※この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年7月22日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
日々の業務の決定と、将来を見据えた戦略の構築。後者の重要性は認識していても、多忙なリーダーはついつい前者ばかりに追われてしまいがちだ。そんな状況から抜け出し、職場の未来を描いてメンバーを巻き込んでいくにはどうすればいいか。人材コンサルティングを手掛ける産業能率大学総合研究所の矢部則之主席研究員に聞いた。
矢部さんは現場起点の組織変革を促すために、企業の現場マネジャーを対象にした「OJDマネジメント」の研修などを実施しています。よく聞くOJT(職場内訓練)ではなく、OJDとはどういうものですか。
矢部:オン・ザ・ジョブ・ディベロップメントの頭文字を取ったもので、職場における「成果目標の達成」と「人材開発」を統合したマネジメントを意味しています。
今、現場リーダーの多くは以前と比べて仕事が多様化・繁忙化し、プレーイングマネジャー的な役割も求められています。そのため、今ある目標を達成するためにどう人材を活用するかに汲々としているのが現状です。
逆に言えば、中期的な構想を描き、そこへ向けて人材を育成、開発するといったことにあまり取り組めていません。OJDで重視しているのは、職場の中期的な構想を描き、それに基づいて人材を開発し、その人材を活用することで目標を達成するという循環を作り出すことです。
私自身もそうですが、どうしても目先の仕事への対応を優先して、中長期的な目標を考えたり、そのために準備をしたりといったことが疎かになってしまう人は少なくないと思います。
矢部:「グレシャムの法則」ですね。
仕事のミッションを問い直す
「悪貨は良貨を駆逐する」という、あのグレシャムの法則ですか。
矢部:ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンという米国の学者が、それを組織に当てはめて唱えた「計画のグレシャムの法則」です。リーダーは日々の仕事に関する「業務的決定」と、将来に向けた「戦略的決定」の2つを考えなければならないのに、仕事に追われていると、どうしても今のことの方を優先してしまうんです。
それは多忙だからでもあるし、成果がすぐに表れるので心地よいからでもあります。「将来のことも考えなければ」と頭をよぎっても、なかなか中期的なテーマには取り組めないんですね。
将来へと目を向けるには、どうすればいいのでしょうか。
矢部:OJDマネジメントでは、まず職場の現状を把握した後、リーダーに自職場の「管理構想」を描いてもらいます。管理構想とは、職場を革新し、継続的に高い成果を上げ続けるために、リーダーが中期的視点に立って自ら思い描く職場の将来ビジョンと、そこにいたる道筋を示すシナリオのことです。
具体的には、従来の仕事のミッションについて、このままでいいのか、新しくやることは何か、何を続けて何をやめるべきかを問い直し、新たな職場課題を設定します。ここでは、不確実性の高い環境への見通しを立てながら仕事の仕組みや活動を意図的に組み換えていく「未来志向性」と、新しいやり方を積極的に試し、自らを変えていこうとする「革新志向性」がポイントになります。
「視野」「視点」「視座」を意識する
中期的な構想を考える「場」を意図的に設けるわけですね。
矢部:構想を描く際にもう1つ大事なのは、3つの「視」です。どのくらい幅広く見ているかという「視野」。どこを見ているかという「視点」。そしてどんな立場で見ているかという「視座」です。リーダーは常にこの3つを意識する必要があります。
管理構想ができたら、今度はリーダー自身の行動と、人が育ち、チャレンジする職場風土を形成するための仕組み作りを通じて、職場を再設計していきます。
リーダー自身の行動で大事なことは何でしょうか。
矢部:まずはエンゲージメントです。リーダーと職場のメンバー、あるいはメンバー間の関係性やつながりを強化することが挙げられます。リーダーの関与は、メンバーの仕事への自信やモチベーションの向上につながるからです。
私はこれまで多くの企業で組織マネジメントの変革に関わってきましたが、リーダーは比較的きちんとメンバーの仕事に関与しているように思います。コーチングはできているんです。
メンバーが不満や不安を感じているのは、先が見えにくいということです。「リーダーは私たちの仕事に関与、配慮してくれているけれど、先が見えないから何をどうすればいいか分からない」といった声を聞くことがあります。
だからこそ、管理構想をきちんと示すことが重要なんですね。明確な構想が示されれば、そこに向けて挑戦しようという職場風土も生まれてきます。
キーパーソンの育成がカギ
目先のやらされ仕事ではなく、中期的な目標へと前向きに仕事に取り組むことが、人材開発にもつながるということですか。
矢部:組織の中で人はどのようにして育つのか、産業能率大学は長年にわたって調査をしてきました。それによれば、「仕事そのものが私を育てた」という回答が30.1%と最も多い。「学びのモデルとなる人々との出会い」の18.2%や、「上司・先輩による指導が刺激となった」の12.2%を大きく上回っています。つまり、仕事の経験を通して、人は組織の中で育っていくんですね。
確かに、「個」が育つのは実際の仕事を通じてだと思います。その「個」がそれぞれ育つことでも組織力は高まりますが、ほかに組織全体のパワーを底上げする方法はありますか。
矢部:職場でリーダーの片腕となるキーパーソンの育成がカギになります。片腕と言っても、部長なら課長、課長なら係長といった具合に、単に1つ下の役職に就いている人とは限りません。その職場にとってのキーパーソンを見極め、育てることが集団のパワーを高めることにつながります。
実は、リーダーがキーパーソンだと思っている人材と、組織のメンバーがキーパーソンだと感じている人材は異なっていることが多いんです。リーダーは自分の言うことをよく聞いてくれる人を片腕だと思っていても、メンバーからすれば唯々諾々と従っているだけの人だと思っているかもしれない。一方で、メンバーには自分たちの考えを代弁してくれるキーパーソンだと思われていても、リーダーにとっては煙たい存在かもしれません。
リーダーの片腕であり、メンバーの良き相談役であるという両方を兼ね備えた人物がいればキーパーソンとして最も望ましい。そうした人材がいないならば、メンバーにとってのキーパーソンを見極めて育てるのがいいでしょう。それが組織力の底上げにつながります。
2ページ目第5段落でJODマネジメントとしていましたが、OJDマネジメントの誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2014/7/22 11:20]
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。
この記事はシリーズ「もう一度読みたい」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。