PROJECT

仁和寺『旧御室御所』黒書院襖絵保存

世界遺産寺院の
襖絵の美を蘇らせる

プロジェクトの主旨

● 皇室とゆかり深き洛西の名刹、世界遺産「仁和寺」に納められた京都画壇の大家・堂本印象による襖絵の美を超高精細デジタル化して蘇らせるプロジェクトです。

● 堂本印象の襖絵が納められているのは「旧御室御所」と呼ばれる、宮廷のたたずまいを今に伝える風雅な御殿エリアですが、その美しさの一方で、建物は老朽化し、常に外気にさらされている襖絵も劣化が進んでいます。

● 堂本印象の名作を次代に残すために、超高精細デジタル化し保存する作業が進められています。この事業に約2500万円が必要であり、皆さまからのお力添えを必要としています。

気品のある建物群と季節毎に表情を変える庭園を配し、訪れる者を貴族の世界に誘う、仁和寺「旧御室御所」

京都市右京区御室に、桜の名所としても名高い、真言宗御室派の総本山・仁和寺があります。

仁和寺は平成6年に世界遺産となり、毎年国内外から多くの人々が訪れる、古都京都を代表する寺院のひとつ。日本ではじめて法皇となった宇多天皇(867〜931)が御所を構えてから、慶応3年(1867年)まで歴代の住職の多くを天皇家から迎えた、皇族とのゆかりが深い門跡寺院でもあります。

現在、御所の旧地には、「仁和寺御殿」と呼ばれる御所風の建築群や重要文化財に指定される貴重な茶室が佇み、鍵形の回廊でつながれた御殿は、平安貴族たちが行き交う姿が目に浮かぶような雅な雰囲気が感じられます。御殿の建築群はすべて国の登録有形文化財であり、今年3月には新たに御殿群の2つの庭も国の名勝「仁和寺御所庭園」に指定されるなど、仁和寺の中でも特に格式高いエリアです。

そんな雅な風情の残る美しい建築群が、実は至る所で劣化による損傷が進んでおり、今すぐに対策を講じなければならない状況になっているのです。

仁和寺の広大な敷地の約4分の1を占める御殿群は、宸殿・白書院・黒書院・霊明殿などの建築に加え、北庭・南庭、茶室(国の重要文化財)などからなっていますが、特に損傷が進んでいるのが、門跡(仁和寺における住職の名称)の公式対面所である黒書院です。

黒書院には、京都市生まれの日本画の大家、堂本印象(1891〜1975)が手がけた貴重な襖絵があり、この名作を次代に残すために早急に保存することが急務となっています。劣化が進む前に実物を退避・保存し、レプリカ展示に切り替えるという作業が進められています。

黒書院の内部は六室に分かれており、印象は襖や袋戸、明障子の腰張などの建具に72枚もの作品を描きました。襖絵だけでも52枚に上るという大作です。

各部屋に「桜」「四季花鳥」「栗鼠」「秋草」「松鷹」「柳鷺」という画題を付け、自由で伸び伸びとした筆致で、季節の草花や動物たちをいきいきと表現しました。印象の画題はいつしか部屋そのものを体現するようになり、現在は部屋の名称として使われています。部屋を取り囲むように配置された草木や、木の上でどっしりと構える鳥たちは大胆な筆づかいでダイナミックに。低い位置で咲く小さな花や小動物たちは繊細に優しく。印象の筆致は、それぞれの部屋で異なり、それゆえに来訪者の目を引き付けて止みません。

南西に位置する「秋草」の間では、襖の下方にウサギやバッタが描かれており、可愛らしい姿を見せてくれます。ウサギはあえて輪郭を取らずに墨の濃淡だけで描く手法がとられており、ふんわりとした毛並みが優しく表現されています。北東の「栗鼠」の間のリスもよく見ると同じ手法で描かれているのが分かります。バッタは小さいため、立ち上がった状態で鑑賞すると気づきにくいですが、畳の上に座って見渡すと……。ふと目につく喜びも、鑑賞の楽しみの一つなのかもしれません。

仁和寺に勤める朝川美幸学芸員は、このウサギやリスたちの生き生きとした姿がとても好きなのだと話します。襖絵を指して「うさぎちゃん」と親しみを込めて呼ぶ姿に、日頃から愛着を持って仕事にのぞむ様子が垣間見えます。

襖絵のほとんどは素朴な水墨画ですが、一室だけ特別な部屋があります。上段の間として他の部屋よりも一段高い造りになっている、北西の「桜」の間です。普段は一般公開されていないため、他の部屋よりも人目に触れる機会は少ないですが、襖には仁和寺を象徴する桜と朝日が描かれており、荘厳な雰囲気が漂っています。

当時の資料に、桜の間と秋草の間だけに泥(胡粉を混ぜた粉末状の絵の具を水で溶いたもの)を使用したという記録が残っていることからも、他の部屋と一線を画して描かれた可能性があるとされています。