50億年後に待ち受ける太陽と地球の運命――膨らむ太陽から地球は逃げ切れるか
『時間の終わりまで』読みどころ【7】膨らむ太陽、逃げる地球
遠い昔の先祖たちは、太陽が生命にとって必要不可欠な低エントロピーのエネルギーをふんだんに送ってくれていることは知らなかったが、天空からじっとこちらを見つめる目、日々の暮らしを見守る灼熱の存在が大切なものだということは知っていた。
太陽が沈むとき、それがふたたびのぼってくることも知っていた。その繰り返しが、いやでも気づかずにはいられないほど顕著で信頼性の高いパターンを作っていることも知っていた。しかしそのパターンがいつの日か終わることもまた、それと同じくらい確実なのだ。
太陽は、これまで50億年近く、中心部で起こる水素原子核の核融合で生じるエネルギーによって内向きに働く重力に抗い、莫大なその質量を支えてきた。核融合で生じるエネルギーが、激しく動きまわる粒子に動力を与え、その粒子たちの運動が外向きの圧力になる。そうして生じた外向きの圧力のおかげで、太陽はおのれの質量によって生じる重力に抗い、崩壊を免れているのである(その様子は、空気で膨らませるビニール製のおもちゃの家に似ている。その家が潰れないのは、ポンプを使って吹き込まれた空気の圧力のおかげだ)。
内向きに働く重力と、粒子運動のために生じる外向きの圧力とは、今後さらに50億年ほどは安定して釣り合っているだろう。しかしその後、釣り合いは崩れる。太陽はまだ水素原子核をたっぷり含んでいるが、中心部ではほぼ使い尽くされる。水素の核融合で生じるヘリウムは水素より重くて密度が高いため、砂をどんどん池に投げ込めば、砂が池の底に溜まるにつれて水が池からあふれ出すように、ヘリウムが太陽の中心部に溜まるにつれて、水素は中心部から外側に押し出される。
それはどうでもよいような細かい話ではない。
太陽の中心部は、太陽の中で一番温度の高い場所だ。現在の温度は1500万度ほどで、水素を融合させてヘリウムを作るために必要な1000万度を軽く上まわる。しかし、ヘリウム原子核を融合させるためには約1億度という高温が必要で、太陽中心部の温度はそのヘリウム核融合の閾値よりはずっと低いため、ヘリウムが水素を外側に押し出すにつれて、水素核融合の燃料供給が滞るようになる。すると、核融合で生じるエネルギーによる外向きの圧力は弱まり、その結果として、内向きの重力のほうが優勢になる。そして太陽は内側に崩壊する。
莫大な重量が圧縮され、太陽の温度は跳ね上がる。その高温高圧をもってしても、ヘリウム核融合の閾値には届かないため、ヘリウムの溜まった中心部を取り巻くように生じた水素原子核の薄い層の中で、水素核融合の第2ラウンドが始まる。温度と圧力が上がっているため、このたびのラウンドは猛烈なスピードで進み、太陽はかつて経験したことのない大きな力で外向きに押し出される。その力は、単に太陽が内向きに崩れるのを食い止めるだけでなく、太陽を外向きに大きく膨らませるだろう。
太陽系の内惑星(水星、金星、地球、火星)の運命は、次のふたつの要素のバランスにかかっている。ひとつは、太陽がどれだけ大きく膨らむか。そしてもうひとつは、膨らみつつある太陽が、質量をどれだけ減らすかだ。
なぜ質量が減るのかというと、核融合のエンジンが暴走すると、太陽の外側の層に含まれている無数の粒子が、宇宙空間に吹き飛ばされるからだ。そうして質量が減ると、太陽が惑星たちに及ぼす重力は弱まり、惑星たちの軌道はどんどん太陽から遠ざかる。惑星の未来は、太陽から遠ざかるその軌道が、大きく膨らむ太陽から逃げきれるかどうかにかかっている。
詳細な太陽系モデルを組み込んだコンピュータ・シミュレーションによると、水星はその競争に敗れ、大きく膨らんだ太陽に飲み込まれて蒸発するだろう。地球よりも太陽から遠い軌道をめぐる火星は、スタート地点が有利なおかげでセーフになるだろう。金星はアウトになりそうだが、膨張する太陽は遠ざかる金星軌道に追いつけないという結果を示すシミュレーションもある。もしもそれが正しければ、地球の軌道についても同じことがいえて、地球もセーフになるだろう。