79歳・前田吟、「寅さん」「渡鬼」支えた名脇役「引退考えたことない。生きていること楽しいから」、昨年6月に再婚

スポーツ報知
デビュー当時の思い出を語った俳優の前田吟(カメラ・頓所美代子)

 映画「男はつらいよ」にドラマ「渡る世間は鬼ばかり」―。俳優・前田吟(79)は、国民的人気シリーズを脇で支え続けてきた。私生活では21年8月、50年連れ添った前妻と死別。失意の中、歌手の箱崎幸子(74)にひと目ぼれし、22年6月に再婚した。60年近いキャリアを誇る名バイプレーヤーが「人生そのもの。青春」と表した寅さんの秘話、「渡鬼」の長ゼリフ習得の極意を語った。(加茂 伸太郎)

 「今も、目の前でカメラが回っていると思っているからね。たまたま映画やドラマにならないだけで、毎日の生活が役者でいることなんだよ」

 2月に79歳の誕生日を迎えたが、芝居に対する情熱は衰え知らず。身ぶり手ぶりを交え、言葉の端々から力がみなぎった。

 「普段から演じているから、いつどんな仕事が来ても平気。監督とカメラマンがいないだけで、朝起きて、顔を洗って、歯を磨いた時から、もう演技が始まっている。仕事が来れば、表現としてその場所に行くだけ。生きていること(で成立するの)が役者の仕事。それが俳優なんだよね」

 渥美清さん主演の「男はつらいよ」では1作目から全50作(1969~95、97、2019年)に出演し、寅さんの妹・さくら(倍賞千恵子)の夫で印刷工の博を演じた。山田洋次監督からは演技のイロハを学び、丁寧に役を作ることの大切さを知った。

 「『山田学校』と言われるぐらいだからさ。しっかりと話を聞けば、必ず飯が食えるようになる!と思ったの。どこかで反発していたらダメだったけど、オレも(昨年12月に)亡くなった佐藤蛾次郎も生徒として素直に聞けたんだよ。山田監督は、思いきって僕を使ってくれた恩人です。演技の名コーチだよ」

 出演のきっかけは68年、24歳の時に工員役で主演した映画「ドレイ工場」が山田監督の目に留まったことから。同作は俳優座の同期だった地井武男さん(12年死去、享年70)がキャスティングされたが、急きょ白紙になり、オーディションで射止めた。

 「スケジュールの都合なのか、地井ができなくなって。受けてみたら数百人の中から決まったんだよ。『この役は僕しかいません!』と(大見えを切って)言ったら、山本薩夫総監督が『この子でいいんじゃない』ってポロッと言うのが聞こえちゃったの(笑い)。地井とは同じ俳優座だったし、決まる予感はしたね」

 山田監督が試写会に訪れた日、前田も観賞予定だったが、NHK大河「竜馬がゆく」(北大路欣也主演)のリハーサルが延びて遅刻してしまう。「そうしたらさ、山田監督が僕が座るはずの席で見ていたの。驚いたね。(何かの偶然か)運がすごく強いのよ」と不思議な縁に感謝。その後“最終オーディション”として渥美主演のTBS系「泣いてたまるか」の最終話に抜てきされ、初共演。晴れて合格となった。

 「『渥美清さんとの具合を、1回見ておきたい』って言うんでね。『男はつらいよ』は僕の人生そのもの。人生そのものであり、青春ですね」

 脚本家・橋田壽賀子さん(21年逝去、享年95)が手がけたTBS系「渡る世間は鬼ばかり」シリーズ(90~2011、12年以降はスペシャルドラマ)では、岡倉家の長女・弥生(長山藍子)の夫・野田良を演じた。思い出は尽きないが、印象に残っているのは「セリフが長いってことだね」と懐かしげに笑った。

 橋田さんとの出会いは76年のNHKドラマ「となりの芝生」だった。食べていくのに必死な時代。膨大な量のセリフを覚えるのは至難の業だが、「死に物狂いで覚えたよ」。以後、NHK大河「おんな太閤記」(81年)、「春日局」(89年)など橋田作品の常連として屋台骨を支えた。

 「長ゼリフは嫌だけど、覚えなきゃ仕方がない。逆に言えば、ちゃんと覚えて、すぐに自然な形でできるようになれば周囲に認められて飯が食える、家族を養っていけると思ったの。『山田学校』で言うことを(素直に)聞いておいて良かったよ」

 試行錯誤の末、長ゼリフを習得するコツも見いだした。その答えは発想の転換と開き直り。「俺じゃなく、役が覚えるんだよ。前田吟が『覚えなきゃ』『野田良をやらなきゃ』と思っているうちはダメ」ときっぱり。「自分があると、嫌われないようにするからいい人になりがち(で失敗する)。『役が言っている』と、どこか人ごとのように突き放して役に練習させてみる。トチっても俺じゃない、役がトチったから役が悪いってね(笑い)。50歳を過ぎたぐらいかなあ、そう考えるようになって楽になったのは」

 積み上げてきたキャリアは59年。前田は「脇役が自分を表現できるのは、ほんの数秒。全ては主役のために動く。その点は心得ている」と語った。「山田洋次さんの教え、橋田壽賀子さんの教えがあってここにいる。苦しみながらでも、一生懸命やれば成就する。(この年齢でも)引退なんて考えたことないよ。生きていることが楽しいからね」

 バイプレーヤーの誇りを胸に、生涯現役を貫く。

 ◆前田 吟(まえだ・ぎん、本名・前田信明=まえだ・のぶあき)1944年2月21日、山口県出身。79歳。高校中退後、俳優座養成所に入所。64年テレ朝系「判決」シリーズでデビュー。65年TBS系「純愛物語」でドラマ初主演。主な出演作にNHK大河「おんな城主 直虎」、連続テレビ小説「春よ、来い」「マッサン」。170センチ。血液型A。

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