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【前編】 『花のズボラ飯』原作、久住昌之さんに聞く、食卓と食事に本当に必要なものとは。「『おいしい』は頭じゃなくて体が感じるもの」

オイシックス・ラ・大地の広報室が運営する、いま伝えたい情報を発信するnote「The News Room」。
 今回は、累計発行部数が80万部以上を誇り、テレビドラマ化も果たした『花のズボラ飯』の漫画原作者、久住昌之先生に食卓と食事に本当に必要なものとは?という視点で、お話を伺いました。
『花のズボラ飯』は、夫が単身赴任となってしまった主婦・駒沢 花が、毎日のごはんを手抜きメニュー(ズボラ飯)で乗り切ろうとするグルメ漫画作品。
「食事とは、“特別”なものでなくてよい。毎食豪華である必要も、ことさらグルメである必要もない」
グルメ漫画市場を牽引されてきた先生のお話は、最初はちょっと意外に響くかもしれません。でも、私たちの心をそっとあたためてくれるものでした。



久住仕事場

ゲスト/久住昌之さん
1958年東京都生まれ。漫画原作者、漫画家、エッセイスト、装丁家、作曲家と、幅広いジャンルで創作活動に携わる。代表作に『花のズボラ飯』『孤独のグルメ』

●みんな「おいしい」を履き違えている

___ここにオイシックス・ラ・大地の広報担当者がいるのですが、『花のズボラ飯』の大ファンなんです。あの漫画は、どんなふうに生まれていったものなのでしょうか。

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© 久住昌之・水沢悦子(秋田書店)2010

久住先生(以下、久住):
『花のズボラ飯』は、もともと女性誌で『孤独のグルメ』のようなことができないかと考えてスタートしたものなんです。
その時、頭の中にあったのが、若い時に知り合った友人の女性のことだったんです。とても料理の上手な女性だったんですが、その彼女が「いやあ、彼がいない時の料理なんて、適当よ〜。昨日の夕飯なんて、ビールとポテトチップとスイカだった」と言っていて。
それがすごく衝撃的だったんですよね。あんなに料理が上手い人でも、自分ひとりの食事となると、そうなんだ。面白い。でも、たしかにそうかもしれないなって。

そこで、担当の編集さんに「女性が一人で適当に作る料理ってどうですか?」と提案してみたんです。

_______『花のズボラ飯』を読むと、料理をすることに対するハードルが下がる気がします。肩の力が抜けますよね。

1巻P63

© 久住昌之・水沢悦子(秋田書店)2010


久住:
うん。連載当時も、そういうコメントをたくさんもらいましたよ。
僕は、食事って、いつも栄養があって、いつもおいしい必要なんかないと思うんだよね。そうでなくたって、今ある食材はみんなおいしいし、コンビニで買ってきた物ですら安くてすごくおいしいじゃない。だから適当でも十分だし、「たまには外食したり、手作りしたおいしいものを食べよう」というくらいの、軽さでいいと思う。

最近みんな、「おいしい」の意味を履き違えていると思うんだよね。

___「おいしい」の意味?

そう。「おいしい」というのは、もともと、体が欲するものだから、おいしいと感じていたはずなんだよね。
たとえば子どもが甘いものを好きなのは、脳が糖を消費する時期だからだし、疲れたときに糖分とりたいのも体が欲しているから。だからおいしいと感じる。本来の意味は「医食同源」だったはずなんです。

でも最近は、あっちにもこっちにも「おいしい」が氾濫していて、脳で「おいしい」を感じている。
人の言葉を借りると「食欲に対して淫乱」という状態になってしまっている。あれも食べたい、これも食べたい。それって、とても品がないことだと思う。

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●入院食で気づいた「普通のごはん」

久住:
僕、昨年の11月に心臓の手術で入院したんですよ。そんなに大変な手術じゃなかったんだけれど、しばらく入院したのね。で、そのときの病院食がすごく良かったんですよ。

「病院食が良かった」というと、みんな「おいしかったんだ」と思いますよね。病院食ってまずいとか、味が薄いとかそういうイメージがあるからだと思う。
でもそうじゃなくて、良かった。面白かったんです。

____良かったといいますと?

久住:
まずね、最初の日の朝食が、白いご飯とふりかけ、あとはヨーグルトだけだったんですよ。これでまず、意表をつかれましたよね。「ご飯とふりかけだけかー」って。まあでも、お腹は空いているし、ふりかけご飯なんて、懐かしいなって思っておいしくいただいたんです。

