【及川卓也×山本康正】DXの本質はソフトウェアにある

2020/9/28
プロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」では、マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、現在複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏による「プロダクトマネジメント」プロジェクト、DNX Venturesシリコンバレーオフィス、インダストリー パートナーの山本康正氏による「大企業×スタートアップ DX共創戦略」プロジェクトがそれぞれ開講される。
開校に先駆けて、両氏による特別対談を実施。元Googleの同僚でもある2人。第1回は「DX」の本質について語り合った。
【開講迫る】最先端の17テーマを、最先端のリーダーと学ぼう

DXの本質はソフトウェアにある

──現在DXはバズワードになっているとも言えます。お二人が考える「DXの本質」を聞かせてください。
及川 DXという言葉は定義が曖昧なため、実は自分ではあまり使わないようにしています。
 多くの人を敵に回すかもしれませんが、そもそもDXという言葉を使っている方々はうまくいっていない。うまくいっている企業なら、日米問わずDXという言葉は使っていないはずです。
及川卓也(おいかわ・たくや)Tably株式会社 代表取締役
大学卒業後、外資系コンピューター企業を経て、97年マイクロソフトに移籍。日本語版と韓国語版のWindowsの開発の統括を務める。2006年からグーグルで9年間ほどプロダクトとエンジニアリングのマネージャーとして勤務。現在はフリーランスとして、複数社のプロダクト開発やエンジニアリング組織づくりを支援する。
 わかりやすい例はスタートアップで、「ウチにはDXが必要です」という企業はほとんどないと思います。
 なぜなら、スタートアップの主要な武器こそがITやデジタル技術ですから。DXはそれらを自分の武器にできなかった企業が、武器にするための試行錯誤に都合のよい解釈を与えている言葉ではないか、と思っています。
 はっきり言ってしまえば、DXの本質はITであり、ITの本質はソフトウェアです。『ソフトウェア・ファースト』という本にも書いたのですが、ソフトウェアをしっかりと活用することが本質ではないかと考えます。
山本 実際にDXという言葉はシリコンバレーでもほとんど使われていません。単なるIT化をDXと言ったり、そもそもITとDXで何が違うかという疑問もあると思います。
山本 康正(やまもと・やすまさ)DNX Ventures シリコンバレーオフィス インダストリー パートナー
ハーバード大学大学院で理学修士号取得後、グーグルに入社し、フィンテックやAI(人工知能)などで日本企業のDXを推進。ハーバード大学客員研究員、京都大学大学院特任准教授などを務める。著書に『シリコンバレーのVCは何を見ているのか』(東洋経済新報社)などがある。
 私のなかでは、DXは「内」と「外」にわけられると考えています。「内」とは内部向けでSaaSの導入で業務効率を上げたり、FAXを廃止して電子メール化するといった、従来のIT化の延長線上で企業の運営コストを下げること。
 一方、「外」は外部向けのビジネスモデルの変革で、どう販売していくかです。わかりやすい例はNetflixで、DVDレンタルからスタートし、いずれ到来するストリーミング時代に全力をかけて投資をしたことが挙げられます。
 現在は時価総額でもウォルト・ディズニーと並ぶほど伸びていて、これまでなかった業界を生み出す発想をすることがDXだと考えます。
 ただ、DXやIoTといった言葉は、世の中が変わるきっかけとして使っていけばいいのではないでしょうか。

