農耕の発生と貸し借り
楠:ヤップ島はそんなに古くないんですが、シンボリックに「お金の本質が貸し借りである」ということを物で説明するときに、もっとも説得力があるのがヤップ島の石貨なんです。お財布に入らないとか、いろんな意味でツカミはOKというやつです。
ヤップ島の石貨は人間の子供くらいの大きさの石のお金だ。もちろんそんなものをやりとりできないので、実際は「富を持っている」ということの証明に使われていたにすぎない。
要するに信用を形にしただけのもので、それ自体をやりとりしていたわけではない。
つまり昔の経済というのは贈与や記録がメインなのだ。物々交換ではない。
『負債論』によると、物々交換で成り立っている経済圏の史料がとにかく出てこないらしいのだが……。
楠:そうですね。だけど帳簿は出てくるからそうなったという話ですね。お金の起源を考えると、貸し借りの発生をどこに置くかという問題が出てくるんですけど、これは農耕の発生なんです。なぜなら、農耕を始める時点において、当時土地は希少ではなかったけど種は希少だった。種を人から借りることからしか農業はできなかったわけです。
——それによって人口が増えたけれども、たくさんの人の生活レベルが落ちているんですよね。『サピエンス全史』でけっこう熱心に書かれていましたけど。実は農耕は効率が良くない……農耕は人類最大の詐欺だ、みたいな。
「農業革命は、安楽に暮らせる新しい時代の到来を告げるにはほど遠く、農耕民は狩猟採集民よりも一般に困難で、満足度の低い生活を余儀なくされた。(略)人類は農業革命によって、手に入る食糧の総量をたしかに増やすことはできたが、食糧の増加は、より良い食生活や、より長い余暇には結びつかなかった。むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ」(『サピエンス全史』5章 農耕がもたらした反映と悲劇)
楠:まあ詐欺ではないし、それによって多くの人口を養えるようになったことは間違いないけれども、それによってひとりひとりの生活レベルは下がっていき、ただみんなで助け合いながら暮らすために文明は進化していった。貨幣も、その流れで現れたというわけです。
なるほど、貸し借りという形のない情報から形のある貨幣へ……という流れがあったとすれば最近の仮想通貨は、最新に見えて実は最古のものだということか? これはなかなか面白い話だ。
そういえば、元WIRED編集長の若林恵さんも「仮想通貨って……そもそも最初から通貨は仮想だったじゃん」とつぶやいていた。
しかし……だとしたら、どうして今になって仮想通貨が再注目されているのだろうか?
ビットコイン登場までの経緯を探ってみることにした。