製薬大手のファイザーは、新たな薬を医師に説明に行くなど、社員の多くが外勤として日本全国を飛び回っている。外出の多い職種では出先で連絡を取る必要が多く、モバイル化が必須となっているが、ファイザーは製薬会社ということで、社員の間には独特のニーズもある。

Windows Mobileの時代からモバイル化を推進

ファイザーは現在、社員全体がiPhoneを利用しており、社内もフリーアドレス化によって固定電話を廃止。すべての通話をiPhoneで行うようになっている。業務用のiOSアプリを作成することで、上司の承認から経費精算、コンプライアンスの勉強、製品情報、組織図など、社内業務をiPhoneからでも遂行できるようにしているという。

ファイザー ビジネステクノロジー担当部門長 岡崎 昌雄氏

こうした取り組みによって、フリーアドレスに続いて「ワークアットホーム(自宅での仕事)も認められるようになってきた」と話す岡崎氏。東日本大震災の際には音声通話がなかなかできなかったものの、データ通信は可能だったという状況も踏まえて、自宅でも仕事ができるような環境が必要との判断もあったという。製薬会社として、感染症の世界的流行(パンデミック)のような緊急事態に即座に対応できる環境の構築も必要だった。

同社が社内業務のモバイル化を始めたのは2009年頃で、当時の社長が「社員の情報共有をリアルタイムに、素早く」という思いからスタート。メールを見るだけでもPCが必要だったため、「(モバイル化で)簡単に行えないか」というのが発端だったという。

製薬会社の顧客は基本的に病院や医師であり、MRと呼ばれる医薬情報担当者に対して、「新薬の話を聞きたい」「製品である薬の説明をして欲しい」といったニーズがあっても、当時は移動の多いMRへ医師らがコンタクトすることが難しかったという。MRはPCと携帯電話を持ち歩いていたが、朝に送られたメールに担当者が夕方になって気付く、といったこともざらにあり、モバイルの導入でリアルタイムに対応できるようにしたいと考えていたようだ。

当初導入したのはWindows Mobileだったが、その時はまだバッテリの保ちが悪かったものの、メールのレスポンスは格段に早くなった。少なくともその点では「モバイルがビジネスのツールになる大きなきっかけになった」と岡崎氏。

その時点でiPhoneという選択肢もあったが、当時のiPhoneは同社のグローバルのセキュリティ要件を満たしておらず、見送られたそうだ。その後、iPhone 3GSでテストを行い、機能向上したことで要件を満たしたiPhone 4から導入した。

Windows Mobileを使っていた頃は、「メールぐらいしかしていなかった」というが、iPhoneに切り替えてからは社員も自発的に機能を利用するようになったほか、グローバルでiOS用の社内アプリを開発しており、それが利用の促進に繋がっているという。アプリは、例えば経費精算や報告書の承認といった用途で使われているそうだ。

外部アプリもあるが、様々な種類のアプリを自社開発している

iPhoneだけではなく、iPadも導入

2014年3月からキャリアが変わり、KDDIがiPhoneを含むソリューションの提供を担当した。ファイザー側の要望の1つはテザリング機能。iPhone 4導入時は、携帯会社側のプランにテザリングが用意されておらず、端末を変更するタイミングで導入する計画だった。

KDDIはテザリングに加えて無線LANルーターの「Wi-Fi WALKER」をセットにするソリューションを提案。外勤時はiPhoneとPCを持ち歩いており、iPhoneには電話もかかってくるという状況で、「Wi-Fi WALKERがあると便利」ということから、ファイザーはこの提案を受けたという。

さらに、ファイザーではiPadも早期から導入している。製薬業界では、医師への薬の説明にiPadが有効ではないかということで、各社とも導入は早かったらしい。その中でファイザー日本法人は、米本社も含めたグローバルの中でも「導入が一番早かった」と岡崎氏。

導入効果は非常に高く、グローバルでもiPad導入が進んだそうだ。当初は無線LANモデルを導入していたが、KDDIに変更したタイミングで4Gモデルを導入し、ほとんどのMRがiPadを携行するようになっている。

社員間のコミュニケーションも専用アプリで簡単に行える

「オフィスユースではPCの必要性はあるが、日中外に出ているときはiPadでほとんど仕事ができる」(岡崎氏)

岡崎氏は、「Paper to Glass」と、それまで紙ベースで説明していた資料をガラス(ディスプレイ)に移行する方向性を表現する。

各種ツールのiPad対応が進んだことで、紙ではできなかった詳細な薬の作用機序の説明などもできるようになったという。米本社が医者や患者向けに作成しているアプリがあり、同じアプリが動作する環境が必要だったという理由もあったようだ。

今までバインダーやリーフレットを持ち歩いていたときは、資料の量が膨大になってしまい、一部改訂が入った場合にすべて刷り直すといったコストも必要だったが、iPadになってからはデータを修正するとそれがすぐに反映されるため、コストも下がり、持ち歩く資料の量も大幅に削減できたという。

SFA(営業支援)システムに組み込んだ説明ツール、説明用ライブラリといったものも用意されており、医者の質問に対して説明をするといったこと以外にも、「隠しボタンがあって、説明で反応が良かったり説明に時間がかかったりしたポイントでタッチしておくと、あとから効果測定もできる」そうだ。

海外ではタッチパネルPCを活用していたが、日本では「病院にPCを持ち込むのがあまり印象が良くなかった」ことや、バッテリ持続時間、安定性といった課題があり、あまり活用していなかったという。それがiPadの導入で一気にデジタル化が進んだようだ。

なぜモバイル化が成功したのか

岡崎氏は、ファイザー内部の話にとどまらず、ICTの未来についてもインタビューの中で語っていた。企業システムの枠に留まらない考え方が、成功に繋がるのかもしれない

セキュリティ面では、端末内にデータを保存せずに都度ネットワーク経由で情報を取得する。ネットワークへの接続はポリシーに従って管理されており、日本での管理だけでなく、グローバル全体でもチェックが行われているという。米本社が端末をネットワークから切断する、といったこともあるそうだ。

基本的にiPhoneは自由に利用できるようにしているが、アプリによっては、例えば連絡先にアクセスして外部に送信するようなものはインストールしないように警告し、必要に応じて端末からアプリを削除する可能性もあるという。また、アップルのクラウドサービスであるiCloudの利用は禁止しているそうだ。

ファイザーのモバイル化は、Windows Mobile導入当初、手探りの状態だったが、端末の性能や機能、ソリューションも洗練され、携帯の通信環境もほとんど問題になることはなくなったことで、社員からの文句もほとんどなくなったという。

同社は職種構成からしてタブレットなどのモバイルの必要性が高いため、積極的にスマートフォンやタブレットが利用されている。社内で業務用アプリを構築するなどして利用環境の改善にも注力しており、単に導入して終わりというわけではなく、利用目的と目指す方向性が明確だったことが、成功に繋がったといえるだろう。