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『白昼夢の青写真』遭遇記(下)~尽きぬあとがたり

こんばんは。

前回に続き、Laplacianさまが2022年11月にNintendo Switch向けに発売したゲーム、『白昼夢の青写真』をプレイした感想を垂れ流したいと思います。

今回はいよいよ後編。中編はこちら。

本記事ではCASE-0を中心に。
CASE-0は本編1周→CASE-0原作小説読破(Switch版特典)→本編1周した上で綴っていきます。もうここまでくるとネタバレしかないのでご容赦を。

章立てについて

CASE-0について感想を語る前に、まずは物語の章立てを分解。

  • 幼少編:海斗と世凪の「認識」を識る

  • 青年編:海斗と世凪が「幸せ」を探る

  • 壮年編:海斗と遊馬が「理想」をぶつける

  • 物語編:海斗が世凪の「自我」を取り戻す

  • 世界編(最終章):海斗と世凪が「役割」を定める

物語編がCASE-1から3までを辿る章なので、ゲームでは物語編→幼少編~壮年編→物語編の入り→世界編と進みます。
これを前提として、自分なりの感想や考察を綴っていければと思います。
特定のタイミングでは、サブキャラにフィーチャーした感想も差し込めたらと思います。

夢のルーツを探る楽しみ

物語編で見た3つの夢は、世凪が作った小説に海斗や世凪自身の感情や経験が乗せられたもの。なので登場人物やアイテムなどのほとんどはCASE-0のにルーツがあるわけです。

CASE-3(すもも編)なら、カメラマン(=世凪のポラロイドカメラ)を目指すカンナ(=学校にいかなかった海斗)が、すもも(=海斗を思いやる世凪)と出会い、ハチマル(=海斗が作りたかった最初の発明)を直しながら理想のハレー彗星(=海斗が特に気になったもの)を撮るべく奮闘する物語、となります。

▲幼少編、すもものルーツがハッキリして一気に繋がりだした

下層のトウモロコシ畑は近場のキャンプ場で育てている作物として出ており、カモミールの匂いはウィルが顔の腫れをひかせるためにオリヴィアが用意したもの、世凪と汐凪が暮らした部屋は秋房の仕事場のモチーフになっている、といった具合。

人物面でも、当初の遊馬の人物像がウィルやカンナの父親に投影されていますね。主人公は海斗、ヒロインは世凪ですが、芳に関しては芳と秋房の対比と合わせ、遊馬と汐凪の関係も投影されているようです。

そんな感じで、あの場面はこの記憶ベースなんだ、といった発見が楽しみ方に繋がるわけです。

幼少編:この世界を認識する

幼少期は、海斗と世凪が置かれた環境と、世界観を伝えるシークエンス。
この物語の主要人物である海斗、世凪、遊馬の出逢いを描くとともに、地下都市の世界観と「地上に出られない理由」をプレイヤーに認識させてくる側面を持ちます。
実際はフェイクだったわけですが、それを海斗と一緒に刷り込まれるんですよね。私も素直にオゾン絡みと思っちゃいましたし。
後半、日光に触れて海斗が無事だったのも、海斗自身に何らかの因子(という名の主人公補正)がある可能性を残すので、簡単にはカラクリを解けないようにはなってました。(まあそんな因子なかったわけですが)

最も驚いたのは海斗と世凪が同年代であるという事実。
描写的に海斗は30代前半と推察、世凪は一貫して少女と表現されていたため、「ウソやんこんなん!」と驚いたものです。

▲出会いの一幕。なかなか鮮烈な出会いしてるじゃない

文鳥と母のエピソードも忘れられない。その第一声に「リープくん!?」と驚いたことを覚えています。実際リープくんの通知音のモチーフということでなるほど、となりました。