ソフトウェアの“内製化”が勝ち抜く武器になる

及川 確かに“ソフトウェア・ファースト”という言葉も造語で、さまざまな人がさまざまな使い方をしています。私のなかでは、ITでソフトウェアに占める割合が高くなっていることを理解した上で、ソフトウェアを事業の武器として活用していくことという意味合いで使っています。
 ソフトウェアの割合が増えているのは、ITプロダクトを見ると一目瞭然です。実際に自動車は内燃機関やハンドル、ブレーキといったパーツがあり、ソフトウェアも車を構成する電子制御の一部として搭載されています。しかし、現在はそれだけにとどまらず、かつてはハードウェアだった部分がソフトウェアに代替される流れが起きています。
 理由としては、ソフトウェアの進化が著しいことがひとつ。そして、ソフトウェアの柔軟性が非常に高いことが挙げられます。特に後者の重要性は増しています。
 ユーザーのニーズも多様化し、不確実性が増している現代は、使ってみてもらわなければどうなるかはわかりません。そして、想定通りに使われていなければその都度変えていくと。そんな仮説検証は、ハードウェアであればいったん商品を回収して、修正し、再度送り返さなければならず、どうしてもサイクルを回しにくいものです。
 しかし、現在はハードウェアのソフトウェア化が技術的に可能になっています。最たる例は電気自動車のテスラで、運転性能に関わる部分でもスマートフォンと同じように、ソフトウェアがアップデートされていきます。同じようなことは自動車産業以外でも起き始め、実際にDXを行っている企業は多様化しているユーザーのニーズをつかみ、新たな価値を提供できています。
山本 ソフトウェアの割合が増えている現代だからこそ、ソフトウェアをしっかりと自分の武器として使えるようにならなければいけないわけですね。
及川 その通りです。そして、基本的にソフトウェアは内製化しなければ、これからの時代では生き残れないと考えています。
 仮説検証のサイクルを回していく際、完全に内製化できる環境があれば、企画を思いついたら、隣に座っているエンジニアに「こういうアイデアがあるんだけど、実現できないか」と相談し、数日以内に一部のユーザーを対象にした実験を開始できることもあります。一方で、それらを外部に委託していると、数週間どころか数カ月かかる可能性もあります。
山本 そのスピード感の違いが、事業の成否を大きくわけますね。
及川 もちろん、100パーセントの内製化が必要かと言えば、そんなことはありません。コモディティ化している部分は、積極的に外部に依頼したり、外部製品を使うべきでしょう。そうすれば、必要最低限な部分と本当に重要な部分は自分たちで意思決定できます。そういった考え方を、私は“手の内化”と定義しています。
 “手の内化”という言葉自体は、トヨタ自動車が車に電子制御部品を大量に使用することになった際、それまで外注していた部品を将来を見据えてすべてグループ内で生産すると決めた際に使っていました。同じようにソフトウェアも、必要な部分を判断して自社ですべてをコントロールできるようにすべきではないでしょうか。
山本 私も内製化は重要だと考えています。そして、すべてを内製化、あるいは必須部分をコントロールするためには、経営陣にITに精通している人材がいなければできないはずです。
 システムベンダーに依頼すればいいIT化とは異なり、DXは経営者自身が経営ビジョンとして考え、アップデートし続けないといけません。GoogleやAmazonも常に最先端の技術を取り込んでいるので、ひとまずDXに手を出したからとひと息ついていたら、さらに先に行かれてしまい、とても追いつけません。

「DXの成功」とは何か

──DX時代の勝者はまだ決まっていないと思いますが、現段階で戦略面や組織面でうまくやっているという企業はありますか。
山本 ひとつはウォルマートだと思います。ウォルマートは2000年代前半にAmazonが急成長してくるなか、「このままいくと自分たちは終わるかもしれない」という、強烈な危機感を持っていました。
(Andres Kudacki/The New York Times)
そのため、急きょシリコンバレーに支社をつくってエンジニアを募集したり、ジェット・ドット・コムというeコマース企業を買収したりしました。最近もカナダのShopifyと提携したり、Tiktokへの投資に積極的だったりと、かなり貪欲(どんよく)に成長を追求しています。
及川 日本だと、リクルートと言えそうですね。リクルートでもすべてを内製化しているわけではないと思いますが、Indeedを買収した2012年ころからエンジニアを生かす事業推進をしています。
 とはいえ、リクルート自体はDXという言葉を掲げているわけではないので、DXの勝者と社名を挙げられても迷惑に思われるかもしれません。
山本 アメリカを含め、DXの成功例は実はまだそこまで多くないと言えそうですね。
及川 本来はGEが成功例と言いたかったところですが、現状は大失敗例となっていますし。
 日本でも成功例やロールモデルとして挙げられる企業は、まだ出てきていません。現状はZOZOの名前が挙がりがちですが、ZOZOは創業時からITを活用していますから、例としては挙げにくい。
山本 他に、私が日本で注目している企業を挙げるのであれば、UNIQLOとコマツ、ニトリの3社になりますね。
 UNIQLOは元々、アパレルとして成長してきましたが、クラウドの登場でeコマースが増えるなか、「そもそもなぜ服を着るのか」「どの服を着るのか」などを考え、自分たちの存在意義は何なのかと自分たちの追求する業界を服を売るところから服を着るきっかけというバリューチェーンの上流まで広げる「情報製造小売業」と再定義しています。
利益ベースでH&Mを抜き、世界2位まできて、残すは世界最大のインディテックス(ZARA)を追い越そうと懸命です。現在もクラウド活用でGoogleと提携したり、ロボットを取り入れたりと、新しい技術を生かそうとしています。
(Bloomberg/Gettyimages)
 コマツは建設機械を販売するだけでなく、機械の自動化や使用頻度の確認、工事の遅れまですべてデジタル化しています。彼らは2000年代前半に赤字に転落したときから危機感を強め、新しい技術を取り入れることに力を入れ始めました。
 最近ではニトリがロボットやブロックチェーンを活用したり、アプリの使い勝手のよさなどから注目しています。創業者の似鳥昭雄氏が米国研修で強い危機感を受けて以来、アメリカをベンチマークにしているからです。これら3社に共通してるのは、やはり世界に挑戦していて経営層に危機感があることと言えそうですね。
第2回に続く
(構成:小谷紘友、及川氏写真:大隅智洋、山本氏写真:遠藤素子、デザイン:九喜洋介)
【及川卓也×山本康正】大企業とデジタル庁はどうあるべきか?
【及川卓也×山本康正】DX時代の必須スキルとは何か
「NewsPicks NewSchool」では、
及川卓也氏による「プロダクトマネジメント」プロジェクト
山本康正氏による「大企業×スタートアップ DX共創戦略」プロジェクト
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