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羽釜でおむすび・その1「道具編」

面倒くさい...。
こんな主婦のつぶやきが「炊飯器」という電化製品を生んだのでしょうか。
昔、母は炊飯器の登場に手を叩いて喜んでいました。60年代、火やガスで炊くお釜が電気に変わり、70年代になると炊飯器へと急速に進化していきました。我が家も炊飯器になり、便利さとは裏腹に、ごはんのおいしさが半減して、子供心にがっかりしたのを覚えています。

台所での小さな手間が、おいしさを生む。

便利になればなるほど、人は「手間」を嫌がるのです。
米を洗うのが面倒になれば、無洗米を使い(あんなおいしくない米をなぜ人は買うのか...)、炊飯器のボタンを押すのが面倒になると、レトルトごはんをレンジでチンするのです

世の中が便利になればなるほど、台所仕事はどんどん退化していくように思えます。

Back to the basic. 
基本に立ち返って、おいしいごはんを炊いてみよう。

私が羽釜を使いはじめてから、9年経ちます。
それまでごはん釜をいろいろ探して買ってみたものの、相性が悪くて諦めてかけたときに出会ったのが、土楽の羽釜です。

この羽釜は寡黙で力持ち。私が失敗しても「いいよ、いいよ」と言いながら何とかしてくれるタイプです。

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なぜ羽釜で炊くと、ごはんがおいしくなるのか。

私の羽釜は「土」、つまり陶器で造られていますが、鉄やアルミ製の羽釜もあります。
鉄やアルミの羽釜を使ったことがないので、正直どれがいいのかはよく分かりませんが、京都のとある店で、南部鉄の羽釜で炊いたごはんを食べたとき、目が丸くなるほどおいしかったんです。堂々としていて仏像のような存在感。店の大将が炊いたごはんをおむすびにしてくれたんですけれど、あれは忘れられない味でした。南部鉄ですから相当重いはずで、家でごはんを炊くときはちょっと大変かもしれませんが...。

ここでは陶器の羽釜についてお話します。

土には不思議なチカラがある。
これは本当です。

見えないけれど、土ものは遠赤外線を出しています。これは器や皿でも同じです。陶器になって形を変えても、土の波動というものが、おいしさを生むのです。
以前、すり鉢作家の加藤智也さんから聞いた話ですが、すり鉢の中で浅漬けを作るとおいしくなるそうです。これも土の波動ですね。

土のチカラってすごい。

IH対応の土鍋(羽釜も土鍋です)や、安価の土鍋はペタライトという鉱物の含有量が多く、素地には40%以上、釉薬には60%以上使用していると言われています(専門家に聞いたわけではないので、数字は確かではありませんが)。ペタライトは土ではなく鉱物ですから、純粋な土ものとはかなり性質が違います。
ペタライトの含有量が多いと、土の性質をうまく利用できず、ごはんの仕上がりの味も変わってくるということです。

羽釜は、その性質により、ゆっくりと温度が上がっていきます。熱の伝わり方が金属の鍋と違うのです。
そして一度熱くなったら、なかなか冷えないのも特徴。ごはんを蒸しているあいだもゆっくり温度が下がっていきますので、ふっくらするのです。
この「ゆっくり」が、ごはんをおいしくするキーポイントです。

お米には「アミラーゼ」という酵素があって、その酵素がお米のデンプンを分解し、香り、甘み、旨みを作り出します。
お米は50度前後の温度になると旨みが出てくると言われていますので、ゆっくりと温度を上げていったほうがおいしくなるのです。

炊飯器でごはんを炊くときは急激に温度を上がります。「ゆっくり」がないので、ごはんの旨みや甘みが出ないまま、炊きあがってしまうのです。

それから道具全般に言えることですが、
道具が気持ちがいいと思うことをやる。道具が嫌がることはしない。つまり、道具の特長を知ることです。相手を知ることで末永く付き合える。

台所では、人間の都合に合わせちゃいけない。
道具と食材を優先させます。それが彼らに対しての礼儀というもの。
上から目線じゃなくて、対等か下。
それで丁度いい関係になります。

IHコンロの家庭が多くなって、昔からある道具が使えなくなってしまったのがとても残念です。
羽釜や土鍋、焼き網、鉄フライパンなど、昔からある道具はIH不可です。調理は「火」を使って調理する方が断然おいしいんです。

持論ですけれど、

台所という場所は、昔から火の神様が司っていると言われていて、「火」と「自然から造られた道具」の相性がいいのです。昔からの道具はIHが使えないものが多いけれど、その代わり、料理をおいしくしてくれます。
それは道具と火の神様が共同で作ってくれるからです。
電気のエネルギーと火のエネルギーは別物であるということを、台所に立つ人は知っておくべきです。


