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【作品紹介】建築家・吉村靖孝が考えるデジタルDIY

これまで、ものづくりスキルがなくても形にできる単純な形状のDIYをゲーム感覚で楽しんできたという建築家・吉村靖孝さんが、「EMARF」というゲームを手にしたらどうなるのか? 今回は、吉村さんが自分なりの ”EMARFルール” で制作したという作品をご紹介いたします。

また、話は建築設計におけるスケール感覚にまで発展。VUILD代表・秋吉と、教育においてEMARFが寄与できる可能性やEMARFのユースケースに関する可能性などについてディスカッションしました。

建築家 吉村靖孝
博士(建築学)。1972年愛知県生まれ。1997年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。1999年~2001年文化庁派遣芸術家在外研修員としてMVRDV在籍。2005年吉村靖孝建築設計事務所設立。主な受賞に、日本建築設計学会大賞、JCDデザインアワード大賞、日本建築学会作品選奨、吉岡賞など、その他受賞多数。主な著書に、『超合法建築図鑑』(2005年、彰国社)、『EX-CONTAINER』(2006年、グラフィック社)など多数。現在、早稲田大学教授。

【聞き手】
VUILD株式会社 代表取締役 秋吉浩気
VUILD株式会社 ビジネスデベロップメント 濱田祥利

EMARFで変わるDIYのルール

秋吉 まず最初に、EMARFを知ったきっかけを教えてください。

吉村 秋吉さんのTwitterを見て、EMARFの存在はずいぶん前から知っていました。

意外かもしれませんが、僕はもともと時間をみつけては自宅でDIYしていますし、学生にもDIYを勧めていて、実際に研究室の家具もほとんどDIYで作っています。なので、そういうサービスが新しくできるのであれば使ってみようと自然に思っていました。

濱田 普段DIYはどのように行っているのですか?

吉村 DIY好きと言っても、僕の場合、手のスキルを向上することにはあまり興味がありません。ものづくりのスキルがない自分でも作れるデザインを別人格のデザイナーとして考える、ある意味ゲームのようなものとして楽しんできました。考える時間を愉しむDIYです。

製作過程はなるべく簡単な方が良いので、これまでも、ホームセンターの木材カットサービスのような、材料を切り出して配送してくれるサービスを躊躇なく利用してDIYしてきました。一方で、なるべく端材を出さないように、使う材料を一種類に限定したりと、わざわざ面倒臭い設計条件を背負い込む、ゲームのような感覚です。

EMARFではカットできる形状が格段に増えるので、普段と異なる脳が働きます。例えるならば、今までは単純なカードゲームをやってたのに、いきなりビデオゲームを渡されたみたいな状態で、進化具合に興奮しました(笑)。逆に普段と変わらない部分もあって、今回は3つ同時に発注したのですが、それは端材を出したくないという条件を維持した結果です。作っていくうちにだんだんShopBotの癖も理解できて面白かったです。

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秋吉 単一な要素を解いていくというプロセスは、吉村さんの建築設計にも共通することでしょうか? 例えば、「エクスコンテナ・プロジェクト」では、規格のコンテナを流用し建築を構成するということを行っていますよね。

吉村 近いところはあるかもしれないですね。値段の安さもありますが、誰でもどこでも手に入れられることなど、規格材が持つドライさが気に入っています。本来であれば、技巧を凝らしてプロ顔負けのレベルまで上達して行くことがDIYの楽しさなのかもしれませんが、僕がやっていることは、そういうDIYではないですね。

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コンテナ規格を流用して被災地に家を届けるプロジェクト「エクスコンテナ・プロジェクト(2011)」。仮設並の価格で、常設並の性能を有する「エクスコンテナ」によって、一刻も早い日常の回復に向けた生活拠点の提供を目指した。

濱田 普段のDIYとEMARFを比較したときに、ルールが違うと感じた点を教えてください。

吉村 曲線を切っても値段が変わらないという点は大きいです。今回作ったものの形状も丸っこいですが、普段だったら絶対にそんなことはしないです。白く塗っても赤く塗っても値段が同じだからと赤い建物をつくったら怒られそうですが、DIYなら許される(笑)。

秋吉 曲線を取り入れてみてどうでしたか?