▲文鳥よく知りませんでしたが、確かに機械っぽい鳴き声なんですね

そんな文鳥と時を同じくしてお母さんが亡くなってしまうのはベタながら辛い場面。その上世凪とお母さんとの別れも同時に描かれているんですよね。

▲白地のレターボックスはヒロインサイドのモノローグ

この際の世凪の告白が、プレイヤーにだけ悪い予感を残すのです。
それぞれの夢でもモノローグを通してこっそり知らせてくる所業、酷なことをやるじゃないかライターよ。

後々振り返ると、世凪は出会ってわずか2日で海斗を写真に写しています。
秘密を明かす前かつ自身の未来を察してなお好意を伝えたことをみるに、ほぼひとめぼれだったのかな。
なお、出会って1ヶ月未満で海斗と世凪は同居する運びになるとか。

人物フィーチャー:海虎編

登場人物のほとんどが世凪の物語に投影されているのに、名ありキャラとして明確なモチーフになっていないのがシャチ。
彼は地下都市の身分制度にカースト的差別感を植え付ける役割を持ちます。
実際は飢餓すらないように絶妙に管理されているのですが、彼が海斗たちにした仕打ちのせいで見事上層民のイメージが悪いまま終盤までもつれ込むことになるわけです。

▲こどもの頃ほど目標はアバウト。その先の野望が足りなかった

世凪にも海斗にもあしらわれ、挙句の果てにあっさり野望を果たし見せしめのように斃れてしまう。損な役回りだ…
ここまで思い返しても、小物でいじめてくるところがマーロウのキャラに響いている…?くらいしか連想できないという。ああ無情。

青年編:この世界での幸せを探る

青年編は、海斗と世凪がそれぞれの思う幸せではなく「二人の幸せ」をすり合わせていくシークエンス。

海斗はよりよい暮らしを目指し、世凪は海斗と一緒に居たいと願うも、どこか心の深くでは歩み寄れていなかった。
そのズレによる些細なすれ違いが夫婦になるかという分岐点で決定的になって…となるわけですが。

そんな背景はなんのその、まずは世凪のかわいさを浴びせてくる。
青年編の世凪を見て、「そうか、これが海斗が求め続けてきた世凪なんだ」ということがよくわかりました。

▲ああ世凪カワイイ、と私の評価を決定づけた大好きなやりとりがココ

誰でも笑顔にしてくれそうな明るさで、見てるこちらまで微笑ましくなる。
下層の生活を楽しく過ごす面も含めて、本当に素敵なキャラだな、という印象をやはり持ちました。

結末まで考えると、世凪はプレイヤーを含めすべての人に愛されることが望ましい。世凪のキャラはそういう意味では一番難しいところだったはず。
でも、青年編で世凪の可愛さをタップリ浴びたので、私も仮想世界でこの物語を聞いたなら、間違いなく居てほしいと願ったと思います。

さて、リープくんも青年編で初登場。原作小説にはおらず、設定を練る中で生まれたのでしょう。発明までのくだりもまたコミカルで楽しいんですよね。お披露目時にはタイトル画面のBGM『Conversion one』が流れてテンションも上がりました。

▲世凪や、わざわざその光景をイメージしなくてもええんよ…もちろん大爆笑しました

世凪が持つ力、共感による思考空間。この力の存在で、「あ、このゲームファンタジーだった」と思い出すわけです。
3つの夢については、実はOPの描写からシミュレーションだと知っていたので、ほぼテクノロジー要素で固められていた。しかし世凪が記憶を再生した出来事は理屈なく不思議な力です。ビックリでしたよ。

▲CASE-2のOPで一瞬差し込まれる映像。プログラミングかじっているとこれだけで察する

それにしても、記憶を失うトリガーとしてアルツハイマーという、ファンタジーでなくリアリティを持ち出すところが慈悲がない。
実在する病であることがその抗えない事実を強めていくんですよ。その病と実際に直面している人なら余計に心に来たのではないでしょうか。

海斗と世凪の衝突に関しては、さすがに海斗が独りよがりだったなと。
どうして?と問うてその答えをちゃんと聞いてないし。
とはいえプレイヤーは二人の10年を一瞬でスキップしているので、勝手にあれこれ言うのは悪いかな…?

