2022.03.31
# 立花隆

「知の巨人」立花隆の書棚に写った「殺伐」の正体

蔵書10万冊の書棚を撮り続けた話

上から下まで本だらけの「猫ビル」

猫ビルと立花隆さん(photo 薈田純一)

2010年秋、最初の作業として巨人の根城、通称「猫ビル」の下見に伺った。壁面に巨大な猫の顔がある真っ黒いビルの鉄扉を開けると、薄暗い小さな踊り場の右に居室、地下への階段が正面にあり、左には上階への螺旋階段があらわれた。階段の壁面にもギチギチに本が詰まった書棚がへばり付いている。

1階はパソコンの置かれた机周りに書棚が縦横にからみつき、部屋の奥には可動式の書架が10竿。フロイト、ユング、死と生命関係の本、春本、猿学。医療関係などなど、居並ぶ本の脈略がまったく見えない。

天窓から螺旋階段へ光が降ってくる。映画『薔薇の名前』のワンシーンのようだ。

猫ビルの天窓(photo 薈田純一)

2階は事務所も兼ねている。ファイルキャビネットやラックが据えられ、部厚い資料の束、取材ビデオの他にラテンアメリカ関係、土着宗教の蔵書が棚を埋めている。

3階は立花さんがおもに執筆する部屋があり、いわば猫ビルのコアの部分だ。四面書棚に囲まれた空間に大きな机が置かれている。そこにも資料と本がうずたかく積まれ、かろうじて黒電話が場所を確保している。ベッドの上も本ばかりで仮眠をとれる状況ではない。なぜか書棚の一部がスーツ掛けになっているのも不思議だった。ぐるり部屋を囲む書棚にはキリスト教関係の本と聖書、アーサー王や聖杯に関しての伝説本、宇宙関係。ヘブライ語の教科書にフリーマン・ダイソン、ファインマン、ウィトゲンシュタインの本などが並んでいた。

猫ビル3階 ぐるり部屋を囲む書棚(photo 薈田純一)

3階のトイレの奥のドア(トイレに2つのドアがある)を開けると屋上への階段があった。六角坂を眼下に小石川の町並みが南に見える。手すり脇には小型クレーン。本をいちいち階段を使って運びいれなくてもいいように設置したらしい。その脇に八畳ほどの小屋には、立花さんと親交のあった評論家・小説家のコリン・ウィルソンの著作や共産党関係の本などがあった。

城の登頂のあとは地下である。

打ち放したコンクリート壁。少し黴くさい空間に可動式の書架が20竿、書棚も4つ。明治維新について書くなら必須といわれる『日本史蹟協会叢書』が目に入る。石油、イスラエルに中東関連の本、プーチン、ロシア関係の本もある。

通風孔のような床蓋をあけると天井の低い地下2階が出現する。梯子を伝って降りると、ニューズウィークやタイムのバックナンバー、資料の段ボールが納まる書棚があり、イケム76年とかムートン76年などと書かれた箱が、ワインカーブの脇に積んであった。見慣れぬバルブ付きの管が2本突き出た装置はなんだろう。実はこのダンジョン、稀に水が上がってくるそうで、それを排水する装置だった。まさしくここは立花さんの城であると同時に本のための砦なのだ。

なるほど、知の巨人の読書量とはこういうものかと10万冊とも言われる本の量に圧倒され、これを全部撮るのかと、あらためて溜息が漏れたが、それよりも猫ビルに入った時から、今まで撮ったどの棚からも感じない「殺伐とした」雰囲気のようなものが気になった。

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