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お口の中からこんにちは

寄生虫をあまり知らない人に、寄生虫の話をするときには具体例として知名度の高い寄生虫を例に挙げて説明します。その知名度の高い寄生虫の1つが今回話をするウオノエ科の動物です。漢字で「魚の餌」と書くらしく、魚の口の中に寄生しています。知名度の高い寄生虫と言いましたが、魚との接点がスーパーの切り身という方にとってはあまり馴染みがないという印象があります。

和名:ウオノエ(科の名前)
学名:Cymothoidae
分類:節足動物門、甲殻亜門、等脚目、ウオノエ科
生息:アジやサヨリ、タイの口の中や体表

カイワリの口から出てきたウオノエ。シマアジノエでしょうか?小さいのが雄(のはず)。

ウオノエとは?

ウオノエ科の動物(以降、ウオノエ)は、世界で330種ほど生息しています。分類の研究はまだまだ途上で、日本からも新種や新記録の報告があります。見た目でわかる人もいると思いますが、ウオノエは等脚目というダンゴムシと同じ仲間です。2017年には、愛媛大学などの研究により、ウオノエが深海に生息していた等脚類から進化したという論文が発表されました。深海性の等脚類といえば、ダイオウグソクムシが有名です。

私は月に平均して20〜30匹ほど魚を解剖していますが、時々ウオノエに出会うことがあります。「久しぶり」という感覚なのですが、そうではない方も多いようです。魚に寄生虫がいるということは、その魚が生物の多い汚染されていない環境で育ったことがわかるのですが、見た目の影響なのかウオノエを異物混入や有害寄生虫としてクレームが入ってくるようです。ウオノエの1種であるタイノエを、「鯛の福玉」と言って縁起物にしていた先人は、魚の寄生虫の本当の意味をわかっていたのかもしれません。
その一方で、ウオノエは宿主魚類に貧血や栄養障害などを引き起こすことがあるため、全くの無害な寄生虫というわけではありません。ちなみに、ヒトにとっては全くの無害であり、関西の金曜23時からのおなじみの番組では、タイノエを料理して食べていました。

卵を抱えたウオノエのメス。

生物標識としての利用

水産分野では、魚病以外にウオノエが活用されており、そのうちの1つに「生物指標」としての利用があります。以下の話は2000年に“Journal of Parasitology”という雑誌に投稿された論文の内容になります。チリの6地域からアジを採集し、それらに寄生している寄生虫の種類を調べたところ、北部の地域で採集されたアジにはウオノエが多く寄生しており、南部のアジにはアニサキスをはじめとした線虫類が寄生していました。論文の内容は、この結果が統計的に有意であったかを証明するものでしたので割愛します。簡単にいうと、北部のアジにウオノエが多く寄生していましたが、南部のアジにも少ないですがウオノエの寄生はありました。線虫類に関しても同じように北部のアジに少しだけ寄生していましたが、これらの差が、地域の差によるものなのか、偶然なのかを確かめる証明です。統計学の詳しいことは、私にもわかりません。
この論文の結果から何がわかるのかというと、アジの出身地がわかります。ウオノエが寄生していれば北部出身、線虫類が寄生していれば南部出身です。現在は、DNAを用いれば地域特有の塩基配列から出身地がわかったりしますが、口の中をみるだけでわかる点ではウオノエは便利です。このような寄生虫の利用のしかたを「生物指標」として用いると言います。

写真のウオノエの宿主のカイワリ。シマアジの仲間なので、寄生しているのもシマアジと同じ種類のようですね。

系群識別ができる

しかし、この論文が一番言いたかったことは、「ウオノエでアジの出身地がわかるよ!」ではありません。「南東太平洋に2つのアジ系群が存在するとする仮説」の裏付けがこのウオノエによってできたということです。ちなみに、“系群”というのは、同種の生物の地域による違いです。アジを例にとって説明すると、アジは太平洋中に生息しています。日本でもアメリカでもオーストラリアでも同じアジフライを楽しめます。しかし、アジが広い太平洋を縦横無尽に移動しているとは考えにくいです。それぞれ限られた海域で一生を終えていていると考えられ、この特定の地域に生息しているアジのグループを“系群”といいます。生物の中には、系群が異なると別種ではないのかというほど種分化の進でいる生物もおり、系群間の交流がない例となっています。
すなわち、この論文で言いたかったことは「チリのアジは北と南で別物だから!」ということです。強いて言うなら、「漁をする時には気をつけな!北のばっかり獲るんじゃねぇぞ!」と続くのだと思います。つぶらな目をもったウオノエですが、こいつらからいろんなことがわかります。もし、魚から出てきたら、「お前、やるな!」と思ってやってください。

参考文献

https://ja.wikipedia.org/wiki/ウオノエ科
山内健生、日本産魚類に寄生するウオノエ科等脚類 CANCER 25巻 (2016) p.113-119
George-Nascimento, M., 2000. Geographical variations in the jack mackerel Trachurus symmetricus murphyi populations in the southeastern Pacific Ocean as evidenced from the associated parasite communities. Journal of Parasitology, 86: 929–932.

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