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ベアトリーチェ

概要

ベアトリーチェ

版画 / リトグラフ(石版画) / ヨーロッパ

ルドン、オディロン  (1840-1916)

1897年

リトグラフ・紙

33.5×29.5

額装

 「初恋は実らぬからこそ美しい」とは言い古された慰めであるが、そこからルネサンス最大の文学にまで昇華させたのが、かのダンテである。幼い頃のすれ違いざまのわずかな視線の交錯を糧に、ベアトリーチェを生涯の女性と決めた。無情にも当の彼女はダンテの熱烈な崇拝を知る由もなく、別の貴族に嫁ぎ、花の盛りの只中で帰らぬ人となってしまう。ここにおいて、彼女がダンテのミューズとなる条件は完璧すぎるほどに整った。
 ルドンが蘇らせたのは、とぎれとぎれの記憶を頼りに紡ぎだされた追憶のベアトリーチェである。内気なシルエットと繊細なグラデーションは、頭の底深く残響する起きざまに見た夢のように頼りない。届きそうで届かない、禁断の果実のごとく揺れる面影は、一層芸術家の想像力をかきたてるであろう。
 偶然の邂逅が運命の導きとなり、美しき少女への憧れは信仰にも似た光へと姿を変える。芸術家とインスピレーションの源としての宿命の女性、彼らの間に結ばれた心的交流に触発されたもう一人の画家に、19世紀末のイギリスの画家、ダンテ・ガブリエル・ロセッティがいる。偉大な先達と同じ名を持つこの画家は、自らの不義がもたらした妻の死を悔い、彼女をモデルにした《至福のベアトリーチェ》を捧げた。ルドンの今にも消え入りそうな、臆病な描線と比べると、なんと官能的で雄弁なことだろう。
 しかし一方で、彼らが思い思いに現前させたベアトリーチェに対して、ある種の決まりの悪さを感じることを否定できない。それは、いずれの場合においても、血肉を持ったベアトリーチェではなく、彼女に投影された「理想の女性」を愛していることに変わりはないのだというやりきれなさであろうか。(生田ゆき)

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