いまさらわかる新世紀エヴァンゲリオン⑱第拾六話『死に至る病、そして』

 第拾六話、「死に至る病、そして」。死に至る病というのは、哲学者キュルケゴールの著書「死に至る病」に由来します。第一部は「死に至る病とは絶望である」、第二部は「絶望とは罪である」。ということで、死に至る病=絶望=罪、となるわけです。元々は聖書でイエスがラザロに説いた「この病は死に至らず」が元ネタであり、ここで言う「罪」とは信仰の喪失でもあります。ちなみにラザロは普通に死にます。英語タイトルは"Splitting of the Breast"。割れる心、とでも訳しましょうか。

 冒頭。家族ごっこが板についている。いつもの日常ですが、アスカはシンジを本格的に矯正しようと試みています。生き方を変えようとするって、もう結構深いところまで踏み込んでます。アスカ、多分付き合うと五月蠅くなるタイプ。でも、シンジくんは迷惑そう。

 ミサトは加持さんと寄りが戻ったのでご機嫌。結果論ではありますが、ハッピー気分でこの辺での人間関係のもつれをスルーしたのが後の惨事につながります。ミサトさん……
 アスカはそんなミサトにキレますが、アスカにとっては、保護者ぶる、というより「母親ぶる」のが地雷、という感じでしょう。アスカの家族関係は後で詳しく。

 シンジくん、完全にエヴァに乗ることに喜びを見出しています。努力したら結果が返ってくるって素晴らしい。ついにスコアでアスカを越えます。
ミサト「ユーアーナンバーワン!」
 無責任に褒めるなし。

 そして、シンジくんがアスカのスコアを抜いたことで、アスカのプライドはガタつきます。皮肉というには痛々しい褒め言葉。まぁ、シンジくんに直接言っても多分皮肉と思って貰えないですからね……。罵っても皮肉を言ってもダメなシンジくんには鬱憤のぶつけようがない。
 レイも華麗にスルー。今更ですが「さよなら」って挨拶、やっぱり癖っぽいですね。アスカの相手を誰もしてくれない。これは傷つきます。

 バスで手ごたえを感じ、子供にも笑われるシンジくん。浮かれてる、という見方もできるかもしれません。忘れがちですが、エヴァは基本的にシンジくんいじめのアニメですから。あと、普段送迎していたミサトさんは多分お出かけ中であることが伺えますね。

 そして、使徒出現。「使徒が現れる瞬間」は地味に初めてかもしれません。ミサトさんは遅刻、昨晩はシンジくんも送らず何してたんですかね……。あと、ゲンドウも不在。今回のレリエル、なかなかややこしい使徒なので、後でまとめて解説します。

 ミサトさん、普段なら兵装ビルでしこたま弾を撃ち込んでたであろうところを、いきなりエヴァをぶつけます。作戦ミス感もありますが、直上にいきなり出現したのでまだ街の避難が済んでいないのでしょう。

 アイデンティティが揺らいでるアスカは、シンジをおだててけしかけます。相変わらず、シンジくんはアスカにちょっかいかけられるとすぐムキになるんですよね……。でも、アスカ的にはまさかシンジにやり返されるとは思ってなかった様子。まさかの計算外。
 今話の冒頭でも怒られてましたが、日々の鬱憤溜まってたのか。それとも、「内罰的すぎる」というアスカの指摘を受けて改善をしたのか。
シンジ「言ったでしょ、ミサトさん。『ユーアーナンバーワン』って」
 ミサトさんはいい加減、自分の言葉の重みを理解した方がいいと思います
シンジ「戦いは男の仕事!」
 もはや浮かれすぎてキャラ変わってます。珍しくアスカにも言い返せたし、ハイになってる。
ミサト「だめよ、帰ったら叱っておかなきゃ」
 珍しくごもっとも。ただ、この台詞をちゃんとおぼえておきましょう。

 貴重なエヴァのアンビリカルケーブル交換シーン。後ろの穴は減速用の噴射口だったんですね。
 そして、まさかまさかのシンジくんの独断専行……と言いたいところですが、「命令無視して使徒に突っ込む」の、シャムシエル戦の前科があるので……。
 というわけで、初号機ごとレリエルの影に没シュートです。ミサトさんもまさかの事態に判断が遅れます。ここで、初号機の脱出装置が働かない描写がありますね。プラグまで既に海に浸かっていた可能性もありますが、一応覚えておきましょう。

 ジャンプして影を避け、武器を足場にしてビルに登るアスカ。こういう実戦の判断力ではアスカの方がまだ強いっぽいですね。
 そして、即座に初号機とシンジの心配をするレイ。正直、ここでどっちか一緒に吸われてたらフラグが立ってたのかもしれない。

 なんか教会の鐘が鳴ってますが、第三新東京市って教会とかあったんですか……? 今話は普段あまり出てこない絵面が見られます。あと、国連軍が使徒の周囲を固めてます。影が拡大したら真っ先に飲まれそうですが大丈夫なんです?

