長瀬智也 撮影/週刊女性写真班

写真拡大

 あらかじめ引退作品とわかっているドラマは珍しい。長瀬智也(42)の主演作『俺の家の話』(TBS系)もその1つとなった。長瀬は3月いっぱいでジャニーズ事務所を離れ、事務所からは「裏方としてゼロから新しい仕事の形を作り上げていく」と発表された。

【写真】長瀬智也はゴリゴリの短パンスタイル、松岡昌宏はガングロ? デビュー当時のTOKIO

長瀬がやるから笑えて、泣ける

 引退作品らしく、長瀬の持ち味や考え方が十分に生かされたドラマになった。脚本を書いているのはクドカンこと宮藤官九郎氏(50)でチーフプロデューサーは磯山晶氏(53)。2人と長瀬はTBS系『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)以来の長い付き合いで、気心が通じているからだろう。

 まず長瀬にしかこなせないであろうギャグがふんだんに盛り込まれた。例えば長瀬が演じるプロレスラー・観山寿一は第1話で「フェイズ?」と言うと、迷子になって困惑する少年のような表情になり、そのまま動かなくなった。

 そこまでの経緯を説明したい。まず父親で人間国宝の能楽師・寿三郎(西田敏行)が倒れた。それなのに長女で塾講師の舞(江口のりこ)と次男で弁護士の踊介(永山絢斗)がカネの話ばかりしていたから、寿一が怒鳴り飛ばす。ところが舞から「ウチら、そんなフェイズじゃないから」と反撃される。寿一は長男ながら25年ぶりの帰宅で、2年前にも寿三郎が倒れたことを知らなかった。

 長男失格。寿一はそれを恥じ、猛省すべきなのだが、「フェイズ」の意味が分からず、ポカンとしたまま。怒っていたはずなのに、瞬時に腑抜けになった。見る側は大笑い。長瀬はキャラクターを一変させるのがうまく、それを生かしたギャグは一級品。生まれ持ったセンスがある。

 泣かせる演技も巧み。第7話で寿三郎の認知症が進行した。別れた元妻のユカ(平岩紙)と親権を争っている息子の秀生(羽村仁成)を寿三郎に会わせてやりたい。

 寿一はリモート画面を通じ、顔を歪めながら、ユカに切々と訴えた。

「秀生の将来のこととか、そんな悠長なこと言ってられなくなったつーか……会いたいときに会わせてやりたいつーか……1分1秒でも長くいさせてやりたいつーか……」

 グッときた。長瀬という役者は不器用で愛に溢れた男をやらせたら天下一品である。長瀬の演技は笑わせるし、泣かせる。簡単なようで、それがどちらも出来る役者はそういない。

 これまで長瀬は「本業はTOKIOというバンドの一員」と繰り返し強調してきたので、自ら演技力を自慢したことは一度としてない。だが、日本を代表する西田さえ格別の評価を与えている。

「俳優としてのポテンシャルは限りなく高いものがあると思っています。本人も頑張っていますし、表現者として素晴らしい役者」(『俺の家の話』ホームページより)

 ここまで評価される役者の引退作品ながら、このドラマは拍子抜けするほどそれをPRしていない。「これで引退」「これで見納め」と煽ったら、間違いなく視聴率は上がるだろうが、やらないのは長瀬のプライドなのだろう。

アピールはせずにやることはやる「男気」

 チーフプロデューサーの磯山氏は放送開始前、次のように語っていた。

「このドラマは、長瀬くんと長期にわたって相談してきた企画であり、彼本人の思いもたくさん詰まっています」(TBS公式リリースより)

 恋愛の描き方が淡泊なところにもそれは現れている。長瀬はTBS系『ごめん、愛してる』(2017年)などへの出演歴はあるものの、恋愛ドラマを避けてきた。

「恋愛に左右される男なんてだせぇと思っていた」(読売新聞朝刊、2017年7月23日付)

『ラブとエロス』(1998年、同局)から『ごめん――』まで実に20年も恋愛ドラマに出演しなかった。長瀬ファン、ドラマファンの間ではよく知られた話だ。

『俺の家の話』では8話で寿三郎の介護ヘルパー・さくら(戸田恵梨香)の求愛を受け止め、長瀬ファンやドラマファンを驚かせたが、9話と10話で見事に肩すかしを食らわせ、長瀬ドラマの規定路線に。最終回ではキスシーンがあるようだが、恋愛の描写はやはり淡泊なものになるだろう。

「よく男性から声をかけてもらう。うれしいですよね」(サンケイスポーツ、2013年10月5日付)

 長瀬の女性人気は絶大だが、本人は男性から惚れられる男を目指してきたのだ。

 長瀬の考えは第6話にも表れていた。家族旅行として福島県いわき市のハワイアンズへ訪れた。長瀬にとって同県は約束の地である。

 東日本大震災後、TOKIOのメンバーたちと県の農林水産物応援企画「ふくしまプライド。」のCM、ポスターに登場してきた。完全にノーギャラだった。

 その上、福島は西田が愛してやまない故郷でもある。東日本大震災10年目に合わせてロケに臨んだのは間違いない。

 そもそも近年のホームドラマでロケを行ってまで家族旅行を描く作品など皆無なのである。だが、これも引退作品であることをPRしないのと同じく、わざわざアピールしていない。長瀬らしい。

 さて、ジャニーズ事務所を離れたあとの長瀬はどうなるのか。昨年7月に本人が「芸能界から次の場所へ向かいたい」とファンクラブ会員に向かって宣言したとおり、転身して作詞・作曲などクリエイター活動を行う。

 ジャニーズ事務所もそう言っているのだから、これは動かない。ほかの事務所に移るという話もない。なにより、長瀬のこれまでの半生は有言実行なのだ。TOKIOのメンバーと1年も話し合って決めたことでもある。

 長瀬の音楽的才能は高く買われている。TOKIOの作品のうち、『リリック』『東京ドライブ』など20曲以上の作詞作曲を手掛けた。クリエイターとしても成功するだろう。

 ただし、まだ若い。TOKIOはジャニーズ事務所の藤島ジュリー社長(54)が初めて直接手掛けたバンドで、長瀬との関係は良好だから、その気になったら長瀬の事務所復帰も他事務所への所属も簡単だろう。

 まずはクリエイター・長瀬の成功を祈るばかりだ。

高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立