聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

人のあくびを見ると、自分もついしたくなる。(©tomwang-123RF)
人のあくびを見ると、自分もついしたくなる。(©tomwang-123RF)

 誰かがあくびをすると、ついつられてあくびをしてしまう。別に眠いわけでも、退屈というわけでもないのに、なぜだろう…。そんな疑問を抱いたことはないだろうか。なんとも不思議な、あくびの伝染現象。心理学の立場からあくびを研究している、いわき明星大学心理学科准教授の大原貴弘氏に、その理由を聞いてみた。

あくびがうつるのは、その相手に関心があるから?

 「あくびがうつるのは、他者と同じ行動をとってしまう“行動伝染”現象の一つ。あくびを見るだけでなく、あくびについて考えたり、あくびに関する文章を読んだりしても、あくびが誘発されることが分かっています。では、なぜそんな現象が起こるのか。原因については1980年代半ばからいろいろな研究が行われ、諸説ありますが、最も有力なのは“共感説”です」(大原氏)

 あくびがうつるのは、その相手に対する共感や関心がベースにあるから、というのが、この共感説。他者に対する関心が低い人や自閉症児では、あくびがうつりにくいこと、また、あくびの映像を見ているときの脳画像を調べると、共感に関わる脳の部位が活発になっていることなどが、この説を裏付けているという。

 共感がベースにあるなら、誰のあくびがうつりやすいのだろうか。それを調べたイタリアの研究がある。日常生活の中で目撃したあくび伝染を1年間にわたって記録し続け、延べ480人のデータを解析したものだ。その結果、最もあくびがうつりやすかったのは、家族(肉親や夫婦)。続いて友人、知人、見知らぬ人という順だった(下のグラフ)。つまり、親しい人ほど、あくびがうつりやすいわけだ。

あくびは親しい間柄ほど伝染しやすい
あくびは親しい間柄ほど伝染しやすい
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イタリア・ピサ大学での研究により、あくびは家族を筆頭に、親しい間柄ほど伝染しやすいことが明らかになった。この研究では、職場やレストラン、待合室など、日常生活の中であくびが伝染する現象を1年間観察。対象となったのは研究者本人の家族や同僚などを含む109人(男性53人、女性56人)で、合計480件のあくび伝染を記録、解析した。(出典:PLoS ONE( 2011); 6(12): e28472)

サルや犬もあくびがうつる

 これは動物の世界でも同じらしい。「あくび自体は、哺乳類や鳥類、爬虫(はちゅう)類、魚類などの脊椎動物全般に見られる現象ですが、伝染するのはその中のごく一部。たとえば、チンパンジーやサル、ヒヒ、犬、オオカミなどでは、あくびがうつることが分かっています。これらの動物の共通点は、群れで生きる、いわば社会性のある動物だということ。あくびの伝染は、社会的コミュニケーションの一つと考えられています」と大原氏。

 ヒヒの場合、指や舌で相手の毛並みを整える“毛づくろい”(グルーミング)を行う頻度が多い仲間ほど、あくびが伝染しやすいという。犬では、種の違いを超えて、人のあくびがうつることも確認されている。ちなみに、亀のあくびは伝染しないらしい。英国の研究者らがそれを証明し、2011年にイグ・ノーベル生理学賞を受賞した。この賞は、人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に対して贈られる。

 こうやって見ていくと、あくびの伝染は一種、親しさのバロメーターともいえる。仮にあなたがあくびをして、誰かがそれにつられたとしたら、その人とは結構いい関係にあると思ってもいいのかもしれない。逆に、以前はよくつられてあくびをしていたのに、最近はとんと伝染しない…といった場合は、相手に対する共感や関心が薄れてきたってこと? あくび一つにも人間関係が反映される。面白いような、ちょっと怖いような…。

あくびで覚醒水準が上がる?

 ところで、そもそもあくびはなぜ出るのか。「血液中の酸素が足りなくなるから」という話を聞いたことがあるが、これは今では否定されているという。「室内の酸素や二酸化炭素の濃度を変えても、あくびの発生頻度に影響はなかったという実験結果が報告され、血中酸素欠乏説は否定されました。近年、注目されているのは、あくびによって脳の温度を調整し、覚醒水準を上げようとしているのではないかという説です」(大原氏)。

 確かに、あくびは眠いときや退屈なときなど、覚醒水準が低下したときに出てきやすい。つまり、あくびは眠気を促しているのではなく、むしろ眠気を妨げ、体を覚醒させようとしているというのである。しかし、口を大きく開けて息を吸い込むだけで、果たして覚醒水準が上がるのだろうか。

 「息を吸うことより、大きく口を開けることに意味があるようです。顎や気道を大きく動かすことで血流の促進などが生じ、脳が覚醒されると考えられています。なお、この説に基づくと、あくびがうつる理由は、“警戒心の共有説”となります。ぼんやりしている場合じゃないよと、周囲にもあくびを伝染させ、覚醒水準を上げて警戒心を呼び覚まそうとしているわけです」と大原氏。なるほど、群れで生きる動物は常に外敵への警戒心を維持しておく必要がある。進化の過程で、あくびがそんな役割を担うようになったとしても不思議ではない。

 「もっとも、あくびをすることで実際に覚醒水準が上がるのかというと、それほどでもないという報告もあり、この説が正しいかどうかは決着がついていません。専門家の間では今も論争が繰り広げられています。結局、あくびについては、まだ分からないことが多いというのが実情なのです」と大原氏は語る。

 日ごろ、何気なくしていたあくびだが、思った以上に奥は深い。



大原貴弘(おおはら たかひろ)さん
いわき明星大学人文学部心理学科 准教授
大原貴弘(おおはら たかひろ)さん 2002年、東北大学大学院情報科学研究科博士課程修了。いわき明星大学人文学部心理学科助手、講師を経て、2009年から現職。専門は実験心理学。論文に「行動伝染の研究動向:あくびはなぜうつるのか」(共著:いわき明星大学人文学部研究紀要第22号、2009年3月)、「あくび研究の新たな展開:あくびはなぜ出るのか?」(同26号、2013年3月)などがある。

この記事は日経Gooday 2015年3月11日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。

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