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〈2022年09月-11月中旬〉「子との日々」篇 -冷やしたら痛みが消えるかも-

〈2022年09月某日〉
自分がいま生活をするこのあたりの幼児が口にする「いけんで?」「やれんで?」という言葉が好きだ。それはたとえば公園の遊具で多少の危険があるウンテイだとかで「そこ登るの大丈夫かー」という問いに対しての「(今の自分には簡単、お茶の子さいさいだぜ)」という自負のこもった返答だ。幼児の自尊心に触れるとたまらん気持ちになる。


〈2022年09月08日〉
育児にまつわることを言葉にして書くとき、まずは「この表現で自分が感じたことが伝わっているだろうか」が先にあって、その次に「こんな言葉で簡単に共感しては欲しくないものだ」と、少しの「あなたも同じ気持ちを抱えた瞬間があったなら嬉しいけれど」が混在している。

〝サイズアウトした子供の服を捨てるのはとても勇気がいる〟と某氏の日記(平民金子氏がnoteで執筆している有料マガジン)にあり、とてもわかる、と思ったが、簡単に「わかる」とフラットにぺったんこにするのも違うなとも同時に思う。〝勇気〟の中身は、縦糸や横糸の編みも素材も染めもひとによって異なる複雑な階調で創り上げられてきた織物だから。

子がマンガを読んでいた。子が自主的に本のページを開くとき私の頭に浮かぶセンテンスはいつも同じ。 

〈子供たちよ、小説とは虚構(つくりごと)の中にある真実(ほんとう)のことで、この小説の真実とは、いたって単純だ——魔法は存在する〉
(スティーブン・キング『IT』小尾芙佐 訳/文藝春秋)



〈2022年09月11日〉
午前中は遅い朝ごはんが終わり次第、3時間のねんど遊びにつきあう。

午後からは、びしょ濡れになっても帰り道の心配をせずにすむ最後の週末なような感じがして、出がけに自転車のカゴに水鉄砲を放り込んだ。案の定、髪や服が濡れてもあっというまに乾く。3時間近く公園で打ちまくる。真夏と違うのはトノサマバッタの大きさと飛んでるトンボの数。

〈2022年09月12日〉
ずいぶん前にどこかで読んだ覚えがあるけれど「木漏れ日」そのものを指す英単語がないというのは本当なのだろうか(調べてない)。ある言語とない言語の分布があるとして何が理由なのだろう。絵描きや写真家がいる文化圏には存在する気もするのだけれど。

子とのいまの暮らしで、書き残せなくて漏れていることが多過ぎる。なるべく自分がいつか何もかも忘れてしまったときのために書いておきたい。


〈2022年09月14日〉
ジョジョもゲッターロボもすでに観せてるからグロは気にしない。反社会的行為の描写に関しても同様だ。ジョジョはいま監獄が舞台で犯罪者が山と出てくる第六部ストーンオーシャンを観ている。焦点は「モノサシ」が明日を向いているかどうかだけだ。

劇中描写が血みどろでもひとが死んでも、こういう背骨・モノサシが作品の物語にあるかどうかということが重要だと考えている。


(藤田和日郎『月光条例』(7)第16条 「フランダースの犬プラスうらしま太朗」少年サンデーコミックス/小学館/kindle版より)

子に観て欲しいな/観てほしくはないなという基準はダークでアンチヒーロー的であっても、それ以降の人生において何かしらのモノサシになるか、それだけだ。

(藤田和日郎『月光条例』(7)第16条 「フランダースの犬プラスうらしま太朗」少年サンデーコミックス/小学館/kindle版より)

だいたい私自身が小学生の頃に永井豪『デビルマン』や少年マガジン版『バイオレンスジャック』、楳図かずお『漂流教室』を読み、ショックを受け、その余波が今の今に至るまで心のどこかに「モノサシ」として置いてあるのだから表面的なグロやゴアやアンチソーシャルはレーティングの対象にはなり得ない。



〈2022年09月16日〉
公園に子の友人Aが到着した。「◯くーん」と駆け寄ってくる。ちょっと事情があってたまにしか遊べぬ相手だ。子と私は「だるまさんがころんだやろー!」と声をかける。Aは途中まで走っていた足を止め、一瞬の躊躇を幼児の顔で見せ、そして「今日、弟が熱でたから、ボクに近寄っちゃあかんねん」と言った──わたしは「それはきみが心配することじゃないで。ええんや、ええんやで、遊ぼう」と言った。そう言うしかなかった。そう答えるしかないだろ。

今年も去年も一昨年も、子と寺や神社にお賽銭を投げたりお地蔵さんに手を合わせたとき「◯くん、なにお願いしたんや」と訊いたときの子の答えは同じだ。「コロナがなくなりますように、や」だ。「なにか欲しいとかどこかに行きたいとかそういうことちゃうんや?」と問うと、「それは二番目にお願いしたわ」だ。

公園のあと、どうしても行きたいというファミレスでめしを食べさせる。ファミレスの隣席では、子供を妻にまかせてここにきた男と、子供を夫にまかせてここにきた女が、粘っこい空気を出してマッチングアプリの話や様々なプレイの話を延々としていた。アナルがどうのだとか話し始めたので、店員にいって席を変えてもらった。ドリンクバーに立つたびに、子の口を拭いマスクをさせる。席に戻りマスクを外す。それを何度か繰り返す。私はひと口ごとに顎のマスクを上げる。子は保育園ではずっとマスクをしている。だから、その濃厚接触な会話が、とても気持ち悪かった。


〈2022年09月19日〉
『ドラゴンボール超』を観ていた子が「いまジョジョのパロディやってたでー!」と笑う。私は「(いま〈パロディ〉という概念を理解してそれをギャグだと受け止めたね?)」と真顔になる。


