熊本の震災が教えてくれたのは、世界の密接性だった。熊本で製造がストップしたため、日本のみならず、世界各地の完成品生産がストップした。有名なところでは、米ゼネラル・モーターズ(GM)がセダンの生産ラインを2週間ほど止めざるをえなかった。

 また、米国大統領候補のトランプ氏は、自らが大統領になれば諸外国からの輸入品に高税率をかけると宣言し、そしてTPP(環太平洋経済連携協定)にも反対の立場だ。ただ、トランプ氏の考えがどうであれ、すでに諸外国からの部品類がないと、どんな国でも、生産はおぼつかない。

世界が狭くなった日、すぐさま炎上する

 このように、サプライチェーンがどんどん複雑化し、その密接度があがっている昨今では、事件の連鎖スピードも高速化している。また、問題のある企業行動の評判もただちに広がっていく。情報ネットワークで全世界がつながっている。スマートフォン1台あれば、情報を共有し、世界中に発信できるので、山火事のように大惨事となる。

 例えば数日前は、中国企業のあまりに人種差別的なCMが話題になった。洗剤が汚れを取ると強調したいがゆえの演出で、黒人男性を洗浄したら肌が白いアジア系の美男子に生まれ変わるという内容だ。ご覧になっていない方は、必ず見るべきだと思う。中国人の大半が、このような人種差別意識と無縁ではあるだろう。しかし、この企業には「レイシスト(人種差別主義者)」と批判が殺到している。CNNは、「中国のマーケティング担当者は、人種教育を受けていないのだろうか(Don't Chinese marketing people get any education about race?)」という皮肉のコメントを紹介している。

歴代5つの有名「人種差別」認定宣伝

 しかし、これは今に始まったことではない。今回はこれまで話題になった、人種差別的CMを取り上げてみたい。同時に考えたいのは、これは過剰反応か、あるいは適正反応か、である。個人的感想はできるだけ少なめにしたいと思うが、最終的には読者のご判断に委ねたいと私は思う。

(1)インテルのCore 2 Duo宣伝ポスター

 有名なのは、米インテルが発売したCore 2 Duoのポスターだ。公式リンクは、もちろんないので、「intel racist ad」などと画像検索すると出てくる。内容は、白人男性が腕を組みながら笑顔で立っているもので、その周囲に6人の黒人男性が半裸で前かがみになっているものだ。お辞儀をしているように見える。

 画像の上には「MAXMIZE THE POWER OF YOUR EMPLOYEES」、すなわち、従業員の力を最大限に発揮する、とある。プランテーションで黒人奴隷が酷使されていた時代を惹起するものであり、すぐさま批判された。

 個人的には、プランテーションと黒人奴隷までは思い至らなかったのが本当のところだ。しかし、白人、そして黒人であれば、客からの反応は想像できたはず。やはり、黒人は反感を抱くだろう。それにしても、広告作成の現場には多数の人種がいたはずではあるが。

(2)ニベアの頭部投げつけ広告

 これは、見ていただく以外、説明が難しい。「nivea racist ad」などで検索すれば出てくる。どういう広告かというと、スタイリッシュな黒人男性が、薄汚い(と意図されている)アフロヘアー男性の頭部をぶん投げようとしているものだ。人形ではあるが、切り取られた頭部の髪を握っている。

 かなりショッキングな映像で、中心には、「RE-CIVILIZE YOURSELF」とある。「あなた自身を、再洗練させましょう」とでも、「あなたを生まれ変わらせましょう」とでも訳せばいいだろうか。

 明らかに、人種差別的で、洗練されていない黒人層を示すものとして批判された。CIVILIZEを、洗練ではなく、文明化と訳しても、その意図はあまりに過激だった。比較劣位の文化、非文明的、というメッセージととらえられても仕方がないからだ。

(3)フォルクスワーゲンのテロリストCM

 個人的な意見をなるべくいれない、といったが、これはどうだろうか。「Volkswagen Polo - Terrorist Commercial」と検索すれば、動画がでてくる。これは、街中で独フォルクスワーゲンのポロに乗ったテロリストが自爆テロをしかける、というものだ。

