アングル:水没危機の島国ツバル、国の記憶の「デジタルクローン化」に挑む

アングル:水没危機の島国ツバル、国の記憶の「デジタルクローン化」に挑む
 2月4日、 気候変動により水没の脅威にさらされる南太平洋の島国ツバル。2年前、国連の気候変動会議に危機を訴えるため、膝まで海水に浸かって演説したコフェ法務・通信・外務相は昨年12月、ツバルがデジタル国家への道を歩んでいると述べた。写真は2月、高潮の被害を受けたツバル・フナフティ島。ツバル気象庁提供(2024年 ロイター)
[シンガポール/ダッカ 4日 トムソン・ロイター財団] - 気候変動により水没の脅威にさらされる南太平洋の島国ツバル。2年前、国連の気候変動会議に危機を訴えるため、膝まで海水に浸かって演説したコフェ法務・通信・外務相は昨年12月、ツバルがデジタル国家への道を歩んでいると述べた。
オーストラリアとハワイの中間に位置するツバルは、124の島と小島の詳細な3Dスキャンを完成させた。コフェ氏は、これがツバルの「デジタルクローン」を作り出す基礎になると話した。
ツバル当局は、文化遺産を記録保存するとともに、世界各地に離散したツバル人をつなぐデジタル身元確認制度や、出生、死亡、結婚の登録や投票を可能にするデジタルパスポートの開発を目指している。
「われわれは最悪のシナリオに直面しても主権を継続させるため、こうした現実的な措置を採っている」とコフェ氏。「潮位の上昇から逃れることはできないが、われわれの国家、精神、価値観を守るために手を尽くすつもりだ」と語った。
主要な環礁と首都のあるフナフティ島の約40%はすでに満潮時に水没しており、小国ツバルは今世紀末までに水没すると予測されている。
ツバルは、インターネット上の仮想空間「メタバース」に存在する最初の国になるかもしれない。もっとも、緊急時の活動や遺産保護のためにデジタルの活用を模索しているのはツバルだけではない。
移動が制限された新型コロナウイルスのパンデミック期には、カリブ海の島国バルバドスが領事サービスを提供するためにメタバースに参入すると発表した。韓国の首都ソウルが昨年立ち上げた「メタバース・ソウル」では、納税やゲーム、観光スポットの訪問が可能だ。
ウクライナ政府のデジタル・プラットフォームは、ロシアによる侵攻以来、防空壕の詳細情報を提供したり、市民が投票したり、被害を受けた財産をリストアップしたりできるように進化してきた。有志による美術品や音楽のデジタルコピーのアップロードも行われている。
<価値と尊重>
太平洋の島国バヌアツでは、地域社会が中心となって、絶滅の危機にひんしている117の言語を保存したり、タロイモ栽培などの伝統的な慣習を記録したりするデジタル化の取り組みが行われている。
また、シンクタンクの国際環境開発研究所(IIED)は、バングラデシュの首都ダッカを拠点とする気候変動と開発のための国際センター(ICCCAD)と共同で、気候変動の影響に直面している地域社会の写真、ビデオ、工芸品、物語を集めたオンライン博物館を立ち上げようとしている。
IIEDの主任研究員、リツ・バラドワジ氏は「セネガルやマラウイ、ボツワナでだれかが何かを失っても、英国やドイツの人にとっては大して意味がないかもしれない。だが、失われつつある世界的遺産の写真やビデオを見ることができれば、価値を感じ尊重する気持ちを育む一助となるだろう」と語った。
ただ、実際の場所は今も重要な意味を持つとオーストラリア博物館の気候変動学キュレーター、ジェニー・ニューウェル氏は語る。
「場所が全てだ。その場所が失われてしまった時、相互関係のもたらす豊かさと深みを保持し、世代間に受け継ぎながら、その場所全体を記憶しておくことは難しい」と警告した。
<デジタル箱船>
ツバルでは先月、首都に新任の議員を運ぶ船が危険な天候のために欠航し、議員らが首相選の投票を行えず選挙結果の判明が数週間遅れる事態となった。
この出来事をきっかけに、当局が常日頃から国民約1万2000人に投げかけている質問がより切迫感を増すようになった。「全てを失っても保存しておきたいものを一つ挙げるなら、何か」──。
それは思い出の工芸品、子供たちの話し声、祖父から聞いた物語、祭りの踊りであったりするかもしれない。
これらは「デジタルの箱舟」の一部としてデジタル化され、「ツバルの魂」を運び、その本質を保存することになる、とコフェ外相は言う。
ただ、コンサルタント会社アイランド・イノベーションのジェームズ・エルスモア最高経営責任者(CEO)は、デジタル国家を構築するにも「多大な技術的専門知識、インフラ、資源」が必要であり、小さな島国にとってはハードルが高いと語る。人々が仮想空間で過ごす時間が増え、膨大な電力や希少鉱物が消費されて気候変動に拍車をかけるという問題もあるという。
オーストラリアは昨年、気候変動の脅威に配慮し、ツバルからの移住を毎年280人認める協定に署名した。
8歳の時に家族とともにニュージーランドに移住したツバル人のリンさんは、移住が増えるにつれ、土地や海との絆は失われ「取り返しがつかなくなる」と言う。
「海岸に打ち寄せる波の音や、夕べの祈りを促す教会の鐘の音を今でも覚えている。私たち民族の土台となるあの地をデジタルで再現することはできない。物理的なつながりは再現できない」と強調した。

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