「スタートアップは妄想そのもの」と語るユーグレナ社の出雲充社長は、学生時代にバングラデシュを訪問し、多くの子どもたちが栄養失調で苦しんでいることに衝撃を受け、それを何とか救えないかと模索する中で微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ、以下「ユーグレナ」)と出合い、起業に至った。近年では、ジェット機や自動車向けなどに使用するバイオ燃料の開発・製造を手がけている。こうした妄想ともいえる発想を次々と具現化してきた出雲氏と、『妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術』の著者で吉野家CMO(最高マーケティング責任者)である田中安人氏の対談をお届けする。その前編。

バングラデシュに行ってすべてが変わった

田中安人氏(以下、田中):出雲さんは著書『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)の中で、誰もがダメだと言うことでも、500回やったら成功すると述べられていますね。99%不可能なことでも、459回チャレンジすると成功率99%になる、と。確かに、0.99を459乗すると0.00992となり、失敗確率が1%を下回り、成功率が99%を超えます。とても勇気づけられる話です。

 僕は、妄想力というのは、想像のさらに外側にあるものだと思っています。ユーグレナの大量培養も、出雲さんが成功するまでは絶対に不可能といわれていたし、実際に屋外での大量培養に成功してからも、営業に行って500回断られたけれども、501回目の営業で顧客が見つかり、そこから道が開けたそうですね。もともと出雲さんの中に、世界を救いたいとか、何かで世界一になりたいという願望がどこかにあったんですか。

出雲充氏(以下、出雲):それは全くないです(笑)。私の家は父親がサラリーマン、母親が専業主婦で、東京の多摩ニュータウンで育ちました。こう言うとニュータウンの人たちに怒られるんですけれど、日本で一番平凡な中流家庭で育ち、大学生になるまで世界を救うとか、一番になるとか想像したこともなかった。

 けれども、大学1年生のときにバングラデシュに行き、グラミン銀行でインターンをして、もうすべてが変わりました。栄養失調に苦しむ子どもたちが大勢いる現実に直面し、自分がこれからやるべきことがはっきりと分かったんです。その後、ユーグレナとの運命的な出合いがあり、起業して、今の本当に楽しい人生があります。

 私がバングラデシュに行ったのは、居心地のいいコンフォートゾーンを飛び出すことが目的でした。あえて居心地の悪い環境に身を置くことがとても重要で、それによって人生をかけるテーマに出合えました。そのことと妄想力が私の中では直結していて、それを皆さんに伝えられたらうれしいなと思っています。

出雲充(いずも・みつる)氏 東京大学農学部を卒業後、2002年東京三菱銀行(当時)入行。05年株式会社ユーグレナを創業し、社長に就任。世界初の微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダーズ、第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)、『サステナブルビジネス』(PHP研究所)がある。(写真:洞澤佐智子、以下同)
出雲充(いずも・みつる)氏 東京大学農学部を卒業後、2002年東京三菱銀行(当時)入行。05年株式会社ユーグレナを創業し、社長に就任。世界初の微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダーズ、第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)、『サステナブルビジネス』(PHP研究所)がある。(写真:洞澤佐智子、以下同)
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田中:「バングラデシュの栄養失調の子どもたちに栄養価の高い食料を届けたい」という使命に気づき、その後、東京大学の文系の学部から農学部に理転して、非常に栄養価が高いユーグレナと出合い、起業したとうかがっています。

 けれども、誰も成功したことのないユーグレナの大量培養を成功させるには、優れた人材を集める必要があります。多くのベンチャーがここで非常に苦労するのですが、出雲さんのもとには素晴らしい人材が集結しました。優秀な人を引き寄せる秘策は何ですか?

恥をかくことを過大に考える人が多すぎる

出雲:めちゃくちゃ多くの人に声をかけましたね。もう、何百人とか何千人のレベルでした。どの人がすごいかなんて、話してみないと分からないじゃないですか。とにかく大学のキャンパスや起業イベントだけでなく、ときには道ですれ違った人にも、「この人が最高の仲間になってくれるかもしれない」と思って、自分のやりたいことを真剣に話しました。

 こつがあるとしたら、1日中、「一緒にやろうよ」と言い続けてユーグレナの話をしていたら、声をかけた多くの人たちが「出雲君が研究メンバーを探しているみたいだよ」と勝手に情報をどんどん拡散してくれることですね。

田中:先ほどの0.99の459乗の話と同じですね。

田中安人(たなか・やすひと)氏 グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)、近年はスタートアップ支援、IPOサポートも手がける。1989年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。2010年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。2017年吉野家CMOに就任。
田中安人(たなか・やすひと)氏 グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)、近年はスタートアップ支援、IPOサポートも手がける。1989年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。2010年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。2017年吉野家CMOに就任。
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出雲:ティッピングポイント(転換点)を超えるまで声をかけまくっていたら、本当に信じられないような素晴らしいご縁がやってくるんです。これは、数をこなすだけなので誰でもできることだと思っています。

 実は、この話を学生や起業家志望の人たちによくするんですけれど、声をかけて断られると傷つくという人が結構いるんですね。私の周り、特に東大にはすごく多い。声をかけて断られても、減るものもないし。どうして臆病になるんですかね。

田中:若い人は特に、傷つきたくない、恥をかきたくないと思う人のほうが圧倒的に多いでしょう。

出雲:ほとんどの人が「はずかしい思いをする」ことを過大に考えすぎていると思うんです。人に声をかけて、無視されて恥をかいたとしても、次の日には、本人以外、誰もそのことを覚えていないですよ。

田中:今、出雲さんの周りには優秀な人がたくさん集まっていますが、その裏には、何千人という声がけがあったのですね。逆に言えば、人材が足りない、有能な仲間が見つからないと不満を持っている人は、まだ声がけが足りないのかもしれせん。けれども、ティッピングポイントを超えるまでやり続ければ、誰でも大きな成果を得られるという話は、勇気をもらえます。

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