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己の欲望と向き合う傑作「ユフラテの樹」(デスノートの元ネタ?)

今回は己の欲望と向き合う傑作「ユフラテの樹」をご紹介いたします。

こちらは
普通の高校生が、未熟な精神のまま恐ろしい超能力を身につけたとしたらと
いうテーマを描いた学生向け漫画であります。

欲望の思うまま超能力を手にした途端、
制御できない苦しみを味わう姿を描いた本作で
手塚先生が多感な少年少女たちにどんなメッセージを込めたのか

こちらを解説したいと思いますので
ぜひ最後までご覧になってみてください。

それでは本編いってみましょう。

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本編は1973年から学習雑誌「高1コース」にて連載されたものです。

あらすじは
ある島を訪れた高校生3人が「禁断の果実」ユフラテの実を食べてしまい
それぞれに自分が欲した超能力が身についてしまいます。

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最初は良かったんですが徐々に
自らが望んだ超能力に翻弄されるようになり
3人の人生が一変してゆくというストーリーであります。

ストーリーはほんとにこれだけ、至ってシンプル

もし、人知を超える力を手に入れてしまったら人はどうなるのか?
そしてそれによって豹変していく群像劇
まぁ良くある話です。

1970年代というところを加味しても別段珍しいネタでも何でもありません。

個人的には面白いんですけど
あえて辛口なコメントをするなら…

手塚治虫らしさが薄い作品なんですよね。

確かに制御できない力に翻弄されていく様や
人間の弱さ、醜さが描かれてはいるんですけどちょっと薄っぺらい…

手塚治虫が描くのであればもっと
人間の本質を突いたエグいのにしてほしかったですね。
確かに「高校生」向けなので若干優しめの設定にしたとも言えますが
それ言ったら
それ以前に児童漫画を対象にもっとエグイのぶち込んでましたから
その程度じゃ本質的な理由にはなり得ないですよね(笑)


誰でも一度は考えたことがあるテーマ「超能力が欲しい」という願い
これを題材にしたのは非常に分かりやすいですし
多感な青年期の等身大の悩みや願望丸出しなので設定としては文句ないテーマだと思います。

ただやっぱり物足りないですよね。
中二病全開のこじらせ系サイコSFとか
手塚先生ならもっとドギツイやつ放り込めたと思うんですけどね。


「透明人間」っていう男子の憧れともいえる能力をテーマに描いた
「アラバスター」ではドス黒さ満点の単なる「透明人間」に収まらない狂気があったんですよ。実際は半透明というカオスぶり。


だからこれも
サイコキネシスっていう念じることで思い通りになる能力
これを利用してもっと狂気の世界観を描いてほしかった。

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これを最大限に演出したのが「デスノート」ですよね。
ノートに名前を書くと死ぬっていう
単純明快なプロットをあそこまで深く面白した演出は本当素晴らしいと思います。

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設定は本作「ユフラテの樹」とほぼ同じですから
やっぱり漫画は演出次第で格段にイメージ変わっちゃいますよね
同じような題材でもそれを如何に面白く料理していくかっていうのが作家の見せどころだと思うんですよ。

特殊な能力を手に入れたことによって
人格や人生が狂っていくというありがちな設定
そこをどうアレンジしていくかって事ですよね

人殺しをして捜査官が自宅に来て調査されたり

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自分の部屋にある証拠を隠蔽したり

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捜査官がなかなか敏腕で疑われたり

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TVの向こうから念力で殺せたり

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まさにデスノートです(笑)
デスノートの元ネタと言われても可笑しくないくらい本作は類似点がありますけれどもそれでもデスノートの表現方法は秀逸でしたね。

ちなみに
名前を書いたら人が死ぬといった設定で水木しげる先生が
1973年に「不思議な手帖」という短編を描いておりますし

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1980年代のえんどコイチ先生の「死神くん」でも同じような設定がありました。
死神くんなんてまさにそのまんまですけど
これも題材は同じでも演出の差でしょうね。
(ガモウヒロシ殺されそうになってるやん!)

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だから本作も余計に
手塚治虫らしさを炸裂させてほしかったと思っちゃいます。

憧れたものを手にした瞬間から不幸が始まるとか
手にしたからといって必ずしも幸せになるとは限らない
というような「火の鳥」にも通ずるテーマも持ち合わせていただけに
やっぱりアレンジがちょっと残念…


ちょっと興味深かったのは独裁者の件
ヒトラーとか世界の独裁者と呼ばれる名前が出てきて
独裁者って先天的なものなのかそれとも
手にした力によって狂っていったのか
其処らへんを考えさせる描写は手塚治虫らしさが出ていました。

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「あいつらなんか殺したってかえって社会のためにいいのさ 
ぼくは世の中のためにこのちからを使うつもりだよ」


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という我こそがこの世界の支配者になるという思い上がった暴走シーンは
まさにデスノートっぽい演出でこれからの展開を期待させたんですけど
残念ながら尻すぼみになっていったんですよね。

デスノートっぽいってなぜかデスノート基準になっちゃうんですけど(笑)



あとは
禁断の果実といえば旧約聖書の創世記に登場する「知識の実」です。

「なんでも思い通りになっちまうことが
こんなに恐ろしいことだとは知らなかった」

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と語るシーンなんて
「禁断の果実なんて手にすべきではない」ことの暗示として
物語の膨らみを感じさせる名シーンだと思います。


実際あとがきにも
「創世記のアダムとイブのリンゴの木と結びつけた」とありますし
聖書をベースにしているのは間違いありません。

だけどその後に
「これは苦肉の策で高い次元の作品ではない」って
先生本人が爆弾発言しちゃってるんで
「えー?マジっすか?」って感じで
もう笑っちゃうしかないです
…ちょっと深読みしちゃったこっちが恥ずかしいみたいなね(笑)

この講談社発行の漫画全集のあとがきは全般に言えることなんですけど
わざわざ言わなくてもいい創作秘話を正直に本心を垂れ流すという
可愛い手塚コメントが見れるのでボク結構好きなんです。

そして「日本発狂」と併せて
この時期は手塚治虫「冬の時代」ですからその影響も直撃していますよね。
「ユフラテの樹」が1973年~1974年
「日本発狂」が1974年~1975年に描かれた作品で
ちょうど「ユフラテの樹」連載中に、
虫プロ商事が倒産、続いて虫プロも倒産してますからね
相当精神的にも追い詰められていた時期であります。


病んでいたからこういう作品になってしまったのか
病みながらもこれだけの作品を描いたと取るか


どちらとも受け取れるわけですが
作品自体は上手くまとまっていると思います。
まとまりすぎてるといった方が適正なのかもしれないですね(笑)

最後の方は「ブラックジャック」の連載が始まって復活の兆しを見せていたのでもう飽きちゃってた可能性もありますけどね。

なんにせよ
ボクは手塚治虫なら
もっといびつな世界観を描いてほしかったという想いがありますし
暗黒期のうっぷんをぶちまけて欲しかったなと思っております。

なので総合的には62点くらいかなと思います。


…というわけで今回は「ユフラテの樹」お届けいたしました。
如何でしたでしょうか

手塚治虫のどん底と復活の狭間に連載されていた本作
前回記事の「日本発狂」と併せて時代の流れを感じながら
作者の想いも感じ取っていくとより面白く読むことができると思いますので
ぜひチェックしてみてください。

最後までご覧くださりありがとうございました。


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