▲いくら何でもこれは海斗のやらかし。私が腹を立ててしまった

紆余曲折を経て、二人は目指す幸せを認識しましたが、それは病がそうさせただけで、世凪も嬉し涙を流したとは言えない。
ゲームだとここで『涯際』まで流れ始めるので、ピロートークにも暗雲が立ち込める。そんな暗雲のおかげで生き続けられるのだからホント皮肉です。

人物フィーチャー:入麻編

青年編から新たに登場する海斗唯一の友人にして地下都市のイレギュラーが一人、入麻くん。
海斗ですら、何かに駆り立てながら生きているのに対し、彼は上昇志向を持たず、下層民を差別せず楽しいことを見つけ続けて生きている。
自分の周りに幸せを見出せる世凪に近いタイプであり、ある意味プレイヤーと同じ目線で世凪たちの幸せを願う立ち位置に居ます。

▲最後の最後まで、一緒に怒ってくれる入麻は本当に救い。何度もじわりときた

世凪にとっても好印象だったのか、CASE-1の渡辺先生のモチーフとなるほど。彼もあんな芳に対して勿体ないくらいにいい人ですよね。
ピリピリしているこの物語において心の救いになってくれた人です。

壮年編:対立と事実と悲劇

壮年編は、海斗と遊馬が世凪に求める理想の違いが生まれ、対立するシークエンス。
世凪の記憶退行が始まったことをきっかけに、遊馬の決意と二人にとっての世凪に対する価値観の差がはっきりと示され、悲劇が始まります。

なお、この壮年編から10時間ぶっ通しで最後まで走り切りました。走り切らないと気になって眠れませんもの。

▲Switch版がお初なので、「あ!パッケージイラストの衣装だ!」となった

序盤は研究が進み賑やか。海斗もひとつの研究室を持ち、普通に見たらなかなかの出世街道ですよね。世凪も海斗研のメンバーと気さくにやりとりしており、その明るさが改めてわかります。

▲そして実験着をみて身構えるのである

明るかった物語も束の間、すぐに研究が次第に暗礁に乗り、遊馬から世凪に負担を強いる案が出始める。
青年期の終わりの暗雲をいやでも思い出させてくるんですね。

ノンレム睡眠で思考空間を作った日、世凪は"叫び"を海斗に打ち明けますが、世凪自身がそれ押し込め研究は進む。
この日の実験の終わりに、世凪の記憶の断片世界が垣間見えることからも、少なくとも認知症の導火線を進めた可能性はあるのでしょう。

▲2周目だと透けて見える背景に色々と想像が巡ります

それでもなお、海斗のために世凪は自分を押し殺した。もしかしたら世凪はすでに、世界となる選択をとりえたのかもしれません。

記憶崩壊が始まり、海斗が世凪との時間を選ぶ過程では、思考空間での凛たちとのやりとりを経て世凪の本心を改めて自覚したこともあり、心が折れる過程に説得力がありました。

▲凛は世凪の本心の映し身。すももは本能の、オリヴィアは理想の映し身といえる

そして、とうとう遊馬と対立する。
ここにきて、汐凪に対する罪悪感や出雲を受け入れた際の「清濁併せ呑む」という発言の真意が一気に海斗に、プレイヤーに突き付けられます。
遊馬があっさり引き下がるとは思えなかったですが、根本からの対峙になるとは思っておらず衝撃でした。

▲対立シーンがドラマチックかつ強烈に記憶に残る。ちなみにここ誤植

どこまでも理性的に事実と現実を伝え理解を求める遊馬に対し、海斗はナイフという短絡的な武器しか持たず反論出来ない。
そもそも、アルツハイマー型認知症なので明日突然すべてがなくなってもおかしくないのに、いざ退行が始まるまで明確な方針を持っていなかった点は、遊馬の指摘以上に海斗が浅はかだったと今は思ってしまいますね。

▲だが、遊馬は私の想像の遥か上の所業を行った
海斗の思考が凍り付いたかのように、この場面ではテキスト送りなどが処理落ちする

プレイヤーとして最初に出会った世凪が、記憶退行の行きつく先ではなかった事実にはただただ絶望させられました。
物語編におけるややたどたどしい言葉遣いは精神年齢が低くなっていただけ、という見方もあったんです。
それが同年代だとわかり疑問が増え、そして残酷な処置の果てだったという事実に変わり、徹底して絶望へ叩き落としにくるのです。辛かった。

