服部瞳子がわたしの人生にいた。

こんにちは。グランド肉片だ。

服部瞳子というアイドルのプロデューサーを始めて、早いもので今年でもう3年が経とうとしている。

 

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アイドルマスターシンデレラガールズ・スターライトステージ公式Twitterより引用

おっとりとした優しげな顔立ちとは裏腹に、彼女の過去はすこし訳アリだ。
プロデューサーと出会う前、彼女は別の事務所でアイドル活動をして、そこで一度挫折し芸能界を引退している。カフェ店員をしていた彼女のよく通る声にプロデューサーが目をつけ、熱心に口説き落として……25歳の今が最後のチャンスだと思いながら再びアイドルの道を歩いている、それが現在の服部瞳子である。
無味乾燥に聞こえるかもしれないが、私はそのエピソードをふつうに「エモい」と思い、それがきっかけで彼女をデレマスにおける私の一番にすることを決めた。正直、瞳子ちゃんは自分の夢を追い込みすぎていると感じたので、彼女と接していく中で、彼女がいつか「いつだって自分の夢を追いかけていいんだ」と思ってほしいな、とぼんやり考えていた。2017年の春ごろの話である。私は23歳だった。

 

ところで、デレマスでは人は死なないし、まして殺し合うこともないが、少し残酷な側面がある。
キャラクターの人気によってSSRカードの枚数が露骨に異なるし、声優も限られたキャラクターのみに配役されているのである。
服部瞳子はデレマスという膨大なアイドルの集合体において残念ながら上位陣とは言いがたく、したがって……あけすけな言葉を使うならば冷遇されているように感じることがあった。他のアイドルが何枚もSSRカードを出している中で、SRカードすらない時期もあった。
それでも周囲の服部Pたちはめげず腐らずに熱心な広報活動を続けており、私もそれに励まされて、彼女を応援できたのである。
服部瞳子をシンデレラガールに!その言葉は自分への鼓舞だったかもしれない。
お世辞にも模範的なPとはいえない私だったが、服部瞳子の夢をかなえることが出来たらならば、自分の中にも報われるものがあるように思えたのだ。

 

時は流れて2019年末、私は25歳になり、服部瞳子と全く関係のない場所で将来のことを見失っていた。
現職には不満はないが、ずっとこれから続けていくことも正直に言ってあまり考えられない。
じゃあ「自分は何がしたいのか?」と思った時、目の前にまっくらな靄が広がってしまった。
空虚だった。私は何が楽しいんだろう。何に喜ぶんだろう。
何もわからない。
悩んで、でも結論は出せずに先送りして、しかし日がたつごとにどんどん現職への拒否感だけが募ってしまった。苦しかった。
年明けて1月7日の夜、とうとう耐えきれなくなり、小学校来の友人を捕まえて深夜のサイゼリヤで泣きながら話をした。彼女は粘り強く私の支離滅裂な話を聞いてくれた。友達に関しては私は一等恵まれているのだった。
友人に洗いざらいぶちまけて出た結論とは、私が「高校時代に諦めた夢をものすごく引きずっていること」「それを追いかけ直すのはまだ遅くないこと」だった。

 

それから数日後、事件は起こった。
ガチャが更新され、服部瞳子に待望の、初のSSRが実装されたのである。
衣装のすばらしさについてはもう言い尽くされているので今更私がよけいな言葉を挟むまでもないだろう。今までの彼女が、そして新しい彼女が存分に詰め込まれた挑戦的なドレス。
長い長い待ち時間を超えてようやくやってきた服部瞳子はまぶしくてまぶしくて、目から涙がぽろぽろとこぼれ出た。デレステの運営さんに、私が折れてしまいそうなときでも服部瞳子を応援し続けてくれた大勢の服部Pたちに感謝して――ふと、そこで気づいたのだった。
私は今、25歳で夢を再スタートさせようとしている。その状況は、服部瞳子と同じなのだ。
美しい声と、くすぶっている夢を抱えながらカフェ店員をしていたあの時の彼女と。

 

私は彼女を応援しながら、ずっと自分の心には蓋をし続けていた。目を背けていた。
プロデューサーの手によって服部瞳子は心の蓋を開けて、歌って、踊って、羽ばたいて……その成果として美しい衣装を身にまとって、そして私に向き直ってきた。
プロデューサーさん、あなたは?
そう言われた気がした。
私の人生に、服部瞳子がいた。
私がいままで服部瞳子にかけてきた言葉を、彼女はそのまま返してくれた。

 

そして今は私も私の夢をかなえて~……という後日談をつけられれば美しい話だったのだが、残念ながら現時点では嘘になってしまうのでそういうわけにもいかない。
でも、出来る限りそうなるように頑張ろうという気持ちが今は満ちている。
今から路線を変えて生きるのはとても困難だし、挫折や後悔をあじわうときだってあるだろう。
それでも、私の人生には友人たちと服部瞳子がいる。それだけで、笑ってしまうくらい勇気が出るのだ。
ありがとう。