採用活動では早期に学生と接触できる企業が有利と言われるが、知名度がないと「そもそも学生が話を聞いてくれない」「説明会に来てくれない」と諦めてしまいがち。今回はそんな会社でも勝てる戦術を紹介する。題して「コバンザメ採用」だ。
(写真:123RF)
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 採用の作戦も第3回となりました。前回のおさらいから始めましょう。

 

 採用の成功のためのポイントは、ビジネスの鉄則と同じ。すなわち「他と同じことをしない」「顧客(応募者)の喜ぶことをする」でしたね。この2つをやり遂げるためには、常識を捨てること。だから「無手勝流」という本作戦の主旨がそろそろ腹落ちしてきたと思います。いよいよ、今回はそのクライマックスともいえる「奇天烈」な、その実、道理をわきまえた事例を書いてまいります。

 

 前回、採用プロセスはどの部分でも変えられると書きましたね。まずは、その最上流部、「学生と出会う」段階での作戦を書いておきます。

使うべきは「雲隠れの術」、自らの姿を消し、業界を前面に

 一番効果的なのは、大学内で説明会を開くことです。ただし!名も知れぬ企業が学内説明会を開いてもまず学生が集まりません。大学3年夏などの早期であればなおさらです。さらに言えば、この時期だと大学側は、就活により学業阻害が起きることを忌避するため、個別企業の採用活動に直結する説明会などなかなか受け付けてくれません。結局、この三重苦により、大学内で説明会をする企業は少ない。だからこそ、ここが最大のチャンスといえるでしょう。

 さて、ここで無名企業はどんな戦術をとるべきか?それは、「雲隠れの術」です。自らの姿を消してください。その代わりに前面に出すのは「業界」です。

 まず、今ではどの大学でもキャリア(就活)関連の授業科目があります。主にキャリアカウンセラーさんがその担当をしているのですが、その題材として「業界研究」はとてもニーズが高い。個社の話でなければ、喜んで、ここに入り込める可能性があります。

 学生へのアプローチも、「業界」だと途端に強くなります。たとえば、自動車の部品である「点火プラグ」を作っている会社があったとしましょう。個社で説明会を開いて、点火プラグについて語ったとしても、興味を持ってくれる学生はほんの少数でしょう。

 それが、「自動車業界」にまで広げて説明をするとしたら、状況は全く変わります。そこまで大きくすれば、学生の興味を引くトヨタやホンダ、日産までもが説明対象となるからです。そう、業界まで広げれば、人気企業の傘の下に入ってことを有利に進める、いわば「コバンザメ」集客が可能になるのです。

 しかも、この点火プラグのメーカーは取引先としてトヨタ、ホンダ、日産、マツダ等々、色々な会社と付き合いがあります。ということは、横並びで比較して、各社の特徴や風土の違いなどを説明することもできるでしょう。学生にとっては、大手メーカーの(大抵は自社自慢となる)個別説明会よりもよほど有意義なはずです。

 これは、どの業界でも言えることなのです。シャーリング(せん断)を生業としている鉄工所なども、業界まで広げて「鉄鋼業の明日」と銘打てば、日本製鉄やJFEスチールの志望者にアプローチできます。接客が大変そうなイメージがある携帯ショップも、「通信キャリアの今後」と銘打てば、NTT、KDDI(au)、ソフトバンクなどの志望者が集まるでしょう。

ほとんどの学生は人気企業に受からないという当たり前の事実

 でもここで、こんな冷めた意見を言う人がいるかもしれませんね。

 「そりゃ、注目は浴びるし、集客もあるでしょう。でもね、けっきょく、来場した学生はお目当ての人気企業に応募するから意味ないじゃない」。

 いいえ。そこが間違いなのです。なぜなら、学生たちは確かにお目当ての人気企業に応募するのですが、その9割以上は落ちて、行き先に悩むときが来るのです。

 まず、統計的なことを書いておきます。毎年、人気ランキング100位に入るような有名企業にどれくらい学生が入っていると思いますか?私は以下のような推定法で過去20年以上概算値を出してきました。