〈2022年09月20日〉
夕めしを食べさせているときに子が「なあ、トット質問があるんやけど」と言った。「なんや」と問うと、「ひとはどうして生まれてくるの」と言った。たいへんな難問だが私は答えに悩まなかった。「最近わかったんやけど、いまこうして◯くんと話してるやろ?そのために生まれたんやなトットは」。


〈2022年09月21日〉
風呂に入れているときに「昨日の質問の続きなんやけど──これは人体の話なんやけど、ひとはどうして脳で考えることができるの」と子は言った。私は「人間には牙も爪もツノもないやろ、だから脳で考えるのが武器なんやな」と答えた。

そのあとに、「猿は人間に近いやんなあ」と子は言う。私は「チンパンジーが人間には近いと言われている」と答える。そして「猿でいちばん最強なのはゴリラやろ?」「それなんやけど、実はゴリラは凶暴じゃなくて優しいんやで。チンパンジーのほうが怖いときもある」という会話をする。その後は「道具を使う動物」の話をした。木の枝でアリを釣るチンパンジー、石で貝を割るラッコ。「じゃあチンパンジーとラッコを合わせたのが人間やな」「そういうことではない」。こんな会話を毎日毎日毎日している。


〈2022年09月22日〉
園で子がトラブルを起こした。園の備品を壊しただけでなくわざとやってみたのに「間違えた」とその場を取り繕ったのだ。起きた出来事を要点だけ整理すると大したことではなくともそこに至る経緯や最近の子の行動や思考や言葉から判断するに注視するべき出来事だと感じているが、未就学児と日々コミットするひとじゃないと伝わらない諦観もある。「大袈裟すぎる」と言われたらキレてしまうだろう。

園のあと公園で時間をかけ子の話をきく。何があかんことだったのかを自分の言葉で話させる。叱る部分は叱り、言葉にできたことは認める。園のあとの公園は、どこの小学校に行かせるのか(いまは校区がないので通学できる範囲ではある程度は自由だ)、それぞれの学校の集団登校の集合場所はどこか、それぞれの校風、もし転校させるとしたら、そんな話ばかり。このまちの外から来た私にとって、園のあと公園で他の保護者から直接仕入れる情報は黄金並みの価値がある。(のちに「◯くんと一緒がいいと思って」と、同じ園の数組の保護者からいちばん近い小学校ではない学校の希望を出したと聞かされて驚いた)

公園をあとにし「明日は雨やからいまから本屋に行って好きな本を買おう」と自転車に跨る。「(こっちの本がええと思うんやけどな)」と内心思いつつ子が選んだ本を買う。

帰りに寄ったスーパーで子が「明日のお昼はトット(私)と作りたいものがあるんやけど」というので、その材料を買う。

子が入浴中に「音楽室のベートーベンの学校の怪談」の話を始めた。私は「音楽室には昔の音楽家の絵が飾ってあるからな、ベートーベンはあれや、ダ・ダ・ダ・ダーン!をつくったひと、あとはモーツァルトやバッハやショパンの絵がある」。「モーツァルトってどんな曲」と言われた私は〈子がわかる曲〉がすぐに出てこない。あとで「きらきら星」でよかったなと思った。

子供の頃、母から自分が見えなくなるのが怖い時期があり、トイレに行くとき必ず「トイレにいってくる」と伝えてた時期があった。狭い団地だったのに。でも、こういうことをいくつ覚えていられたか・思い出すことができたかは、未就学児と触れるとき味方になってくれるように感じる。

子がラーメンを家で食うときは割り箸を切って使わせる。プラ箸より摩擦力が高いので使いやすかったのだ。箸の使い方がまだおぼつかない頃からずっと。「苦手意識」の克服に何割かを割いている。

──実のところ私自身の家での食事は半数以上が麺類なので割り箸の消費量が元来多いし常備しているのだ。



〈2022年09月26日〉
さすがに三連休・中三日・三連休は育児人選手寿命が短くなった。頭頂部から足の爪先まで疲労が詰まっている。

〈2022年09月29日〉
たとえば2800円の本があったとする。興味深い、でも読む時間はなかなかとれない。「これはポケモンメザスタ28回分だな、28回モンスターボールを投げられたら子はどれほど興奮するだろ」と考える。単位がポケモンメザスタ(1プレイ100円)なのだ。アーケードゲーム「ポケモンメザスタ」本気でやろうとしたら、マジでバーチャファイターより金が呑まれるからね。仮面ライダー「ガンバライジング」、ウルトラマン「フュージョンファイト」、ドラゴンボールの「SDBH」……実のところ「ゲーセン文化」はノスタルジィではなくショッピングモールで現役だ。

0.5cm大きいかな爪先余っとるなと履かせてた子の靴が丁度になっていた。これまでいくつかのメーカーのいくつかの製品を試し「良さそうだ」と入手し砂地でもコンクリでも滑りにくく思い切り全力疾走できるのを確認したそのスニーカーは正価では割合に高く、しかし丈夫で底が擦り減る前に履けなくなる。だからメルカリにも状態が良いのがあるので0.5cm大きいのを探す。

〈2022年09月30日〉
85年の夏休み、小学生だったなあ。『モデルグラフィックス』誌にOVA『メガゾーン23』の主役メカニックであるマニューバスレイブ ガーランドのペーパークラフトが載っていて。私はそれをゲージにして、夏休みの自由研究では紙粘土でガーランドを作ろうと思ったのだ。

造形用のファンドやフォルモなんて近所じゃ売ってないしポリパテを買う小遣いもないから図工用の紙粘土で。夏休みの1/3ほどかけても完成しなかった。当然キャストやレジンで複製などできないので手脚は片方だけだった。