 何が人種差別的かというと、テロリストが明らかに特定宗教信者である、という点だった。しかし、そのテロリストは、ポロがあまりに頑丈のため、自らの命を落とすだけで、周囲に危害を与えられずに死亡する。

 同社の宣伝意図は、もちろん、テロリストの人種ではなく、ポロのボディーが強固である点にある。それでも、特定宗教信者からすると、全員がテロリストであるわけではなく、不快だっただろう。

 ただ、この場合、テロリストをどう描こうが、特定の人種や宗教にたいする批判ととらえられなくはない。従って、代替案は難しい。なので、この種のCMを思いついても、ほとんどが実際に放送されることはないだろう。

(4)Doveのbefore/after広告

 これは、今回の中国企業ともっとも近いものかもしれない。詳しくは、「Dove before/after racist」とでも検索すればよい。Doveは説明するまでもなく、ボディウォッシュ等で有名なユニリーバのブランドで、私も愛用している。

 どのような広告かというと、左にbeforeと右にafterなる文字がポスター上に書かれており、その下に3人のバスタオルを巻きつけた女性が立つ。そして、左から右になるにつれて、黒人女性から、白人女性へと変わっていく。まるで、ボディウォッシュで肌まで白くなるかのようだ。

 さらに「more beautiful skin」とも書かれているから、まるで白人女性の方が美しいかのような書き方だ。しかも、これは意図的かどうかわからないものの、左から右に移るにつれて、女性の体形もスリムになっている。

 しばらく考え、これを善意的に解釈しようとしても、やはり人種差別的なニュアンスしか感じられなかった。

(5)イー・モバイルの猿演説

 意外なところでは、イー・モバイルのCMも海外で人種差別的だと話題になった。これは「Emobile racist ad」などと検索すると出てくる。テレビの視聴習慣がある人であれば、見たことがあるかもしれない。実際に私も見たことがあったものの、差別的あるいは差別的意図があるとは思えなかった。

 内容は、毎月1980円で24時間通話し放題、というキャンペーンのもので、中心には猿が壇上に立ち演説をしているかのようだ。批判者が何を指摘したかというと、この猿は、広島を訪問した、あの米国大統領を揶揄したものである、という内容だ。

 むしろ猿といえば、日本人やアジア人が、揶揄される際に比喩される動物ではあった。あの米国大統領と猿を近似させても、なんらCMとしては意味がない(だから批判は、やや過剰ではないだろうか)。とはいえ、少なくとも、こういった反応が“ありうる”という学びにはなるだろう。

人種差別的なCMから私たちは何を学ぶべきか

 ここで、先の中国企業のCMに戻る。黒人男性を洗い、肌を白くした、あれである。まず、CMが世界的に伝播していくという認識がなかったとすれば、それは甘かっただろう。地方の、あるいは一国内のCMであっても、“問題”作はただちに広がっていく。

 ただ、今の時代、そのていどの認識はあるだろう。ということは、可能性として、関係者が「このていどはギャグの範囲内」と思っていた、あるいは、そもそも悪いとすら思わなかったのだろう。前者であれば、企業、広告代理店、制作、メディア、と何層にわたる中で、誰かが止めるべきだった。少なくとも、日本では同種のCMが流れることは(もう)ないと思う。

 が、問題は、意図しない批判を浴びることだろう。つまり、想像の範囲を超えたところでの批判だ。例としてあげた中では、イー・モバイルがそれに当てはまるかもしれない。そのときの絶対的な対応策などない。すみやかに取り消すか、あるいは、意図がなかったとし、丁寧に説明するのも良い。必要なのは、陳腐な言葉だが、誠実さ、であろう。それは、もちろん、もともと人種差別的な内容を作ろう、と思っていないことが前提となるだろう。

 あらためて、中国企業の問題は、企業内部の倫理観について、再考の機会を与えた。

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