吉村 これは完全なる偏見ですが、今あるデジタル系のデザインはなぜかゴリゴリの男前系に独占されている印象があるので、もう少し可愛げのあるものもあって良いんじゃないかとは思っていました。丸っこい形状やぽてっとしたプロポーションに理由があるとすればそんなところでしょうか。

濱田 フィレット部分のデザインは工夫が施されていると感じたのですが、フィレットの見た目は気にされましたか?

吉村 そうですね。仕様で仕方なく付いてしまっている感じが気になったので、それならば逆に接合部としてはっきり主張するデザインにしてみたらどうかと思い試してみました。ミッフィーの口みたいで、これも可愛らしいディテールと言えるかもしれません。

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秋吉 今回制作された棚は、どのような用途を想定されていますか?

吉村 自粛期間をきっかけに買った電気圧力鍋を置く棚をつくろうと思ったのがきっかけです(笑)。既存のカウンターに高さを合わせて、あとはペットボトルやお酒など下に収納するものを決めて3段にしました。

いつでも解体できるよう、釘や接着剤を使わないで嵌め合わせるディテールを考えていたら、円弧に2枚の部材を挿し込む固定法を思いついた。3段分同一ディテールを繰り返して全体を俯瞰したらサボテンみたいな形状になっていたので、端材で小型のサボテン用の棚も作りました。自粛でサボテンも増えていたのでちょうど良かった(笑)。

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秋吉 同じデータで違う使い方が2つあるというのは、すごくEMARF的ですよね限界費用ゼロ* で一つのデータをコピペしてできるというのは、面白い事例だと思います。

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*限界費用とは、1単位追加的に生産するために要する費用のこと。通常、あるモノやサービスの生産を増やすときには、追加的な費用が発生するが、デジタルデータは、追加的な費用(=限界費用)がほぼゼロで複製・伝達が可能である。(総務省「第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0」より)

失われつつあるスケール感覚は、作る経験とデータを結び付けて養う

秋吉 今回はIllustratorを使って設計されたと思いますが、なぜイラレだったのでしょうか?

吉村 手持ちのソフトでEMARFに対応していたのがイラレだけだったというのが理由です(笑)。普段僕が使っているノートパソコンは、持ち運びを重視しているから非力で重いCADソフトは入れていないんです。

秋吉 では、立体の構成はどのように行ったのでしょうか?

吉村 立体は組み上げずに面材の形だけを考えて設計したので、無事に組み上がってホッとしました。

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秋吉 普段から慣れているからできたことなのでしょうか?

吉村 たしかに一般の人は、2次元から3次元を想像することに建築家ほどは慣れていないでしょうね。クライアントとの打ち合わせに模型が必要になるのもそういった理由が大きいですから。

でも最近の学生は、僕らとはそもそも順番が逆で、3Dモデルから切り出したものを図面と考える人も多いし、平面からものを立ち上げる機会は減っていますよね。今後、建築家の平面と立体を横断する技術は衰退するのかもしれませんね。

ただ社会に出ると、今でも図面が承認プロセスのなかに組み込まれているので、就職すると戸惑う学生がいるかもしれません。

秋吉 EMARFユーザーの中には学生さんも多くいらっしゃるのですが、教育の視点で考えた時に、EMARFのような新しいツールが貢献できることはありますか?

吉村 オンライン授業で模型をつくる機会が極端に減って、今後は模型すら衰退していく可能性があるので、スケールの実感を別の何かで補う必要があると思っています

僕たちは1/50や1/100といった固定縮尺に慣れていて、実際に建った時にそれがいったいどれくらいのサイズになるのか想像できますが、コンピュータの中の3Dモデルではそういう感覚が養えない。その意味で、模型の代わりにEMARFで1/1の家具やフォリーなどを作る機会があれば良いですよね。

描いたデータと実際に作ったモノとを結び付ける経験を通してスケール感覚を養っていかないと、平面と立体のリンクができなくなるだけじゃなく、スケールとのリンクもできなくなる可能性があると思います。

秋吉 今年の半期はオンラインで指導してきたと思うのですが、設計課題を講評する際はどのように行っていますか?