 シンジの悪口を言うアスカ。独断専行、作戦無視……とのことですが。これ、アスカの十八番ですよね。初陣からして無断出撃でしたし。ここでも自己言及ブーメラン。
 いきなりアスカにエヴァに乗る理由を尋ねるレイ。極めて分かりづらいんですが、シンジくんが今までどういうシチュエーションでこの話題を口にしてきたか考えると、これ、もしかして「張り詰めた場を和ませる雑談」のつもりだったのでは……? 「人に誉められるためにエヴァに乗ってるの?」というのも、前にアスカが言っていたことに近いですし。
 一方、アスカは喧嘩を売られたのと勘違い。新たに口にした理由、「自分で自分を誉めてあげたい」ですが、言い換えれば「自分を肯定し続けるためにはエヴァに乗り続けなければいけない」という呪いでもあります。レイがこの辺を理解したのかどうかは不明。
 もうちょっとやりあってたら、もしかしたらお互い理解が深まったのかもしれませんが……ミサトさんが止めます。
ミサト「だから、帰ってきたら叱ってあげなくちゃ」
 二回目です。覚えておきましょう。元はといえば、アンタが発破かけたせいでしょ!!

 シンジくん、疲弊はしていますが行動は冷静です。レリエルの異空間、時間の流れ自体は通常空間と同じようですね。

 ということで、レリエルの「正体」について。直径680m、厚さ3nmの平面的な使徒。体積にすると1リットルくらいです。これは見つからない。
 リツコ曰く、影の部分である本体がディラックの海という虚数空間に繋がり、球体の部分は幻……というよくわからない使徒ですが。
 これって何かといえば、恐らく要するに、使徒の動力源であるS2機関こと生命の実の原理解説なんですよね……。なので、この辺含めてじっくり解説しましょう。少々長くなりますが、お付き合いください。
 S2機関、エヴァンゲリオン2によると「世界は螺旋で出来ており、DNAの構造と同じその形からエネルギーを得ている。ここから螺旋のエネルギー=無尽蔵のエネルギーを得ようとするエンジンとしてS²機関の存在が構想されていた。」とのことですが、何のことだかよくわかりません。わかるようにしましょう。
 世界を構成する螺旋との関連性ってなーに? S2機関のS2はスーパーソレノイド、直訳すると超螺旋機関になります。だんだんグレンラガンになってきたぞ……。
 しかし世界は螺旋でできている、実はこの作品における本質でもあります。螺旋、というよりは二重螺旋、DNAに纏わるオカルティズムでしょうか。ロンギヌスの槍も二重螺旋。リリスのいる「セントラルドグマ」も、物質であるDNAから生命活動が生ずるためのプロセスに纏わる教義です。
 他にも、ヤマアラシのジレンマ、ホメオスタシスとトランなんちゃら等、対になるものが近付いたり離れたり、というのは割と見ますね。新劇のフレーズだと「相補性の巨大なうねり」でしょうか。こうした往復運動の物理的な記述である単振動と虚数(複素)空間、螺旋構造には多少の関連性もあるかも。

 閑話休題。螺旋はさておき、S2機関は搭載した4号機(次の話で出てきます)の件からも分かる通り、ディラックの海と関連が深いことが本編からも伺えます。ディラックの海、「海」といいますが、量子力学の解釈の過程で生まれた負のエネルギーを持つ電子で埋めつくされた空間のことです。虚数空間とはなんか違うんですが、どのみち現代では放棄されている解釈なので置いておきましょう。
 ディラックはこの空間における「負のエネルギーを持った電子は陽電子と同じように働く」と考えていました。この辺がエヴァのS2機関の着想になってるんだと思われます。エヴァの企画書段階では陽電子機関……対生成によって得た陽電子を対消滅させることでエネルギーを得る機関だったんですが、これを理論的に発展させているわけですね。
 実質的には恐らく、実空間と別空間にあるディラックの海を連結し、その通路、虚数回路を内向きのATフィールドで支え、ディラックの海から実空間に負のエネルギーを持った粒子(実空間では陽電子に対応する)を汲み上げて(或いは実空間の物質を送り込んで?)対消滅させることで動力源にしているのではないかと考えられます。
 超高出力のATフィールドは、粒子や電磁波を遮断する性質を持っていることが後の24話で語られます。だからこそ、別空間から粒子を汲み上げる目的に使えるわけですね。なので、ATフィールドが消えればS2機関も停止する、という原理ではないかと推測されるわけです。レリエルは任意でON/OFFができるようですが。オンオフというより、直径を絞っている可能性もあります。
 必然的にATフィールドを張れるエヴァはディラックの海の中でも無事ですし、次の話で出てきますが、S2機関が暴走した場合、ディラックの海が溢れ出し、物質を吸収してしまうわけです。

