オスが出産するよ
タツノオトシゴの中でも、珍しいとされる「イバラタツ」。淡い褐色や黄色の全身に、トゲトゲした突起物があるのが、他のタツノオトシゴとの違いです。目の周りに濃いアイシャドーを入れ、びょうを打ち込んだ衣装を着たヘビーメタルミュージシャンのよう。いつも何かに尾を巻きつけ、流れに身を任せて、ゆらゆらしながらうつむいています。
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イバラタツは、オスが「出産」します。オスのおなかに「育児のう」という袋があり、オスとメスは口先とおなかをぴったりくっつけ、ハート形を作りながら卵を受け渡します。卵は袋の中で受精し、そのまま袋の中でかえります。数週間後、オスは体を前後にくねくねと折り曲げながら、赤ちゃんを次々と産み落としていきます。その数は数百匹にもなります。
魚とは思えない姿と行動ですが、イバラタツは魚類です。目立たないよう周囲にとけこみ、小さな背びれと胸びれを細かく動かして、直立した状態で泳ぐこともあります。効率が悪く、速度も遅い泳ぎ方です。泳いで逃げるより、海藻や海草の森に隠れて生き延びてきたことで、このような姿になったと考えられています。
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この珍しい姿から、おみやげ品や美術品によく使われ、漢方薬の原料にもなってきたため、近年、アジアを中心にあまりにもたくさん取られてしまいました。今後、急速に減っていくのではないかと心配されています。温暖化やヒトによる開発が進んだことで、海草の森や藻場が急激に減り、彼らに「イバラの道」を歩ませています。(高知県大月町で)
次回は6月4日(一部地域は6月5日)です。
メモ
タツノオトシゴの一種。体長は17センチメートルほど。細長い口、膨らんだおなか、くるりとまいた尾を持ち、独特の形をしています。ヨウジウオという魚の仲間です。
写真・文 三村政司さん
毎日新聞大阪写真部。日本サンゴ礁学会会員で、国家潜水士の資格を持ちます。これまでに1000回以上、海に潜って写真を撮り続けています。