・『就職四季報』(東洋経済新報社)には約1200社の人気企業が掲載され、そのうちの6割が「大卒総合職採用数」を掲載している
・人気上位100社の企業もほぼ網羅されているので、公開企業を集計して、その年の平均的な1社あたりの採用数を出す
・これを100倍して、人気100社の採用規模とする
・その数値は、氷河期で1万3000人、コロナ前の最盛期で3万5000人ほどである

 コロナ前はバブル期を抜き、史上最高の学生売り手市場と呼ばれました。それでも人気企業には3万5000人しか入れないのです。これは、大学新卒者(約55万人)のたった6%強にすぎません。ちなみに、東大・京大などの旧帝大と、早稲田・慶應という私学の二雄、つまり「なかなか入れない難関大学」の学年定員を足し合わせるともう4万人にもなります。そう、人気100社は好況期であったとしても、なかなか手が届かない存在だとお分かりいただけたでしょう。だから必然、志望者の圧倒的多数は落ちて、他を目指すことになる。その時に、自社にチャンスが巡ってくるのです。

「新卒で大手入社者は20万人超」という数字の裏側

 ここでも疑り深い人はこんな風に言うでしょう。

 「ちょっと待って下さい。世の中には人気100社以外にも超大手企業はいくらでもあるから、大手企業の採用総数はもっと多いのでは?」

 確かにその通り。厚生労働省の「雇用動向調査」を見ると、大手(従業員数1000名以上)の大学新卒採用者数が分かりますが、2015年度以降は20万人(院卒も含む)を超えています。卒業生の3割を超える大きな数ですね。ただし、以下の点を忘れないでください。

1. 人気ランクを見ても100位以下となると、知らない会社や、冠名しかわからない会社が大半となってくる
2. また、採用規模も小さくなり、数十名程度で多社に分散している

 こうした中で、上位校でもない学生は企業を選べなくなり、結局、「大手でテレビCMをやっている」大量採用企業に多々決まっていく。そう、そんな企業が大手の採用実績をかなり稼いでいるのです。

 さてここで考えてください。なぜ、テレビCMをやっているような大手企業が、そんなにも毎年大量採用をしているのか。そして、なぜ、上位校でもない一般大学生を多々採用しているのか――。理由は簡単です。大量に若手が辞めていく。そして、そんなに採用力がない。大手でもそんな企業があるのか?そう、いわゆるブラックなのでしょう。企業名こそ書きませんが、私はこうした会社の名前を数十社は挙げられます。善良な中堅・中小企業が本気で戦えば、彼らに盗られる学生をこちらに振り向けることはできるでしょう。だから真剣に、採用作戦を実施してほしいのです。

「憧れの人気企業の現実」が見られるインターンシップ

 もちろん、こんな入り口の「業界説明会」だけで採れるわけはありません。このあとどんな二の矢三の矢を繰り出すか。まあ、ご覧ください。ここから先も全て、現実にやっている企業がある話ばかりです。社名は明かせません。読んでもらえばその理由はすぐわかりますから(笑)。

 まず、このコバンザメ手法は徹底的に使えます。業界説明会で集まった学生に対して、クローズな連絡をして、以下のようなイベントに誘います。

1. (人気の)あの企業の秘密教えますセミナー
2. (人気の)あの企業に同行しませんかインターンシップ

 いずれも取引先大手の社名を出すのです。もちろん、サイトや紙媒体などに載せることはご法度です。メールも転送されるのが怖いなら、電話集客がイイでしょう。そして、「お友達も誘ってぜひ参加しよう」というのも忘れず。

 とりわけ、無名企業だとインターンシップを開催しても学生が集まらないという悩みが大きいでしょう。同時に、お金も人的余裕もないから、凝ったプログラムもなかなか作れません。なので、この「人気企業に同行するだけ」という簡単なインターンシップは、手軽で人が集まるキラーコンテンツとなるはずです。

「メガバンク比較セミナー」で集客に成功

 この話もセミナーでよくするのですが、「海老原さんの手法のまねをしたいが、うちの業界や取引先には人気企業が本当になくて」と悩んでいた企業が、名案を思い付いた話を1つ書いておきます。