夏休み明けには廊下にそれぞれがやった自由研究を並べる机が置かれたんだけど、私は色も塗っていない真っ白な紙粘土細工の胴体だけ置いて「頭の中ではできている。なぜなら油粘土では成功しているから」と言ったのだった。

── あっ、記憶違いがあるな。たしかペーパークラフトは6月号と7月号の2号連続掲載で、私は小遣いの都合上、下半身だけ載っている6月号しか買えなくて、脚しかできなかったんだ。耐水ペーパーは買えた。でもコンパウンドの使い方もなんにもわからない。だから下地もなんにもなしの紙粘土はいくら表面を削ってもうまく色(水彩絵の具だ)が発色しない。あれはまいった。

85年の春には『機動戦士Zガンダムを10倍楽しむ本』(コミックボンボン緊急増刊)が発売されている。店頭に並んだ日付は不明だが私は修学旅行先のホテルで友人に読ませてもらったのを記憶している。そこには「これが、Zガンダムだ!」と半ページの記事があり私はZガンダムのデザインを初めて目にした。まだ色はついておらず正面、背面、ウェーブライダー形態の三つの設定画が青バックに白い線画で掲載されていた。先だって発表された新製品プラモデル「MG ゼータガンダムVer.Ka」の写真をみて、もしいまの自分がそれを入手して作るならあの青バックに白い線画をイメージして作るかもしれないなと感じた。

まさか自分が37年前の記憶を思い出す年齢に達するとは思っていなかった。妙な細かいディテールまで残っている。子供の頃、戦中戦後の話を克明に覚えているひとのことが不思議だったが、1985年から37年前だとまだ終戦三年目、私の母が生まれた頃で、映画『仁義なき戦い』劇中の時代だ。

なんで急に脈絡もなくこんなこと書いてたのか今わかった(こういうことはよくある)。今日行った病院で横にいたひとが本人確認で看護師に述べた誕生日が昭和十九年七月だったのよ。終戦の日に一歳と少しの乳幼児だった子がいま目の前にいると思ったのだ。親御さんは一歳の子を抱え戦後の混乱期か、と。

子が私の(普段は「指が切れる道具も入っとるから触っちゃあかんで」と伝えてある)工具箱を指差して、「◯くんな、小学校に入ったらあの箱の中のドライバーとかを使って工作をするねん、まず設計図からやな」と言った。


〈2022年10月01日〉
12時過ぎから18時まで公園で子を遊ばせていた。同じ園に通わせているお子さん三人連れの方が通りがかって一緒に遊ぶ。いちばん下の子はまだ1歳になったばかり。グズり始めた。保護者の方は腰がキツいのだという。「ぼくやってもええですか」と確認し、抱かせてもらう。ゆっくり歩きながら背中をポンポンして寝つかせるまでの40分。幸せな時間だった。


〈2022年10月02日〉
昼めし。子は先日私が食べていたどん兵衛の天ぷらをひと口齧って気に入って「こんどこれをうどんにのせて欲しい、半分はのせて半分は横においてほしい」と言っていたので、別売りしてる似た感じの天ぷらを買ってきて天ぷらうどん。

子は念願の『Poppy Playtime』を自分のiPhoneに入れて(購入して)貰ったので嬉しくて、ずっとプレイしている。このゲームに登場するモンスター「ハギーワギー」は、2022年春から秋にかけて、YouTubeを観られる子供たちにとっては最も有名なキャラクターだ。


〈2022年10月05日〉
アニメを子と一緒に観ているとき、子がYouTubeの解説動画で先に知った今後の物語展開やまだ明らかになっていないキャラクターの設定を披露すると「それは自分で実際に物語をそこまで観ないとわからんで」と少したしなめる。雑な〈考察〉〈都市伝説〉の話をしたときも「嘘かもやで」と少し注意をする。

今後、いつか子に訪れるであろう、インフルエンサーなど声のデカい大人からの影響・YouTubeで「知る」こと・もっというとワイドショーや情報バラエティ番組、それらへの身構え方をいまから少しずつ教えてゆく。「それってあなたの感想ですよね」などと口にさせないために。

私自身が『映画秘宝』誌などで読んだことを元に自分がまだ観てもいない映画のことを得意げに話したことがあるのだ。

インターネットもネットの情報も悪いものではない。知ったかぶりの耳学問も悪いことばかりではない。真に危険なのは「耳障りのある複雑さ」を遠ざけて「口当たりのいいわかりやすさ」ばかりに引き寄せられることだ。それは炎に飛び込む蛾、いわゆる愚人は夏の虫というやつだ。

私自身に学がない──アカデミズムの訓練がなく、教養を取得する際の先行研究への徹底した参照などといった洗礼を受けてないので、そういう面は過敏になってしまう。


〈2022年10月06日〉
トムとジェリーに出てきたラジオを説明するときに「これはラジオやな、、、音だけのテレビや」と言ってしまったのだった。他の表現がすぐに思いつかなかったのだ。「いまはYouTubeがあるけど、トットの子供の頃はYouTubeがなかった、テレビはあった。テレビの録画もできなかった、その前の時代はテレビはなくてラジオはあった」などという話はした。


〈2022年10月09日〉
私の子供時代と、子の現在進行形大衆文化では、実に四十年の隔たりがある。昨今の児童向け作品にはあたりまえにラップミュージックがあり、そこに差し掛かると私自身はヒップホップの強い影響下になくリスナーではないのに「おっラップやんか」と口にすると奇妙なことに四十年の隔たりが少し埋まる気にもなるというものだ。

画面は『スペース・プレイヤーズ』('21/『スペース・ジャム』の続編)。映画自体はダルめの『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』(超傑作)という感じなのだが、MMFRの世界でロードランナーとワイリーコヨーテが追いかけっこしてる場面は笑った(同じ映画会社なのでなんと本編フッテージをそのまま使用しての合成)。