▲消極的な理由でも生にはつながるものなのだろうか

本作のシナリオで唯一納得しなかったのは死んだ目で生きる海斗の数ヶ月。
物語世界で言うとCASE-1で死の淵に触れた芳の描写にはなるんですが、遊馬が訪れるまで相当な期間があったはずなのにほぼ無気力ながら生きていたのが、世界背景を踏まえると説得力が弱かったかなと。
世凪の存在が生きる原動力だった彼にとって、何が希望や野心を残させたのだろうか…と思うわけです。

物語編:いよいよ3つの物語へ

物語編は、今なお世凪に自我が残っていることを知った海斗が、3つの夢を通してその自我を取り戻すシークエンス。
それぞれの夢をモチーフにした物語世界についての感想は中編で語っているのでそちらで。

ここから一気に3つの夢をみるという実験方法の種明かしが行われます。
プレイヤーはそれぞれの夢を一本道で進んでいたと思いきや、実はマルチエンド&マルチシナリオのような世界であり、トゥルールート解放のため出雲がバッドエンドを徹底的に叩き潰していたというカラクリがわかるわけです。
原作小説では実時間1ヶ月半かかったとなっていることから、相当な試行があったと思うと、出雲もすごくつらかったでしょう…。

人物フィーチャー:出雲編

3つの夢を見るにあたって、淡々と海斗をガイドしてきた出雲。しかしCASE-0ではそんな出雲の様々な側面を見ることができます。
どんなときにもブレずに牛乳粥を作るところが面白かったりしますが、無表情に見えていろんな顔を見せてくれるんですよね。

▲声繋がりで出雲も演じてるのは察してましたがサブキャラ全部干渉してるとは

極めつけは思考空間での世凪の小説のキャラへ与えた影響でしょう。
まさか梓姫やスペンサーのキャラが出雲発祥とは思わず大爆笑しました。
キキに至っては完全に出雲から生み出されてるという。

世凪を救う方法論が確立していよいよ本番、というところで海斗と眺めた下層の光景を見ながら出雲が話した内容には、思わずじわっと来ました。

▲後にさらなる意味を持たされる一枚。幻想的ですごく印象に残った

シャチに連れられていた時を思うと、出雲も大事な存在に、家族にしてもらえたのだと強く思わされました。

最終章:自身の存在意義を定める

最終章は、それぞれの人々が「自分の役割」を定めていくシークエンス。
長く続いてきたこの物語は、最後に終わることのない自分の在り方を定めていくところに帰結していきます。

ここまでくれば、もう結末の先はわかってる。
プロローグで海斗が語った内容、リープくん開発前に話に上がった"かみさま"の話、すもも編のエピローグの存在と、メタ的な視点を除いても推測材料は十分。(CGとか音楽の解放状態を見たらもっとすんなり察せたり)

なので、未知なのはここからどういう結末を迎えるか。
…ここからまだ山があるとは思っていなかった。

▲あえて物語編と変わらぬ呼び方である事実。声優さんってやっぱすごい。

自我を取り戻した世凪が海斗を呼ぶその一言。それだけで、いま目にしている"世凪"が誰か、わかってしまった。
これだけで心はグラつくのに、思い出を巡る過程で「世凪であって世凪でない」という事実を畳みかけ、穏やかでどこまでも切ない時間が流れる。
その展開を何とか耐えても世凪が母と同じ末路を歩み始める。慈悲がない。

世凪の症状について問い詰めた遊馬に告げられた真実は、この世界は幸せを認めぬディストピアであることだった。

▲ここにきて新キャラとか聞いてない!しかも優しさの化身

ささやかな幸せが許されないなんてあんまりだよ。この事実を知らされ、遊馬が涙を流した場面。私はこの作品で一番泣かされました。
遊馬の半生が語られ、海斗と世凪の在り方をそのまま遊馬と里桜に重ね合わされてしまったら、単なる悪者に出来なくなってしまうんですよ。
私と同じくもどかしい感情になった方もいたでしょう。

