特別企画

音質や利便性が向上する? Bluetooth「LE Audio」とは

Bluetoothの新規格「LE Audio」をご存じだろうか。

従来のBluetooth規格での標準コーデックであったSBCよりも高音質を期待できる新コーデック「LC3」が採用されるほか、1台の送信デバイスに対して複数の受信デバイスをつなげるようになるなど、新たなリスニング体験ももたらすという。

まだ耳慣れないかもしれないが、以下のリンクのようにすでに「LE Audio対応予定」を謳ったBluetoothイヤホンも販売されている。ここでは、今後のBluetoothイヤホン・ヘッドホン選びのポイントになり得る新規格を解説するとともに、「LE Audio」の普及で期待される4つのメリットを紹介する

「LE Audio」の日本国内本格普及は2023年後半から

Bluetoothによるワイヤレス技術は現在、家電製品の制御から位置情報サービスなどさまざまな用途に使われている。音楽リスニングやハンズフリー通話のための「オーディオストリーミング」も主要な用途のひとつだ。

「Bluetooth BR(ベーシックレート)/EDR(エンハンストデータレート)」としても知られる「Bluetooth Classic(クラシック)Audio」(Classic Audio)の技術を用いて、高品位なオーディオを伝送するためのプロファイルである「A2DP(Advanced Audio Distribution Profile)」が使われるようになってから10年以上が経つ。

以後、現在までの間にヘッドホン・イヤホン、ワイヤレススピーカーに補聴器を含むさまざまなワイヤレスオーディオ製品とユースケースが作られてきた。かたや「Classic Audio」は、対応するデバイス同士をポイント・ツー・ポイント(1対1)につなぐ通信技術であるほか、消費電力などのスペックが今のBluetooth対応デバイスに関わる新しいユースケースの要件を満たし切れなくなってきた。

そこでBluetoothの標準化団体であるBluetooth SIG(Special Interest Group)が中心となり、「Bluetooth LE(Low Energy)」をベースにしたオーディオストリーミングの新規格を起ち上げた。これが「Bluetooth LE Audio」(LE Audio)だ。

Bluetoothによるオーディオリスニングは、従来の「Classic Audio」を拡張する「LE Audio」の規格が登場することにより多様性が拡大する

Bluetoothによるオーディオリスニングは、従来の「Classic Audio」を拡張する「LE Audio」の規格が登場することにより多様性が拡大する

「LE Audio」はオーディオのワイヤレス伝送のクオリティを拡張する。また、従来のオーディオデバイスだけでなく補聴器のために新しい規格を定め、「Auracast(オーラキャスト)」という1対多のデバイスをつなぐブロードキャスト通信技術も作った。

Bluetoothオーディオデバイスの中には現在、オーディオのストリーミング再生に「Classic Audio」を使い、機器同士のペアリングや再生・通話のコントロール、あるいは位置追跡のための測位などには「LE Audio」を使う「デュアルモード」対応のデバイスが数多くある。今後は「LE Audio」のみを使うシングルモードに対応する製品も台頭が予想される。

米ABI Researchの市場予測によると、2027年までに「LE Audio」に対応するデバイスの出荷は30億台を超える見込みだという。そして日本国内でも2023年の後半から本格的に出揃うことになりそうだ。「LE Audio」により、Bluetoothオーディオはどのように変わるのだろうか。

Bluetooth SIGが公開している米ABI Researchの市場予測。2027年までに「LE Audio」に対応するデバイスの出荷が30億台に到達するという見込みだ

Bluetooth SIGが公開している米ABI Researchの市場予測。2027年までに「LE Audio」に対応するデバイスの出荷が30億台に到達するという見込みだ

【メリット1】音質や伝送の安定性など体験品質が変わる

「LE Audio」の普及は、Bluetoothオーディオに大きな4つのメリットをもたらすことを期待されている。

ひとつは新しく設計・開発された「LE Audio」に必須のオーディオコーデックである「LC3(Low Complexity Communication Codec)」による体験品質の向上だ。

Bluetooth SIGがwebサイトで公開するリスニングテストの結果。現行の標準オーディオコーデックであるSBCと比べると、「LE Audio」の標準コーデック「LC3」のほうが高い満足度を獲得している

Bluetooth SIGがwebサイトで公開するリスニングテストの結果。現行の標準オーディオコーデックであるSBCと比べると、「LE Audio」の標準コーデック「LC3」のほうが高い満足度を獲得している

Bluetooth SIGは「LC3」の特徴について「高品質かつ低消費電力。低いデータレートでも高音質を実現するため、開発者にも高い柔軟性をもたらすオーディオコーデック(音声圧縮符号化方式)」であると説明している。またロバスト性能(堅牢性)が高いことから音途切れに強く、伝送遅延や消費電力も低く抑えられる。送信・受信双方のデバイスが「LC3」をサポートすることによりベストパフォーマンスを発揮する。

Bluetooth SIGのwebサイトには、現行Bluetoothオーディオの標準コーデックである「SBC(Sub Band Codec)」に対して、「LC3」が低いデータレートでも良好なオーディオ品質を保てる効率のよいコーデックであることを紹介する、音質比較のサンプルが公開されている。

