第39話 恥ずかしい二つ名

 そうこうしている内に鐘が鳴り響き、朝のHRが終わりを告げる。




「――っと、ここまでですね。本日は《選抜魔剣術大会》の学内選抜者を決定する決勝大会が行われます。一年生部門は第一円形闘技場ですよ。もちろん、二年生や三年生の応援に行っても構いませんが、私達のクラスから代表者が出たので、できればみんなで応援してあげてくださいね」




 そう言って、エーリン先生は太陽のような微笑みを、サリィに向けた。




「第一試合開始は9時からです。皆さん、遅れないように」


「「「「はーい」」」」




 そんなこんなで、HRが終わると辺りは一斉に騒がしくなった。


 《選抜魔剣術大会》。


 フランいわく、毎年開かれる、ラマンダルス王立英雄学校とメルファント帝国魔法剣士学院、それからワードワイド公立英雄学園の、3ヶ国を代表する学校の選抜メンバーで競い合う大規模な大会――だったか?




 今日はうちの学校から出場する代表者を決める決勝リーグだったな。


 ルールをぽけーっとしながら聞いていたが、確か形式は学年ごとに別れての総当たり戦。


 一年生は各クラスの代表者6人がぶつかり合い、勝率が高かった生徒2名が、本校の代表者として来月の本戦に挑むのだ。




 こんなんSクラスとAクラスが勝利をもぎ取って終わりじゃん……と少し思ったが、どうやら毎年そう、というわけでもないらしい。


 上位のクラスに入って慢心していたヤツと、逆に下位のクラスで密かに技量を磨いていたヤツがぶつかって、下克上が起きたこともあったんだとか。




 あとは毎年編入生が入る時期にクラス内予選を行うから、サリィのようにSクラス生徒級の逸材が入学し、決勝大会に出場する事態もしょっちゅう起こりうるとのことだ。


 まあ、俺には関係ないし、サリィ、ファイト! ってことで。


 客席でテキトーに応援しつつ昼寝でもしよう。




 俺は席を立ち、円形闘技場へと移動を開始する。




「あ、リクスくん待ってください!」




 立ち去ろうとする俺の元に、小走りで駆けてくる足音が一つ。




「フランか」


「は、はい。あの、闘技場まで一緒に行きませんか?」


「いいよ。Eクラスに寄って、サルムも誘おうか」


「はい!」




 フランは、目を輝かせて頷く。


 そのまま2人で教室を出ようとしたのだが――




「お、お、お待ちくださいまし!」




 上ずった声と共に、小柄な少女が美しい縦ロールの金髪を揺らしながら走ってきた。


 言わずもがな、今日の主役のサリィである。




「わ、ワタクシも一緒に……つ、連れて行ってくださいませ!」


「うん、いいけど……どうしたの? なんか顔赤いけど。もしかして緊張してる?」




 なぜか妙に緊張したように見えるのが気にかかった。


 するとサリィは、頭からぼっと湯気を出し、全力で否定する。




「ち、ちちち、違いますわ! リクスさんと同行することに対して、このワタクシが緊張するわけが――」


「いや、俺と一緒に行くとかじゃなくて、今日の大会のことだよ」


「へ?」




 サリィは一瞬、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔になり、それからみるみる赤くなっていった。




「あ。あ~~~~」




 両手で顔を押さえ、その場に蹲るサリィ。


 一体どうしたんだ。今日の彼女はなんかおかしいぞ。




「あー……墓穴ほっちゃったね」




 そんなサリィの様子を見て、なぜかフランだけが苦笑いしていた。




「なぁなぁ見ろよ、あれ」「ああ、例の3人が一緒にいるな」「じゃあやっぱり、リクスくんがサリィさん達を助けたって話は本当――」




 ひそひそ声が聞こえてその方向を見れば、まだ教室に残っていた生徒がオレ達の方を見て興奮気味に話している。


 フランはまだしも、先週サリィとは対決以外ではあまり絡まなかったからな。


 噂に信憑性を持たせても仕方ない状況か。




 その声が聞こえていたのか、サリィは俺の方を向いて、小声で胸の内を明かした。




「昨日ワタクシ達を助けていただいたのに、何のお礼もできず、そのことがどうしても悔しかったのですわ。だから、せめてものお礼として、リクス=サーマルという人間が、この英雄を育てる学校に、いかに相応しい人間か。それを皆様に知って欲しかったのです。それに、英雄を退学させまいと、学校に抗議する力にもなり得ますし」


「う、うん……そうダネ」




 ギクシャクした動きの俺の手を、サリィが握り込む。


 その目は、何か憧れの者を見るように輝いていて、真っ直ぐに俺を射貫く。




 なんだろうこの気持ち。


 胸が温かくなるはずなのに、冷え切っていくというか――


 ありがた迷惑って、こういうことを言うんだろうか。




「ワタクシは、あなたのような素晴らしい方に、退学して欲しくありませんの。どうか、ワタクシ達の元に残ってくださいまし」


「そ、それは……」




 たじろいだ俺のもう片方の手に、暖かさと柔らかさが乗っかる。


 ふと振り向くと、俺の手を握るフランが上目遣いで俺の方を見ていた。




「わ、私も……リクスさんには、この学校に残って欲しいです。この先も、一緒にいたいなって……」




 頬を赤らめ、絞り出すように言うフラン。


 その破壊力に、俺は負けそうになって――




 もう、退学とかどうでもいいかな。なんか今俺、すげー青春してるし。




 両手に花。束の間のハーレムによって、チョロい思考が加速していた俺は、思わず「そうするヨ」と脳死で言いそうになった。




「おーおー、お熱いですねお三方!」「教室にまだ人が残ってんのに、やるなぁ!」「見せつけてくれるじゃないの」「ヒューヒュー!」




 他の生徒達から野次が飛んできて、フランとサリィは音速で俺の手を離す。


 


「ち、ちち、違いますわ! これはただ昨日の感謝を述べていただけで」


「でも、フランちゃん。わざわざ手を握る必要無くない~?」


「そ、それは……おっしゃる通りですわ」




 我に返ったサリィは顔を赤くする。


 フランに至っては、グルグルと目を回し、「ぷしゅ~」と頭から湯気を出してオーバーヒートしていた。




 二人には悪いが、野次馬のお陰で助かった。


 危うく、二人の可愛さに負けて首を縦に振ってしまうところだった。


 俺の目標はあくまで引き篭もり自由ライフ! 陽キャハーレム生活など、もっとも縁遠い場所にあるのだ。




 そうして目的を再確認し、決意を固めた俺は、フランとサリィ、それから途中でサルムと合流して第一円形闘技場へと向かう。




 ちなみに、この件がきっかけで後に《ハーレム英雄》などと、まったく嬉しくない二つ名を、陰で呼ばれるようになってしまうのだが……それはまた別の話だ。


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