そして、戸惑う海斗をよそに、世凪は自分の在り方を決めてしまう。
自分の未来を正しく知ったなら、その在り方を有意義にしたいのは確かだけれど、海斗を置き去りに決めてしまったのは切なかった。
世凪が決意を語るその時から流れ始める『海が凪ぐまでは』が、現実での悲劇的な終わりを確信させてくるのも辛い。

旅立ちの日。作中では世凪の決意から半月経ってますが、実プレイでは夕食はさんで30分も立ってなかったので、私個人はちょっと気持ちが落ち着いただけで全然心の整理はできないまま進めていました。

▲最後の最後に、海斗は求めていた世凪に再会する

最期の思考空間で再会できた世凪は、その話し方、表情が本当に懐かしすぎて、顔を見ただけでやっぱり揺らいじゃいました。

世凪を見送っての遊馬との会話、まだ心の整理ができていなかったから、海斗が遊馬を「もう、恨んではいない」と言ったとき、その言葉を受け止められなかったことを覚えています。

そしてエンドロール。『凪いだ海のように』が流れ出す。
長い長い物語の一つの終わりを見届け、感動と同様と戸惑いとが混ざり放心状態でしたが、この曲はその感情に一切色を付けてこない。自分の感じたものをあえて弄ってこないので、しっかり自身の感情と向き合えるのです。
この作品のグランドエンディングとしてこれ以上ないですね。

▲移植版は、その後の世界を少しだけ示唆してくれます

人物フィーチャー:遊馬編

さて、改めて遊馬について振り返りましょうか。
幼少期では海斗や世凪には優しさと知恵を与え、親のように健やかな成長を促す一方、壮年期には研究をやめようとした途端あっさりと世凪を攫い、非人道的な処置を平然とやってのける。
憎悪が湧いて止められなかったところに、最終章で彼もまたこの世界の被害者の一人であると明かし純粋に憎悪を向けさせてくれない。
父代わりであり被害者であり、そして何よりどこまでも科学者であるところで海斗とプレイヤーの印象が二転三転するのです。
雑で悪い言い方なら、心象が最悪のところに被害者面してるとも言えちゃうわけです。

▲人間でないかもと自嘲する遊馬。死人のごとく肌が白く照らされ不気味ささえある

そんなわけで、作中のキャラクターでは人によって評価が最も異なる人物だと思っています。時間をかけて整理できたのもあって、海斗は遊馬への恨みを捨て去れたようですが、私は難しいかな…
それは、仮想世界の核となりえたのが世凪ではなく里桜だったとしたら?という可能性への答えが、追加シーンに示されていると思ったからです。

▲これを見る限り、里桜の幸せだけは切り捨てられないだろう

幼少期に海斗を気にかけ、それをずっと覚えていたことは彼の半生を知った今、割と不思議なことです。
里桜に子どもたちの生への渇望を伝えられてから20年以上経ってたとはいえ、気さくに子どもと接するようになったのは不思議な気もします。
この時期の遊馬の心情は語られることがなかったので、思いを馳せるしかないのですが。

世凪が選んだ世界とは

この物語の最終的な着地点は、「自身の存在意義を定める」ということに尽きると思ってます。
世凪は自分の生を有意義とするためにも、みんなの世界になることを選ぶ。海斗は世凪の選択と遊馬の真意を尊重し、物語を伝え続ける役割を定める。
遊馬は彼らの犠牲の上に、基礎欲求欠乏症根絶に身命を賭す覚悟を持つ。

遊馬の役割が完遂したときは、役割を持ち続けておく必然性はなくなりますが、二人の役割は命尽きるまで永遠に終わることのないものになります。つまり、現状に満足する、納得するという概念そのものがなくなるわけです。

さて、仮想空間に身を置いて生涯を全うする覚悟すら決めた二人。
いつかは誰もが世凪の存在を認識し、この世界に"かみさま"として顕現することにはなるのでしょう。
しかし出会えたとして、どうしても私には切なさが増してしまうのです。