筆者はソフトウェアアップデートによりベータ仕様の段階として「LE Audio」に対応した、ソニーのAndroidスマホ「Xperia 5 IV」とワイヤレスイヤホン「LinkBuds S」による組み合わせを用意して、「SBC」と「LC3」のコーデックによる音質の違いを試した。

ベータ運用の段階ではあるものの、「LE Audio」に対応したソニーの「Xperia 5 IV」と「LinkBuds S」の組み合わせで、Amazon Music Unlimitedで配信されているロスレス音質(44.1kHz/16bit)楽曲を試聴した

ベータ運用の段階ではあるものの、「LE Audio」に対応したソニーの「Xperia 5 IV」と「LinkBuds S」の組み合わせで、Amazon Music Unlimitedで配信されているロスレス音質(44.1kHz/16bit)楽曲を試聴した

「SBC」に比べると「LC3」によるリスニングのほうが音楽の情報量が一段と増えた。ボーカルは質感がきめ細かくなり、楽器の音色がとても艶っぽく響く。低音のインパクトが力強くなった。「SBC」によるリスニング時には平板に感じられた音場に鮮やかな立体感が加わった。

「LC3」は最大48kHz/32bitのオーディオストリームの伝送に対応する。音楽リスニングに限らず、ハンズフリー通話の音声についても高音質化が期待できるという。「LC3」はライセンスフリーのコーデックであることから、今後は広くBluetoothに対応するオーディオデバイスに採用されることになりそうだ。

Sony | Headphones Connectアプリに「LC3」コーデックで接続されていることを示すアイコンが表示される。音声再生時の接続性能は従来のスタンダードである「SBC」による接続時と同等に安定していた

Sony | Headphones Connectアプリに「LC3」コーデックで接続されていることを示すアイコンが表示される。音声再生時の接続性能は従来のスタンダードである「SBC」による接続時と同等に安定していた

また「LC3」には、有償のライセンスモデルとしてベンダーに提供される「LC3plus」という上位規格もある。「LC3」は「LE Audio」の必須オーディオコーデックであることから、音質や遅延、消費電力のバランスを重視した設計になっている。

いっぽうで「LC3plus」は96kHz/24bit以上のハイレゾに相当するオーディオを扱うほか、低遅延性能を強化するカスタマイゼーションを行った後にベンダーに提供される。たとえばプレミアム音質のワイヤレスオーディオや、音声の遅延を徹底的に抑えたゲーミングヘッドセットが採用するかもしれない。

【メリット2】リスニングの利便性を高める「マルチ・ストリームオーディオ」

「LE Audio」には1台の送信デバイスに対して複数の受信デバイスをつなぎ、それぞれに独立したオーディオストリームを送り出せる「マルチ・ストリームオーディオ」の機能がある。

たとえばイヤホン・ヘッドホンの左右側それぞれのチャンネルにスポーツ中継番組の「主音声と副音声」を流したり、「日本語と英語の同時通訳」を送り出したりというようなサービスが考えられる。

左右のイヤホンに独立したオーディオストリームを送り出せる「マルチ・ストリームオーディオ」に対応する

左右のイヤホンに独立したオーディオストリームを送り出せる「マルチ・ストリームオーディオ」に対応する

「Classic Audio」の仕組みでは、基本的には1台の送信デバイスに対して複数台のデバイスを同時に接続できない。ところが近年発売された左右独立完全ワイヤレスイヤホンの中には、特定の半導体メーカーのチップセットを搭載することにより「左右同時伝送」の機能を搭載するものがある。今後は「LE Audio」に対応する機器同士であれば、チップセットの種類に依存することなくマルチ・ストリームオーディオによる左右同時伝送が可能になる。メリットとして、ワイヤレス再生時の音途切れや音声遅延の解消があげられる。

【メリット3】シンプルに使えるBluetooth対応補聴器が増える

「LE Audio」は、Bluetoothに対応する補聴器が長年抱えていた課題にも向き合った。

補聴器の中にはスマホとBluetoothでペアリングして、通話音声や音楽再生が楽しめるものがある。「Classic Audio」は消費電力が大きいため、ユーザーが1日中身に着けて使う場合は合間に充電の手間がかかる。これを解決するためには大きなバッテリーを使う必要があり、引き換えにデバイスが大きく、重くなってしまう。

Bluetooth SIGには、かねてより世界各国の補聴器を取り扱うメーカーや関連団体から、補聴器に関連するBluetoothの標準規格を求める声が多く寄せられていた。

現在、補聴器メーカーはBluetoothに対応させるため、独自の仕様に基づく機能を製品に実装している。アップルは「MFI(Made for iPhone)」、グーグルは「ASHA(Audio Streaming for Hearing Aids)」というプラットフォームを作り、それぞれのOSを搭載するスマホに連携する補聴器のパートナーを拡大してきた。ところがいっぽうで、それぞれのプラットフォームの間に互換性がないことから、補聴器を必要とするユーザーにとっては不便でわかりづらい状況が続いていた。