次に、お昼になると、今度は天ぷらうどんが出たんです。「病院で天ぷらうどんなんか、食べていいの?」と思っちゃいますよね。でも、ちゃんとしたおいしい天ぷらうどんだった。

そうなると、「へー! 朝は地味だったけれど、昼はこうなるのか! じゃあ夜は一体どんなだろう?」って思うじゃないですか。
そうしたら、夜はものすごく小さいシャケの切り身とご飯と味噌汁が出てきたんです。「ちっちゃい!」って思って(笑)。ただ、その味噌汁もシャケも、ちゃんとおいしかったんですよね。だからありがたく、その旅館の朝ごはんのような夕飯をおいしくいただきました。

次の日の朝は、パンが2個とフルーツがいっぱい。かと思ったら、お昼はまたふりかけご飯。夜は全然予想がつかなかったんだけれど、ものすごくおいしいハヤシライスがスープ付きで出てきて。

____メリハリがすごいですね。

久住:
メリハリっていうのかな。どっちかというと、ムラがあるという感じだった(笑)。とにかく、予想がつかないんだもの。突然5皿、6皿ボリュームのある食事が出てきたと思えば、ものすごく地味なものが出てきたりして。でも、どれもこれも、ちゃんと栄養があっておいしいのね。

そうやって数週間すごすうちに、「あー、家のご飯って、こうだったよな。」って思ったんです。

____家のご飯が、ですか?

久住:
そう。普通の家のご飯って、地味なものが続いたり、同じものが続いたり。で、たまにおいしいものがあったり、おかずが多い日があったり……。これが普通だよなって思った。

メディアでやっているグルメ番組なんて、毎回ごちそう三昧だよね。三食全部しっかり食べて、全部おいしくなきゃいけないみたいになっている。それは、本来、おかしいんだよね。旅番組だって、毎食グルメめぐりする必要なんかない。今日のお昼はスーパーのパンにしましょうっていう食事もあっていいはずなのに。

そもそも、食事って、生活の中のごく一部で他の部分と切り離せないものなのに、なぜだか今は切り離してしまっているよね。
毎日同じような生活しているんだから、毎日同じような物を食べたっていいじゃない。たまに思いっきり掃除するように、たまに思いっきり料理でもいいじゃない。

それに気づいて、病院でハッとしちゃったよ。


●もっと適当でいい。適当の方がいい。

____なるほど。その病院食をきっかけに、久住先生の普段の食生活にも変化がありましたか?

久住:
いや、そんな急に変わったりしないよ。
というか、そういうところだよね。そんな急に人は変わらないですよね。

ただ、そこで経験したことは忘れずに心の中にあって、もしかしたら、だんだんと何かの影響を与えていくのかもしれない。それくらいのものだと思うんだ。

____おっしゃるとおりです。安易でした。私たち、なんでも劇的に端的に見せようとしすぎですね。

久住:
今はあまりに結果を求めるのが早すぎるよね。食べ物に対しても劇的なものを求めていて。テレビを観ていたら、ラーメンでも何でも一口啜って「ああ美味い!」ってならないとダメみたいな感じでしょ。
ほんとで言えばラーメンなんか、全部食ってから「美味しかったかもしれないな?」くらいのものだと思うんだよね。

いまはちょっと過剰すぎるよね。もっと適当でいいでしょう。そんなに頑張る必要もない。だいたい、適当に作ったもののほうが、おいしかったりするよね。

____それって、ご飯の話だけれど、ご飯だけの話じゃないですよね。

久住:
そうそう。
『花のズボラ飯』等の漫画でも、僕は料理は二の次、三の次だと思っている。漫画として面白いかどうかが一番なので。
もちろん、『花のズボラ飯』に出てくる料理はちゃんと作っています。漫画家さんにも、毎回ちゃんと作ってもらってる。

でも、主眼はそこじゃないの。
「こんな適当な料理作っちゃった」という過程で、主人公がどんなバカなこと言ったり考えたりしながらやっているのかっていうのが面白いと思っている。

3巻P81

© 久住昌之・水沢悦子(秋田書店)2010

そこにちゃんと人間の生活が描けていれば、何度も読もうと思える漫画になると考えているから。


後編に続く)

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このたびは、久住昌之先生のインタビュー記事をご覧いただき、ありがとうございました。今後の運用の参考とさせていただきたく、アンケートのご記入をお願いできれば幸いです。

聞き手/佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。

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