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世界樹リプレイ日記(閑話・樹海の戦士Ⅱ・Ⅲ)

(↓前回の話)


酒場で新しいクエストが掲示された。
曰く、第三階層に棲まう水辺の処刑者を単独で討伐せよ。
はっきり言って正気の沙汰ではない。
水辺の処刑者は只でさえ強力な上、頑強な熟練冒険者すら即死させる爪を持っている。
これでは力試しではなく運試しだ。
殆ど自殺行為と言っても過言では無かった。

このようなクエストが、普段パーティは5人で組むのを勧めるだのバランスは大事にしろだのとのたまっているギルド長からの挑戦だと言うのだから恐れ入る。
大方、質(たち)の悪い酒精(アルコール)でも口にしたのだろう、酒毒にどっぷり浸かった酔っ払いの頭から出たしょうもない冗句に違いなかった。

冒険者達は概ねそのように受け止めており、君たちも例外ではなかった。
そんなことだから、冒険者に恨みでもあるのかと疑いかねないそのクエストは誰からも挑戦されず長らく放置され、やがて忘れ去られていった、かのように見えた。
ある日シトラがこう言った。

わたし、やりたい。

君たちは耳を疑った。

シトラは以前にも今回と同じような単独討伐クエストを受けた事がある。
そう昔という訳でもない。むしろ最近だ。
そのクエストは何とか達成出来たものの、帰ってきた時には満心創痍だった。その時のシトラは仲間の大切さを再認識し、二度と一人で戦うまいと思ってそうな雰囲気を醸し出していたのだが。

そんなシトラが、何故…?
理由を尋ねる君たちに、シトラは照れくさそうに答えた。

『最近、毒にハマってて…』

聞けば、かねてより趣味で研究を続けていた毒の術式をついにマスターしたという。だから、その最高の毒で、それのみで強敵を倒してみたいとシトラは言った。馬鹿かな?と君たちは思った。

毒の効能を確かめるだけであればパーティを5人で組んでいる時に試せば良い。何も完全に一人でやる必要はない。
君たちはそう訴えたがシトラには何やら強いこだわりがあるようだった。
君たちは反対した。特にレンリは猛反対した。
レンリは実際に、水辺の処刑者の攻撃を受け、即死した経験があった。

如何に防御力が固くとも、AGI(素早さ)が高く回避に優れていても、体力が満タンであっても、当たってさえしまえば対象を即死させるのが死神の爪だ。そういった攻撃に対する耐性を持つ防具があるのならばまだしも、現時点では市場には出回っておらず、君たちも所持していなかった。

即死攻撃については気を付けるから大丈夫、とシトラは言った。
気を付けても駄目な時は駄目だと君たちは訴えているのだが伝わっていなかった。君たちは別の側面から攻めることにした。
そもそも、B13Fに到達するまでに敵に囲まれてやられる可能性がある。
そのあたりはどのように対策するのか、と。

獣避けの鈴を使うから大丈夫、一番の懸念はB13Fに下りる階段を塞ぐクイーンアントだったけれど、こないだ皆が倒してくれたし…。

最後の方はぼそりと呟くように、シトラは答えた。
それを聞いたルゥは、はっと思い出した。先のクイーンアントとの再戦、それを促したのが、他ならぬシトラだった事を。

『ねぇ、ルゥ。アサギのことだけど、そろそろ前衛にしてもいいんじゃない?でも、今は自信なくしてるみたいだからまずはそれを取り戻してあげないと。そうだ、クイーンアントを倒しに行くのはどう?お金や経験値にもなるし一石二鳥だよ。ルゥから言いなよ。ルゥのこと、リーダーとして、みんな見直すと思うよ…。』

アレはこの為だったのかー!

ルゥは叫んだ。
シトラはさっと目を逸らした。
他の三人は何の事かと首を傾げた。
言えるはずがなかった。リーダーとして花を持たされたなどと。
ルゥはぐぬぬと口をつぐんだ。

それからも君たちはああだこうだと話し合いを続け、…最終的にはシトラの挑戦を認めることになった。

実のところ、君たちは仲間として反対の立場ではあったが、その美学には共感するものがあった。恐らくは、目の前に困難があれば挑戦せずにはいられない、本人にも上手く説明が出来ない、掻き立てられるような気持ち。それは、迷宮の魔力に魅入られた冒険者としての性(さが)に他ならなかった。

