本誌『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2014年3月号の特集は「意思決定を極める」。意思決定において有用な理論のひとつが「行動経済学」である。ファイナンスの大家で、ダイヤモンド・オンラインの連載でもおなじみの真壁昭夫教授による入門書『行動経済学入門』から、意思決定に関連する箇所を抜粋、本日より5回にわたって紹介する。

 

非合理な意思決定――プロスペクト理論と価値関数

 行動経済学の中核をなす「プロスペクト理論」を用いることで、「損失回避的傾向」、「鏡映効果」という伝統経済学ではアノマリーとして扱われてきた問題の説明が可能になった。

◆非合理的な意思決定を解明する
 行動ファイナンスの根幹をなす理論が、「プロスペクト理論」である。この理論の最大の特徴は、人々の実際の行動を説明する、現実に近い理論だということだ。これによって、人間の合理性を前提にする伝統的理論では説明が困難な事象を分析することができるようになる。そして、実際の行動を説明するために人間の「価値」の感じ方の理論化、数値化が可能になった。

 提唱者であるカーネマンとトベルスキーが得た結論の一つを記すとこのようになる。「人々の意思決定のもとになる価値は、特定の状態からの変化、つまりリファレンス・ポイント(参照点ともいう)から離れることで発生するメリット(効用・利益)やデメリット(損失)に、大きく依存する」。

 2人がその過程で考え出したのが、「価値関数」を中心とした理論である。これは、ある事象が起こったとき、そこに人がどれだけの価値を見出すかを示すものだ。私たちが意思決定を行う場合、「それを選択することによって、どれだけの価値が得られるか」が最も重要な要素になっている。つまり、その価値に基づいて、意思決定を行っているということになる。価値関数とは、「意思決定者が受ける利益・損失を、意思決定者の主観的な価値(グラフ上のV)に対応させた関数」ということになる(図1参照)。

 価値関数の形状は、判断の基準となるリファレンス・ポイントを中心にしており、その点からの位置関係、距離によって主観的な価値を表現している。

◆「損失」への考察
 また価値関数は、意思決定者が損失を被るマイナスの領域にも展開していることが注目されよう。この損失領域では、伝統的な期待効用理論では説明できないリスクの高い意思決定のプロセスを、リファレンス・ポイントを基準にして、価値関数で説明することが可能になっている。

 このグラフを用いて、なぜこの理論が経済学に革命的な影響を与えたのかを考えてみよう。グラフ中のAのポイントでは、すでに利益が出ている。このとき、利益をさらにもう1単位増やすことによる「価値の上昇」は、リファレンス・ポイントから1単位利益を増やしたときほどは大きくない。