見出し画像

櫻井敦司の訃報によせて

10月19日、BUCK-TICK のボーカリスト櫻井敦司が脳幹出血によりこの世を去った。正直、全くの想定外だったかと言えば噓になる。なにせ昔から酒もタバコもガンガンにやっていた人だ。タバコはもうすでにやめていたとのことだが、健康状態的にハイリスクであったことは想像がつく。もう歳も60に近いし、バンドを続けるのが物理的に厳しくなることがそう遠くないうちに来るかもしれない。終活ではないが、バンドの終わりに向けて心の準備は一応しておいた方がいいだろう…とは頭の片隅で思っていた。しかし、それにしても、あまりにも急すぎる。最新作 "異空 -IZORA-" が新たなキャリアハイを誇示する傑作で、新規ツアーや年末の武道館も決まっていたのに。運命とはこんなにも残酷なのか。

自分が初めて BUCK-TICK のことを認知したのは、忘れもしない中二の秋のことだった。当時毎週チェックしていた CDTV でわずか数秒流れていた "ヒロイン" の MV 。すでに LUNA SEA や黒夢などでヴィジュアル・ショッカーの基礎が築かれつつあった自分にとって、"ヒロイン" のダークで淫靡な、それでいて鋭くキャッチーなメロディはすぐさまアンテナに引っかかった。そこから "SEXY STREAM LINER" や、その後にリリースされたベスト盤 "BT" などを追って聴いていたが、本格的に好きになるにはいささか時間がかかった。当時の自分の耳にはメロディやアレンジがマニアックに走り過ぎているものが多く、またデビュー当初のサウンドは厚みがなくて聴き応えに欠けるというのもあり、「難しいバンド」というのがその時の印象だった。しかし、だからと言って簡単に離れるわけにはいかなかった。「このバンドには何かがある」と中坊なりの第六感が働いて、粘り強くその後の作品も聴き続けた。

印象がいよいよ変わり始めたのは "ONE LIFE, ONE DEATH" からだったか。リリースから少し時間が経って聴いた記憶がある。冒頭 "Baby, I want you" はそれまで自分が B-T に抱いていたイメージを良い意味で覆す曲だった。その他にも "細胞具ドリー:ソラミミ:PHANTOM" の振り切れた怪曲っぷりや、最後の "FLAME" の美しさにも強く惹かれた。BUCK-TICK とはこういう人達なんだ、という楽しみ方をここでようやく理解できた。実際、その後の B-T を見てみても、"ONE LIFE, ONE DEATH" のポップさは彼らの長いキャリアの中で大きな転換点のひとつだったはずだ。そこでは櫻井敦司のボーカルスタイルや詞世界の方向性の転換も大きなファクターだった。"SSL" の時点では冷徹なイメージのあった歌声に、肉感的、躍動的、人間的といった側面が付与されたのだ。

櫻井敦司の個性はその時点ですでに完成されていたが、彼の持つ歌唱力、世界観を構築する表現力がいよいよピーク値に達してきたのが、2014年作 "或いはアナーキー" での "無題" だと思う。デカダンな雰囲気、死生観を描いた歌詞というのはそれまでにも散々やってきたことだが、この "無題" で聴かせる彼の絶唱は、今までに聴いたことがないレベルの説得力だった。本当に背筋が震え上がった。シアトリカルで激情に満ち、聴いているうちに闇の底へと引きずり込まれてしまうような、凄まじいパワーを感じた。それ以降はずっとピークが継続されている状態で、最上のコンディションを常に保ちながら、"独壇場Beauty" で左胸を強く打ったり、"memento mori" で軽快にハンドクラップを促したり、"GUSTAVE" で不敵な笑みを浮かべながらにゃんこの真似をしたりで、BUCK-TICK における導人の役割をパーフェクトにこなしてくれていた。

BUCK-TICK の頭脳を占めるのは間違いなく今井寿だが、彼のぶっ飛んだセンスだけでは、自分は B-T をここまで愛聴することはなかっただろう。ダークでヘヴィな楽曲から、センチメンタルなポップさを見せる楽曲、またこちらの度肝を抜く飛び道具曲まで、すべてにおいて容赦なく華麗な立ち振る舞いを見せてくれていた櫻井敦司のカリスマ性があったからこそ、B-T は大きな輝きを放っていたのだと確信する。ヴィジュアル系のみならず日本の音楽シーン全般に影響を及ぼしていた B-T だが、他の誰も彼らのスピードには追いつけなかったし、櫻井敦司というボーカリストの存在感も決して揺らぐことはなかった。いつぞやの SUMMER SONIC でも見たし、わざわざ大阪から横浜アリーナまで遠征もした。櫻井敦司はいつ見ても孤高の存在だったし、どこかしらキュートな側面があったし、鈍い光を静かに放つ、紛うことなきロックスターだった。

櫻井敦司さん。あなたを知ってからかれこれ25年ほどの間、あなたが自分に与えてくれた衝撃、感動、興奮は計り知れません。多くの素晴らしい歌をありがとうございました。どうか安らかに。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?