さて、今度は羽釜の形についてお話します。
昔からある「羽釜」でごはんを炊くとおいしいのは「底の丸み」があるから。

底1

釜の中の対流が全体に行き渡り、お米もそれによってよく回るため、炊いたごはんはムラになりません。ここが普通の土鍋と違うところ。

羽釜にはツバ(中央の羽)がありますね。
これは元々、竈(かまど)に設置するためのものです。ツバの下がすっぽりと覆われるため、横からも十分に加熱されるのです。ですからガスで炊くときはこのツバは必要ありません。言ってみれば飾りですけれど、熱々の羽釜を持つときにはとても便利で、このツバのおかげで、羽釜を落とす危険も相当減ります。

では「ごはんの炊き方」を素描していきます。
羽釜の炊き方はそれぞれ違います。ここでは私が使っている土楽の羽釜の炊き方を説明しましょう。

織部羽釜6寸使用。
お米3合(540ml)を炊く。
(今回はおむすび用ではなく、普通のごはん炊きです。)

1.  お米をボウルで洗う。
a) まず水を入れてさっと洗います。ここでは軽く。水を流してもう一回。合計2回さっと洗います。
b) 水を流したあと、今度は手で揉むように、キュッキュッと20回〜30回。こうすると胚芽の凹んだところに溜まっている糠が取れます。ゴシゴシと洗い落とすのではなく、やさしく揉むように。
c) 水でさっと洗うこと3回ほど。水が濁っていても大丈夫。これで洗い完了。

2.お米を浸水。
お米1:水1をボウルに入れ30分〜1時間浸水します。
浸水はボウルを使います。羽釜は「貫入」と言って、底にヒビが入ります。貫入はいわば’あそび’の部分で、熱くなると膨張し、冷めると収縮します。土の動きを調節するのが貫入。この’あそび’が割れるのを防いでくれますが、浸水を繰り返すことで、ヒビへの水の侵入が頻繁になってしまい、それを何年も繰り返していると、羽釜が割れやすくなってしまう可能性があります。

水の量ですが、一度炊いてみて、ごはんの硬さを自分の舌で知り、水量を替えてます。やわらかい、硬い、人の好みはまちまちですから、ここは素描してください。自分にとってベストの水の量を探します。
ちなみに我が家は標高1650mにあり沸点が低いため、水の量を10%ほど増やしています。

料理は算数みたいに正しい答えがありません。ですから素描しながら、自分にとってのおいしい答えを見つけてください。

3.  羽釜にお米と水を移し、コンロにのせ、弱火で5分、火を入れる。
弱火で5分というのは、羽釜を火の温度に慣れさせるためです。
たった5分ですけれど、羽釜に良き仕事をしてもらうために必要な時間です。

4.火を中火にする。
釉薬に火がかかってしまうと、羽釜が割れてしまう可能性があるので、羽釜5、6寸であれば中火にしてください。
また、中火にすることでゆっくり沸騰し、アミラーゼがデンプンを分解できます。
我が家のコンロでは、沸騰するまでは3合で10分ぐらい、2合で8分ぐらいです。あくまで我が家で炊いた時の時間ですので、数字に惑わされないで、自分の家のコンロで計ってください。

5.羽釜が沸騰したら弱火にして10分。
沸騰する直前に、木蓋に手をのせてみてください。手に振動が来るはずです。振動が来たらあと1分ぐらいで沸騰しますから、コンロから離れないでください。よーく耳を澄ますと音も変化します。このあたりを素描するのはとても楽しいです。

羽釜(炊く)のコピー

6.火を止め、15分蒸らす。
蒸らす時間ってすごく大事で、その間にごはんが’ととのっていく’のです。だから蓋は開けちゃダメ。
蒸らし時間は減らさないでください。ごはんが落ち着くまでここは我慢。

7.さ、蓋を開けて、しゃもじで混ぜます。

蓋を開けたところ

8.おひつに移します。
おひつはごはんを炊く釜と同じぐらい大切だと、私は思っています。おひつに入れたごはんは、炊きたてより、さらにおいしくなるんです。
おひつはごはんの余分な水分を取り、時間が経てば、今度はごはんの乾燥を防ぐために湿気を放出する。すごいでしょ、自然のチカラって。
おひつはふんわり感を保つ仕事をしてくれる、ごはんにはなくてはならない道具なのです。
おひつについてはまた改めて、書きたいと思います。

ごはん

素描をしていくと、ごはんを炊くだけでも、立派な「モノ作り」ですね。
たった一回でも料理に向き合ったら、そこから世界が変わるはずです。

さてと、次は「おむすび編」。
おむすびを素描していきましょう。

(3枚目と最後の写真以外の写真提供:野口さとこ)



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