君たちは一転してシトラを応援することにした。そうと決まれば徹底的に。念入りに準備を進めた。メディカを大量に購入し、店で一番の防具を着けさせた。髪も切ったし爪も短くした。いつもより良い食事を与え歯を磨いてやりお風呂に入れ、入浴後は頭から足の爪先まで全身を揉みほぐした。

準備は整った。

明くる日の朝。
君たちの手厚いケアを受け、たっぷりと睡眠を取ったシトラは溌剌(はつらつ)として、英気がみなぎっているようだった。
君たちは迷宮の入口までシトラを見送った。
くれぐれも無理はしないで、いつでも帰ってきて良いんだよ。
独り立ちする娘を見送るお母さんかな?とシトラは思った。

樹海磁軸を起動してB11Fに到着した。杖を構えて歩き出す。
獣避けの鈴は、当初の予定では使うつもりだったが結局使わないことにした。既に第三階層を突破した今、一人とはいえこのあたりに出てくる程度の魔物に負けるつもりは無かったし、水辺の処刑者との戦いに備え身体を慣らしておく狙いがあった。

現れた敵を倒しながらアクセラⅡを服用する。
コケイチゴの味が口いっぱいに広がる。甘くて美味しい。
そうこうしているうちにB13Fに辿り着く。
問題はここからだ。
水辺の処刑者は他の魔物と交戦中に忍び寄る習性を持ち、それ以外は姿を見せない。体力が万全な状態で戦うにはうまく引き付ける必要があった。

メルトワームとモリヤンマが現れた。
常ならば大爆炎の術式で一撃で倒せる魔物達。
しかし、それをすると水辺の処刑者は現れない。
戦闘を長引かせるため、敢えて火力の弱い火の術式を一体ずつ当てていく。視線は目の前の敵に向けながら、意識を外に向ける。
徐々に忍び寄る気配。来た。奴が近付いていた。

今だ!大爆炎の術式でメルトワームとモリヤンマを焼き払う。
間髪入れずメディカを使用し、戦闘のダメージを回復する。
そしていつの間にか近寄っていた水辺の処刑者に向き直り、駆けた。
大きな鋏で迎撃され、決して浅くない裂傷を負わされるが、シトラは構わず起動させた。自身の最高傑作。毒の術式を。

シトラの猛毒を受け、水辺の処刑者はみるみるうちに藻搔き苦しみ始めた。効いていた。この上なく効いていた。
しかし、それでもシトラへの攻撃が止む事はなく、勢いが弱まる事もなかった。シトラはメディカを惜しげもなく使い、敵の消耗を待った。
一手でも誤れば死に直結する。緊張で汗が噴き出した。

毒の術式の効果は永続ではない。恐るべき事に、水辺の処刑者はシトラが最高傑作と自負する猛毒に耐え切り、なお健在だった。
敵ながら天晴、しかし、シトラは努めて冷静に、改めて毒の術式を起動した。水辺の処刑者は再び猛毒を浴びた。
決着の時は近かった。
水辺の処刑者が死神の爪を伸ばしてきていた。

死神の爪。
即死攻撃。
だがそれは、最も警戒していた事でもあった。
全力で回避する。
運動音痴のシトラのそれは、傍から見れば滑稽な動きではあったが、ともあれ、凶刃は空を切った。
それが命の最後の灯火だったのか、水辺の処刑者はやがて泡を吹いて倒れた。

―――かくして、樹海の戦士は此度も生き残った。

シトラが帰還したその日。
君たちは宴を開き盛大に祝った。
その祝いの席で、シトラは皆が応援してくれた事に感謝し、心配かけた事を謝った。加えて、単独で迷宮に入るのは今回で最後にすると告げた。
毒の効能と有効性を証明出来て満足したこともあろうが、端的に言えば一人はもうこりごりであるらしい。

前回の単独討伐クエストを達成した後もそんな事を言っていた筈だと君たちが指摘すると、今度こそ!今度こそ最後だから!と、禁酒を何度も試みては失敗を繰り返すアル中の如き台詞をシトラは繰り出した。
君たちは、『あ、これもう一回ぐらいあるな』と直感的に思った。

後日。その予感は案の定的中した。討伐対象はうごめく毒樹。
シトラは『どちらの毒が格上なのか、"わからせる"』と言い残し、迷宮に潜った。毒を極めたシトラが、これを難なく撃破したことはもはや語るまでもないだろう。

エトリアの樹海の戦士。
それはきっと、どこまでも深く、濃い緑色をしていた。

―――了

→(第四階層へ続く)


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