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妄想代理人(感想)_現実逃避を安易に肯定しないこと

妄想代理人は、2004年2月にWOWOWで放映された全13話のアニメで監督は今敏。音楽は他の今敏作品と同様に平沢進で作品の皮肉の効いた雰囲気によく合っている。
作品の構造的に現実と妄想の境界が曖昧で、多少混乱するが繰り返しい見ると徐々に様々な伏線が見えてきて楽しい。
また、少年バットという通り魔は共通して話しの根幹に存在するが、各話の中心となる人物が入れ替わるため飽きずに連続して見られる。

以下はネタバレを含む感想などを。

<story>
東京・武蔵野で起きた通り魔事件。当初は被害者・月子の狂言が疑われたが、同じような手口の犯行が続出し、いつしか犯人は「少年バット」と呼ばれはじめる。被害者たちは皆、生きることから逃げたくなるような悩みを抱えていた。謎の通り魔をめぐる、サイコサスペンス。

まりあが態度を豹変させた理由がわからない

13話それぞれに楽しめたのだが、一番印象に残ったのは第3話の「ダブルリップ」。

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蝶野晴美は、大学の研究室助手としての"晴美"と、ホテトル嬢としての"まりが"が混在している二重人格者で、影の存在だったまりあに晴美が徐々に侵食されていく様子が描かれる展開になっている。
それぞれの人格は、留守電や精神科医を介して言葉を交わすわけだが、精神科医によると、まりあの存在は消えていくという話だった。

まりあは、少しづつ消えていく自分の存在を感じているそうです。
でも、消えることに対して恐怖は感じていない、だからこそ。今楽しんでいると言っていました。
まりあは、あなたが安心できる場所を見つけることを望んでいます
アナタが自分を取り戻してくれればまりも安心できると。
まりあの言葉をそのまま受け入れる必要はないと思いますが
彼女に頼まれたので伝えておきます。

その後、晴美は笠 秋彦からプロポーズを受けるし、まりあは自ら夜の仕事を辞める意志を常連客である蛭川へ告げている。
二人がやりとりしていた留守電にもメッセージが無くなったので、晴美はまりあの私物を部屋の片隅へ片付ける。

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しかしその後なぜか、まりあはダブルリップへ復活し、まりあの服や化粧道具も部屋の元あった場所へ戻ってしまう。

ちょっと勝手過ぎるんじゃないのぉ。そんな結婚するからってさぁ、都合よく私が消えて無くなると思ったわけぇ。私の物全部隠したりして。もう絶対に許さないからね

精神科医を介して「あなたが安心できる場所を見つけることを望んでいます」と言っていたのに、まりあはなぜ復活したのか。笠 秋彦との結婚は、まりあも望んだことではなかったのか。
まりあが理由を明確に指摘しないため、突然に態度を豹変させた理由についての解釈が難しい。

分かるでしょ、解放されたいのよ、私も。
いい加減認めちゃいなさいよ。偽物はアナタだって。

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まりあの「解放されたい」というセリフからは、晴美の心が抑圧されていて、その抑圧が具現化したのがまりあという存在なのかもと想像できる。つまり、晴美自身の大人しい性格とそういう目で見る周囲の目からの解放されたいという意味なのかもと。
その場合、少年バットによって救われたのは、まっとうに考えると「夜の仕事を辞めるべき」と晴美が追い詰められていたから。しかし晴美の心が抑圧されていて、解放されたいとい願う描写が無いので確かではないし、まりあが態度を豹変させた理由がわからない。

もうひとつの可能性として考えられるのは、晴美とまったく別の人格が晴美の中に宿っているということ。
だとすると、持ち物を隠され挙げ句に捨てられたことにまりあが激昂するのに納得がいく。「無かったこととして」存在そのものを否定されることで態度が豹変したのは理由として辻褄は合う。
しかし、その場合「解放されたい」という言葉の意味は晴美とは別の人格として認められたいという意味合いが強くなる。そうする今度は精神科医を介して伝えられた「消えることに対して恐怖は感じていない」という言葉の意味がわからなくなる。あと考えられるのは精神科医が嘘をついたということくらいだが、そんな伏線はどこにも無いと思うので可能性としては薄い。

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いずれにせよ、自分の中にある別の顔が表出し、別の人格の方が影響力を強めていくという恐怖を楽しめる展開になっていて、全部ひっくるめて少年バットが登場して解決!というのは皮肉が効いている。周囲から見ると災難でしか無いのだが、晴美が少年バットによって救われているのは確かなのだ。