ちょっと話が変わるのですが、とあるゲームの実況において、投稿者が残したこの言葉が、ずっと印象に残っています。
『夢の世界が美しければ美しいほど、たまらなく、悲しい。』
仮想空間はある意味で夢の世界です。夢の世界でどんな自分に成れたとて、それが現実の自分に返って来ることはありません。物理的なものも生み出せない。夢の中では新しい命を宿せないのです。感情くらいなら現実に持って帰れそうですが、やはりどこまでも仮初めの幸せでしかないんですよね。
多くの犠牲と悲しみの果てに、大逆転劇ではなく、救いではあっても時間稼ぎの逃避しかできなかったという事実に、ひたすら虚しくすらなりました。
その上、真の解決を託すのが主人公ではなく、一時は憎悪すら向けた人間であるところに私は歯がゆさも覚えました。

私はそんな気持ちを抱きながら一旦の終幕を迎えましたが、仮想空間という形でも幸せを見つけることができるようになった結末と、真の解決を他者に委ねたという事実について、人によって様々な読後感があったと思います。
それでもハッピーだと思った人もいたことでしょうし、私と似た気持ちの人もいるでしょう。けれど、誰もが同じ感想で終わってしまわないからこそ、良い物語なんじゃないかと思うのです。
そうでなければ、私もこんな長文書いていないと思います。

▲それでも、結末としてCASE-0冒頭と対比して迎えたこの情景はとても感慨深かった

エピローグ:ささやかなご褒美

エンディング後の本編エピローグを終え、タイトル画面が新しいものに。

▲タイトル画面が変化するゲームはよいゲーム。幼い二人の姿が浮かぶだけで泣ける

もうこれを見るだけで走り切ったんだなという感慨が膨れ上がってきますが、そこになにやら気になる項目があるじゃないですか。
ということで幸せなエピローグを覗いていくわけです。

エンディングの先はもちろん想像できてますが、敢えてそれを描いてくれるのもまたヨシでしょう。わざわざ"幸せ"と書いていることからも、見なくても大丈夫という意味を込めているのだと受け取りました。
CGとかコンプするために見るしかないとか言ってはいけない

「知ってたけど見たかった」、そんな光景を改めて見ることができました。
それぞれの小説にもエピローグが増え、空いていたスキマが埋まったのもスッキリでございます。
CASE-2、オリヴィア編のエピローグで男装オリヴィアが現れたときは内心ニッコニコでやり取りするウィルが目に浮かぶようでした。
(実際読み上げ時も笑みがこぼれそうでした)

▲とはいえオリヴィア編のエピローグはぶっ飛びすぎでしょう

その中にも、チクっと切なさを忍ばせてくるのがニクい。
里桜が遊馬ではない人と幸せに暮らしている、というのです。
死の淵にいても仮想世界で遊馬を忘れたとは思いづらいのですが、遊馬が現実で頑張っていることを知っているからこそなのかも…考えさせられます。

▲予想通りの流れの中に予想外の描写があると見た意義も出るものです

Steam版以降追加されたオマケエピソードにも触れましょう。
いずれもギャグありキャラ崩壊ありな後日談のコミカルエピソードではあるんですが、CASE-0の2つはもう感慨深いのなんの。壮年期以降を思えば、ほのぼのした団欒をみるだけで潤んでくるんですよ。そしてリープくんに思いを馳せるのです。さすがに仮想空間には来れなかったのだろうか…

▲オマケならこの人すらキャラ崩壊する。立ち絵メタは笑うしかなかった

CASE-1はBGM芸でついつい笑います。ことあるごとにBGMをフェードさせて『繋がれた孤独』を流すのは凛のお家芸か何かか。
凛の尻に敷かれっぱなしの芳にも笑うばかりです。