平日寝る前に30分TVシリーズか、YouTubeか、短編(『おちゃめなシモン』や『かいじゅうステップ』)何本かを観ている。翌日が休みのときは「いつもは観られへんから映画観ようや」と言う。そのとき、いつも思う。いつか子が『シークレット・サンシャイン』や『牯嶺街少年殺人事件』を観る日が来るのだろうかと。


〈2022年10月10日〉
子の信教の自由を侵害することになるかもしれない。それでも永井豪『デビルマン』、楳図かずお『漂流教室』の二作だけは、いつか機会が訪れたなら、部屋の棚でも書店の棚でも自身で興味関心を抱いて取り出して読んで欲しいなと感じている。長い小説が読めたならスティーヴン・キング『11/22/63』も。

私の世代の場合は『IT/イット』だったが、今は『11/22/63』だろうと感じる。『デッドゾーン』『クリスティーン』はどうだろう、古びてないだろうか。『タリスマン』(ピーター・ストラウブと共著)はどうだろう。私は87年に「今ならミヒャエル・エンデ『モモ』よりも『タリスマン』だ」と感じたことがあった。

スティーヴン・キング&ピーター・ストラウブ『タリスマン』を継承した作品で本邦で最も有名なのはテレビゲーム『MOTHER』と、『MOTHER2』だ。


〈2022年10月11日〉
子とアニメを観ていて「バンバンやな」と口にすると、子に「あれは銃やろ?スナイパーライフルとか知ってるからもうバンバンって赤ちゃん言葉で言わなくていいねん」と訂正された。私のことはいつまで「トット」と呼んでくれるのだろう。小学校に入ったら周囲からの影響で「父ちゃん」だとか「パパ」だとかに変わっていくのだろうか。


〈2022年10月12日〉
昨日午前中タスクをこなした段階で拭えぬ疲労感──なにせ三連休明けだし先月後半の三連休二連続の疲れもまだ引きずっている──が午後に園から体調不良で早退の連絡。そして今日は朝から子を連れて近所のクリニックで紹介状を書いてもらい→総合病院(受付→診療→会計→処方箋薬受け取りまで3時間)。帰宅後、子に昼めし食わせたあとはひさびさ立ち上がれぬほど身体がいうことをきかず。ソファに横になったままエアコンのリモコンを子にとってもらうほどであった。

二週間ほど鼻水が出て熱も安定せず。その間に二度近所の耳鼻咽喉科クリニックに行きムコダインや総合感冒薬を処方されてたが大きな病院でCTスキャンで鼻と胸をとると副鼻腔炎だった。鼻風邪が長引いてると思っていたが検査してよかった。肺にも炎症は見られず。抗生剤を処方してもらい「これは昨日の夜観たDr.STONEで千空がつくった薬(抗生物質)やな」と子に話す。昨日「身体がしんどい」と早退した子の自己申告を「休みたいから嘘いってるんやろ」などと疑わずに信じてよかった──とはいえ子による体調の自己申告をスルーしたことはいままで一度もないのだが。


〈2022年10月13日〉
「ねぇトットトットこれ観てー!レコードやで!」と子がわざわざ呼びに来た観ているアニメの場面が、『Dr.STONE』シーズン1最終話で主人公・千空の、父である百夜が三千年前に子が聴くことを想定してつくったレコードを再生しているところで、胸を打たれた。子がアニメ『Dr.Stone』にスルッと入っていって──実のところ観せる前は「まだハードル高いかな?」と感じていた──劇中の鉱石と何かの汁(化学物質)をあわせて◯◯を取り出すという描写で、「あっ、そうかマイクラ動画か!」と腑に落ちた。マインクラフトは「素材XXとYYを合成」が頻繁にある。


〈2022年10月14日〉
日が暮れるのが早くなった公園。公園内を走る無灯火両耳イヤフォンの自転車が、遊ぶ児童にチリンチリンとベルを鳴らすのをみてキレそうになってしまった。両耳イヤフォン・無灯火の自転車というだけで子連れとしては無条件に「敵」認定するのにチリンチリンじゃねえんだよ、と感じる出来事があった。私は怒っていた。

歩道走行で鼻の穴くらいのチンケなライトをチカチカ点灯させてるだけで「無灯火じゃありませーん」みたいな自転車にも苛々する。私がスタンハンセンなら肘サポーターを直すところだ。涙のしょっぱい味つけでパンを食った人間でなければ本当の人生に対するファイトはわかない!(梶原一騎・原田久仁信「プロレススーパースター列伝』)

大阪は、児童の自転車、ベビーカー、並びに歩行者の横スレスレを走って抜いてく自転車が多いように思う。大人のくせになにやってんねん?減速くらいしろボケと感じる。私が「あー肩がこった」と手を回したらウェスタン・ラリアットになっちゃうやろ。でも「大阪が」というよりも、私の元に子が来て育児をするようになったまちが大阪だからそう思っているだけで、全国的にそうなのかもしれないし、私自身も過去にそういったことをしてきたのかもしれない。いや、きっとしていたはずだ。人間の想像力や予測運転には限界がある。


〈2022年10月15日〉
一歳時二歳児の頃は全てに怯え目を凝らし全周囲に注意を払っていたのが、子と意思伝達ができ経験則から危険をある程度予想できるようになって忍び寄る「慣れ」。これが怖い。四組五組の子連れが集まっているのに大人たちは話に夢中で、その場にいる大人の誰一人として児童たちを見ていない瞬間がある。それが今日あった。

子連れ同士で約束して公園で集まることはあるけれど、自分の場合、大人同士での病院や遊び場などといった情報交換以外の雑談はほとんどしないので、四人五人の様子を私ひとりで見てることも多い。でもひとりで屋外で見れる人数は三歳までなら三人、六歳だと二人までが限界だ。