少年バットとは何者なのか

ことの発端は、鷺月子が生み出した妄想だった。幼い頃、しつけの厳しい父を月子は恐れていた。そのため、飼い犬のリードを手放してたことで車に轢かれた飼い犬のことを父親に責められると考え、正直に言えずに「金属バットを持った少年(少年バットの原型)」にやられたと嘘を吐いてしまう。
父は月子の嘘を見抜いていたが、男手ひとつで厳しく育てていることへの負い目もあり、嘘を受け入れてしまう。

しかし、これは父親として月子と向き合わないことになった。父としてしつけが厳しすぎたことへの反省は月子へ伝わっていないし、幼い月子からすれば嘘でも「言い訳が通じる」と歪な経験が残ってしまうし問題から逃げてしまっている。

やがて大人になった月子はマロミのデザイナーとして有名になるも、二匹目のドジョウを狙う所属会社からの圧や、同僚の陰口に耐えられなくなり精神的に追い込まれてしまう。そうして月子は自分の足を鉄パイプで殴りつけて、またしても"少年バット"のせいにしてしまう。(第一話で少年バットが月子に向けて「ただいま」と呟いているのは、月子とは飼い犬が死んで以来の再会となるため)
つまり”少年バット”とは、重圧から逃げて自己防衛するための「都合のよい言い訳」が具現化したものとなる。

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美佐江は、少年バットの存在理由に気付いていた

あなたは現実から逃れようとする人たちを見境なく襲っているそうですね。
それでその人たちをラクにしてあげているとでも。
救済のつもりだと言いたいのですか。
人間はアナタが考えているほど弱くも浅ましくもないということを話してあげます。
<中略>
アナタは私の心の隙間へ付け入りここへ現れた。私を殺すために。偽りの救済を与えるために。
けれどももう惑わされません。死んでしまいたいなどと二度と考えたりしません。
そう。人間とはそういうものなのです。
どんなに辛くてもその現実に立ち向かうことが出来るのです。
アナタにはそれが分からない。人間でないアナタには。
ただ苦しんでいる人を傷つけ、殺め、それで楽してあげたつもりでいる。
小賢しい。あなたはそんなことで悦に入るのがせいぜいなのでしょう。
アナタは存在そのものがまやかしなのです。
そう。その場限りの安らぎで人を惑わすこのマロミとやらと同じなのです。

社会生活を送っていると、たいていの人間にはなんらかのプレッシャーに晒され大なり小なりストレスを抱えることになる。
美佐江は、そこから解放されたいと考える願望と少年バットが同じだと言い切っている。

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肥大化した少年バットは、最終的にマロミの死と向き合う月子によって駆逐されるわけだが、この作品のメッセージが美佐江のセリフに込められているとするならば、安易にプレッシャーから逃げるなということになる。
余談だが、厚生労働省「自殺対策白書」には日本の平成30年、15~34歳の死因第一位は自殺とあるので、こういうのは素直に受け止めてしまうと辛い話しだと思う。

ストレスに対するレジリエンス

ストレスとは、自分にとって大切なものが脅かされたときに生じるものといわれる。そして過度なストレスは問題だが、適度なストレスはむしろ成長するのに役立つとも。
ストレスを跳ね返す力のことをレジリエンスと呼び、徐々にそういう考えが浸透しつつあるが、私自身も長いこと「ストレス=悪いもの」という認識を持っていた。

かつて、タバコ業界が研究資金を提供し「喫煙はストレスによる害の予防に役立つ」とアメリカ連邦議会で学者(ハンス・セリエ)に証言を行わせて、ストレスは害になるという誤った認識が広まったということを「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」に書いてあった。

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本作の猪狩 慶一は、昔ながらの昭和のおじさんで空気を読めないおじさんとして描かれている。現実が辛くなって自分の殻の中へ閉じこもったが、ストレスの無いぬるま湯のような世界に生きている実感が希薄になる様子が描かれている。

妄想代理人_07

自殺に至るほどのストレスは問題外だが、「ストレスから逃げることだけを考えていても現状は変えがたい」ことを、おじさんの象徴である猪狩 慶一に託したのだろうし、月子には辛い過去と向き合わせたのだと考える。
最終話、少年バットの消えた街の様子は第一話の冒頭のように辛い現実は何も変わってはいない。しかし、髪型を変えて職場の制服を着ている月子から暗い雰囲気が消えていて確実に変化が受け取れるのはそういうことだろう。


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