どれもこれも、想像できる一幕ではあるかもですが、改めてみんなが活き活きとしている姿を見られるのは良いものですね。

語りそびれアレコレ

ここまでも大量に文章を書き残してきましたが、全部のシナリオに感想を残していてまだ触れられていないことが山ほどあります。

気になったゲーム上の違和感

このゲームはほぼほぼエラーもなく、コンテンツの出来も良いのですが、前述のとおり一部で発話者の名前がテキストフィールドに入り込んでしまっているケースや、最終章で立ち絵が途切れる現象を確認してます。
たまーにロードできないセーブデータが生まれたりもしていた気がしますが再現性は不明です。

▲ビジュアル面で唯一と言ってよいミスかと

あと、体験版部分込みで製品版を突っ切った関係もあり、切り替わりのタイミングで出雲の声のトーンが変化したことにかなり違和感を覚えてしまいました。
今はそういった事情を把握しているのでまあわからなくもないのですが、当時は何か意味があるのか勘ぐってしまっていた時期もありました。

キャラクターを的確に生かす声

ボイスの話を出したので、そこにも触れましょう。
CASE-0を起点に3つの夢が生まれる背景があるため兼ね役が非常に多く、様々な演技を聴ける楽しみがあります。
例えばキキに対する祥子や梓姫とのふり幅の大きさ、世凪に至っては3ヒロイン+1役に自身の変遷が5度もある(CASE-0の5章立てそれぞれ)上にその繊細な心と身体の機微がしっかり表れていることなど、演じ分けに感服します。
最終章の世凪は特に印象深く、第一声で受けた戦慄は忘れられません。
親方やロブの温かさ、親身にしてくれる入麻や渡辺先生、感情的にも理性的にも訴えかけてくる遊馬にお父さんたちなど、キャラクターに寄り添ったボイスが乗ることで、よりそれぞれの人物が活きてくるのです。
「これが声優か」というのを一作品で堪能できる点も魅力のひとつ。

▲カンナの父親は本当に全編通してかける言葉に温かさを覚えます。一番好きな声

スペシャル要素について

TIPSも面白いですよね。ちゃんとした世界観の補完したりガチの説明が載っているものもあれば、ウィキ参照とか言ってさっくり終わるものだったりなんかキャラが乗り移っている説明文もあったりと思わずクスリとします。

▲もうこの文体を見るとスペンサーの声で再生され例の曲が流れだすんですよ。助けて

立ち絵の動きはポーズのパターンは少なめでややシンプル。しかし表情が雄弁に物語ってくれるので立ち絵オンリーでも物語は全然成立してます。
その上でCGは重要なシーンをがっちり盛り上げてくれるものが多く、感情をより深めてくれました。

▲印象深いのはコレ。二人して背中で語ってくるのはなかなか見ない

人物や声、アイテムがCASE-0から派生していることは再三お伝えしましたが、やはりCG(もとい情景)も同じ構図となっているケースが多いですね。
この点は、世凪が実際に体験したシチュエーションなどが物語に反映されていると、より強く説明するものになっています。

▲幼少期の世凪からのキスが、すもも編でのカンナへのキスに連なる

好きなCGはどれ?と聞かれるとなかなか決められないのですが、「美しい」と思ったのは最終章のワンシーン。

▲意識もボロボロで儚さが勝ちそうなのに、その姿に美しさを感じた

世凪の決意や、これまで見てきた世凪と変わらぬ強さとかが秘められていて、潤んだ目でなおドキッとさせられたことを憶えています。

▲余談ですが、パシフィコ横浜によくいく都合で「見たことある風景!」とはしゃいでいたなど

同様に、CASE-1の桜木町デートの結末シーンも美しさに見惚れちゃったシーン。とはいえ初週ではそんなどころではないのですが…

海斗は何を成しえたのか

最後に、海斗について思いを馳せたいと思います。
プレイヤーは、主人公である彼の視線で物語を追いかける。あるいは彼の物語の聞き手として見守ることになります。
彼は、世凪との幸せを築くにあたって、身分制度による、欲求を持ち続けるという構造にずっと振り回されていました。