 その会社は、3つのメガバンクから協調融資を受けていました。3社の社風や営業手法の違いをよく知っている。同業ではないけど、確かに「取引相手」ではあります。そして、メガバンクであれば、学生人気はことのほか高い。さらに言うと、メガバンクの会社説明は往々にしてイメージ重視で、実体がよくわかりません(説明会で、「海外でのプロジェクトファイナンス」などについて話す企業も多いのです。入社後にそんな花形業務に就ける人はほんの数%なのに……)。

 多くの学生は、銀行員が法人融資場面で、企業の経営者とどんな話をしているのか、全く想像がつきません。また、融資以外にも、保険や証券、為替などの金融商品の販売ノルマがあったり、融資の引き上げ業務があったりしますが、かなり生臭い話が多いため、決して就活場面ではこれらの詳細は語られない。だから、この企業の「メガバン比較セミナー」は人気が沸騰しました。

 こうして、3年夏休みまでに学生たち十数名としっかり関係を作り、その後は彼らを橋頭堡(きょうとうほ)として、次々に「サービス」を繰り広げます。たとえば、

・模擬面接会
・就活直前、決起集会
・就活中盤、慰め会

 こんな形で4年の夏休み前まで、関係を続けていけばいいのです。これを「大変だ」と考えるのではなく、若者と触れ合う楽しい機会だ、と思える企業は、採用に成功していくでしょう。ビジネス成功の鉄則「他と違うことをする」「顧客にサービスをする」を踏まえて、この流れを一言でまとめるとこうなります。

 「自社をアピールする」採用から、「学生を支援し伴走する」採用へ―。

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就職ナビとタダでは契約するな!

 もう一つ、とっておきの話をしておきます。最初に書いたように、早期に学生へアプローチするなら、大学に入り込むことが不可欠です。ではどうやってやるのか?
その答えは、「就職ナビを使う」こと。

 大手の就職ナビは、企業への営業部隊とは別に、大学にサービスを提供する支援部隊を持っています。「大学渉外スタッフ」などと呼ばれるこうした人たちは、日々、大学に何かサービスを提供できないか考えているものです。「業界セミナーを開催したいという企業がある」という話は、彼らにとってまさに渡りに船。大いに力になってくれることでしょう。

 そこで、御社が就職ナビを活用するときに、「A大学とB大学で業界セミナーを開きたいんだ。個社じゃなく業界ね。だから、両大学の就職課(キャリアセンター)を紹介してくれないか。うまくつながるなら、ナビに1つ広告を入れるから」とこんな条件を出すのです。

 こんな活用法をしている企業はそれだけで、他社を出し抜けるでしょう。

 最後に、今回も釘を刺すようなことを書かせていただきます。

 ここまで読んでも、大手企業の採用担当は「これは中小の話だね」「こんな少数の学生にアプローチしても意味がない」と考えるかもしれません。でもそうではありません。大手でもこうした戦術を駆使すれば必ず効果が上がります。ただしここに書いた話を猿真似するのではなく、骨子たる2事=「差別化」「顧客利益」をいかに実現するか、御社流に考えてください。

 たとえば、某超大手保険会社の採用部門は、「人気ランキングをライバル社よりも上げろ」と社命を受け、調査したところ、「アンケートに同社の社名を書く学生が20票増えればいい」と判明しました。アンケートは学生30人に1人の割合で行っているそうなので、逆算すると600名の同社ファンを新規獲得すればいいことになります。そこで、6大学のテニスやスキーなどのインカレ(大学合同型)サークルの中で、部員数が200名を超える6サークルを選び、春夏冬の合宿や総会のたびに、缶ビールと缶チューハイ、乾きモノを差し入れしたそうです。

 かかったお金は、1500名×年3回×1人500円=225万円。これで翌年はライバル企業よりもはるかに上の人気ランクとなりました。

 どうですか?大手だったとしてもいくらでも手はある。無手勝流で、顧客サービスし、競合をしのぐ。そこのための参考事例として、今回は中小を題材にしたのです。

[Human Capital Online 2021年12月2日掲載]情報は掲載時点のものです。

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