戸松遥がまっさらな自分で挑んだ、3年8カ月ぶりのシングル「Alter Echo」

戸松遥が7月26日に21thシングル「Alter Echo」をリリースした。

前作「Resolution」以来、約3年8カ月ぶりとなるシングルの表題曲は、戸松がヒロインのアスナを演じるアニメ「ソードアート・オンライン」の遊技機「スロット ソードアート・オンライン」用に書き下ろされた楽曲。“限界の先”へと駆け出していく、力強いロックナンバーに仕上がっている。一方でカップリング曲「i」は、戸松にとって新境地となる艶やかなEDMナンバーだ。

音楽ナタリーで戸松のソロインタビューを行うのも「Resolution」以来。ここ数年の近況からシングルの制作過程まで話を聞いたところ、彼女らしい明るい笑顔で元気いっぱいに答えてくれた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 塚原孝顕

30代、謳歌しています

──前作にあたる20thシングル「Resolution」(2019年11月発売)リリース時のインタビューで、戸松さんは「これが20代最後のシングルになる」というお話をされていました(参照:戸松遥「Resolution」インタビュー)。

ああ、そっか!

──ニューシングル「Alter Echo」は、あれから3年8カ月ぶりのリリースということになるので……。

いやあ、30代、謳歌していますよ。20代後半のときから先輩方に「歳を重ねるごとにもっと楽しくなるし、その分、時間の感覚が短くなってくよ」と言われていたので、「え? これ以上短くなったらどうなるの?」と思いながら30代を迎えましたけど、本当に月日が経つのが早くて。私はもう33歳なのに、年齢を聞かれるとつい「30です」と言いそうになってしまうんですよ。サバを読んでいるとかでは全然なくて、3年も経っていることに気付いていないみたいな。

──僕は今40代ですが、30代は秒で終わりました。

本当にそんな感じですね。このままだとあっという間に30代が終わっちゃうので、1日1日を楽しく過ごそうと心がけていて。おかげで毎日充実しています。

戸松遥

──戸松さんはこの3年8カ月の間にお子さんも出産されて、当然生活も変わりましたよね?

変わりましたね。今までは、自分の持っている時間はすべて仕事に費やしていて。いや、別に24時間みっちり仕事が入ることはないんですけど、例えば「午前0時からの生放送、出られますか?」とか「急なんですが明日の夜、収録行けますか?」と言われても、いつでも動けるようにしていたんです。でも母親になってからは、仕事の時間とプライベートの時間のバランスを取るのが難しくて、最近、やっと慣れてきた感じですね。最初の頃は、私は仕事大好き人間なので、仕事と家庭の両立を巡る葛藤みたいなものも正直あったんですが、徐々にリズムが取れてきて。時期によっては仕事が立て込んで土日に家を空けたりすることもあるけれども、決して無理はしていないし、逆に「もっと仕事したいのに……」ともどかしい思いをすることもなく、気持ち的にもいいバランスで生活できていると思います。

──よかったです。

もちろん、欲を言い出せばキリがないんですよ。戸松遥としてやっていきたいことがありすぎるので。その中で今回、ひさびさにシングルを出せたというのはすごくうれしいですね。どうしても間が空いちゃうと「戸松はもう歌はやらないのかな?」とか思われてしまうかもしれないけど、やる気満々だし、歳を重ねたからこそ表現できることもあると思っています。

常にアスナがそばにいてくれる感覚があるんです

──表題曲「Alter Echo」は「スロット ソードアート・オンライン」のために書き下ろされた楽曲で。前作「Resolution」もアニメ「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」のオープニングテーマでしたが、戸松さんは「SAO」でヒロインのアスナを演じるとともに、アニメ第1期のエンディングテーマ「ユメセカイ」(2012年7月発売の9thシングル表題曲)から継続的に主題歌や挿入歌を歌われていますね。

ありがたいですねえ。10年以上もの間、作品に関わることができて。しかも「SAO」は、休みがないんですよ。

──休みがない?

一般的なアニメは2期、3期と続くものであっても、制作していない期間は収録もないんです。でも「SAO」は、例えばゲームやアプリのボイスを録ったり、アニメがやっていない間もずっと稼働していて。だからアスナを忘れることがないし、そのおかげでスッと「SAO」の世界に入れるんですよ。もう、ここにアスナがいる感じで(自分の後頭部の上あたりを指差しながら)。

──背後霊みたいですね。

もはや切っても切れない関係というか、パートナーみたいな。ただ、性格的には私とアスナは正反対のタイプなので、演じ始めて最初の2、3年はがんばってアスナのスイッチを入れなきゃいけなかったりして。アスナになる準備が必要だったし、気を抜くとすぐ戸松に戻っちゃったんですけど、これだけ長い間、しかも切れ目なく付き合ってきたことで、常にアスナがそばにいてくれる感覚があるんです。

「Alter Echo」初回限定盤ジャケット ©2020 川原 礫/KADOKAWA/SAO-P Project

「Alter Echo」初回限定盤ジャケット ©2020 川原 礫/KADOKAWA/SAO-P Project

──アスナがそばにいるとはいえ、歌うときは戸松遥なんですよね?