▲海斗が自宅へ駆けるシーン。痛いほど気持ちが伝わる描写

そんな彼の根底には、「誰かを喜ばせたい」一心で発明していたという側面があった。母にクルマを見せてあげたい、という想いは他者を仲間と思いづらい下層に生きる人の中でも珍しい部類であったのではないでしょうか。
その強い想いに触れたからこそ、世凪は彼に好意を持ち、力を見せる決意さえしたんだと思います。
仮想空間の研究により打ち込んだのも、母とその空間で再会できたことで「確実に誰かを喜ばせ、救いになる」と改めて決意したためです。

▲しかし、海斗の心の源流が上昇志向にすり替わった瞬間でもある

しかし、遊馬の掲げる大義の前に世凪は奪われ、彼は絶望に叩き落される。
引き返すチャンスもあったが、世凪との平穏より何かを遺したい欲が勝る。
入麻のようにブレーキをかけてくれるよい友人に恵まれてなお進み、結果として仮初めの先にしか世凪との幸せがない状態になった。

▲研究の転換点で常に世凪を気にかけてくれる入麻にいつも同意してました

最終的な仮想世界も、汐凪と遊馬が土台を作っており、海斗はそこに核となる世凪を送り込んだだけという見方もできてしまう。そんなことはなく、実際には世凪の協力と海斗の記憶力あっての積み重ねもありますが…
海斗が止まれなかったのは確かですが、そうはいってもあんまりな仕打ちだよなと思わざるを得ません。
近未来かつファンタジーもある世界観の中で、モノを忘れないことだけで特別な力はもたず、ずっと打ちのめされ続ける主人公というのもなかなか見られません。何度も胸を締め付けられました。

▲こんな自分も愛してくれた海斗のため、そして"あの子"のため、世凪のした選択。
世凪の想いもすごく伝わるだけに、この場面はつらかった

でも彼は諦めず、世凪の自我を取り戻し、世凪の決断を受け止め、世凪のために「世凪の物語を語り継ぐ」という約束を自身の役割に変え、成し遂げます。この世凪を想ってのがんばりは少なくとも海斗が成しえたことのはずです。これだけは彼にしかできず、主人公足りえる役割だと言えます。
仮想世界で世凪と再会するという結末は、海斗とここまで物語を見届けてくれたプレイヤーへのご褒美だと受け取ってます。そう思うと、その瞬間を描いた幸せなエピローグの存在も一つの救いなのかな、と解釈できそうです。

終わりに

前・中編だけで14000字弱、後編のここまでで12000字。もうちょっと要点絞れないんか、わたし。これでも相当に文章はスリムにしようと努力したのですが、あまり文を書かないとこのようになるのですね…
ここまで語る場がないので遠慮なく語らせていただきましたが、本当にいろんな感情を与えてくれた物語でした。
出自もあって、恋愛が軸なのだろうと思いつつ、なるべく情報を仕入れず始めましたが、待ち受けるはディストピアな真実と愛する人との別れの物語

パッケージがラブラブで終わらんぞと匂わせていましたが、ここまで心にドキドキと感動だけでなくダメージも負うとは思っておらず、いろんな涙を何度も流すこととなりました。本編の結末も、現実は何一つ変わらず仮初めの幸せだけ生まれたというものです。ここまでどっしりとした物語を味わえるとは思いませんでした。ファンタジーな要素も世凪と汐凪の力くらいで、基本は現実の科学から地続きで突拍子がない部分も少なく説得力があります。
そしてそんなシナリオに、音楽、グラフィック、ボイスが見事に合わさり、ビジュアルノベルとして欠けるものがない出来栄えでした。

新規IPに触れることに異常に警戒してきた私は、いくらビジュアルに惹かれたとはいえフルプライス&特典付きを選ぶという博打に出ました。
しかし値段以上に全コンテンツを堪能したことはここまでお読みくださったやさしい方なら十分理解してくださったと思います。
この物語に出会えてよかった。

▲最後の最後に。4ヒロインで一番好きなのはすもも。
好きなことイヤなことをはっきり言える人は性別問わず好感度あがります

さて、まだまだ語れる部分もありましょうが、ここで終わりとしましょう。
長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。


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