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姉の方に惚れたが、姉にはいい旦那がいて、万太郎と結婚する気がなく、うまく妹と擦り替えられたという話だ。(久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第三十一回)

 小島政次郎の『久保田万太郎』は万太郎はじめての結婚にまつわる事情を推測している。

「そのうち、万太郎にも好きな芸者が出来た。実際は知らないが、噂では、姉と妹がいて、姉は小股の切れ上がった美人だった。その姉の方に惚れたが、姉にはいい旦那がいて、万太郎と結婚する気がなく、うまく妹と擦り替えられたという話だ。そういう不思議な手腕を芸者は持っていた。この噂が事実かどうか私は知らない。糺(ただ ルビ)したくとも、白水郎が死んでしまった今は、糺しようがない」
 
 姉と結婚するつもりが、いつのまにか妹になっていた。
 姉の芸者としての「腕」はよくわかるにしても、「すり替え」とは、ただならぬエピソードである。

 戸板康二も小島の文を引用した上で「ぼくは白水郎から、おおよその話を聞いている」(『久保田万太郎』)とこの話を裏付けている。

 こうした恋の成り行きはもとより、結婚の経緯についても万太郎じしんは全くといっていいほど書き残していない。
 自筆年譜のほかは、大正十三年に「随筆」に発表した『家』に、「ぢきにわたしの結婚の話は始まった。ーーで、三十一の夏、わたしは女房をもった」とそっけなく記しているばかりである。

 万太郎のはじめての妻は、谷村京。
 今龍という名前で芸者に出ていた。姉は、はつ。源氏名を梅香といい、大正五年・六年頃、浅草の花柳界で七人組とうたわれたうちの一人だったという。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。