自分は基本的に保護者と面識があるなしに関わらず、危険なことをしてる児童や、自身より小さな子を優先しない児童に対しては、自分の子と同程度にはそれを強く指摘することがあるので、疎んじられてる側面もあるかもしれない、たぶんある。

「他は知らんけど、この公園は〈小さい子が優先〉や」と勝手にルールを決めているウザい変なオッサンだと思われている可能性は高い。子を怒るときは、(1)危険なことをする、(2)小さい子に優しくしない、(3)菓子など貰ったり、買い物したときお店のひとに「ありがとう」と言わない、この三つ。

でも、自分が公園やまちで見かけた子ら──時には中学生もいる──に「それはあかんで」だとか「きみら周りに小さい子おるんやからドッジボールはあっちの広いグラウンドでやったほうがええよ。な?」と言えるのは、自分がオッサン(成年男性)だからだとは思う。その子らに「すみません」「わかりました」と返されて「(きみら子供にそんな態度をとらせてすまん)」と感じることもある。

あとひとつ子に強い口調で怒ることがあった。転んだり火傷して泣いてる園の友人がいるのを知っているのに放っておいて他の楽しい遊びに夢中なときだ。これは未就学児は仕方ないことだけれど、「友だちが泣いてるのになにやってんねん」と怒ってしまう。正解なのかはわからない。たぶん私のエゴだろう。しかし、子を怒る/叱るときは基本的に「たとえばこれが親戚の子を預かっているだとして」どういう言い方や態度をするかを肝に銘じている。そこからあまりにもはみ出すようなら、それは親子という関係性に保護者のほうが甘えていると考えている。

二歳くらいの子の顔に、小学生男子が投げたドッジボールがパーンと当たった。「あっ」と私が気がついたときはドッジボールのあいだにその子が歩いていったのだ。その子は少しびっくりしたあとに泣き出す。その子の保護者が駆け寄ってきてぶつかったとこに手を当てながら抱きかかえる。私は歩いてって、やってしまった……と呆然としている小学生男子に「あかんやろ、小さい子がおるんやから、ちゃんと周りみてせえや」と強めの口調で言う。すると彼は「すみません……」と私に言うが「謝るのはオッちゃんのほうちゃうで、きいつけや」とだけ伝え私はその場から離れる。泣いてる子の保護者が、子の鼻血や唇が切れたりしてないか確認したあと「あんたら、こんなとこでボール投げてどうすんの!?あたったやろが!」と小学校男子に怒り始めている。私は内心「(ドッジボールが始まったのも気がついてなかったし、離れたとこで大人同士でお喋りしとったよな)」と思いつつその場を離れる。「(脳震盪まではいっとらんなあの様子やと)」と思いつつ離れる。


〈2022年10月16日〉
屋根にしてくれればいいのに、わざわざ雨を避けられぬスノコ状にしてある東屋もどきが子連れの体力を奪ってゆく……。

1030〜16時、子と外出。急な強い陽射しのせいか子の友人たちには会えず。近所の公園を二、三ヶ所移動しながら二人でずっと遊んでいた。二人とも汗びっしょりになった。いっそ室内プールでも行けばよかったかしら。いろいろ各地の催し物・イベントとかもカレンダーにメモしてあったのだけれど、昨日も六時間子連れで外出していたので心技体が限界であった。


〈2022年10月17日〉
子は引き続き副鼻腔炎。で、抗生剤を飲んで土日は元気で治ったかと思ったら今日は朝から「しんどい」と。幼児の副鼻腔炎を舐めていた。慢性化せぬとよいな。もう履かなくなったり安売りで買ってはみたけれどサイズが合わなかった自分のスニーカーやスリッポンや草履やサンダルを15足くらいSpark Joy(断捨離)する。同時に子のサイズアウトしたり底が減ったり縫製がボロくなった靴も捨てるけれどどうして毎回あんなに捨てたくない気持ちが湧き上がってくるのだろう。


〈2022年10月21日〉
先週今週合わせて段ボール箱二十ほどの本とDVDを買取に発送した。メルカリあたりでチマチマ売ったほうが手元に残る金は10倍にも20倍にもなったろうがそんな時間の余裕はないのだ。ひと箱に二十から三十アイテムとして「自分ならこれ一冊100〜300円だったなら買うな」という本ばかりだが、箱でまとめて送るとひと箱100円くらいだろう。(後記:事実そうなった)

先日は自転車のカゴいっぱいに子が読まなくなった──年齢的に合わなくなった──本を四十冊ほども詰めて、いつも園の帰りに遊ぶ公園で出会う顔見知りの子連れの方々に配った。みんな喜んでくれて嬉しかった。子も嬉しそうだった。「うさこちゃん」(ナインチェ・プラウス)を抱えた三歳の子が駆け寄ってきて「◯くんパパありがとう」と言ってくれた。子はその姿を見て「◯くんの本があの子たちに継承されたわけやんか、あの子たちが読み終えたらそれからまた他の小さな子たちに継承されるとええな」と言った。

このまちで、あの本たちが周って回って廻って、様々な子が手に取り、いろんな家に置かれ、何年も読まれたならいいな。子が気に入ってボロくなって補習したのもあるけれど、お兄ちゃんお姉ちゃんが読んだ本が、弟や妹に、赤ちゃんに。雨は海に、知は脳に、言葉はひとに、本はまちにお帰り。

帰り道、子に「なんか今日は本屋さんみたいやったな、本屋さんになるとおもろいかもな」と言うと、子は「◯くんはマクドナルドの店員さんになりたいねん」と言われたのだった。