吉村 スケールに関してはこの半年間で散々悩んできたことなのですが、現段階では、図面に書いてある寸法を信じるしかありません。規定の用紙サイズに入らないと平気で1/60とか、1/110とかの図面を描く学生がいますからね(笑)。

固定縮尺の意義をもう少し丁寧に説明して改善しなければと思う一方で、固定縮尺に替わるスケール感覚の醸成方法を模索しなければならないとも思います。VRやARを導入するにしても、早稲田のようなマス教育の場合は、そう簡単ではないと感じています。

秋吉 デジタル空間にスケール感をもたらすためにEMARFで1/1を作ってみて、そのデータを常にその空間に置いておくということもできますね。新しい縮尺ツールというか、逆アバターとして身体感覚を媒介するような役割になって行ったら面白いと思います。

設計するということ自体が変わってきたという感覚はありますか?

吉村 新型コロナの性質と今の大学という制度は猛烈に乖離しているので、変わる部分もあるでしょうね。ツールとしてのデジタル設計環境の限界によって、できることとできないことが変わっていくのはもちろんだけど、チームの協働環境どう変わるかとか、時間のかけ方がどう変わるかとか、そういう部分でも影響を受けると思います。

ただ、デジタル・ツールは現段階ではまだまだ不完全なので、今の段階で全部オンライン化、仮想化して手作りの感覚とか手触りみたいなものが失われていくことには不安もあります。少なくとも、どういった部分が不完全なのかを理解して使う必要がある。理解さえしていれば、その不完全さが新しいデザインの手がかりになる可能性もあると思う。

ユースケースを増やしていくことで広がるEMARFの可能性

秋吉 今後、EMARFに期待することはありますか?

吉村 EMARFを使ったバーチャル家具屋があれば良いなと個人的に思っています。サイズ変更などができるところまで行けば理想ですが、そこまで行かずとも家具のデータを買えるようにして、切り出した部材を届ける。値段に設計フィーを上乗せしなくても、量産によってEMARF側の作業が減る部分を設計者(ユーザー)に還元していくと面白いのではないでしょうか。

秋吉 まさに、EMARFの初期構想ではそのようなことを考えていました。だんだんユーザーも増えてきた段階なので、ようやくそこに着手できそうです。

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EMARFユーザーの情報交換コミュニティ「EMARF Forum」が9月30日にリリース。作品を投稿したり意見交換をしたりと、使い方は様々。もちろんデータのシェアにも対応している。

吉村 あとは、コンパネのように片面が防水になっている材料を選択できると、とっつきやすくなるのではと思いました。例えばメラミン化粧板やドルフィンコート合板などは塗装しなくても使えるので、便利ですよね。

秋吉 そういう材であれば型枠も作れますね。EMARFで切り出した枠にコンクリートを流し込んで、実際はコンクリートの方が現物になるという。

EMARFで型枠を作る試みをいち早く行ったEMARFユーザーも。

吉村 素人が使うなら薄い材料があると良さそうだし、逆に厚い材料の選択肢が広がれば、プロが現場で使える機会も増えてく気がします。ついでに極々低価格で良いから端材の買取りもあると良いですね。

秋吉 ぜひビジネスユースに取り入れて欲しいとは思っているのですが、手を動かす部分は職人さんが担当されるところでもあるので、既存のやり方に介入する難しさを感じています。

吉村 そうですね。普段設計していても、作り手(職人)が上手いと設計作業が省力化できてしまう場面は少なからずあって、逆に、作りやすくデザインするというのは設計者にとってそれなりにハードルが高いことでもありますよね。責任範囲が不明瞭になってくる問題もありそうです。

秋吉 お施主さんがEMARFでデータを入稿して組み立てるというようなことが、内装レベルであればあり得ますね。

濱田 実務で使う場合、どのような点がハードルになってくると思いますか?

吉村 節の位置を調節したり、木目の向きを統一したり、より細かなところに配慮できたら良いですね。

吉村研究室では、合板の節をスキャンしてそこをShopBotで抜いて穴にするまでの自動化に取り組んだりもしているので、実際に切削する材がわかっていれば、節を避けることもできますよね。将来的にはそういうサービスもあったらいいですね。

秋吉 今後、板のデータベースを作れないかと考えているところです。それができれば、いわゆる銘木と言われるような材料も、写真を見ながらデザインしたりレイアウトできるようになります。需要があるかどうかはさておき、半年後を目標に新機能としてアップデートできればと思っています。

吉村 面白そうですね。余談ですが、お付き合いのある奈良の工務店が大量の銘木をストックしているのですが、最近全然需要がないみたいで(笑)。うまく連動できれば面白くなりそうです。

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