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『90歳、老いて ますます日々新た』樋口恵子・岸本葉子【「はじめに」公開】

2023年1月24日に、評論家の樋口恵子さん(90歳)とエッセイストの岸本葉子さん(61歳)の対談集『90歳、老いて ますます日々新た』が配本となります。
対談は、2022年の夏から秋にかけて対面で行われました。
2020年以来、長く続いているコロナ禍で、はたして対面で対談できるだろうかとギリギリまで気をもみましたが、無事、実施の運びに。 
お会いしてみたら、樋口先生は、自分にとってはちょうど娘世代の岸本さんにお伝えしておきたいことが山ほどあるということで、大盛り上がりの対談となりました! 
岸本さんにとっては、90代の心情や暮らしについてはまだ未知の領域で、「目からウロコ」のお話ばかり。今後の生き方・暮らし方、そして、社会への関わり方を考える大きなきっかけとなりました。
自身の老いが気になるシニア世代にも、老いた両親のことが気にかかる50代、60代にも役立つ話で満載の一冊。
本稿では、特別に、樋口先生が執筆された本書の「はじめに」を公開します。


装画=佐々木一澄 撮影=安部まゆみ 装丁=文京図案室

はじめに


 80代の終わり頃から最近にかけて、私は著書を何冊も出版する機会をいただきました。あわせて雑誌の取材や講演などのお話も思いのほかたくさんいただき、おかげさまで、この年になってお仕事をいただける幸せを噛みしめつつ、あわただしく日々を過ごしております。
 しかし、90歳の「ヨタへロ」になった私に、このようにお声がかかるのはなぜだろう? と考えてみると、それはやはり、昔はせいぜい50~60年と思っていた人生が、気づいたら倍の100年に延びていて、この長い人生をどう生きるべきか、これから老いとどう向き合っていけばいいのかと、漠然とした不安を抱える方が多くなったからだろうと推察します。
 そんなときに、私よりもずっとお若い岸本葉子さんと対談をして、一冊の本を作ろうというお話をいただきました。岸本さんは、ちょうど私の一人娘と同じ世代。60代に入ったばかりで、これから本格的な老いを迎えようとしている年代です。実の娘とはお互いに仕事が忙しく、ゆっくりと話す時間もありませんが、娘と同世代の岸本さんとの対談は「次の世代に私自身の経験や80代、90代になって見えてくる現実をお伝えしておく絶好のチャンス!」と思い、張り切って対談に臨みました。
 正直に申し上げて、私も自分自身の老いをいつも前向きに受け止められているわけではありません。90歳を超えて若い頃はもろちん、70代の時点でも想像できなかった事態に直面し、戸惑い、うろたえ、思い通りにならないわが身を呪いたくなる日もあります。けれどもその一方で、新たな老いのステージにいる自分を俯瞰し、その変化をどこかおもしろがっている「ヨタへロ研究者」のような自分もいます。
 また、物書きであると同時に「高齢社会をよくする女性の会」などの活動も続けてきた私は、これからの日本社会の行く末を案じ、暗澹たる思いにかられることもあります。
 昔の時代にも長寿の方はわずかにおられましたが、我々世代はみんなが揃って長生きするようになり、集団として老いる初代にあたります。高齢期には、家庭を持っていた人も配偶者を失って一人暮らしになっていきますし、今後は私の娘のように生涯独身のまま、一人で老いていく人もますます多くなるでしょう。そのような頼る家族のいない高齢世代が大量に増える社会で、誰もが安心して老い、命を終えられるようにするにはどうすればいいのか。それを考え始めると、次の世代の方たちに伝えたいことは山のように湧いてきます。
 今回、そのような私の思いを岸本さんに率直にお話しさせていただきました。人とのつながりが途絶えたコロナ禍を経て、直接お会いして対談をすることが楽しくて、ついつい私の話が長くなってしまったところもありますが、どうかお許しください。岸本さんからは、娘世代の考え方やライフスタイルを教えていただき、私自身、学ぶところがたくさんありました。
 90歳の親世代である私と、60代の娘世代の岸本さんの対話が、幅広い世代の方々にとって、これからの「老い」や「幸せな高齢社会」を考えるヒントになれば、大変うれしく思います。
                 
                            樋口 恵子

■目次

はじめに
1章 90歳になっての発見は? 
2章 ヨタへロでも愉快に生きる。その秘訣は? 
3章 調理定年。日々の暮らしをどう維持する? 
4章 いざというときのため、備えるべきことは? 
5章 ファミレス社会をどう生きる? 
6章 人生100年を幸せに生きるために 
おわりに

■著者プロフィール

樋口恵子
1932年東京生まれ。東京家政大学名誉教授。同大学女性未来研究所名誉所長。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。東京大学文学部卒業後、通信社、出版社勤務などを経て、評論活動に入る。内閣府男女共同参画会議の「仕事と子育ての両立支援策に関する専門調査会」会長、厚生労働省社会保障審議会委員、地方分権推進委員会委員、消費者庁参与などを歴任。近著に『老いの玉手箱』(中央公論新社)、『90歳になっても、楽しく生きる』(大和書房)、『老~い、どん!2 どっこい生きてる90歳』(婦人之友社)など。
 
岸本葉子
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。東京大学教養学部卒業後、会社勤務、中国留学を経て執筆活動に入る。心地よい暮らしや年齢の重ね方、旅、俳句など、さまざまなテーマについて、鋭い視点とユーモアあふれる文章で多くのエッセイを発表。また、自らの闘病体験を綴った『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書に『わたしの心を強くする「ひとり時間」のつくり方』(佼成出版社)、『楽しみ上手は老い上手』(中公文庫)、『60歳、ひとりを楽しむ準備』(講談社+α新書)、『ひとり老後、賢く楽しむ』(だいわ文庫)など。