下記リンク先、このとき子が〈寝る前にアンパンマンの本を1年か1年半ぶりくらいに自分で引っ張り出して開いていた〉本は、子の園の友人の弟へと受け継がれた。


〈2022年10月24日〉
子の靴を捨てるの、覚悟がいる。覚悟とはちゃうか、なんというか、思い出はすべてもっていけないという感覚というか、なんだろなコレは。

服を捨てるのと、靴を捨てるのはずいぶん違う。なんやろなコレ。走ってた姿、コケた姿、靴底を見てこれは限界やなと感じた保護者としての自分、このくらいの歳やとあっというまにサイズが変わるなと感じた自分、もうキツいのに滑るのに言い出せなかった頃の子、そんなものが纏わりついているからかな。三四五歳くらいの子、「走る」意識へ靴底のグリップ力が影響する割合は多い(個人の感想です)。さらに言うと幼児用のスニーカーは値段=スペックとは限らないのであった。

片付けの合間に並べてみた。「お面」って不思議よな。どこまでいっても「ごっこ遊び」の延長戦上にあるのか、ペルソナ的な概念なのか、身体拡張にも似たヒーロー願望なのか、祭りの夜店で買って欲しいという子、雑誌の付録をつくって欲しいという子、その欲望の元型がどこから来るのが謎だ。

大阪に住むひとで未就学がいるひとは、いちど松屋町筋商店街にある問屋街にいってみると楽しい。夏祭りの屋台で600えんとかするオメンが150えんくらいで買えたりする。コロナ禍で祭りが無くなったこの三年、問屋さんも大変らしいときく。園の保護者たちで約束して公園なんかで集まって花火をするとき、私はパラシュートとかちょっとした打ち上げ花火とかドラゴンとか「◯さんこんなに!?高かったでしょう?」と驚かれるほど花火を持っていくんだけど、それはホームセンターやスーパーで買わずに松屋町商店街で手に入れているからだ。

花火は一箇所にまとめる、ひと袋ずつ開ける、300円の固形燃料にキャンプストーブ用の風避けを巡らせて「ひとりずつ順番に並んで火をつけて、横に避けるんやで、他の子に向けちゃあかん、終わったらバケツの水にいれて消えるの確かめるんやで」とルール説明を強調して仕切るのでウザがられているのかもしらん。今年の「残した花火をやりきってしまう会」ではひとりの子が人差し指と親指の間を火傷した。私は近くのコンビニに自転車を走らせてカップの氷をかってきて「これしっかり持ってるんやで」と渡した。数日後にはその子は「剥がれちゃうから絆創膏いらんねん」と元気にプールに通っていた。


〈2022年10月某日〉
様々な工夫をし、試行錯誤し、時には手練手管をつかい、身につけさせた/習慣づけた子の振る舞いを「成長」や「園で学んだ」と一刀両断的に単純化されてしまうと、そんなわけなかろうにと心の中のちゃぶ台をひっくり返したくなる。大リーグボール養成ギプスばりの訓練を毎日毎日毎日やってきたのである。

「成長とともに自然にできるようになる」ことって、想像してたより多くはなかった。むしろ少なかった。歯磨きも車道に飛び出ないのもブランコの立ち漕ぎも滑り台では小さな子を優先することも拾った木の枝を振り回さないことも食べた菓子のゴミは持ち帰ることも自然にできるわけではなかった。公園で飲んだペットボトルを自販機脇のゴミ箱(リサイクルボックス)に入れたり持ち帰ることすら、保護者に教えられぬとひとは自然にできるようにはならない。または保護者や周囲の大人にそう教わった友人の姿をみて「そういうのいいじゃん」と人の振り見て我が振り直すのである。

または、逆にゴミをそのままポイ捨てするのが、飲み終えた缶を蹴っ飛ばすのが、「カッコいい」と感じる時期もあるのだ。吸い終えたタバコを海に指で弾く描写などは、ひと昔前の映画やTVドラマではありふれていた。


〈2022年11月03日〉
最近ようやく理解できてきたのだけれど、キャンプでみながテント張ったり荷物運んだり、BBQやパーティーでみなが卓や火や皿の用意をしてたり、周囲のひとたちが忙しく手一杯の中で「雑談やスマフォに夢中」なひとって、悪意があったり怠惰なわけではなく、「周囲のことが認知できていない」のだな。

自転車ですれ違ったあとに、「さっきすれ違ったとき」と言って「?えっ??そうだった?」と何度か同じひとから返されたときに、「すれ違うひとの顔を見ない/認識しない」という認知のしかたがあるのだと知った。

「さっきあのひとが説明してたように──」「??なんのこと?」と、すぐ横で会話されていた内容が、その会話の話題が自分に向けられていない限りまったく耳に入らないという認知のしかたもあるようなのだ。

思い返すと、公園で保護者Aが子供bに話しているとする。すぐ横にいる子供bの保護者Bは、保護者Aと子供bの会話が聞こえる距離なのに「そこで何を会話したのか保護者Bは認識していない」という光景は何度か目にしたように思う。

自分は子がTVやスマフォを見てて「これはこうしておいてや、ええか」と話しかけて「うん(生返事)」のとき、あとでわかってなかったら、わりと強めに怒ります。「話しかけられたらYouTubeは止められるしスマフォから顔を上げられるのになんで聴いてないんや」と。

「二回説明させるのは相手の時間を奪ってるんやで、言われたことがわからんかったらわからんとその場で言うんやで」と。これ、大人になってから修正/対処するの大変や、認知行動療法とまではいわんけど、と感じてるから。

私は小学生の頃「窓の外をボーッとみてるから『授業聞いてないな?』と怒るために『はい、次、◯くん答えて』とあてたのに聞いてるし答えるから驚いた」と担任に何度か言われたことはあった。わざと聞いてないフリしてたときも何度かあったのだが。だけど子供の頃から読書中も映画鑑賞中もTV観てても普通に会話をできるのは事実としてある。何か修理や組立中は無理かな。あと公園で子供遊ばせてるときも(よっぽど急ぎの用事以外)スマフォは見ないし電話もしない。できないのではなく、しない。マルチタスクとリソース配分は違う行動だから。