 とまぁ、S2機関についてはこんな感じ。以前言及したエヴァンゲリオンANIMAでは、正にこのS2機関を巡ったすったもんだがあるので、お暇ならどうぞ。

 そんなこんなで、死の危機に瀕するシンジくん。何故かエントリープラグのロックが外れません。とはいえ、外に出たら死にそうだけど。
 ……そういえば、レリエルに吸われた時も、脱出できませんでしたよね? たまたまの脱出装置の故障……と片付けたいところですが。
 以前触れた通り、ゲンドウの計画に初号機は最重要。そしてシンジくんは基本的には初号機をやる気にさせる要員で、本人はどうでもいい。しかし、覚醒してない初号機は、シンジくんが乗ってないとATフィールドを出せない。ATフィールド出ないとエヴァ壊れる。
 ……ということで、何やら大変きな臭い匂いがして参りました。本当に脱出装置付いてるの? まぁ、エヴァ側の意向でエラー出る場合とかもあるっぽいので断言はできませんが。
 LCLは血の匂い。リリスさんの体液なので当然といえば当然ですが、居住性は良くなさそう。

 リツコさんの計画は、エヴァのATフィールドで虚数空間への道をこじ開けN2爆雷をしこたま叩き込んで使徒殲滅、というウルトラ乱暴なもの。ここでも「初号機は要るけどシンジくんは別にどうなってもいい」というゲンドウの優先順位が透けて見えます。
 リツコさん、「私を信じて」とは言いますが、ミサトさんに真実は教えません。今回の話を見るに、ミサト経由でシンジくんたちに情報が伝わることを恐れている節もあります。

 エヴァ名物の心象風景。例の電車が出てくるのはここが初めてでしょうか?
 自分は「実際に見られる自分」と「それを見つめる自分」でできている。ということで、もう一人の自分(以下ミニシンジ)と向き合うシンジくん。「僕は君」とのことですが、シマシマ模様のシャツ着てますね。使徒の意志が介在している可能性もあり得ます。
 シンジくんは「他人の中の碇シンジ」が怖い。覚えておきましょう。自分が嫌いだから、というのもあると思いますが、自分が傷つくのは怖い。
 というところで、即座に犯人捜し。「ゲンドウが悪い」と言いますが、思い直して自分が悪いと考えます。アスカは内罰的であることを責め、ミサトは「貴方は何もできないわけではない」と伝え、レイは「父親をどう思っているのか」と問いますが……このミサトさんの台詞、前にありましたっけ……? まぁ、どの言葉もシンジくんは否定するわけですが。

 悪いのはゲンドウ、と言いながら、同時にゲンドウの褒めを反芻すれば生きていける、というシンジ。ここに矛盾があります。
ミニシンジ「自分を騙しつづけて?」
 はい、ここ重要です。シンジくんは、一体何について自分を騙しているのか?
 シンジくんがカナヅチ、という前に触れた情報がここでようやく出てきますが。何よりシンジくんが目を背けたのは、友達の家族を傷つけたこと。自分の意志を問うミサトさん。そして、
ゲンドウ「帰れ」
 父親のこの言葉。「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ」。つまるところ、自分が必要とされているのは、エヴァで戦うからであること。そのためには、トウジの妹を傷つけたことや自分の意志からも目を背ける。そうしなければ、自分は父親から必要されないということから目を背けている。「逃げている」ということですね。
 つまり。ミサトさんは「逃げちゃダメだ」という言葉でシンジくんをエヴァに乗せましたが、実は「エヴァに乗ること」そのものがシンジくんにとっては逃避でしかない、ということが明らかになっているのです!!

