでおいたほうがいい。タイトル通り、中学生以上なら読める、分かりやすい本です。親子の本棚に置いておくのはおすすめですね。

13. 『ファクトフルネス』 ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著、上杉周作、関美和訳、日経BP

2019年発行、110万部(電子書籍含む)

 「ファクトフルネス」とは、データや事実に基づき、世界を読み解くこと。教育、貧困、環境、エネルギー、人口など幅広い分野の最新統計データを紹介しながら、世界の正しい見方を紹介するのがこの本。100万部を超えるベストセラーとなり、今も売れ続けています。

 これは、「人間の思い込みと実際のデータは違う」というところに着目した1冊です。例えば、僕と同じ昭和40年代生まれの人に「世界一のカカオ豆の生産国は」と聞いたら「ガーナ」と答えると思いますが、今は「コートジボワール」です。我々が学んできた教育には常にアップデートが必要で、特に地理は大幅に変わっているんだと気づかされます。当然、この『ファクトフルネス』のデータも数年たてば古くなりますから、「世界を正しく見るためには、常に学びと知識のアップデートを怠ってはいけない」という、ビジネスパーソンに求められる基本姿勢についても教えてくれます。

取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