子が抱っこ紐からベビーカーそして自転車に乗せての外出と公園で遊ばせ電車に乗せて〜それで感じてきたのは「スマフォは時計がわりにならない」だった。必ず腕時計をするようになった。たかだか時刻を確認するためにスマフォを取り出すコンマ数秒と片手が塞がるのをリソースの無駄と感じるようになった。


〈2022年11月04日〉
「11/18からなあ……なんとシンウルトマンがAmazonプライムビデオで観れるんや!」と子に伝えたときの第一声は「無料!?」だった。風邪などで園を休んでいる時だけ「布団の上にいるんやで、そのかわりに」と動画レンタルやスマフォゲーム購入といった課金を許しとるからなあ。「熱あるから、ちゃんと冷たい枕の上に頭をのせてるんやで、食欲がなくてもお粥くらいは食べなあかん、薬のまなあかんからな」と。

こんな記憶も〈オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦 タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム そんな思い出も時間と共にやがて消え〉てゆくのだろうか。雨の中の涙のように。

そういえば「雨の中の涙のように」の解釈は続編『ブレードランナー 2049』で変わったのだった。〈それまでは、大切な想いも流れ消え去ってしまう……つまり、諦観か感傷なのだと受け止めていました〉。たとえ百万人が否定しようとも私は『ブレードランナー 2049』は傑作だと断ずる。大切な映画だ。


〈2022年11月07日〉
もう朝起きて子を寝室に連れてゆくまでずーっと何かをしている状態が数週間続いているが、そんな中でも〈【メルカリ】保存した検索条件への新着〉メールは届く。検索しているのは100%、子の服や靴やオモチャではある。

今日は十六個のタスクを終わらせた。区役所三時間滞在はさすがにしんどい。マイナポイントのアレがあるからなのか、やたらに混んでいて(しかも「よくわからないし通知書もないんですが」みたいなひとも多くて窓口は回転が遅い)、コロナで減った椅子は高齢者や子連れに優先させるのでずっと立っていた。役所で未就学児二人連れた保護者が手続きをしてて構ってほしがりむずかり足元にまとわりつく幼児がいながら説明を受けていて、そこで苛つくのは心の底からわかる、わかりたいのだけど、帰り際に二三歳の子に保護者が「オマエ、ほんまブサイクやな!」と言い放っていたのを目にしたとき、ジョニーがそのちぎられたこんにゃく持って震えてんのよ。 「エーちゃん、これ通報モンだよ!」という感覚になった。

私は以前に、公園で小学生の子をバシーンとぶっ叩いていた保護者に「あんた虐待して殺すなら家でやれ、おれの目の前でやるなや」とキレてしまったことがあった。昔、キャロルで矢沢が日比谷でワオワオやってたころの話さ。「あのさっきのこんにゃくだけど、絶対そのうち弁償してもらいますんで」。

公園でムカついて相手の腹を殴った子がいて殴られた子の保護者が「あかんやろ!?」と怒った。別の日、その怒られた子が保護者から頭をハタかれているのを目にした。保護者から気軽に小突かれる子はひとを気軽に殴るようになるし保護者が「ブス」「デブ」で笑うと子もそれで笑う。ありふれた話だ。

子を寝室に連れてゆき自分の晩めしを用意してたら、子が「心細くなった」と出てきた。「わかったで」と布団の横に寝そべる。「トットはおなか減りすぎてるので寝れるまでいてもええんやけど心細くなくなったら教えてや」と伝えた二秒後「もう心細くなくなった」と言った。宝石のような言葉が毎日ある。


〈2022年11月08日〉
私が子供時代を過ごした北国では野良猫の姿を皆無とはいわないがあまり見かけなくて、特に子猫などほぼ見たことなくて、あれは住宅地ではなく森や林で暮らしていたのかそれとも冬を越せないこたちが多かったのか、きっと両方なのだけれど、長じて関東に出てから「わっ、マンガの世界みたいにまちに野良猫がいる」と感じたものだ。いつもより迎えが遅くなったあとのすっかり暗くなった公園に、普段なら公園の端っこにいて真ん中までは出てこない野良猫が公園の真ん中で何か遊んでいるのを目にして、子と「めずらしいな、みんないなくなったから安心して出てきたんかな」と話していたときにふと思った。

公園で「満月やな」と子と話していた。しばらくして子が「いまは少し雲に隠れたな」と言った。そうやなと私は答えたが、それが月蝕なのを天気予報を調べてたときのスマフォで知って子に伝えた。「あれ雲ちゃうかったわ、地球の影や!」「えっ!?」。どおりでスマフォを掲げたひとがいるはずだ。私は基本的に子供たちに向けてスマフォを掲げてるひとがいたらさりげなく後ろに回って「何してるんやろ、撮影してたら注意せなあかんな」と思うし、実際に勝手に撮ってたひとに声をかけたこともある。

梅田グランフロントで夏に水遊びできるスペースがあるんやけど、以前にそこでキヤノンの白いバズーカつけたカメラを持ってる男性がおるなーと視界に入れていて、カメラを構えた瞬間に「おっちゃんあかんよ、ひとんちの子を勝手に撮ったら」と声をかけたことがあった。その高齢男性は照れ笑いをし頭を下げ揉めなかった。スマフォも同じやけどその場で消させてもいくらでもデータを復旧させることは可能で(だから仕事じゃないならハメ撮りとかはやめましょう)。「すまんけどSDカード、フォーマット3回してもらえるか、あとクラウドバックアップもチェックさせてな」とまでは言いたくない。

