【本と名言365】アドルフ・ロース|「文化の進化とは日常使用する…」
これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。建築もさることながら、『装飾と犯罪』という言葉でよく知られる19世紀末から20世紀初頭にウィーンで活躍した建築家、アドルフ・ロース。その刺激的な言葉に込められた思いとはどのようなものだったのだろうか。 【フォトギャラリーを見る】 文化の進化とは日常使用するものから装飾を除くということと同義である。 19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパで影響力をもった建築家、アドルフ・ロース。いまもウィーンに行くと〈カフェ・ムゼウム〉〈アメリカンバー〉〈シュタイナー邸〉〈ロースハウス〉など、ロースが手がけた数々の建築や内装が現役で使われている。そのほとんどは一世紀を超えて愛される空間だ。そのロースが建築とともに名を残すのが、後のモダニズム運動を形作ったと言われる言論の数々。よく知られる論考のタイトルは『装飾と罪悪』と刺激的なタイトルをもつ。日本ではその論考を含む論考集のタイトルとなっており、新装版では罪悪がより適切な翻訳にあらためられ『装飾と犯罪』とされている。 ロースの学歴は複雑だ。ドレスデン王立工科大学で聴講生となり、志願して1年間の兵役を終えた後に、ウィーン美術アカデミー、ドレスデン王立工科大学を転々とする。そしてイギリス経由でアメリカに渡り、1893年から1896年まで滞在。ここでアメリカの工業的な建築の先進性や効率性に感銘を受けたという。帰国後はウィーンの建築設計事務所に職を得て、翌年から雑誌や新聞で執筆活動を始めた。同時期にクリムトらは分離派を結成している。 しかしロースはなぜ装飾を断罪したのか。『装飾と犯罪』にも掲載される論考「ポチョムキンの都市」は、ロースが歴史的様式の偽物が乱立するウィーンを書き割りのようだと辛辣に批判した文章だ。人々の需要を喚起するために、ルネサンス、バロックなどの様式をイミテーションで飾り立てた悪趣味な成金主義なのだと書く。これは19世紀末のウィーンの街を評論したものだが、いまの日本に生きる私たちにも身に覚えがある話といえよう。 『装飾と犯罪』のなかで「文化の進化とは日常使用するものから装飾を除くということと同義である。」とまで書いたロースには反発も多かった。1909年に建設をはじめた〈ロースハウス〉は3階以上のファサード(書影参照)を無装飾なモルタルで仕上げた。現在では当たり前のシンプルなファサードを人々は恐れ、建設が一時中止に追い込まれるほどの非難を受けた。しかしロースは個人の内から生まれる装飾を否定したわけではない。いまから1世紀も前に、住居の室内空間は住み手自身が思い通りにやればいいのだと書く。様式を借り物とするのではなく「自分の気に入ったものを買う、自身に気に入るように行動する!」ことが、自身の様式を形作るのだという。「我々の趣味が悪いとしても、それはそれでいいだろう。我々の住居を悪趣味に作ろう」とまで書いたロース。難解と思われがちだが、実はいまを生きる私たちには共感の多い名文家なのである。
アドルフ・ロース
1870年、オーストリア=ハンガリー帝国ブルノ(現チェコ共和国)生まれ。ハプスブルグ帝国時代末期に生まれ、激動の時代を迎えたウィーンにおける装飾性を批判した。モダニズム建築の先駆者としても知られ、部屋の機能に応じて居室を平面的ではなく三次元で考えるとした〈ラウムプラン〉の提唱と実践も行った。1933年没。
photo_Miyu Yasuda text_Yoshinao Yamada illustration_Yoshifumi...