みなみ・けいた
みなみ・けいた
1985年石川県生まれ。米カリフォルニア大サンディエゴ校経済学部を卒業後、2009年に大和総研に入社。東京都内の外食企業などの勤務を経て13年1月に家業であるチャンピオンカレーに入社。16年10月から3代目の社長に就任(写真:山岸政仁)
『大衆の反逆』
著者 : オルテガ・イ・ガセット
訳者 : 佐々木 孝
出版社 : 岩波書店
価格 : 1177円(10%税込み)

 今回は、ホセ・オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』を紹介します。オルテガはスペインの哲学者で、20世紀前半の早い時期に、大衆社会論に先鞭(せんべん)を付けた思想家の一人として知られています。大衆社会論とは、特に産業革命以降の近代社会において、中間層としての大衆が社会にもたらした影響の大きさに関する社会学的論考群を指します。この分野は、特にフランスの心理学者・社会学者であったギュスターヴ・ル・ボンが近代を「群集の時代」と分析して以降、広く認知されました。

 オルテガが本書を著したのは1929年です。この前後の産業化の進展による社会変化の大きさは、以前モースの『贈与論』を扱った回でも記した通りです。そんな中でオルテガが着目した「大衆」とは、自らの政治的諸権利と向上した生活水準を当然の前提と捉え、自らを律する規範を持たず、凡俗であることに甘んじる人を指します。

 本書において彼は、この「大衆」が近代化の過程において数的に増大して主役となり、社会が均質化していくことに対して真っ向から警鐘を鳴らします。それは、より優れた存在になろうという意志と、それにより生まれる、深さのある個人の内面性が失われることを意味するからです。

 オルテガは、個人の内面から生まれる社会的な多様性こそ、文明を前進させる駆動力だと捉えていました。そして、その多様性を担保する自由主義こそ欧州が生み出した人類史の宝であり、それを維持するためには、先に見たような「大衆」の在り方とは真逆の、克己の精神と不断の努力が求められると主張しているのです。

 さて、ここまでの私が一般的な意味での大衆(カッコなし)と、オルテガ的意味の「大衆」(カッコあり)を使い分けている点に留意いただきたいと思います。誤解を受けやすいのですが、オルテガの論は大衆蔑視やエリート主義に類するものではありません。

 本書では、「大衆」と対置して「貴族」の語が用いられます。しかしオルテガ自身が、特定の社会階級を示すものではないと明言しています。同時に、私たちが一般的な意味でエリートと認識する科学者などの専門知に携わる職業人についても、たこつぼ化した専門知に閉じて社会全体を見渡す視座を失っている場合は、容赦のない批判を加えています。私が本書を紹介したいと考えたのは、企業組織でも同様の病理が発生し得ると思うからです。

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