ミニシンジ「楽しいことだけを数珠のように紡いで生きていられるはずが無いんだよ、特に僕はね」
シンジ「楽しいこと見つけたんだ。楽しいこと見つけて、そればっかりやってて、何が悪いんだよ!」
 といわけで、せっかく見つけた遣り甲斐を否定されるシンジくん。でも、別に「悪い」とは言ってないんですよね。「無理」って言ってるだけで。それに、「自分はこれでいい」と思いながら生きていく点については、二人のシンジは一致していました。

 引き続き、シンジくんのトラウマ大全集。置き去りにされたこと……というよりは、「自分から逃げ出したこと」らしいですが。
 エヴァ初号機の実験によるユイの消失に伴い、ゲンドウはユイを殺害した疑惑をかけられていた、ということが判明します。新聞記事にもなっていたようなので、以前ケンスケが「シンジに母親がいない」ことを知っていたのは、もしかするとこの辺の理由なのかもしれません。
 ……さて。そうなると、ユイの死後にゲンドウがシンジを置き去りにしたのは、渦中の人となった自分からシンジを遠ざけるため、という側面があったのではないかと思われます。しかし、シンジはそれを捨てられたと思い込み、以後父親と関わろうとはしなくなった。真相は案外、そんなところなのかもしれません。
 ゲンドウも積極的にコンタクトは取ろうとしなかったようですし、「ゲンドウくんにも事情があったんだね……」みたいなことを思ってしまうのは、この男を甘く見ています。今までの所業を思い出そう。

 そして、シンジくんは母親の顔も定かではないのに「笑っていた」ことは記憶にある様子。ユイさんの顔がチラ見せ。
 ラストを締め括るのは、ミサトさんの「頑張ってね」なんですが……。やっぱりコレ、トラウマになってません……? ゲンドウの「逃げてはいかん」も実質ミサトさんの台詞みたいなもんだし。
 そろそろシンジくんの精神もエヴァの生命維持機能も限界。というところで、シンジの母親、初号機の中の人登場。ロングヘアなのは謎ですよね、これ……。
 そして、赤い実を差し出す幼いシンジに、「もういいの? そう、よかったわね」と語り掛ける存在。これ、一見するとユイだと思ってしまうんですが、直前の母親(なぜか長髪)のイメージとは区別されています。じゃあこれ、? ヒントは「そう、よかったわね」という台詞。覚えておきましょう。赤い実は、生命の実、知恵の実のモチーフでしょう。

 初号機、独力で脱出。前にも言った通り、エヴァは割と気合いで動くので、動いた理由については省略。脱出の方法についてですが……
 暴走した初号機は使徒のATフィールドを「中和」ではなく「侵食」することができます(サキエル戦参照)。これを使ってATフィールドを通じて虚数回路に干渉し、現実世界に這い出てきた……要は、リツコの作戦に近いことを内側からエヴァ単体で行った結果、球体を割って出てきた、という感じではないかと。
 レリエルの球体は「影」と言っていますが、つまり下面のディラックの海からの反射・回折光の産物と考えられます。虚数空間から出てくるものはそこに集まる。なので、エヴァ初号機もそこから出てくるわけですね。ダイナミックな桃太郎みたいな出方をしなくてもいいとは思いますが。

 怯えるアスカとリツコ。冷静なレイ。ミサトさんの独白は、エヴァに別の用途があることを伺わせるものですね。
 シンジくんを見て号泣するミサトさん。アスカも言ってますが、叱るんじゃなかったんかい
シンジ「ただ会いたかったんだ、もう一度」
 どんなに辛くても、もう一度他人に会いたい。独りは嫌だ。これは、後に人類補完計画にも関わることになる価値観です。まぁ、その時にはもうちょっとハードモードですけど。

 リツコさんとゲンドウ。リツコさんはエヴァが怖いと言いますが、ゲンドウはあまり気にしていない様子。初号機の中にあるユイの意志を信じているからでしょう。
 ミサトさんが何か勘付いているかも、という話が出てきますが、この後加持さんのやさしさによって間違った方向に誘導されるので、消されたりはしません。
リツコ「レイやシンジ君がエヴァの秘密を知ったら、許してもらえないでしょうね」
 アスカは許してくれるそうです。というか、これは恐らくエヴァのコアにパイロットの母親を使っている、という話なので、アスカは寧ろ知ったら喜ぶ話なんですよね……。
 レイも明確には自分の出自を知らない、とも取れます。

 目覚めたシンジくん。
レイ「そう、よかったわね」
 同じセリフを聞いてハッとするシンジくん。ということで、シンジくんの理解としては母親とレイの類似点を見出す台詞なんですが……先程のシーンの描かれ方からして、レイ=初号機の材料でもあるリリスを示す台詞でもあるっぽいです(そもそも、初号機の中身について区別がよくわからない部分もあります。ユイとリリスが混じってるのかもしれない)。ややこしい……
 素直になれないアスカを見て笑うシンジくん。他愛ない遣り取りも、今は貴重に感じるのでしょう。アスカ的にどうなのかは微妙なところですが。次の話を見る限りでは、とりあえず仲直りはできた模様。

 さて、今回はかなり見方によって得られる情報が違う回でした。或る意味エヴァの真骨頂とも言えるでしょう。次回予告。「エヴァって何なの?」というところを煽っていきます。トウジがボール構えてるシーンが強い。

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