1986年の縁寿はまだ幼かったため、六軒島の事件の後、右代宮の人達との暖かい思い出を忘れていきます。そして縁寿にとっての彼らは、世間やマスコミが作り出した「金に執着して争い合う、汚い人々」のイメージに塗り替えられてしまいました。だから戦人は、そんなことはないと、みんな縁寿を可愛がってくれて、とても良い人達だったのだと教えるために最後のゲームを始めます。それがEP8です。
EP8のゲーム盤では金銭や相続を巡っての争いもなく、みんな和やかに親族の集まりを楽しんでいます。それは平和で楽しい理想の世界でしたが、縁寿はそんな幻想はいらないと拒否します。彼女が求めていたのは1986年の親族会議で何が起こったのか、その真実だけだったからです。それを記した絵羽の日記があることを知った縁寿は、戦人の制止を振り切ってそれを読んでしまいます。
しかし絵羽が生涯隠し通したその真実は衝撃的で、縁寿には信じ難いものでした(その内容は最後まで明らかにされませんでしたが、縁寿の動揺&拒否っぷりから推察するに、EP7の「留弗夫・霧江による皆殺し」に極めて近いものだったと思われます)。縁寿はその真実をも拒否し、自分の真実は自分で決める、自分は戦人の言う通り「右代宮の人達は仲良く平和に過ごしていた」ことを真実にすると決断します。そして絵羽の記した1986年の真相を闇に葬り、全てを猫箱の中に閉ざすべく、日記の開示を迫るベルンカステルやヱリカと対決します。
激しい戦いの後、何とか日記の開示を食い止めた縁寿はゲーム盤を去り、12年後の世界に戻ることになります。ここで2つの選択肢が示され、どちらを選ぶかによってエンディングが変わってきます。
「魔法END」と呼ばれる方では、縁寿はビルからの飛び降りを思い留まり、絵羽から相続した右代宮グループを小此木に譲ることにします(これによって小此木と須磨寺家による縁寿の暗殺は回避されます)。「愛がなければ視えない」ことを学んだ縁寿は絵羽への憎しみを捨て、真里亞から教わった「幸せを見付ける魔法」を絵本という形で世の中に広めます。数十年後、著名な絵本作家になっていた縁寿を、同じく著名なミステリー作家・八城十八が訪ねます。実は八城十八は、八城幾子(=アウローラそっくり)という女性と、十八という男性、その2人の共同のペンネームであり、十八は六軒島から生還していた戦人でした。生還した際に記憶喪失となっていた戦人は幾子に拾われ、十八という名を与えられていました。数年後に戦人の記憶は戻ったものの、既に十八として生活していた彼は戦人の記憶が自分のものだと受け入れられなかったため、長年に渡って縁寿に連絡を取ることも出来ずにいたのでした。自分の知る兄はもう帰って来ないことを悟った縁寿は、会うのは次が最後と決め、彼を「福音の家」に招きます。ハロウィンパーティが催されている最中に「福音の家」を訪れた十八は、縁寿によって右代宮家の屋敷そっくりに造られた広間と復元されたベアトリーチェの肖像画を見て、懐かしい右代宮の人達、そしてベアトリーチェとの再会を果たすのでした。
もう一方の「手品END」では、縁寿は六軒島に向かう船の上で目覚めます。縁寿の相続した財産を狙う小此木によって、天草に縁寿の暗殺命令が出ていることを見抜いた彼女は天草を殺し、更には須磨寺家に買収されている確率が高い川畑船長をも殺します。真実を追求する者の下にならどこでも現れると宣言するヱリカ(の幻想?)を伴った縁寿は、天草と川畑船長が裏切っていることを真実と信じて2人を殺したように、自分の信じる真実を追求して未来を切り拓くことを決断するのでした。
以上でEP8のあらすじは終わりです。長々とすみません。
うろ覚えの箇所はWikipediaを参考にしました。
因みに十八が戦人の記憶を受け入れられなかった理由を幻想サイドで考えると、戦人が六軒島をボートで脱出する際、海に身を投げたベアトリーチェを助けようと海に潜ったものの沈んでいく彼女を掴むことが出来ず、けれど心だけはずっと一緒だと誓ったため、戦人の心はベアトリーチェと共に海の底に沈み、体は生還しても戦人はもうこの世にいないから、ということになります。
曖昧なまま放置された謎も多いですし、EP8を終えてもスッキリとか満足とかとは程遠い感じですが、私は面白かったと思います。右代宮一同が共闘するシーンも格好良かったです。音楽は素晴らしく、文句無しでした。