公園から家に戻るまでの道すがら、空を見てるひと、空にスマフォを向けてるひと、「天王星まで隠れるの四百何十年ぶりらしいですね」と三組のひとらと話した。こんな夜は藤田和日郎『月光条例』を読み返したくなるな。大好きなんだ。基本的に「ものがたり」と「ひと」の関係性にまつわる話に弱い。


〈2022年11月09日〉
朝、子を送り夕方に迎えまでずっと連続で用事があった。しかもお迎え後の公園で子に予期せぬ出来事があった。具体的に言うと以前からグラついていた乳歯が顔を街灯にブツけた衝撃で抜けて血がダラダラと流れたのだ。子は落ちた歯を拾って「抜けてもうた」と言った。それで予約せず歯医者に行き待ち時間も治療も長く帰宅は20時半を過ぎた。横の少しグラつき始めた歯も抜いてもらった。麻酔をしたが子は初めて歯医者で泣いた。私は昼めしのカツ丼に「すまし」をつけていなければこの日を乗り切ることはできなかったろう。自身の賢明な判断力にひどく感心した。

丼もので、味噌汁やすまし汁や玉吸いが最初からついているのではなく、別注文になっているめしやへ割合に、いや、かなり好感を抱いているのだ。味噌汁を頼んだときに「大にします?小にします?」などと訊かれると、たまらん気持ちになるのだ。説明はしない、できそうもない。


〈2022年11月11日〉
このまちの、だいたいここらのあたりの雰囲気に私が抱く違和感が最近言語化できた。例えば飼い犬を散歩させるとする、児童公園で犬がウンコをたれるとする、放ってそのまま立ち去るとする、翌日また同じ場所に来た時「そのウンコがなくなっている理由を想像しない」ええ歳こいたひとが少なくない数でわりといる、だ。こんな嫌悪が積もり積もってしまうと「道路族」(嫌な言葉だ)への正義感からくる拒絶に繋がってしまうのだろうと想像する。だから、なにごとにもほどほどの距離感で、ほどほどで、ありたい。

〈犬がウンコをたれるとする、放ってそのまま立ち去る〉までは、百歩譲って「まあむかしはそうだったしな」と理解はできる(納得はしない)。ここで書いているのは「次に同じ場所に来たときなぜそのウンコがなくなって=掃除されているか、そのことをいい歳しても認識できていない」についてだ。

滑り台を滑れないで怖がる二歳児に保護者が「ヘタレが~?よ──」と言っていた。その子は同級や歳下の子にヘタレという言葉を使うようになるだろう。自身が子に使う言葉は子が周囲の子たちに使うと考えている。私は大阪の(またはこのあたりに顕著なのかもだけれど)、保護者が子に「ヘタレ」という言葉を容易くつかう感じは、好きではない。好きではないというか、「(自分の子にイキってるヘタレはおめえだろうがよ)」と感じるくらいには嫌いだ。


〈2022年11月11日〉
明日は休みやから映画観ようかーと子にいうと、Netflix「エルマーのぼうけん』を再生するつもりが「天気の子みたいん!?ええで!」と言われた。

子と一緒に『エルマーのぼうけん』観始めて気がついたけれど、おれ、『エルマーのぼうけん』に対する思い入れ、ゼロだった! どんな話しかも知らなんだ! 原題がMy Father's Dragonで、冒頭ナレーションの語り部の「父の」九歳の頃の話しだって基本ラインすら知らなかった!!!

生活に疲れたシングル親の子が、拾った子猫──親からは大家に追い出されるから捨てろと叱られる──から教えてもらった伝説のドラゴンを探して「自分で商売をして金を稼ぐ」ために旅立つ話しだってことも知らなんだ。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』『ウルフウォーカー』のカートゥーン・サルーンが、あの児童文学の名作『エルマーのぼうけん』を映像化──という予備知識はあっても、肝心要の物語を私は児童の頃に読んでいなかった……のだ……。知識経験の「穴」の空き具合に自身の弱さを痛感する。それが「名作」であることは知っていて、批評的なポジションもなんとなく把握しているけれど、実のところ作品自体は未読・未見という弱さ、背骨が通っておらず物事をはかるモノサシが借り物である弱さ。


〈2022年11月某日〉
公園で手を擦りむいて泣いた子がいた。二三歳になる年の子だ。滑り台、ブランコ、よくあることだ。痛みで泣くというより「いつもと違う感覚が皮膚にやってきた」とビックリして泣く程度の怪我だ。

遊んでいる場で自分より小さい子が泣いたとき、私は「泣いてる小さい子放っとけないやろ、ほら、行き」と子を促す。「大丈夫か?と言っておいで」と(大事ではない場合に限る。あきらかに「これは保護者の方に任せたほうが邪魔にならん」と判断したとき)。

それで、いつものように子は泣いてる幼児のとこへ駆け寄ってって「だいじょうぶ?」と声をかけた。そのあとクルリと振り向き手洗い場へ駆けていった。私は「◯くんどうしたん?手を洗ってる場合ちゃうやろ」と言ったが、それは私の勘違いで、子は自分の手を流水で冷やしてから泣いている子のところに駆け戻りその手に添えているのだった。「冷やしたら痛みが消えるかもやで」とその子に言う。そしてそれを二度三度繰り返す。

まるで全身火傷のジョナサン・ジョースターの介抱をするエリナ・ペンドルトンみたいやな、と私は感じた(『ジョジョの奇妙な冒険』第一部を読んでないひとには説明は省きますよ、申し訳ない)。

私にとっては、まったく意外で予想もつかない行動だった。悲しいときや嬉しいときや欲しいものや行きたいとこや公園での次の動きなど、ほとんど予想済みで把握していたつもりだったが、子のその気持ちは私の想像の枠を超えていた。まだまだやな、と己の力不足を恥じ、同時にたまらん気持ちになった。

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