そこで、Bluetooth SIGは「HAP(Hearing Access Profile)」、そして「Hearing Access Service(HAS)」という新しい補聴器のための規格を開発し、これを「LE Audio」に組み込んだ。今後は補聴器の互換性やパフォーマンスの改善が進み、コストパフォーマンスにもすぐれる製品が多く出揃うことが期待される。

「LE Audio」で補聴器向けの新たなプロファイル「Hearing Access Profile」が規格化されたことにより、汎用性の高いBluetooth対応の補聴器が今後数多く商品化される期待も高まる

「LE Audio」で補聴器向けの新たなプロファイル「Hearing Access Profile」が規格化されたことにより、汎用性の高いBluetooth対応の補聴器が今後数多く商品化される期待も高まる

【メリット4】“オーディオの共有”を容易にする「Auracast」

最後に「LE Audio」がもたらすメリットとして「Auracast(オーラキャスト)」のことも触れておこう。「Auracast」は不特定多数のBluetoothオーディオ機器に向けてブロードキャスト配信を実現する新機能だ。

LE Audioの技術による、複数人数を対象としたオーディオ共有を実現する「Auracast」。サービスに対応するロケーション、デバイスはロゴにより確認できる

LE Audioの技術による、複数人数を対象としたオーディオ共有を実現する「Auracast」。サービスに対応するロケーション、デバイスはロゴにより確認できる

「Auracast」により“オーディオの共有”が容易になる。現在もスマホなど1台の送信デバイスに対して2台のBluetoothに対応するワイヤレスヘッドホン・イヤホンを接続して「ペアリスニング」を実現している製品もある。「Auracast」の場合は、1台の送信デバイスがカバーする通信エリア内であれば、台数の制限なく受信デバイスがつなげられる。ワイヤレスヘッドホン・イヤホンにより、あたかもスピーカーで聴いているようなリスニング空間がつくれるのだ。

この機能を生かすことにより、たとえば商業施設の動画広告やスポーツバー、トレーニングジムに音声をミュートして動画だけを流していたコンテンツの音声を「聞きたい人が聞く」というサービスを提供できる。

あるいは大規模な会場で開催される国際会議や講義など、ステージに立つ話者から離れた場所にいても、「Auracast」を使えば声が明瞭に聞き取れるようになる。筆者も今後記者発表会やプレスカンファレンスで、話者の声が聞き取りにくい場面で「Auracast」によるサービスが提供されていたらこれを利用したいと思う。

「Auracast」に対応するデバイスと音声ストリームの接続についてはさまざまな実装手段が考えられる。ひとつはスマホのようなアシスタントデバイスを介して、ワイヤレスオーディオと音声ストリーミングをつなぐ方法だ。スマホをWi-Fiアクセスポイントにつないで、音楽ストリーミングサービスやインターネットラジオを聴くような感覚だ。

「Auracast」のユースケースのイメージ。ひとつのソースを「LE Audio」デバイスを身に着ける複数のユーザーが同時に受信しながら体験できる

「Auracast」のユースケースのイメージ。ひとつのソースを「LE Audio」デバイスを身に着ける複数のユーザーが同時に受信しながら体験できる

あるいはアシスタントデバイスがなくても、「LE Audio」に対応するワイヤレスイヤホン・ヘッドホンや補聴器などを直接音声ストリーミングにつなぐこともできるようだ。この場合、サービスの提供者には該当するロケーションに「Auracast」のロゴなどを設置して、デバイスの接続方法と合わせて周知することが求められる。

上述のとおり、米ABI Researchの独自調査に基づく市場予想によると、2027年には「LE Audio」をサポートするデバイスの年間出荷台数が30億台に到達するという。

並行する形で、「Auracast」が利用できる施設もまた2030年頃には6,400万か所に広がる可能性がある。公共の場に「Auracast」のサービスが広がれば、現在はどちらかと言えば音楽リスニングやハンズフリー通話などプライベートな用途を中心に使われているBluetoothオーディオが、音声コンテンツを共有しながら楽しむという新たな使い道に役割を切り拓く未来も見えてくる。今後、「LE Audio」に関連する話題はデバイスとサービスの両方に注目する必要がありそうだ。

山本 敦
Writer
山本 敦
オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。海外は特に欧州の最新エレクトロニクス事情に精通。最近はAppleやGoogle、Amazonのデバイスやサービスまで幅広く取材しています。
記事一覧へ
柿沼良輔(編集部)
Editor
柿沼良輔(編集部)
AV専門誌「HiVi」の編集長を経て、カカクコムに入社。近年のAVで重要なのは高度な映像と音によるイマーシブ感(没入感)だと考えて、「4.1.6」スピーカーの自宅サラウンドシステムで日々音楽と映画に没頭している。フロントスピーカーだけはマルチアンプ派。
記事一覧へ
記事で紹介した製品・サービスなどの詳細をチェック
関連記事
SPECIAL
ページトップへ戻る