はい。例えば「Resolution」とか「courage」(2014年12月発売の14thシングル表題曲)はアスナの心情に寄り添った“アスナ度”の高い曲で、そういう曲を歌うときも、アスナからは気持ちだけもらって戸松の歌で表現する感じなんです。「SAO」のタイアップは曲によってアスナ度に濃淡があるんですけど、今回はアニメ主題歌のように「何編の第何クールの内容に沿った曲」みたいな縛りもなく、かつ特定のキャラクターにフォーカスしているわけでもない、より作品の世界を広く捉えた楽曲で。だから私も作品全体を俯瞰しつつ、作品を彩るというか、盛り上げるような気持ちで臨みました。実は、「Alter Echo」のレコーディングは1年ちょっと前にしていて。

──あ、けっこう前なんですね。

それでも戸松遥としてのレコーディングは2年半ぶりぐらいだったんですけどね。ちなみにレコーディングした時点では、CDシングルになるのか配信だけになるのかも決まっていなかったし、いつリリースされるのかもわかっていなかったんですよ。

──ゲームのタイアップ曲などは、そういうケースもあるそうですね。「録ったけど、いつ出るんだろ?」みたいな。

そうそう。私もスタッフさんに「いつ出るんですか?」「CDで出したいなあ」と冗談めかして言っていました(笑)。その甲斐あってか、ありがたいことに1枚のシングルとしてリリースできることになって「じゃあ、カップリングも録ろう!」と。だからカップリングの「i」は最近レコーディングしているんですが、「Alter Echo」は1年以上かかってようやく日の目を見ることができて、ホッとしています。

戸松遥

「これが戸松遥だよね」という基盤を1回リセットしよう

──「Alter Echo」は「SAO」楽曲らしいまっすぐなロックナンバーで、作詞は古屋真さん、作曲は高橋修平さん、編曲は古川貴浩さんです。このうち古屋さんと古川さんは、「SAO」タイアップ曲を含む戸松さんの楽曲ではおなじみの作家ですね。

はい。お世話になりっぱなしのお二人なので、安心しかなかったです。私は基本的に、自分が歌う曲に対して口出しすることはなくて。特にタイアップがあるときは完全にお任せなんですけど、作詞が古屋さんの時点でもう間違いないだろうなと、今回も信頼しきっていました。

──戸松遥としての約2年半ぶりのレコーディングはいかがでした?

ひさしぶりのレコーディングだったというのが、けっこうプラスに働いて。例えばLizNoir(アイドルプロジェクト「IDOLY PRIDE」のユニット)とか、キャラソンも含めた歌のレコーディング自体は頻繁にやっていたので「ひさびさにヘッドフォンするなあ」みたいな感じではなかったんですけど、戸松遥として歌う感覚がけっこう抜けていたんですよ。じゃあ、いい機会だから「これが戸松遥だよね」という基盤を1回リセットしようと思って。「何も考えずに歌ってみたらどうなるかな?」ぐらいのテンションでブースに入ってみたら、変に力まず自然体で歌えたというか。

──へええ。

アルバム制作中とかだとレコーディングが続くので、だんだん余裕がなくなって歌い方が偏ってきちゃったりすることもあるんですけど、今回は期間が空いた分、気持ちにゆとりもできて。まっさらな状態で、今の自分に表現できることを音源に残せた手応えはあります。特にDメロの「意味の無い くだらない感情」から始まるパートはちょっと抜き気味に、言葉を投げるような感じで歌っているんですけど、こういう表現を私はしたことがなくて。たぶん、自分の中にある戸松遥像に囚われていたら、恥ずかしくてできなかったと思うんですよ。でも、いい意味で「どうにでもなーれ!」みたいな、「カッコいいとか悪いとか気にしない! とりあえずやってみよう!」という勢いで歌った結果、いい感じにリラックスできたんですよ。

──戸松さんは曲調によって声色が変わりますが、やはりこうしたロックナンバーだと太く、強い歌声になりますね。

確かに。特に今言ったパートはセリフをしゃべる感覚にも近くて、しかも最後の「壊してBreak out」は大声で叫べるので、ストレス発散するような気持ちよさもありましたね。うん、歌っていて楽しかったです。